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間話 ブリュンヒルデの暗躍 ②

よろしくお願いします。


ここはナキア伯国とコーリエ伯国の境界。

辺り一帯は荒野であるが、唐突に存在したオアシスと、それを中心とした肥沃な土地がある。

ブリュンヒルデ率いるコーリエ伯国の役人団と、招待された有力商会の面々が秘密裏に会合を行なっていた。

ちなみに商会の面々は此処がすでにナキア伯国領であると気づいていない。



「ほほお…。これはこれは素晴らしいオアシスですな。それでこのオアシス及び周辺の肥えた土地を担保に融資が欲しいというお話ですか」


「それにしても素晴らしい…。寂寥とした荒野において、南国の楽園とも思える清涼感…」


「此処まで開発するのは並大抵の努力ではなかったでありましょうが…。なぜこのような荒野の奥まったところをオアシスに開拓したのでしょう? ちと…いやかなり不便すぎますな」


「いやいや、荒野の中央だから良いのではないか。コーリエ伯都に近い位置であったならここまでの感動はあるまい」



そんな商人たちの相手をするのは、近頃コーリエ伯爵ショヴァンの信頼篤い側近・ブリュンヒルデである。

彼女は華美な鎧を脱いで、現在は女官のような格好をしている。


壮年老年の役人達を代表して小娘とも言える彼女が大商会の投資部門の長と相対するのは些か不自然ではあるが、ショヴァンが「そうせよ」と命じたのだから従わざるを得ない。



「…遺跡から古代の秘術が記された古文書が発見され、それを我がコーリエ伯国の魔術師たちが解読したところ、どうやら土地と土壌の改変に関わるモノだったのです。 しかし伯爵閣下は術が失敗した時に領民に被害が出るのではとの危険性を憂慮され、このような辺鄙な土地で実験を行いました」


「ほうほう」


「結果はご覧の通り大成功です。まあ現在では失われた術であるため運も良かったかもしれませんが。運が味方したのもひとえに伯爵閣下のご人徳の賜物で御座いましょう」



商人たちは強欲で名高いコーリエ伯爵に人徳(・・)などという言葉は不似合いではないかとは思ったが、それは言わぬが花。



「…素晴らしい成果ですな。ならばその秘術とやらを以ってすれば、このオアシスのみならず荒野全体を肥沃の大地に…。いや、アリアンサ連邦全土の土壌を大幅に改善できるのではないでしょうか。ショヴァン閣下の功績は連邦に鳴り響くでしょう」


「…それが…秘術の触媒となる太古の魔道具は使い切りだったようで、儀式が終わると同時に消滅してしまったのです」


「…それは残念です」



全て大嘘である。

しかしブリュンヒルデが神妙な表情で語るのと、己の名誉に執着する事で名高いショヴァンがこれ以上の手柄を誇示しない事を考えると、彼女の言うことは誤りではないだろうと商会の面々は納得した。



「しかし…。この素晴らしい土地ですが、問題は僻地であるという事です。此処を担保と申されましても、商会の利益を考えますと…」


「そうだな。コーリエ伯国が此処を開発したいという気持ちは理解できる。だが開拓村を創るには並大抵の資金では追いつくまい」


「開拓村の領民は連邦の貧しい土地で喘ぐ貧民を中心に、連邦全土から希望者を募集予定ですか…。とすると予定の人口は…」



投資したいが資金を回収できるのか、他の投資先に優先してこのオアシスに投資したところで予定以上の収益を得られるのか、つまりどれほどの利益を商会にもたらせるかを考える彼らを前にブリュンヒルデはニコリと笑う。



「…正確には担保ではありません。コーリエ伯爵はおっしゃいました。「商会の資金で作られた開拓村は商会の自治とする。商人たちの管理経営に余は如何なる口も手も権力も出すことはない。村の運営から税の収納まで全て己が責任を持って行え」と。つまり、この地、そしてこれから出来上がる開拓都市は、コーリエ伯国の傘下ではありますが貴方がたの…商会による自治都市です」



「ーーーッッ!?」



前代未聞の都市構想に商人達は息を飲む。

『自治都市』という単語が彼らの心を鷲掴みにする。

そしてオアシスと大農地に隣接する街並みを夢想する。



「我らの支配する…自治都市…だと」



ブリュンヒルデは頷き、話を続ける。



「この地は塩の一大産地であるナキア伯国の隣に位置するため、中継地として発展が望めます。オアシスを中心とした農地も期待できるでしょう。しかもコーリエ伯国においてはこの地を経由して運ばれる塩を含む一切の商品に関税を掛けない予定(・・)です」


「「「おおっ!」」」


「しかもこの地は風光明媚なオアシスがあり、この地に名だたる貴族様がたが別邸をお持ちになる予定(・・)です。この意味、商人殿なら分かりますよね? つまり、この地を開拓するのは大貴族の方々の総意(・・)とも解釈できます。それに協力する商会は貴族様の覚えは良くなり、反対する商会は残念な結果になるでしょう。そしてこの地を支配すれば侯爵様を始めとする大貴族様と直接(・・)お近づきになれるのは必然です。今後、更なる商機を得られるでしょう」


「「「な、なんですと!?」」」


「…私がもし貴方がたの立場なら商会の全てを賭けてみようと思います。真の英知を持つ者とそうでない者がいるとすれば、その差は真っ先にチャンスを掴み取ろうとする決断力があるか否かです」


「「「………ぐ、ぐむぅ」」」


「ああ、もう一つ忘れていました。コーリエ伯爵は仰いました。『この開拓地の支配権は最も資金を融資した商会のものであり、資金力で及ばなかった他の商会は融資金額の割合に応じて議会議席を得よ』と。伯爵閣下からの命令は以上になります。宜しいですか? …皆様の開拓に関する意気込み、心待ちにしております」



ちなみに貴族たちがオアシスに別荘を持つという話はについては『予定は未定」。未だ形になっていない。コーリエ伯をそこそこ嫌っていないであろう家を何家か招待した程度だ。無論の事、彼らは「都市とせよ」とは言っていない。が、商会の面々は揃いも揃って誤って解釈していた。

更には大貴族の面々の肝いりの事業故に商会はオアシスを中心とした開拓事業に投資せよと通牒を突きつけられたのだと感じている。


投資するからには旨味を得なければ損である。

しかも投資割合に応じて都市の支配権を得られるとあらば、ブリュンヒルデの言う通り商会の全てを掛ける恐れも出てくる。つまりチキンレースになりかねない。


此処に集まった彼らは投資部門の担当者であるが、商会の全てを掛けかねない大博打を即答するわけにはいかない。

商会頭や商会会合に話を通さずして迂闊な回答は出来るわけがなく、この場は曖昧な返答で従う他なかった。



「「「ははぁッ。コーリエ伯爵閣下の新都市への意気込み、非常に良くわかりました。どうかご期待ください」」」」





コーリエ伯国。

高級内政官執務室。


ここはコーリエ伯国の内政を担当する大臣、高級官僚たちが集う場所である。

普段はコーリエ伯爵ショヴァンの顔色を伺う日々であるのだが、オアシス開拓については唐突に全権を委任されたため、俄に活気づいている。


しかし彼らの誰よりも若い女性…ブリュンヒルデが我が物顔で音頭を取っているのだが、それに関して誰も文句を言う者は居なかった。

面倒極まりないショヴァンを説得した功績はあまりに大きいのである。



それにより当初は厄介事しかないと思ったオアシスだが、資金のめどがつき高級貴族が後押しするとなって全てが上手く回り始めていた。



「土地の所有権と自治権はエサとして申し分ありません。これで連中は競って資金を出すで御座いましょうな」


「うむ。己が商会が街の支配権議席を取れると確信できるまで、それぞれ際限なく投資金を増やすしかない」



そんな能天気な事を言うコーリエ伯国の内政官に、ブリュンヒルデはため息をつく。



「…油断はできません。このような街は前代未聞であるため商会も資金を出し渋るのは明白。連中が密かに談合を開き、お互いの出資金を申し合わせられたりしたら、出資金の総額が開拓に必要な最低限まで減少します。それでは開拓の規模が大幅に縮小されて伯爵閣下はお怒りになるでしょう」


「ではどうするのだ」と慌てる内政官に呆れつつ、ブリュンヒルデは解決策を提示する。


「それぞれの商会に怪文書を大量に送りつけます。『オアシスに興味を持つ多くの貴族様は集まらない資金にお怒りだ』『あの商会は伯爵に賄賂を大量に送った』『あの商会は本気だ。こっそりと商会の全貯蓄を賭けたようだ』など、お互いが疑心暗鬼に陥り、引くに引けない状況になるように仕向けましょう」



内政官たちは驚き、その効果を認めてブリュンヒルデの提案を実行する事を決定した。



ブリュンヒルデは思う。

この国はどれほど平和ボケしているのだろうと。

このような事、子供でも思いつきそうではないかと。



「…そう言えば他の貴族の方々との連絡は、密に厳に行なっていますでしょうか」


「ああ、そちらは問題ない。ブリュンヒルデ殿の提案通り、最初に貴族の奥方を中心とする子女を密かにオアシスに招き入れた。それ故に貴族の方々も動き出すしかなくなったようだ」


「全く女性の嫉妬は度し難い。あれほど迄に美しいオアシスに別邸を持たないかと提案された以上、持たなければ矜持(プライド)が傷つくからな。夫の尻も叩きたくなるだろう」


「昔から男を動かすのは女の役目。私たちはナキア伯国の隆盛を良しとしない家々を中心に、中立の家にまでオアシスへの別邸建築を提案しました。これはナキア伯国がオアシスに対して遺憾の意思を示した場合、各家に我らの味方になっていただくのが目的です」


「うむ。現在のところ上々の反応だ。それにしてもあの(・・)唯我独尊のショヴァン閣下が、よく他家の力を借りようなどという提案に賛同したものだ」



ブリュンヒルデは「ふっ」と笑うが、小娘である彼女の不遜な態度に誰も気づかなかったようだ。



「閣下に「オアシスの噂を聞きつけた侯爵家を始めとする方々が、どうか別邸を建築させてほしいと懇願してまいりました。皆様は閣下が羨ましくて仕方ないのです。偉大なる閣下のご厚情を以てお許しくださいますよう伏してお願いいたします。きっと侯爵様たちはショヴァン閣下の恩を永久に忘れず、永久に感謝し、永久に閣下のお味方であり続けるでしょう」とご進言致しましたところ、大喜びでご裁可下さいました」


「…………」



無論、伯爵(ショヴァン)への話は大嘘である。

侯爵が、たかが伯爵に頭を下げるなどあり得ない話。

事実は別邸建設の話はコーリエ伯国側からの提案である。

それに声を掛ける家も選んでいる。

ナキア伯爵の政敵である伯爵家、そしてナキア伯爵家の寄親であるハージェス侯爵家の政敵である侯爵家に話を持ちかけたのである。



「…で、では先程の自治権の話は…?」


「それも閣下に「商人たちが開拓に必要な全ての資金を提供するから街を任せてほしいと申してまいりました。閣下は偉大な統治者であり全ての都市の上に君臨するお立場でございます。街造りや経営など俗事に腐心する必要などないでしょう。最初は商人共に全てお任せになるのが宜しいかと。しかしながら閣下の信頼を裏切るようなこと、つまり都市の完成後に閣下の名声に瑕疵が付くような気配があろうものなら厳罰に処して全財産没収の上、都市を取り上げれば問題ございますまい」とご進言致しましたところ、大喜びでご裁可くださいました」


「…………」



皆、呆気に取られている。


ブリュンヒルデの手法に「そ、それは、いくらなんでも…」と苦言を呈した者もいたが、彼女に「皆様方は失敗する事が前提なのですか?」と言われてしまっては押し黙るしかなかった。


美しい土地とオアシスを、潤沢な資金を以て開拓する。

しかもナキア伯国からの異議申し立ては大貴族の圧力で封殺。

如何にナキア伯国の後ろにハージェス侯爵家と彼の派閥が控えていようが、彼我の実力は拮抗以上が期待できる。

オアシス都市が悪政を敷かなければショヴァンの名声が傷つく事はない。



ブリュンヒルデの行動には問題あるだろうが、彼女の言う通り、結果さえ良ければ問題とはならない。


もっとも成功のポイントは彼らの主であるショヴァンが最後まで丸投げしてくれる点に尽きるのだが。



「…ま、まあ良かろう。我らの仕事は調整だ」


「そ、そうだな。大貴族の方への根回しが完全になった時点で、かの地に人と資材が溢れる事になるからな。眠れん日々が始まるぞ」



ブリュンヒルデは頷く。



「私は内政に関しては門外漢です。その辺りのお話は経験豊かな皆様方のお力に期待しております」


「ははは。辣腕そうなブリュンヒルデ殿にも不得手があるのだな!」


「うむ! 資金と後ろ盾のメドがたった今、今後の動きは個人の能力だけではない。長年の人脈もモノを言う分野だ。ブリュンヒルデ殿、ご苦労だが今後はショヴァン閣下のご機嫌取りに励んでもらいたい!」


「………はい。全てはコーリエ伯国のために」



何を愚かな事を、と、ブリュンヒルデは内心でせせら笑う。


彼女たち戦乙女(ヴァルキュリー)は平和を厭い、戦乱を好む種族。

友好国があれば互いを仲違いさせ戦争に導き、一人でも多くの戦死者を出して戦士の魂(エインヘルヤル)をヴァルハラに送るのが使命。


彼女が資金を集める理由など、国造りのはずがない。

無論、軍資金とするためである。


彼女の目的はコーリエ伯国を軍事偏重国家とすること。

敵国とかけ離れた内地国家が軍事に偏れば、それだけで周辺国が疑念を抱くのは自明の理。


特に仲が悪いという隣国・ナキア伯国との衝突が期待できる。



「…さて、後は集まった資金をどうやって軍事転用するか…ですね」



彼女は誰にも聞こえないように呟くのであった。




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