門衛さんとのトラブル
よろしくお願いします。
そうこうしているうちにナキアの街に到着したぞ!
街を囲むように高い塀がそびえたっている。
塀の質っていうか造りも凄く立派だ。
街全体がお金持ちなんだろうな。
まだ街の中に入っていないけど、門から覗きみれる街の様子は中世ヨーロッパっぽい洒落た雰囲気を醸し出している。
ボクって、中世ヨーロッパっぽい街並みが好きなんだよね!
早く中に入って街の風景を満喫してみたい!
街を囲む塀。
その門に5人の守衛さんがたむろしているので、ボクは愛想よく微笑んでみる。
すると彼らはあたふたと騒めぎだし、目を逸らしたり、「ゴホゴホッ」とワザとらしく咳き込んだりして面白かった。
馬車の中からグスタフ様が声をかけている。
「これはこれはグスタフ様、エルランド様、無事のご帰還なりよりでございます」
「わあっはっはっは! この暑い中、守衛任務ご苦労なことであるな!」
エル君の行方不明は伏せられていたらしい。
特にエル君を見ても別段驚きもしていないようだ。
グスタフ様は守衛さんと軽く話をしていたけれど、早々に怪我をしたジェローム様を治療院まで連れて行かねばならないらしく、ここで一旦お別れになった。
「ではヘルマン殿、ジエラ殿、晩餐の時までしばしの別れだ。わあっはっはっは!」
そしてエル君ともう一人の根暗な貴族様も伯爵様に挨拶しなければならないとあって、お城にいくことになった。
「ヘルマンさんたちも僕たちと共に城へ参りませんか? …それにヘルマンさんを父上様に紹介したいんです」
可愛らしくはにかみながらヘルマンをチラ見するエル君。
……。
きっとすごい戦士が助けてくれたって自慢したいんだろうな。
あれくらいの年頃なら、強くて逞しいお兄さんに憧れる気持ちもわからないでもないよ。
ボクも師匠には憧れてたしね。
だけど!
エルくんが僕のヘルマンをヘッドハンティングしようと企んでいるのはお見通しだよ!
ボクはヘルマンの腕にひしと抱きつき、さも残念そうにお断りする。
「せっかくのお誘いだけど、ここはボクたち主従水入らずで海の下見をしようと思うんだ。晩餐っていうからには夕方でしょ。まだお昼になってないし、日が暮れる前に領主さまのお城にお邪魔するから」
「えっ、そんな…ヘルマンさん…」
エルくんがヘルマンを見ている。
「言ったでしょ。これからボクたちはドラゴン退治するんだ。海岸の地形を確認するとかドラゴンの目撃情報とかを収集するとか、やる事はいっぱあるんだ」
するとボクの意を理解してくれたヘルマンも力強く頷く。
「ジエラさまの仰る通りです。害獣退治を前にしていては落ち着きません。エル、夕方には会えるのだから、そんな顔をするな」
エルくんは「ジエラさんは僕の目を盗んでヘルマンさんを籠絡するつもりなんだ」とかブツブツ言ってたけど、やがて諦めたのか、最終的にはまるで恋人と別れるような顔をしながら去っていった。
そして根暗な貴族様も「ベルベルベル…いいいいしょッ、にぃいッ」とブツブツ言っていたけど、よくわかんなかったから無視した。
さて!
ようやくナキアの街にたどり着いたことだし、色々と楽しんじゃおうかなっ。
貴族様がいるとナニかと気が抜けないからね。
「ベルフィ、そろそろ街に入るよ!」
「少々お待ちを!」
門をくぐろうとしたころで門衛さんが声をかけてきた。
「…それで貴女たちは何者なのですか? …グスタフ様のお客人のようですが…身元を確認させていただきたいのですが」
え?
グスタフ様から何も聞いてないの?
これから入国(?)検査みたいなものが始まっちゃうの?
てっきりこのまま街に入っていいものだとばかり…。
すると別の門衛さんの一人が「それについては、さきほどグスタフ様お付きの兵らから聞いたのだが…」と話し始めた。
「…確かジエラ殿だったか。貴女は山賊に囚われていたとのことだが…」
「おお。こちらの御仁…ヘルマン殿に助けられたとか。そしてヘルマン殿は無双の豪傑らしく、グスタフ様の覚えもめでたいようだな」
「いや、俺が聞いた話だと…ジエラ殿の家は落ちぶれてしまったが、お家再興のためにヘルマン殿を婿にと考えているようだ…と。だがジェローム様がジエラ殿の事を気に入り、侯国に連れ帰ろうとしているとか…」
「そうなのか? …俺はジエラ殿はヘルマン殿の情婦だと聞いたぞ」
……。
…変な噂が立ってるみたいだな。
だいたいヘルマンの情婦ってナニ?
でも。
正しくはボクは戦乙女で、この人間界にやってきました。
イケメンな戦士をいっぱい討ち取って英雄になるんです♡
…だなんて言えない。
だけど「エルくんを山賊から助け出したんです」とも言えない。
道中、念を押されたんだけど、どうやらエルくん一行を襲ったのはオークの群ってことになったんで、盗賊についてはなかった事になっているみたいなんだ。
「…えっと…。ここにいるヘルマンはグスタフさまと共に魔物をやっつけたんです。…それじゃあダメですか?」
「おお、そうですか。ではヘルマン殿、貴方は何処からいらしたのですか?」
するとヘルマンは堂々と答える。
「ああ。俺はナキア伯国セダ村出身で、そこでは木こりをしていた。今は武者修行をしている」
ヘルマンはそう言うと、何やら木札?っぽいものを取り出した。
身分証っぽい。
え?
ボク、そんなの持ってないんですけど…。
「…セダ村のヘルマン殿ですな」
門衛さんは帳簿みたいなものを確認している。
帳簿にはナキア伯国を含むアリアンサ連邦の国名と、街や村の名前が記載されているっぽい。
だから存在しないような適当な村名を答えたらマズイって事だね。
それとなく聞いてみたら、身分証がない場合は税が取られるとかがあるみたい。
そ、そうなると…どうしよう。
ボク、セダ村近くに転移してきたんだもん。
村名なんてセダ村しか知らないし、それにアリアンサ連邦の他の国名なんかも知らないし!
正直に「アースガルズ出身のジエラです」なんて答えていいの?
うぅ。
どうしたら切り抜けられる…!?
そして、ふと見たら門衛さんはベルフィの出身を確認していた。
でも「私はお姉さまの婚約者です!」「婚約者? 亜人種族の風習は良くわからんな。要はジエラ殿が身元保証人ってワケか」程度で終わってた。
そしていつの間にか物陰で変身したのか、美女モードのスレイプニル…スレイも現れた!
馬の姿の時に積んであった荷物は、適当に纏めて肩から下げている。
スレイは武芸者っぽくチャイナドレス的な武闘服を着ているけど、スリットがものすごくて色々見えそうで見えない、問題ありまくりな恰好だ。
しかもチャイナドレスの下は紐水着な『力の帯』。
蹴りでもしたらアブナイなんてもんじゃない。紐だけだから股間やお尻が見えまくりなんだ。
でも元が馬だから、見られても平気な露出狂(?)だし…。
門衛さんたちは凄まじいまでのお色気チャイナドレス姿のスレイに、ボーッとしたりドギマギしている。
彼女は分かってやっているのか、スリットがものすごい腰から太ももまでを見せつけつつ「我もジエラの連れだ」とか言っている。門衛さんは「は、はい。ジエラ殿と同じ出自…と。ジエラ殿が身元を保証なさっているんですね」「す、すげぇ」と、あっさり認めている。
ちなみにヘルマンは突然現れたスレイにびっくりしてたっぽいけど、顔見知りなんで挨拶していた。
………。
いつの間にかボク自身が二人の保証人になっちゃった!
ど、どうする!?
こ、ここは……。ベルフィに倣って…。
こ、婚約者として…。
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ 妄想 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
「じ、実は…ボク、ヘルマンの許嫁で、ジエラって言います!」
そう言うと、ヘルマンの逞しい腕を胸に掻き抱く!
「だ、だから、ボクの身元はヘルマンが保証してくれるんです!」
い、一応ウソじゃない…と思う。
うやむやになっている案件だけど、セダ村の人たちはヘルマンはボクの許嫁って思っているんだ。
案の定、それを聞いたベルフィは激おこ!
だから小声で「この場凌ぎのウソだからっ」って説得してなんとか誤魔化した。
幸いにも門衛さんも納得してくれて、「ではセダ村のジエラ殿、ヘルマン殿とお幸せに」とか言いながら許可証をくれたんだ。
や、やった!
なんとか切り抜けたぞ…!
・
・
だけど…夜、宿で…。
・
・
「…ああッ」
ドサリ、とベッドに押し倒される。
「へ、ヘルマン…?」
ヘルマンはボクを真剣な瞳で見つめながら、おもむろに服を脱ぎ始めた!
「ど、どうした…の?」
半裸のヘルマンはボクにのしかかってくる!
「きゃあッ!?」
「…俺は、ジエラ様の忠実な下僕として尽くして参りました。しかし、貴女様は俺の事を将来の夫だと考えて下さるなんて! 自分はまだまだ貴女様に及びませんが、きっと期待に応え、貴女の夫に相応しい武人となって見せます!」
「ッ!?」
「貴女様への誓いを、今この場にて証明してご覧に入れます!」
「だ、ダメェーーッッ!!?」
・
・
チュンチュン
夜明け。
ボクはヘルマンの腕枕で…目を涙で濡らす。
「…うぅ。こんなコトになるなんて…」
ボクの軽はずみな一言で…婚前交渉されて…ヘルマンしか愛せないカラダにされちゃうなんて…。
ゴメン…ゴメンね、フレイヤ…。
バルドル……。
ボク、もう……。
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
あわわッ!?
やっぱりこの案はナシ!
ヘルマンが勘違いしちゃう!
そしたらボクの貞操が大ピンチだ!
じゃあどうする!?
正直に「アースガルズ出身です」って言っちゃう!?
門衛さんに知らないって言われるだろうけど、その時は「遠い遠い辺境の国ですから、知らないのも無理はありません」って言えば…。そして税については『黄金の指輪』で砂金を出せば…。
よ、よし! これならうまくいきそうだぞ!
少なくともヘルマンの許嫁作戦よりは!
ボクは門衛さんに向き直った。
「じ、実はですね、ボクはアースガルズの出身なんですよ」
「アースガルズ…?」「聞いたことないぞ?」
「無理もないです。このナキア伯国どころかアリアンサ連邦よりも遠く離れたところにありますから」
「………」
「れ、連邦の人間じゃないと税が必要なんですよね。砂金で良いですか?」
「………」
「あ、あの…。砂金…」
門衛さんたちが色々話している。
「そんなにも長旅を…。しかし連れのエルフといい、長身の美女といい、長旅を経た身なりには見えない…?」
「ああ。特にジエラ殿の髪。あれほどまでに手入れが行き届き、光り輝く髪などお目にかかった事がない。それに肌艶だって、旅人のそれじゃないぞ」
「うむ。まるで宮殿生活を続けた貴族様が散歩に訪れたようじゃないか。いや、貴族の令嬢でもここまで身だしなみを徹底していないだろう」
「ジエラ殿の外套だって、おろし立ての新品のようだ。…それに、今更に思ったんだが、この夏の暑い盛りに、黒い外套で身を包んでいるなんて怪しくないか?」
「「「…………」」」
門衛さんたちは訝しげな視線を向けてきている。
「……ジエラ殿、その外套を脱いでもらえないか。身を改めさせていただきたい」
黒い外套姿では暑いだろうって言われても、この外套…『鷲の羽衣』はどんな環境下だって快適をもたらしてくれる。脱いた方がかえって暑いし不快だ。そして外套の下はボクの力作・『戦場で死にやすい鎧』だ。
でも仕方ない。
これで疑いがはれるのなら、ちょっとくらい暑いのを我慢するくらい…。
そして外套を脱ぐと、門衛さんたちが息を呑んだのに気づいた。
『死にやすい鎧』
これは急所を晒し、更にちょっとばかり露出多めなのが特徴だ。
コレを着ても「なんと凛々しい騎士様だ!」って思われるくらい漢気を迸らせるよう訓練するための鎧。
「…ご覧のとおり、ボクは騎士なんです。アースガルズを離れて…む、武者修行してるっていうか…。そしたらナキア伯国にドラゴンがいるって聞いて、退治しようって…」
「「「………」」」
な、なんだか反応が薄いな…。
こんなにも凛々しい騎士姿を披露したのに。
おそらく、さっきからベルフィが「はぁはぁ♡ お姉さま、お姉さまぁッ♡♡」とか言いながら、ボクとスレイに交互に抱きついてきているから、緊張感が薄れているんだろうけど。
あ、そうだ。
姿を隠しているサギニにも登場してもらおう。
後で密入国がバレたらマズいからね。
それにこういう場だもの。サギニのお色気ニンジャ服にも自制してくれるに違いない。
そして側で控えているサギニが、精霊による目眩しを解除して門衛さんの前に姿を現した。
黒い覆面に鉢金。
腕と脚には黒の硬革装甲。
黒のマイクロなビキニは見えちゃダメなところだけ隠している。
その上から鎖帷子…どう見ても全身編みタイツにしか見えない。
そして全身の至る所に隠し武器が仕込んである。
「ジエラ様にお仕えしているニンジャのサギニです」
「「「…………」」」
すると門衛さんたちはしばらく黙っていたけど、思い出したように話し合いを始めた。
小声だから良く聞こえない。
「なんという女たちだ。ドラゴンを退治? 信じられないな」
「信じる方がおかしい。じゃあ、ナニをしにナキア伯国まで来たっていうんだ」
「連れのヘルマン殿は屈強な戦士。だが連れの女たち四人は…エルフを除いてだが…どう見ても貴族様の後宮からお忍びで抜け出してきたとしか…。しかし、貴族にあるまじき淫らな格好だぞ」
「うむむ。貴族さまのご側室か愛人だとしたら、グスタフ様の対応がわからん」
「いや、貴族さまのご側室とは限らん。どこぞの大店の商会長…。その愛人かもしれん」
「いやいや。商会長の愛人が…こんなに淫らな格好をするものなのか?」
「ならば…、考えられるのは…」
そして彼らは皆納得がいったという顔していた。
「ジエラ殿は…アースガルズとかいう国の出身とのことですが、あいにくとこちらで把握できません。そこでこれからジエラ殿の身元を保証してくれそうな場所にご案内いたします。あ、こちらの勘違いかもしれませんので、確かではないのですが…」
え!
ボク、この街には初めて来たのに、ボクの身元を保証してくれそうな人がいるの!?
これもボクの凛々しくて漢らしい騎士姿を披露したおかげに違いない!
そうすると、ナキア伯国のお偉い軍人さんとかかな?
「よ、よろしくお願いします! ボク、頑張って戦いますから!」




