貴族と娼婦
よろしくお願いします。
◇
魔物のスタンピード討伐を祝う晩餐会は遅くまで続いたが、ついにジエラたち一行は姿を現さなかった。
「…ふむ。確かに約束していたワケではなかったがな。『流浪の女騎士』というのは宴の華になると思ったんだが…」
グスタフは知らない。
ジエラたち女性陣がナキア伯都の入都査問に引っかかってしまったばかりか、伯都滞在の資格を得るために娼館に案内されてしまった事を。
翌朝。
グスタフが兵士たちにジエラ一行の安否を問いただしたところ、なんと、彼女たちは娼館に雇われ、自由に外出できない状況にあるというのだ!
それを知ったジェロームは激怒し、テオドールは錯乱する有様だ。
「グスタフ、兵士の目は節穴なのかい? 将来のハージェス侯爵夫人を娼婦扱いするとは、私を軽んじているとしか思えないね!」(ギラッ!)
「ぼぼぼくくくノエルルルルフが、ベルベルヒューが! が! ががが!?」
「わあっはっはっは! 二人とも少しは落ち着いたらどうだ。ジエラ殿とエルフの娘は俺たちの同行者だぞ。まさか客など取らせんだろう」
「そうだとしてもこれが落ち着いていられるか! 一刻も早くジエラ殿を侯国にお連れしなければ、次はどんな扱いをされるか分かったものではない!」(ギラッ!)
「早く、はやくはやくく、ボボぼボクのモノに! ものに! もののーの!」
そして彼らの乗った馬車は、ジエラたちが閉じ込められているという娼館に向かう。
その娼館はナキアでも有数の高級娼館であり、グスタフも部下の慰労を兼ねて利用することもあったので、楼主とは顔見知りであった。
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「…イッヒッヒ。グスタフ様。ようこそ『水辺の歌姫』へ」
地味だが品の良い黒服を着た老婆の楼主がグスタフたち一行を出迎える。
若い頃は相当の美女であっただろうが、現在は『魔女』ではないかと見紛うような風貌の老婆であった。
「わあっはっはっは! 相変わらず不気味なほどに壮健そうでなによりであるな! いや、今日は客で来たわけではないのだ。 早速で悪いが昨日ここに連れ込まれた女性について話があるのだが?」
「…ああ、あの娘たちですか。皆、アタシの若い頃に似て美人揃いで有り難いですねぇ…。娘たちはとおぉ…っても役にたっておりますでね。ヒィッヒッヒッヒ」
「「「…ッッ!!!」」」
息をのむ貴族たち。
既に遅かったか!?
いや、しかしこの期に及んでおめおめと引き返す訳にはいかない。
ジェロームたちは「悠長な事をしている場合ではない! こうしている間にもジエラ殿が!?」「ベルベルふふぃぃーーフィーフィフィーー!」と、慌てて店の大広間に飛び込む。
未だ陽は中天であり、娼館の営業時間となっていないせいであろうか。
客の姿は見当たらない。
部屋の壁には魔道写真機によって撮影された娼婦たちの写真が飾られている。
写真はいずれもセピア色をしており、輪郭もいささかボヤけているが、娼婦たちの容貌を知るには十分だ。
そして軽食を楽しむための重厚なソファと足の低いテーブルが用意されている。
大広間の中央には大きめの台が設置されていた。
「…おや? 先日利用した時には、あのような台はなかったな?」
何度か利用した事もあるグスタフは店内のレイアウトの変化に気づいた。
「ヒィッヒッヒッヒ。お気づきになられましたか。昨日、新しく入った娘の助言を取り入れた次第でございますよ。アタシのようなババアにもなると、中々こういった発想に疎くてねぇ。大助かりですねぇ」
ジェロームとテオドールは楼主の言葉に耳を貸すことなく、娼婦たちの肖像に取り付く。
「まさかこの中にジエラ殿が!?」(キラッ!?)
ジェロームは娼婦たちの肖像写真を見渡す。
「私を買って欲しい」と言わんばかりの美しい女性の肖像写真がひしめくなか、一人だけ顔を隠した女性の肖像写真が目を引いた。
それは手の平で目元を隠した黒髪の女性の肖像写真。
しかも顔の下半分はフェイスヴェールで隠されている。
そのため人相は全く分からないが、一人だけ顔を完全に隠している娼婦に異様さを感じる。
その肖像に一瞬だけ惑わされたジェロームだが、直ぐにジエラの髪は白金色であると思い返し、慌てて他の全ての娼婦たちの肖像写真を見回すものの、ジエラの肖像は見当たらない。
ジエラは客を取っていないのかと安堵しつつ、ふと『黒髪の顔を隠した娼婦』の値段を見る。
「…な、なにっ!?」(キラッ!?)
なんとそこに記された値段は…『金貨1億』であった。
この『黒髪の顔を隠した娼婦』は己の一晩を金貨1億に等しいと嘯いている。
ジェロームはハージェス侯爵領の税収に関して詳しい資料を知らないが、おそらく侯国のみで考えるならば、年の税収は金貨にして100万枚に及ばない。
つまり侯国の税収全てを以ってしてもこの娼婦を買うことができない。
娼婦に金貨1億枚など噴飯を通り越して憤死すら生温い価格設定といえる。
いや、それどころか金貨1億枚などは連邦…いや大陸諸国の金貨の流通総数を上回っているため、当然足らない分は銀貨や銅貨、手形や為替も乱発しなければならない。
それら全てを娼婦との一夜に捧げるなど世界を滅ぼすに等しい。
まさしくこの『黒髪の顔を隠した娼婦』は「私を買って欲しい」ではなく、「私は話のネタ」と言わんばかりの態度であった。
無論、身請けなど論外である。
身請けするには娼婦の年齢を考慮した上で価格の10〜100倍の代金を娼館に積まねばならないのだから。
「べべべべるるる…!!??」
テオドールは目を疑う。
彼の妖精であるベルフィの肖像写真がそこに飾られていた。
他の娘のように微笑んでいることもなく、物静かな無表情でこちらを見つめているが、それでも元の夢幻的、幻想的な可愛らしさは損なわれていない。
それどころか幼い娼婦を演出しているつもりなのか、彼女は可愛らしい花束を抱き抱えており、まるで「私の花を手折って欲しい」と囁いているような倒錯的な色気を醸し出している。
そして肝心な彼女の値段であるが、『この館で働く女性全員に金貨1枚』とある。
単純に考えてベルフィを買うには総額にして金貨30枚ほどが必要となる。
それは『黒髪の顔を隠した娼婦』とベルフィを除いた最高価格の娼婦の値段が金貨1枚に届かない程度であり、金貨5〜10枚程度がナキア伯国の都市部に住まう平民の年収帯であると考えると、異常な価格設定と言えるだろう。
しかしベルフィを買うことは不可能ではない。
余程のお大尽しかベルフィを買うことなどできないだろうが、言い直せば亜人の少女を嗜好する富豪であればベルフィを買えてしまうのだ。
なお、いかに貴族の子弟とはいえ、テオドールの自由になる小遣い程度ではベルフィを買うことなど不可能。見受けなど尚更であった。
呆気にとられている二人の貴族を前に、楼主がゴツゴツした指輪で彩られた手を叩く。
「さあ、せっかく貴族様がおこしなんだ。開店の時間には些か早いが、娘たちの歓待とまいりましょうかね。ヒィ~ッヒッヒッヒ」
すると奥の部屋から娼館…水辺の歌姫で働く娼婦たちがしずしずと歩いてきた。
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さすが高級娼館である。
娼婦という過酷な仕事に従事していながら美しく己を磨き上げ着飾る女たち。
それは己の財産であり商売道具である『美貌』を魅せる努力を厭わないからである。
女たちは一様にグラマーであり、その肢体と抱き心地は男の欲望を余すところなく受け止めてくれるだろう。
しかしグスタフとジェロームが驚いたのは娼婦たちの容姿やカラダではない。
娼婦たちの着ている衣装…ドレスはグスタフ、ジェローム共に見たこともない程に見事な仕立てである。その素材は薄絹であったり、光沢を放っていたり、また女性の艶やかさを誇張するデザインなど、只事ではない仕上がりだ。
女たちの中にはドレスを着用していないものもいた。
その女性は下着姿なのだが、およそ娼婦がごとき連中が身に付けるとは信じ難い仕立てをしている。
当然グスタフたちは女性下着など門外漢だ。だがそれでも異常なまでの高級感はいやでも理解できる。それはまるで王侯貴族の女性、あるいは彼らに侍る女性が身に付けるべき代物であろう。
それらは地球世界の者ならば『男性を視覚的に、性的に愉しませる目的の高級下着類』と察することが可能であるかもしれないが、この人間界では全くの未知のモノであったのだ。
「うふふ。グスタフ様、御機嫌よう」
「あら、こちらのステキな殿方をご紹介してくださらないかしら?」
ソファに深々と座る貴族の男たちにセクシードレスやセクシーランジェリー姿の娼婦たちが群がる。
しかし貴族ともなると、彼女たちの艶姿に動揺するのも僅かであったようだ。
「わあっはっはっは! 悪いがそういう気分ではない。それよりもお前たちに聞きたいことがある。昨日、この娼館にやってきた女性についてだが…」
「おお、そうだ。ジエラなる女性についてお前たちが知っている教えよ!」(キラッ!)
「びぇるふふふーー、どどど、ど、どこここ!!?」
するとその時、奥の部屋からエルフの美少女が現れた。
てててっ、と早足で駆け、そのままテオドールに背を向ける形でグスタフの片膝の上にぺたんと座る。
「確かグスタフでしたか。相変わらずおっきなお腹ですね!」
そのままぽふぽふとグスタフの太鼓腹を弄ぶエルフ美少女。
エルフ美少女にはグスタフに対する恋心などない。
彼女にとって豊満な体型は嫌悪の対象ではなく、むしろ好ましい存在である。そんな事から彼の太鼓腹をオモチャ代わりに遊んでいるだけである。
彼女は人間の男を嫌い、男に触れる事も触れられる事も論外であったはずなのだが、豊満過ぎる体型のグスタフに対してはそれは当てはまらないようだった。
「びぇるふッッ!??」
しかし至近距離でエルフ美少女の衣装を見たテオドールは動揺しまくりである。
それもそのはず。
エルフ美少女の衣装は、緑色を基調としたセクシーな衣装。
それはこの人間界の者は知る由もないがベリーダンサーのそれである。
薄いサテン生地の細布を体に巻きつけ、それでいて下半身は前後に布を垂らしたのみの格好であるから、彼女の太ももから腰まで露になっている。
全身、上品な金属の装飾品が最小限身につけられているが、それが彼女の健康的な色気を後押ししているかのようだ。
しかし、彼女の顔の下半分はフェイスヴェールに覆われており、どこの誰と伺い知ることはできない。
そんなエルフ美少女は、グスタフの膝に座っただけで彼女の極薄の布地によって彼女の可愛い桃尻のラインが露わになってしまっているのだが、裸族である彼女は何の羞恥心もなく平然としている。
それどころかテオドールの存在など気にもせずに、笑顔でグスタフの太鼓腹をグーパンチで叩いていた。
「なななななな…!???!」
テオドールは一目で理解する。
顔を隠してはいるが、このエルフ美少女はベルフィであると。
そして彼に身も心も捧げたはずのベルフィがグスタフの膝の上で遊んでいる。
…なお、それはテオドールの勘違いで、実際の相手は『蔓草を媒介にして人形となった森乙女』である。闇夜での出来事だったので、彼は相手の顔すら確認していないのだ。
しかし、彼はベルフィと愛し合ったのだと確信している。
なぜなら『ベルフィは偉大なる魔術師に愛される運命にある』と思い込んでいるためだ。
よって、彼の記憶にあるのは『ベルフィとのめくるめく愛の一夜』なのである。
そのため、テオドールは叫び出しそうになった。
必死になって「ベルフィ、これは一体どういうことなんだ。君は僕の妖精であるべきなのに!」と問い正したかったのだが、ベルフィの美桃尻のラインを至近距離から見た事に動揺した事もあり、辛うじて「びぇー」や「るひひッ」など奇声を捻り出すのがやっとの有様だ。
そんなテオドールを見た娼婦達は彼に現実を突きつける。
「あらあら、こちらのお坊ちゃんはビィちゃんにご執心なようね」
「うふふ。まだ子供なのに貴族様は早熟なのね。でもここは娼館。そしてビィちゃんは娼婦。ビィちゃんを買いたいならおカネを用意して下さいな?」
テオドールはガタガタ震え出した。
目の前の衝撃的な光景。
娼婦たちはベルフィの事をビィと呼んでいるが、彼が自分の妖精であることを見間違えるはずがない。
ビィというエルフ美少女は間違いなくベルフィであると確信できる!
そして女達から受けた「ビィは娼婦」「ベルフィが欲しければカネを積め」という非情なまでの宣告。
「あわわわー…あぶあぶあぶ」(ガクッ)
そしてテオドールは泡を吹いて失神した。
するとそこに新たに三人の娘たちが現れる。
一人は黒髪の美女。
一人は灰銀の髪をした長身の美女。
最後の一人は銀色の髪の褐色肌のエルフ美女だ。
三人が三人とも、エルフ美少女と同じような格好をしているが、特に褐色肌のエルフの場合、同様の衣装の下に全身編みタイツを着用している。なお、よくよく観察しないと分かりずらいが、灰銀の髪をした美女は、衣装の下に紐のようなものを身体に巻いている。
「いらっしゃいませ。ローレライにようこそ」
そう言うのは黒髪の女性である。
鈴を転がすような心地の良い美声。
黒く美しい濡羽色の髪は艶やかに輝いている。
しかしその顔は、エルフ美少女同様に薄いフェイスヴェールで覆われており、目元を除いて人相を伺う事は出来ない。
しかしやや切れ長気味の大きな蒼い瞳は、蠱惑的なまでに見る者を引きつける。
黒の極薄サテン製の踊り子服は、ビィたちが纏うのと同様にベリーダンサー衣装であるが、似ているのは服のシルエット程度で、その布面積は他の娘と比較すると扇情的なまでに露出過多であった。
黄金のチョーカー、黄金の腕輪、黄金の指輪が見事な存在感を示しているが、シャラシャラと鳴る黄金のコインベルトや各種飾り物と見事に調和している。
腰には二本の三日月刀を佩いており、その独特の形状は衣装に似合っていた。
そして彼女の魅惑的過ぎる肢体だが、まるで「美と豊穣の女神はこんな艶姿に違いない」と男の理想と妄想を具現化したかのようであった。
ジェロームたちは目の前の黒髪の女性が先ほどの「己の価値は金貨1億」と称する娼婦であると一目で気づいた。
そして同時に思い至る。
目の前の黒髪の女性…彼女はジエラが変装した姿だと!
「わあっはっはっは! どうしたのだ、ジエラ殿! その髪の色や格好は如何した事だ!?」
「ジエラ殿、貴女ともあろう女性が、なぜこのようなマネを?」(キラッ?)
貴族の男二人は彼女がジエラだと思い、そう声をかけた。
しかし彼女はビクリとした後、ソレを全力で否定する。
ちなみに目は泳ぎまくっていた。
「ひ、人違いです。ボクはこの水辺の歌姫の用心棒、セフレですっ。遠い、アラビア〜ンな異国から出稼ぎに来てるんです!」
「わあっはっはっは! 何を言っているのやら。姿は変われど、その声や雰囲気はジエラ殿と瓜二つだ!」
陽気に笑うグスタフに対してジェロームは不機嫌であった。
ジエラの貞操の危機と思い駆けつけたのにも関わらず、肩透かしを食らったせいかもしれない。
「…さぁジエラ殿、このような悪所は貴女には似合わない。それに薄汚い娼婦の真似事などしてどうするのです? さぁ、私とともに侯国にまいりましょう」(キラッ)
するとジェロームの言葉にカチンときた娼婦たちが詰め寄る。
「…酷い言いようですね。例え貴族様であっても、私たちを不当に貶める法はないと思いますが」
「それにセフレ姐さんを侯国とやらに連れて行きたかったら、金貨100億枚払ったら如何です? 払えないならお帰り下さいな?」
「…この女共…私に対してなんという態度だ…」(キラ…)
上級貴族たるジェロームは娼館など無縁の男であり、娼館など下々への褒美として話をすることがある程度で、自ら利用した事はない。
彼の日常に娼婦は登場しないのである。
よってジェロームにとって、娼婦など対等に話をする価値を見出せない。
ジェロームは侯爵家に敬意を払うことのない娼婦たちの態度に苛立つ。
「…私はジエラ殿との会話に忙しい。手短に謝罪する事を許す。グスタフはお前たちに甘いかも知れんが、それは誤りだと知るがいい」(キラッ)
「……ッッ」
流石に怯む娼婦たち。
すると見兼ねた楼主が口を挟む。
「はてさて。アタシと違い若い貴族様ともあろう者が記憶違いとはねぇ…。じえらとか言う娘はウチに籍を置いておりませんよ? それに残念ですがどうやらアタシどもの歓待はお気に召さなかったようですねぇ?」
気がつけばジェロームの周りからは女たちの姿は消えている。
何人かは奥に戻り、また何人かはグスタフの後ろに隠れているようだ。
グスタフで遊ぶベルフィはジェロームの存在など完全に無視しているように思えた。
更には楼主までが謝罪しないばかりか、暗に「帰れ」と仄めかす態度であった。
「…なッ!? 次期ハージェス侯爵たる私に向かって何たる無礼…! …ジエラ殿、黙っていないで貴女も何とか言ったらどうなんだ!」(キラッ!)
「………で、ですから、ボクはセフレです。ジエラとかいう立派な騎士様とは別人ですっ」
「くっ。ジエラ殿、貴女まで私を虚仮にするとは…。私が懸想していると知っているから勘違いしているのかな? 貴女にはレディとして、そして私に相応しい夫人となるよう教育が必要なようだ。ちょうどいい、貴女の従卒であるエルフ娘は娼館に置いて貴女だけでも…もがっ!?」(キラッ!?)
突如。
ジェロームの隣に座るグスタフが、その大きな手でジェロームの口元を塞ぐ。
ジェロームは「もがもが」とも喚きながらグスタフの手を引き剥がそうとするがビクともしない。
「わあっはっはっは! いやいや申し訳なまもも! この従兄弟殿は女性の扱いに慣れてなくてまもまも!つい心無い事を言ってしまったようももも…」
グスタフの太鼓腹で遊んでいたベルフィだが、いつの間にか彼に肩車して彼の頰肉を震わせて遊び始めていたので、彼の言葉は聞き取り辛かったかもしれない。
しかし口調はいつものグスタフだが、目は笑っていなかった。
彼は貴賎問わず庶民の仕事に理解を持っているため、ジェロームの暴言をこれ以上耳にしたくなかったのである。
グスタフは肩車したベルフィを店の用心棒だという黒髪の娼婦に預ける。
そして隣に侍る娼婦に小振りの宝石を握らせると「わあっはっはっは! 騒がせてしまって悪い事をした! ここは一先ず引き上げよう。セフレ殿、またいずれ!」とのみ言い残し、強引にジェロームを連れ出して帰っていった。




