ある娼婦の日常 ④
ヴェクストリアス。
源氏名をトリアスという。
彼女は元・冒険者であり、冒険者時代は大陸にその名を轟かせた討伐者だというが、現在は高級娼館『水辺の歌姫』に勤める新人娼婦だ。
ヴェクストリアスは他の娼婦と同じようにローレライに住み込みでの生活を始める事になった。
そこで冒険者時代ではあり得なかった規則正しい生活と食生活を送る事で、彼女の肌艶は従来よりも改善されている。
何より娼婦たちの多くがヴェクストリアスと同様のメリハリの効いた肢体をしていたため、彼女自身が目立たないのだ。冒険者の頃は革鎧と衣服で豊乳と豊尻を隠していたのだが、その気苦労が無くなった事は大きい。
また、彼女は娼館と娼婦に対してある種の偏見を持っていたが、その偏見は瞬く間に打ち破られてのだ。
(うむ。彼女たちからは苦界に堕ちた悲壮感が感じられない。それもあの方のご尽力の賜物か)
ヴェクストリアスはチラとあの方を見る。
あの方とはジエラの事である。
サギニから「我が主人」として紹介されたジエラは、ヴェクストリアスがこれまで見たあらゆる女性よりも美しく感じられた。
そんなジエラは掃除洗濯炊事など、家事一切を担当している。
露出過多なタンクトップにデニム地のホットパンツを着用し、その上からエプロン姿という、ある意味で娼婦らしい格好をしているのだが、明るく、くるくると働くその姿には好感が持てた。
そしてヴェクストリアスが「正体を隠したい」「娼婦だが貞操を守りたい」「サギニから情報収集を指示された」と相談したところ、ジエラは親身になって方法を考えてくれたのだ。
その結果。
彼女は正体は隠しつつ、貞操を守り、情報を聞き出すのに不自然ではない娼婦業を営む事が可能となったのだ。
彼女はエルフであり、エルフの娼婦など存在しているか疑わしい程である。
更に彼女は細身であるエルフにしては乳房と尻が豊かな肢体をしているので、彼女は瞬く間に売れっ子になるはずであった。
しかし、彼女の客となった者は二度と彼女を指名しない。
特殊な性癖をしている者を除いては、だが。
◇
とある冒険者がトリアスを買った。
トリアスは覚えたての営業スマイルで彼を部屋に案内する。
仕事着はジエラに贈られた特別仕様。
更にドミノマスクによって目元を隠しているので、その面相は口元しか分からない。
しかし、仕事着は編みタイツ越しに彼女の豊かな美乳と美尻を誇示しており、そんな格好のトリアスが客を先導しているので、冒険者は彼女の豊かな美尻を眺めながら話題を振る。
「ウヒヒ。エルフの娼婦ってのは初めてお目にかかるぜ。エルフってのは皆が皆、そんなすげぇカラダしてんのかい?」
「さあ。同族の全てに会ったわけでもない。私のような乳や尻をした者もいるかも知れない」
「ヴェクストリアスってエルフの冒険者は知ってるか? あっちは名の知れた討伐者。アンタは男に股を開く娼婦。同族として何か思うところもあるんじゃねぇか?」
「私は男に快楽を与えて収入を得ている。冒険者は依頼を受けて報酬を得ている。どちらも賃仕事には変わりないと思うが」
ヴェクストリアスの態度はそっけない。
営業スマイルは身についたようだが、男に媚びる口調ではなかった。
しかしながら男はそんな彼女の態度を目にしても「さすがエルフだけあって気位が高い。屈服させ甲斐があるぜ」と嗜虐心が湧き上がらせる。
「俺のモノを忘れられなくしてやるぜ」
「大層な自信だな。今までの男は私の責めに耐えられなかった。さて、オマエはどうかな?」
「おお、こえーこえー。げへへ」
・
・
なんと、奉仕部屋には怪物が待機していた!
男は瞬く間に触手にて囚われてしまう。
「ひ、ひぃぃッッ!? なぁッ、なんだこりゃぁッッ!? ッ!? おほぉぉッッ!?」
正確には怪物ではなく、食虫植物を媒介として顕現したドライアードだ。
ウツボカズラによく似た食虫植物はドライアードが憑く事で大型化している。
ちなみにトリアスの能力では食虫植物を人型に擬態させることなど不可能である。
食人植物さながらの不気味さだが、ドライアードは男を誘惑する精霊であるため、そのような様態であろうとも男に快楽を与える事は容易であるのだ。
触手に絡め取られた男は、あっという間にウツボカズラに取り込まれてしまう。
すると男の下半身は今まで感じたことの無い異様な快楽に包まれる事になる。
「こ、こんなの…聞いてねぇ…ッ あひぃッッッ!?」
男はトリアスを好き勝手出来ると思っていたが、待っていたのは人外とのプレイだ。
だが激烈な快楽が脳髄を侵食しているため、文句も上手くいかない。
「貴様の相手はドライアードが行う。そして私は女王だ。娼婦女王・トリアス様と呼ぶがいい」
「じょ、じょおうだと? アヒィッ!?」
ビシィッッ
トリアスは手に触手製のムチを持ち、男の前に立つ。
彼女の格好は全裸全身編みタイツに、エナメルの光沢で輝く露出系ディアンドル。
編みタイツ越しだが、肝心な部分が全てが見えてしまっている仕様だ。
だが顔はドミノマスクによって目元が隠れているため、彼女の素顔は計り知れない。
手足を拘束され、食虫植物に食べられている男はトリアスに指一本触れる事はできない。しかしその見えそうで見えまくっている彼女の艶姿は男を挑発するに十分だった。
なお、『女王』はジエラの助言による役作りである。
「さて、私は男から情報を収集する任務を仰せつかっている。さぁ、オマエの知っている全てを話してもらおうか」
「何…だと? 話す…? おぉッ!?」
ビシィッ!
触手ムチもドライアードによる快楽効果が付与されている。
男はムチで撃たれるたびに快楽を感じる事になるのだ。
「ふんっ。私の言っていることも分からんのか。愚か者には罰を与えてやろう!」
ビシィッ!
「あぉッ!」
「話せと言っているのが分からんのか! 女王の命令に逆らうのか!」
ビシィッ!
バシィッ!
・
・
食虫植物と触手ムチによる快楽で、やがて男は意識が朦朧となる。
「…お…うぉ…、もっと…罰を与えて…くれ…じょ、女王さま…♡」
「この私にッ、女王たる私に懇願だと!? この豚めッ! オマエにはムチが似合いよ! …はぁはぁ♡」
ビシィッ、バシィッ!
「あひぃぃーーッッ! 女王さまぁぁッ! お許しおぉぉーーッ♡♡♡!!」
「もっと泣け! 喚け! 女王の踵を喰らって喘ぐといい! はぁはぁッ♡」
ヴェクストリアスは情報収集という任務を忘れてムチを振るう。
彼女は新たな扉を開いてしまったようだった。
◇
「「忍法・脱衣!」」
夜間ではないが夕闇の頃。
人気のない海岸。その岩礁帯。
ナキナ住民は決して寄り付かない場所に二人のニンジャが立っている。
二人とも表の顔は娼婦だが、その正体はニンジャであった。
一人はサギニ。もう一人はヴェクストリアスである。
サギニは娼婦時も非番時も全身編みタイツを着用しているため、脱衣すればニンジャとして活動可能である。
ヴェクストリアスは娼婦衣装で全身編みタイツを着用しているので、女王服を脱衣すればニンジャ装備となれる。
必要とあらば常にニンジャとして活動するため、結果的に彼女に非番などない。
日中は娼館に籠りきりだが、こうして夜間は出歩けるので特に息が詰まる事はない。
「…ははっ」
ヴェクストリアスは笑みが溢れる。
全裸全身編みタイツは己の秘部が丸見えだが、彼女は己の全能感に酔っているのか特に気にする事もなかった。
それどころか、裸身に近づく事で得られる精霊との一体感を感じ、露出が癖になってしまっているのだ。
無論、脱いだだけで精霊遣いとしての技能が上達した訳ではない。
裸身はあくまで土台に過ぎない。
彼女の師たる黒妖精のサギニが精霊王に申請した事により、ヴェクストリアスがニンジャとして活動する時は上位精霊と契約状態となっているのだ。
なお、娼婦として活動時では中位精霊と契約状態となっている。
ちなみにだが、普段着、ましてや冒険者時代の鎧姿では補正は全くないので、その場合は元来の下位精霊との契約状態だ。
そんなヴェクストリアスの側には師たるサギニが立っている。
サギニは精霊王と契約する偉大なる存在だ。
無論、武術、体術、精霊魔術全てにおいてヴェクストリアスに勝る。
サギニの装備はヴェクストリアスと同じ全裸全身編みタイツ姿だが、細い紐のようなモノ…力の帯で亀甲縛りにしている事だけが違っていた。
ヴェクストリアスはサギニに師事する事で、この世界におけるエルフを凌駕する存在になろうとしているのだ。
「さぁ、夜は我らニンジャが支配する刻。ジエラ様の御為、鍛錬に励むとしましょう」
「はッ」
・
・
バキッ!
ギィン!
闇夜に二つの影が舞う。
両名は風の上位精霊を身に纏う事で、高速移動や超常の跳躍を可能にしている。
互いの距離が離れれば地水火風の精霊魔術が飛び交う。
接近すれば互いのニンジャ武器が火花を散らす。
仮に動体視力に優れた者が彼女たちの鍛錬を見る事が出来たのなら、精霊の輝きの中で艶姿の女性の乱舞が見えたかもしれない。
しかし、実際にはドラゴンが巣食う海の近くで、不気味な金属音と謎の光がチカチカ見えるのである。
近くに住む住民たちは恐れて近づこうとしなかった。
「はッ!」
ヴェクストリアスは冒険者時代には弓と短剣を得物としていたため、当初はその特徴的なニンジャ武器に面食らったが、今ではすっかり手に馴染んでいる。
ヴェクストリアスが巨大な火球を目眩しに、更に棒手裏剣を複数投擲する。
闇夜に高速で飛ぶ棒手裏剣は常人には全く知覚出来ないだろう。しかしサギニは精霊による探知技能を以って、己の周囲の事象を把握しているため対処は容易であった。
「甘いですね。…そら、避けなさい」
ギギンッ、ギギギンッ!
なんと、サギニはヴェクストリアスが放った棒手裏剣を忍者刀で弾き返す。
弾かれた棒手裏剣は当初よりも高威力で、更に風の上位精霊の力で殺傷能力が向上している。
「くッ、なんの! …水よ!」
ヴェクストリアスはサギニと間に何十もの水壁を瞬時に展開させる事で、棒手裏剣の威力を中和しようと試みた。
それにより辛うじて回避に成功する。
だが安堵してはいられない。
中空に展開した水の壁の支配権をサギニが奪おうとしている!
「さぁ、力比べと参りましょうか。貴方が負けたら高水圧の水が襲いますよ」
「くううぅぅ…ああぁぁッッ!」
じわじわと精霊の支配力を上げるサギニ。
ヴェクストリアスは水の支配を諦め、迫り来る水塊に土塊をぶつける事で相殺を試みる。
しかし水圧を相殺しきれず、大量の土砂がヴェクストリアスを襲う。
「どうしました? この人間界のエルフとはその程度ですか!?」
(…くっ。サギニ様は余裕の顔だ。それに比べて私は…。いや、そうだけ伸び代があるという事だ!)
・
・
ギィン!
ガイィン!
サギニは鎖鎌でヴェクストリアスを襲う。
ヴェクストリアスは忍者刀で鎌を防ぎ、サギニがあえて作った隙に反応して反撃するも鎖によって阻まれる。
そしてヴェクストリアスは剣戟の最中、背後より風の圧縮弾が己に向かってくる事に気づき、慌てて精霊の防御壁を展開した。
ドゴッ!
「ッ!? ガフッ!!?」
しかし、それは囮。
本命は逆方向からの鎖分銅による攻撃だった。
ヴェクストリアスは背中を分銅で強打され、そのまま地面にと墜落する。
墜落による衝撃で岩礁の岩場を破壊してしまう。
痛みはあるが、戦闘の支障となる違和感はない。
ヴェクストリアスは全裸全身編みタイツというニンジャ装備の防御力に驚きつつ、更に鍛錬を続けようと立ち上がった。
「ぶ、分銅に全く気付けませんせした。今度こそ…!」
「今夜の鍛錬はここまでにしましょう」
「ッ。私はまだ動けます。ニンジャとしてサギニ様の手足となって働けるよう、もう一戦…」
「貴女の向上心は分かっています。しかし我が主人のお世話をするのもニンジャとして必要な事。さぁ、早くしないと間に合いません。急ぎ本拠地へと戻りますよ」
「は、ハハッ」
そして二人は娼館へと帰還するのだった。
都市に入ってからは屋根から屋根を移動するため、彼女たちは市民や巡回兵に認識される事はない。
ニンジャ二人は一陣の風のように主人の元に移動する。
・
・
かぽーん。
サギニとヴェクストリアスが帰還したのと、ジエラが一日の締めくくりに温泉に入るには同じ時間であった。
彼女たちは三つ指をついてジエラとスレイを出迎える。
当然、二人とも全裸であるが、先程の鍛錬による肌の怪我は全く見受けられない。
美しい肌艶であるため、二人が闇に生きるニンジャだと誰が想像できるだろうか。
「はぁはぁ♡ お待ちしておりましたジエラ様♡ 忍法・泡遁♡」
サギニはジエラに泡奉仕を始める。
サギニは己の肉体を以ってジエラに奉仕できる喜びに恍惚となっている。
更に他の娼婦との遊びがひと段落したベルフィも合流して、二人してジエラを泡まみれの揉みくちゃにしていた。
ヴェクストリアスはジエラの相棒であるスレイに奉仕する。
こちらの場合、泡奉仕ではなく肩揉みやマッサージが主だ。
「ヴェクストリアス。もうこの生活は慣れたか?」
「はい。かつて冒険者であった頃と比較にならない程に充実しております」
「ふむ。オマエの役…女王…だったか? アレは面白い。我が休んでいる間に舞台に立つか?」
「有難い申し出ですが私には荷が重いです。前座がムチを振るっては場の興を削いでしまいます。スレイ様のご迷惑となっては申し訳が立ちません」
ヴェクストリアスはそう言うが、本心は個室以外では活動したくないのが本音だ。
万が一にでも、自分の正体が露見する可能性は避けたい。
もっとも彼女がエルフにあるまじき肢体をしていると知っているのは同郷のエルフ女性たちなので、その可能性はゼロに近いのだが。人の噂は軽視できない。
ふと、彼女は思う。
スレイの正体は神馬であり、今は美女に変化している。そして武術の達人と聞かされているが、側で見ている限りは単なる露出系踊り子だ。そもそも馬が人に変化するなどヴェクストリアスは聞いた事がない。
サギニと共にジエラに泡奉仕しているベルフィは、普段は人間の娼婦にセクハラしながら遊んでいる。精霊遣いというが、…良くワカラナイというのが本音だ。
そして主人たるジエラは「こ、こんなコトしてるから、夢で…ンに泡姫しちゃうんだ」とか言いながら喘いでいる。
(…サギニ様は偉大なる精霊魔術の遣い手だ。他の方々はよく分からない。だがジエラ様は?)
ジエラはサギニの主人だという。
彼女は娼館の下働き、兼下着屋、兼用心棒だというが、用心棒とは言っても来店者と談笑しているだけなのでその実力は全くの未知数だ。
(サギニ様、ベルフィ様、スレイ様もジエラ様の妻や愛人だという。ジエラ様は女性でありながら同性がお好きなのは…まぁ個人の趣味嗜好と言えるだろう。…だが本当にサギニ様が忠誠を捧げるに相応しい御方なのか?)
ヴェクストリアスは疑問に思うが、すぐその雑念を振り払う。
師であるサギニが従う御方なのだ。
娼婦としての助言や、ニンジャ装備や武器を与えてくれた御方なのだ。
サギニとベルフィに二人がかりでぐっちゅぐっちゅされて…アンアン鳴いていて威厳もナニもないとしても。
(…余計な事は考えるな。それよりも明日は予約が2件。…そう言えばここのところムチを振るうのみで情報収集の成果が出ていない。任務を疎かにしてはサギニ様のご期待に背いてしまう。気を引き締めねばならないな…)
ヴェクストリアスは「明日は更に気合いを入れてムチを振るおう。私は娼婦の女王という意気込みで毅然と豚に向き合うのだ」と決意を新たにしていた。




