庭師とニンジャ
よろしくお願いします。
「…俺は主人の命令で悪人を始末している。夜は仕事にうってつけの時間なんだ。誰にも理解されないだろうが、それが俺のような闇に生きる者の務めだ」
エリックの曖昧な自己紹介。
彼はサギニのそれとは異なり、己の名から所属まで一切明らかにしていない。
だがサギニはその話に異常に食いつく。
「では私と同じじゃないですか。貴方もニンジャなのですか?」
「…よくわからんが、そうだと思う」
「なんという。まさここで同業に会えるとは…」
なんと、サギニはエリックを同業者認定してしまった!
もっともエリックの立場は地球世界、それも近世における『御庭番』に等しいので、サギニの『同業者認定』あながち的外れではなかったのだが。
もっとも同業だとしても仲間ではない。エリックはジエラ暗殺が任務なのだから。
だが、この場はサギニがエリックを同業と判断した為に丸く収まったようだった。
「これは万力鎖といって、最近のお気に入りです」
「ほう、そうか。なかなか興味深いな」
「はい。ジエラさまがお作りになった武具ですから♡」
「ほお。ジエラさまは素晴らしいな」
「はい♡ 私の身も心も捧げ尽くすのに相応しい御方です♡」
屋根の上で膝を突き合わせて世間話をする二人。
サギニがエリックの過去の任務話についてせがんできたので、彼は固有名詞を濁したまま話をする。
するとサギニが目をキラキラさせて喜ぶのである。
当初、エリックは目の前の素肌に全身編みタイツ姿に一瞬動揺したが、それはあくまで一瞬の事である。
(ふん。色仕掛けで相手の集中力を削ぐつもりか。ま、俺には通用せんがな。それに色仕掛けなどしなくともこの娘ならば大抵の武術家には負けんと思うが…、ジエラめ。ナニを考えている?)
「勉強になります!」
「そうか。それは良かった。…それにしてもアンタのその衣装は…、夜なら良いが、昼間は目立つだろう」
「大丈夫です。これはニンジャとしての衣装であり、ニンジャとして活動していない時は忍んでますから」
「そうか。なら、こういう話はどうだ。…ある男がいつも黒い服を着ていたんだ。すると周囲の者は『黒い服の男』と認識してしまって、時々茶色の服を着てもその者と気づかないんだ」
「きょ、興味深いですっ」
サギニからは完全に殺気が消えている。
平静を取り戻したエリックは、サギニと会話しながら今回の任務について心の中で整理を行う。
エリックは伯爵夫人付きの侍女セリーヌとの『害虫』についての取り留めのない会話で、庭師としての仕事を自発的に行うべく調査を開始した。
セリーヌとの会話から察するに、今回のターゲットはジエラなる女性。
ジエラという淫売はグスタフとジェロームという大貴族の跡取りに接近しているようだ。
何か恐るべきことを企んでいるに違いないだろう。
よって大事となる前にエリックが駆除する必要があった。
如何にジエラなる淫売が色気でエリックを誘惑しようとしても、訓練された庭師であるエリックには通じない。
よって駆除は容易である。
しかし、ジエラには目の前のサギニという強力な精霊使いが護衛として付いている。
(この娘のような護衛が付いているとは予想外だったが、護衛にしては頭が悪い。だが戦闘にはどうあっても勝てそうにない。…ならば…今日のところはジエラの一日を確認して毒でも仕込むか。ジエラ亡き後、コイツと縁が出来るかもしれんしな)
エリックはサギニからの印象を良くしようと考え、サギニが望んでいるであろう話をする。
「…俺たちは主人の命令に従い、暗殺や風評操作、情報収集など様々な任務をこなさねばならん。任務の障害となる者が現れても無闇に殺さず、誰がその障害を差し向けてきたのかを確認してから殺すんだ。無論、容易には口を割らんだろう。その場合『自分の命よりも命令を優先させるような組織が敵に回っている』という情報が手に入る」
「ふむふむ。勉強になります。…そう言えば私は下劣な男は有無を言わさず皆殺しでした。殺すなら拷問してから殺せばよかったんですね!」
「そ、そうだな。拷問はともかく、尋問は可能な限り行うべきだ。無論、尋問する余裕が無い時は殺すしかないが…。しかし俺たちの任務を妨げる組織の情報は、どんな些細な事でも収集すべきだな。尋問した後は殺すこともいいが、生かす場合は相手に誤った情報を与えて泳がすのもいい」
「ふむふむ。勉強になります。…では尋問は森乙女に任せましょう。連中なら気が狂れるまで責められます」
「だからさっきのアンタのように情報を得る前に俺を殺そうとしてはダメだ。ジエラ様に「あやしい男を殺害しました。しかし何の情報もないまま殺したので何もわかりません」と報告したら、叱責は免れんだろう」
「し、叱責っ♡!? …はぁはぁ♡ の、望むところですっ♡♡!!」
「…? だが、しっかりとした情報を得てから泳がすなり殺害すれば、ジエラ様を始め仲間が有利に行動できる。そうすればジエラ様もアンタの働きに感謝するだろう」
「か、感謝っ♡!? …す、素晴らしいですけど、どちらかというと私は叱責されてしまったほうが…♡」
何故か「はぁはぁ♡」と身悶えするサギニだった。
それからサギニはエリックに闇の仕事人についての活動や、心構えについて簡単な指導を受ける。
「だが目的達成までの間、拷問や尋問、ましてや殺害などは少ない方がいい。それこそやらないにこしたことはないぞ」
「…情報収集が大切なのに、拷問や尋問を行わないとはどういう事です?」
エリックは言う。
闇から闇への活動こそが肝要であるとサギニに言い聞かせる。
尋問や殺害は相手組織の注意を誘う。
『気づいたら、全てが終わっていた』というのが最上であると。
「よって情報収集には色々あるが…。拷問や尋問のような手段を取らずに、重要な情報を手っ取り早く聞き出す手段の代表的なものは女が閨で聞き出すことだ。男の油断を誘うのは女による色仕掛けが最も痕跡を残さない」
「そうなんですか。ニンゲンは度し難く愚劣ですね」
そしてエリックは「……アンタは女性だ。ジエラ様の為に色仕掛けでもなんでもして情報を集める覚悟があるか」と聞いたのだが、その瞬間、サギニは「それは出来ません」ときっぱり答える。
「私は誇り高き妖精。例えジエラ様の為であってもこの身を穢すワケにはまいりません。…この身も心も既にジエラ様のモノですからっ♡ はぁはぁ♡」
「…ほう。ならばジエラ様が必要とする情報を集めるのに、重要な手段の一つを欠くこととなるな。誰か他の者を手配する事も視野に入れねばならない」
「他の者…。色仕掛けの情報収集なんて器用なマネはドライアードには不可能ですし…。ああ、ジエラ様は私だけではご不満だとお考えなのでしょうか…。そんな…。こんなにもジエラ様に尽くしているのに…」
「ああ。どんなに優れていてもアンタのような戦闘者一人ではどうにもならん時がある。情報収集というのはその最たるモノだな。他にもジエラ様とやらの任務の内容によっては、それを専門とした連中が必要な事もある。…そう言えばアンタはエルフだから、エルフ族にアンタの様な戦闘者を扶ける組織はないのか」
サギニの答えは「否」であった。
しかし『サギニを補助するエルフの組織』という考えに何か思うところがあったのか、彼女は「ニンジャ…。組織…」とブツブツと独り呟いている。
そして、サギニは不意に立ち上がり、エリックに一礼する。
「ありがとうございます。貴方のお蔭で、私に何が足りなかったのか、次にジエラ様の為に成すべきことが分かりました。貴方の任務が成功する事を祈っています。それでは!」
サギニは居てもたってもいられない風に、まるで消え去るようにその場を後にした。
エリックの任務がジエラ殺害であるとは微塵も思っていなかったようだ。




