間話 女神の婚活事情 ①
よろしくお願いします。
「ラララ~~~。セフレぇ~~~、君は~~、僕の~~、太陽~~、ラララ~~」
「…チッ、また始まったぜ。毎度毎度うるせえなぁ」
「おい、静かにしねぇか! ここはセフレさんで妄想する紳士の社交場だぜ!」
「黙ってセフレさんを眺めてられねぇのかい!」
「ラララ――――ンンッンッ!! …失敬。…ラララ~~~~ッ!!」
自称・吟遊詩人の…ええと、名前は何て言ったっけ?
まあいいや。
吟遊詩人さんがボクの働いている娼館に通うようになってから一週間になろうとしている。
でも彼の態度はご覧のありさまで、ボクへの愛とやらを変なテンポで歌うものだから周囲の反感が物凄い。
それとセクシーダンサーでもあるスレイの調子が狂うんで、そっち方面からの苦情も多いんだ。
「おおセェフレェェ~~~ッ 女神よおぉぉおおぉ~~~ッ!! 僕にィ~~~ッッ!! 女神の愛が~~与えられるなら~~~ッ!! この命~~ッ!! 失いたい~~~ッ!! キミの為ならばぁ~~! むしろ死にたいィィ~~~ッッ!!」
……なんちゅう歌だ…。
ちなみにベルフィは「良く分かりませんけど、あの者はお姉さまの美貌を褒め称えているのですか?」と言って相手にしていない。
どうやらベルフィにとって、歌は美声とか音痴とか関係ないみたい。むしろ、「お姉さまを讃えるのであれば宜しいのでは?」というスタンスだ。
だけど、ボクのせいでみんなに迷惑かけているんだ。
内心辟易しながら吟遊詩人さんの側に近づき、「あの…。静かにしてくれませんか?」と注意してみる。
「おお〜〜ッ、セフゥレぇぇ〜〜、我が愛をぉぉ、貴女にぃぃ〜〜!」
すかさずボクの手に接吻しようとする吟遊詩人さん。
すると吟遊詩人さんと相席している他のお客さんが、ボクの手の上に自分の手を差し出して吟遊詩人さんの唇への身代わりにする。
ぶちゅ
今日の身代わりさんは毛むくじゃらの人だ。
彼の手を握って感謝する。
「ごめんなさい……ありがとう。ボクのために」
「い、いやぁ、セフレさんの為ならいくらでも…」
吟遊詩人さんは自分の世界に這入っているのか、何事も無かったように歌を再会した。
「あの吟遊詩人野郎…。腹は立つがヤツが歌えばセフレさんのお役に立てる。俺たちはセフレさんを守らねばならないんだ!」
「そうだな。セフレさんに手を握ってもらえる機会なんてそうそうねぇしな!」
「それじゃあ、次の吟遊詩人の相席権を賭けてセリを始めるぞ!」
「10!」
「20!」
「……50ッ!」
「ゲ…マジか…。……52!」
なんだか分からないセリを始めた皆さん。
ちなみにセリのお金はボクへのチップになるという。
でもあの吟遊詩人さん、毎度毎度「女神の為なら死ねる」とか言ってるんだよね。
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今日も吟遊詩人さんがやって来た。
吟遊詩人さんに注意をするのと一緒に、小さな手紙を彼の手もとに置いておいた。
その手紙には「今夜9の鐘の時、海辺の崖で待ってます。誰にも言わないで一人で来てください」と書いてある。
崖は海に比べて高い位置にあるんで、ドラゴンの脅威はないみたい。
でも、だからといってこんな時間に出歩くなんてしないだろう。
まさに密会にはちょうど良い場所なんだ。
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ボクは独り、崖で佇んでいる。
今頃は娼館では娼婦の皆さんがお風呂に這入って、ベルフィが三助を頑張っている時間帯。
夜の海。しかも断崖絶壁の崖。
月明りを光源とするだけだと、崖から下を覗き込んだだけじゃ底が全く見えない。
「この崖の下は底なしの穴なんだよ」と言われても信じてしましそうだ。
「…やあセフレさん。お招きありがとう」
そんな事を考えていたら吟遊詩人さんがやって来た。
…今夜は月が明るい。
その月光はボクたちの影を地面にはっきりと映すことが出来るほどだ。
そんな月明かりの下で改めて吟遊詩人さんを見てみると、彼は細面の美形さんだ。色白で背も高い。
「今夜は歌を歌わないんですね」
「…キミが振り向いてくれたんだ。僕の独演は無粋だろう…。…それにしても月明りに照らされた君は身震いするほど美しいね…。まるでこの世の女性とは思えない…月の女神のようだよ。…女神よ、僕と愛を語ろうじゃないか」
「ボクも聞きたい事があるんです」
「…ほう、光栄だね女神さま。…何かな?」
「お酒はお好きですか?」
「飲酒は嗜む程度だね」
「詩歌は得意ですか?」
「僕は吟遊詩人だよ」
「家事は得意ですか?」
「独り者だからね。同年代の男の中では得意な方だと思うよ」
「家庭を持ったら、奥さんだけを愛し続けられますか?」
「……無論さ。っておいおい、セフレさん、まるで婚前確認みたいだね…。ふふっ。性急な女性はキライじゃないよ…。さぁ、この美しい夜空の下で愛し合おう…」
ボクに近づき、そっと口づけしようとする吟遊詩人さん。
でも吟遊詩人さんの胸板に手を置き、接近を制した。
「ええ、結婚のお話です。ただし…お相手はボクじゃなくて本当の女神さまです。貴方はこれから女神の花婿になって下さい」
「…え?何だって? 女神と?」
「はい。これはボクからのプレゼントです。貴方は今日、今だけ戦士になって、そしてボクと戦って下さい」
そう言って彼に剣を渡す。
「? これはどういう意味かな? こんな意味のわからない座興はやめて、愛し合おう…」
「しっ。黙って?」
ボクは手を吟遊詩人さんの首に当てると、そのまま指で頸動脈を一気に絞め落とした!
「ぐむぅッ!?」
「お幸せに…」
失神した吟遊詩人さんをそっと横たえると、彼の額に『フッラさんへ』と書き込む。
そして石を抱かせて、そのまま崖下に突き落とした。
「…これで良いかな。…フッラさん、気に入ってくれると良いけど…」
◇◇◇
アースガルズ。
フレイヤの居城・フォールクヴァング宮殿。
「新しい魂がフォールクヴァング宮殿にやって来たようよ!」
「…えー。どうせ、野蛮でゴツイのでしょ? わたしパス」
「と、こ、ろ、が! すっごい美形なんだって!」
「…戦士様で美形って珍しいわね…」
「違う違う。戦士じゃなくて…線の細い…芸術家っぽいというか…とにかく今まで私たちヴァルキュリーとは無縁そうなタイプ」
「アースガルズに来るってことは戦って死んだ魂よね? でも戦士じゃない魂を宮殿まで手引きするんて誰の仕業かしら?」
「えー、ちょっと味見したいなー…って、もう誰かに持っていかれちゃったかな?」
「それが先約済みなのよ。魂に『フッラさんへ』って書いてあるんだって」
・
・
「フッラ様ーーッ! ただいまフッラ様宛の魂が宮殿に到着したとの事です!」
侍女がフッラの私室へ駆け込んできた。
フッラは怪訝そうに首を傾げる。
「…私宛? 私は野蛮な戦士なんかに用はありませんが」
「い、いえ…。それが…戦士ではなく、詩人のような優男でございます」
「ッッ!!?」
フッラは直ぐにピンときてしまう。
このフォールクヴァングは戦士を迎える宮殿である。
しかしやって来た魂は詩人のそれだという。
つまり、戦乙女が意図して詩人の魂をフォールクヴァングに送ってきたという事。
この知らせを持ってきた侍女によると、詩人はかなりの美形であるという。
そして詩人の容姿を聞くと、とことんフッラの好みに合致していたのだ。
フッラは慌てて化粧を始め、身だしなみを整える。
「……ジエラ殿ったら。本当に律儀なお方なんだから…。さすがフレイヤ様がお選びになっただけの事はあるわ。……ようやく私にも春が…。うふふふふふふふふ。化粧は薄いほうが殿方受けは良いかしら。事務的な服はよした方がいいわよね…。でも不真面目な女神だって思われたくないし…。うふふふふふ。いいわ。これから殿方の好みに変われば良いのだから…。あ、いけない。忘れるところだったわっ♡」
フッラはいつ必要になっても良いように、いつもピカピカに磨き上げている『黄金の子宝林檎』を手に取ると「はぁ―」っと息を吹き付け、キュキュキュと更に磨く。
最早リンゴというより、鏡面磨きで鏡のようになったそれに自分の顔を映してみる。
「…私もまだまだ捨てたもんじゃないわね」
フッラはニヤリと笑う。
「ジエラ殿から贈られた魂が及第だったら…。おめでた一直線!! 計画の成否を問わずに即結婚よ! もう誰にも嫁き遅れなんて言わせないんだから!」
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フッラは息を切らせながら詩人の元へと走る。
お淑やかに歩いても良いのだが、早く詩人に逢いたかった。
ちなみに走りづらいのは年のせいではない。
彼女はとっておきのドレスに身を包んでいるためだ。
ちなみに目一杯粧し込んでいるため、化粧が落ちるか気が気ではない。
「フッラ様、お早く、お早く!!」
「も、もう、慌てなくてもいいわ…。はぁはぁ。私ももう若くな…じゃなくて、貴方も侍女としてはしたないわよ。ゼェゼェ」
「んもうっ! 厚化粧って時間がかか…
「何かいいまして?」
「い、いえッ、…あ、あの方です!」
「――……ッッ♡♡!!!」
その詩人は多くの戦乙女に囲まれて竪琴を響かせており、彼女らはウットリと聞きほれている。
フッラは詩人を遠巻きに眺めながら、乱れた髪を手櫛で整え、着崩れたドレスを整える。
「戦乙女達も今まで相手してきた戦士とは異なるタイプの殿方に興味深々のようね。…でも、ふふふふ、その方は私のモノ。ジエラ殿から名指しで贈られたのだから♡ …細面の甘いマスク。…ルックスは申し分ないわ…! 外見的には私と同じくらいの年齢かしら。完璧よ。何も言う事ないわ。ジエラ殿ったら、あんなに露出好きでハレンチなのに何て誠実な方なのかしら。結婚式にはフレイヤ様の次に良い席をご用意させていただきますからね!」
フッラは思う。
もう『黄金の子宝林檎』の出番、待ったなしであると!
彼女は演奏が終わるまで、傍で彼の演奏を聴きながらリンゴを磨く。
そんな時間を幸福を感じていた。
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しかし、事件は起こった。
演奏終了後、あろうことか詩人は観客であるヴァルキュリー達の手の甲に接吻を始めたのだ。
しかも彼女たち対して「お美しい貴女方のおかげで、いつもよりも演奏に熱が入ってしまった」などと軽口を叩いている。
この詩人は女性に手が早いのではないかと疑ってしまうほどだ。
フッラはプルプルと震えながらに思う。
(…き、き、きき…きっとこのお方の人間界では挨拶なんだわ。正式に私と一緒になったら、他の女に接触しないよう教育しないと!)
すると詩人はフッラに向き直る。
フッラは「私への接吻は最後なの?」と思わないでもないのだが、それは大人の女性の余裕のつもりで、スッと手を差し出した。
すると詩人は接吻ではなく、フッラに問いかけた。
「ご婦人、教えていただきたいのだが…。私のお相手の女神様というのはどちらにいらっしゃるのでしょうか? あ、いや、失敬。忘れて下さい。こちらの美しいお方ですね?」
なんと、詩人はフッラの侍女に対して片膝をつき、「我が女神よ、お会いしたかった」などと、彼女の手の甲に改めて接吻をする。
「あ、あのっ!?」
侍女はアタフタしながら目の前の詩人とフッラを交互に見比べてしまう。
だが詩人はフッラなど眼中にないようだ。
彼は今までの経緯を述べる。
「とある女性…今では記憶も定かではないのですが、その者から女神と結婚するように言われて…そのまま意識を失ったのです。…気付いたら美しい女性に囲まれていた次第でしてね…。皆お美しいが、中でも貴女は最もお美しい。女神とはきっと貴女の事でしょう」
「「「ッッ!!?」」」
あろう事か、その様な事を真顔で言う詩人。
この場に集った戦乙女や侍女は硬直し、そして恐る恐るフッラを見やる。
フッラは無表情だった。
だがゆっくりと口を開く。
「その者は女神ではありません。ですが貴方のお相手の女神とやらには心当たりがあります」
そう言うとフッラは詩人に死国の女神ヘルを紹介する。
「おお、そうなのですか! …これは失敬しました美しい人。貴女に幸多からん事を…」
詩人は侍女に対して名残惜しそうに抱擁すると、フッラに対して「ではご婦人、ヘル殿はどちらにいらっしゃるのですかな?」と向き直った。
フッラは無言でギョル川を指差す。
ギョル川は死国に至る大河だ。
詩人が川を覗き込む。
「ほう。この先にヘル様が…私を待つ女神様がいらっしゃると。そこまでは舟で…おわぁッ!?」
ザブン!
なんと、フッラは詩人を後ろから突き飛ばし、ギョル川に落としてしまった!
「な、何をするのだあああぁぁぁ……」
流されていく詩人。
やがて見えなくなっていった。
彼はこのままだと運が良くて死国逝き。そこで絶望と共に生きる事になる。
そして運が悪くて死国の前で地獄番犬に喰われてしまうだろう。
・
・
「フッラ様ーーッ、なんて勿体ない事を!」
「ヘル様なんて…身体が半分死んで腐っちゃってるじゃないですか! オトコがいてどうするっていうんですか!?」
「そうですよぉ…。フッラ様が要らないなら私に下さればよかったのに…」
フッラは姦しい戦乙女たちをキッと睨みつける。
「論外ですッ! あの者は私の目の前で接吻を繰り返すというハレンチ行為を…! しかも私は眼中にないっていうの!?」
「手の甲に接吻…って、人間界の風習の一つなんじゃないですかぁ?」
「それにあの者はフッラ様の事を何も知らないのですから…。しっかりとご挨拶をすれば自らの誤りを謝罪するでしょうし…」
「それにフッラ様がその事を寛大にお許しすれば、あの者もフッラ様の大らかな心にコロッと参っちゃったかもしれませんよ?」
「出会いが気に入らないから即ダメだなんて…。その様な事ですといつまでたってもお相手が…」
「だ、黙りなさい…! とにかくっ、私の目の黒いうちは、ああいう軽薄な男がフォールクヴァング宮殿の近くをウロウロするなど認められません!」
「「「……はぁーーい」」」
フッラの一喝を受け、戦乙女たちはブツブツ言いながらも解散する。
そしてフッラは一人気合を入れた。
「…私は伴侶選びに失敗したくないのです。そして妥協する気も毛頭ないのです! ジエラ殿…貴女の恩返しは次の機会に持ち越しですわね!」
◇◇◇
ジエラたちのいる人間界
「…おい、吟遊詩人の野郎、来ないな」
「全くだ。毎日今時分には来ていたのにな」
「そう言えばアイツ、昨夜は宿に戻らなかったらしいぜ」
「くさっても吟遊詩人なんだから一つの街に長居しないんじゃないか? セフレさんの心が動かないもんだから次の街に旅立ったんだろ」
お客さまたちが吟遊詩人さんの噂をしている。
皆さんは勘違いしているよ。
吟遊詩人さんは次の街じゃなくて、異なる世界に旅立ったんだよね。
彼も女神と愛を育みたかったらしいから、フッラさんと幸せになって欲しい。
吟遊詩人さんはフッラさんの好みに合致していたし、フッラさんも焦っているみたいだから上手くいったよね。きっと♡
「おーい。さっきの注文だけど、取り消しって可能かな!?」
「…今日予約のお客さまってば時間になっても来ないわ! ああもうっ。突然予約がナシになっちゃうと時間枠に空きが出来ちゃうじゃないの!」
…でも何だか今日は取り消しやらキャンセルが多いな。
ま、いいや、お仕事お仕事!




