英雄に課せられる試練
よろしくお願いします。
◇◇◇
貴族さま一行が帰った後、ボクはフェイスヴェールを外して皆さんに頭を下げる。
完璧に変装して、更に顔まで隠したと言うのに彼らにはバレちゃったみたいだ。
「…なんだか面倒なお人に目をつけられてしまっているのね。同情するわ」
「いくらお貴族様でもアレじゃねぇ…。同じ貴族でもグスタフ様とは大違いだわ」
「ヒィ〜ッヒッヒッヒ。さっきの御仁はどうやら他国の貴族様のようだねぇ。しかし如何な貴族であろうとも他国であるナキア伯国での無法は許されんから、まぁ、安心さね」
…なんて良い人たちなんだ。
こんなボク達を匿ってくれるんなんて…。
⬜︎ 回想 ⬜︎
ボクたちを娼館まで連れてきた門衛さんたちは、説明も中途半端に「身体を壊さぬ程度にしっかりと働く事だ」とだけ言い残し帰って言ってしまった。
ボク、ベルフィ、サギニ、スレイは椅子に座った娼館の店長さん…楼主さんの前に立っている。
「何ですか此処は? お姉さま、特に面白そうでもありませんし、海沿いの森にでも行きましょう♡」
「……ふむ。此処が人間の宿か? 馬小屋やらてんとではない所で寝るのは初めてだ」
「如何なる場所であろうとも、ニンジャとしてジエラさまに付き従うのみです」
「…………うう。こ、こんなはずじゃなかったのに…。ボク、ぼくぅ」
…ああっ。
早く打開策を考えないと、さっきの想像が…現実に近づいてきちゃう
このままだと、ヘルマン専用の娼婦になって…そして捨てられて…。
……。
ううん!
諦めたら娼婦生活が始まっちゃうんだ!
まずは情報収集だ!
そこで、ちょっと怖いけど不機嫌そうにキセルを磨く楼主さんに自己紹介してみる。
楼主さんはヘキセンさんというらしい。
「あ、あの…。ボクたち、これからどうなっちゃうんでしょうか?」
「…娼館で働く娘がどうなるかって? そんなこと決まってるじゃないか。男共の相手をしてカネを稼ぐ。それ以外にナニがあるってんだい」
楼主のおヘキセンさんは年代物の重厚なキセルを口にするとぷはぁと紫煙を吐く。
「こ、困るんです。ボクはドラゴンを斃す為にナキアにやってきたのに。娼婦になっちゃうなんて…」
「…娼婦にしか見えないナリの娘がナニを言ってんだか。それに言うに事欠いてドラゴン退治だって? そんな細腕や邪魔にしかならないでかいチチで武器を振り回せるもんかね」
「ううっ」
今のボクの格好は『夏の普段着』な鎧。
つまりタンクトップにホットパンツ…要はワキ乳やお尻の肉が結構はみ出している。
やっぱり白銀の『 死にやすくて漢気を鍛える』鎧を着ていないんだから、こんなお婆さんにボクの漢気なんか分からないのかな。さっきは分かってくれたぽかったのに…。
ボクが黙っていると堪え切れなくなったベルフィが口を出してきた。
「…さっきから大人しくしていれば…。ショウフ!? 人間の仕事など知りませんっ。さっさとお姉さまを解放しなさい。私たちは忙しいんです!」
「…エルフの嬢ちゃんかい。これもまたえらく可愛らしいねぇ。この辺に屯する冒険者のエルフ共とはまるで違うじゃないか。ウチで働くなら大歓迎だよ。イ〜ッヒッヒッヒ」
ああっ。
ボクが頼りないからベルフィにまで迷惑がかかっているんだ。
手を握りしめる。
娼婦さんをバカにするつもりはない。
でも…。
ぼ、ボクは…。
しょ、娼婦には…なりたくない…っ。
「……アンタの気持ちも分からんでもないさね。そんなに綺麗なカラダを授かりながら奴隷さながらに娼婦家業だなんてねぇ」
そうなんだ。
ボクのカラダは…。
ボクの妻…フレイヤが…転生させてくれた大事なカラダなんだ!
男の人の欲望なんかに晒していいはずがないよ!
「あ、あのっ。ぼ、ボクは…」
言えっ。
もっと大きな声ではっきりと言うんだっ。
娼婦はイヤだって!
「…ボク…。実は子供がいるんです。まだ赤ちゃんで、ハイハイがようやく…。そんな可愛い盛りの子供を、仕方なく故郷に残しているのに、娼婦として働くなんて…。…だから…親として……子供に…申し訳ないっていうか…あの…」
でもボクの切実な告白はヘキセンさんには届かない。
「ナニ言ってんだい。そのカラダ付きで子供なんかいるワケないじゃないか。あんまりアタシをバカにするんじゃないよ」
「お姉さまっ!!? フレイ様との子供をぉ…もがもが!」
「ボクは…その…あの…」
ボクはベルフィの口を塞ぎつつ、しどろもどろに言い訳を考える。
するとボクをジッと見ていたヘキセンさんは「ふぅ〜」とため息を吐いた。紫煙がもうもうとしている。
「………ま、冗談はこれくらいにして、正直なところアンタの正体は何だってんだい」
「え?」
「アタシはこう見えて若い頃はいっぱしの魔術師だったんだ。アンタたちから感じ取れる…魔力…いや違うね、存在力ともいうべきか…そういったのがビシバシ感じられる。…単なる露出狂じゃあないだろ?」
え!
な、なんだ。
さっきまでの「アンタは娼婦になるべき女だよ」な態度はボクたちの反応を観察するのが目的だったのかな。
やっぱりボクたちが只者じゃないって分かってくれていたんだね!
「だがねぇ。事情は知らないが、いかにアンタたちが強かろうと、身元が疑われたからこういう話が舞い込むんだ。疑われる毎に戦ってうやむやにしていたら、アンタたちは最後まで身の置き場がないんじゃないのかい?」
た、確かに…。
「アタシも娼館なんて因果な商売やってるから…不幸な目に遭った女たちをたくさん見てきたつもりさ。アンタたちはナキアで働いて、身の潔白を証明するのが現実的だと思うんだがねぇ…」
そ、そうかも…。
そうだよね。
疑われるたびに暴れたんじゃ、そんなのどこが英雄なんだって話だよね。
「しかし、役人がアンタの職場として娼館を紹介したんだ。ここから逃げ出したら、それこそ役人共が黙っちゃいない。今度は奴隷市場行きかもしれないよ。そんときゃ奴隷市場をぶち壊すかい? そしてお尋ね者になっちまったら、結局のところ、何処にも行くところなんてないねぇ」
えっ。
ど、奴隷市場?
ぼ、ボク、売り買いされちゃう…の?
⬜︎ 妄想 ⬜︎
「さ、次の奴隷は今回の目玉商品です! ご覧くださいこの美貌! カラダも最高級です!」
「「「「おおおおおッッッ」」」」
ボクが全裸でお立ち台に引きずりだされると、会場は大きなドヨメキで埋め尽くされた。
ボクを食い入るように見つめる人、人、人。
「なんという美女…。まるで地上に迷い込んだ女神のようだ…」
「あのカラダ…天上の美でありながら…男を誘う色香に満ち満ちている…」
「是非とも我が愛人として囲いたい…!」
ああっ。
ボクを…イヤラシイ視線が…。
もうやだぁ…。
「…皆さんよろしいですか? では金貨100枚からスタートします!」
金貨の価値はわかんないけど、とにかくボクは金貨100枚らしい。
「200!」
「1,000!」
「1,500」
「1,800ッ!!」
「5,000ーーッ!!」
「「「おおお!」」」
金額がおおきく跳ね上がる度にそれに応じた大きなどよめきが会場を沸かす。
・
・
「16,000!」
「26,000だ!」
「「「うおおぉっ!」」」
・
・
ボクは気が気じゃなかった。
目をグッと食いしばる様にして瞑り、天井知らずにドンドン上がるボクの価格を聞いている。
せめて…せめてボクの自由をある程度認めてくれる人に買ってもらえますように…。
そしたら…いつの日か…本当の自由になって…。
・
・
「406,000が提示されました! 他にございませんか? ございませんね! ではこの奴隷は金貨406,000で落札されました!! 凄い金額です! この落札価格は当オークションハウス最高記録です!!」
パチパチパチ…
拍手が聞こえる。
おそるおそる目を開けると…。
獣欲の塊のような…トンデモなく肥満体な醜男がガッツポーズをしていた。
オークの方がまだ可愛らしい。
まるで名状し難くなるほどの肥満体の怪物だ!
「ひ…ッ!?」
彼はドスドスと壇上に上がってきた。
異様なほど太い短足に異常なまでの太鼓腹。そして吹き出物だらけの頬肉がブルンブルン揺れている。
「ぐひひひひ…。屋敷まで待ちきれん。今から可愛がってやるぞ…。覚悟はいいか!? ん?」
脂ぎった毛むくじゃらの指でボクの頤を摘まむ。
醜悪な顔がボクに近づけられると、口臭、体臭全てが悍ましいほどに臭い。
「い、いや…だ」
「…可愛いやつだ。お前の事は屋敷で一番豪華な部屋に閉じ込めて…昼夜可愛がってやるぞ。げへっ。げへへへっ!!」
「………ッ!!? やだぁッ! やだぁぁッッ!! おかーさーんー…!!」
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
涙があふれるのを懸命に堪える。
いやだ、そんな展開絶対イヤだ!
そんな未来ならドキュン客をお断りしてくれそうな娼館勤務の方がまだマシだ!
「…黙ってないでアンタが何者で、何が出来るのか話しな。アンタの事情が分からんことには、アタシに出来る事も分からんじゃないか。アンタが自暴自棄になって暴れちまったらどうなるか…アタシャまだ死ぬわけにはいかないからね」
「は、はいっ」
ボクは人間じゃなくてアースガルズから来た戦乙女…。
いや、違う。
戦乙女は種族名だ。質問の答えになってないよ。
例えばグスタフ様に「何者だ」って聞いたなら、彼は「ナキア伯爵公子」だって答えるよね。
「人間だ」なんて答えないよ。
だ、だから。
えっと。
騎士。
い、ぃや違う。
エルくんの話だと、『騎士』は爵位らしいんだ。
軽はずみに騎士だと名乗れないっぽい。
じゃ、じゃあ。
えっと…。
ボク、高校生の時に交通事故で死んじゃったから、何者だって言われたら…高校生?
いや、違うよ違うよ!
ボク…。
ボクは……?
………ボクは…?




