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休息の合間

よろしくお願いします。



いいね!

ナキア伯国でドラゴンを退治したら、ジェローム様についてハージェス侯国に向かうのも十分アリだ!



「ベルフィ、これからの予定だけどさ、ドラゴンを斃したらハージェス侯国に向かうことについてどう思う? そこでコネ作りしたり戦争を誘導するんだ」



ボクはお偉いさんが集うパーティーに顔を出すことで人脈作りをすることをベルフィに提案してみた。



「…つまり…お姉さまの美しさを人間たちにお披露目するのですか?」



ベルフィはボクの話が分からないみたいだ。

まあ、ボクが〝強力な美貌の騎士″ということで名を売るのは間違いじゃないかもしれないけど…。



「…お姉さまの艶姿を人間たちが称賛する…。私は反対などいたしません。私もお姉さまのお供をします」



あ、そうだ!

ベルフィも一緒にお偉いさんに挨拶すればいいんだ!

ベルフィも妖精さんだけあってすっごい美少女だもんね。

貴族の皆さんが隣席するパーティーでも見劣りしないはず。

それにベルフィみたいな強力な精霊遣いさんも軍のお偉いさんと顔つなぎは必要だよね!


よーし!

ベルフィの理解も得られたし、ヘルマンやサギニは言わずもがな。

スレイプニルに至ってはボクの相棒だもの。反対なんかするはずがない。



「分かりました。ジェローム様、ボクたち(・・)はハージェス侯国にお世話になろうと思います。それにベルフィはスゴ腕の精霊遣いですから、きっとお役に立てますよ!」



ボクがそう言うと、ジェローム様はちょっと困ったような顔をした。



「…あの。何か?」


「……ううむ。そちらのエルフですが…。我が侯国では亜人は人間と共にいられないのです」


「え?」



詳しく話を聞いてみると、ハージェス侯国の場合、ベルフィみたいな亜人は誰かの所有物(つまりは奴隷さん)でないと都市に入れないのだとか。


ベルフィはエルフじゃなくて白妖精リョースアールヴだけど、皆さんは彼女の耳が笹穂耳なんで、彼女をエルフと勘違いしている。


でもこの場合はベルフィがエルフだろうが、そうでなくても、人間じゃないってだけでダメみたいだ。



「…思うのですが、ジエラ殿の故郷では貴族の従卒にエルフのような亜人種を迎えることは普通だったのでしょうか? しかし我ら侯国では亜人を従卒にするなど無作法は許されません。…ならば此れを機会にジエラ殿は彼女を解雇し、彼女を同族が住む故郷の森に返してやってはいかがですか?」


「…なっ!!?」



ボクが「事情も知らないでナニを言ってるんですかっ!?」と大声を上げるよりも先に異常な現象が起こった。

夏の日差しが降り注いでいた晴天は一瞬で黒い雲に覆われてしまったんだ!

ボクは慌てて横たわるベルフィを見る。

彼女は先ほどまでの弱々しさなんて微塵も感じさせない無表情(・・・)だった。



「ベルフィっ! 落ち着いてっ。ボクがベルフィと離れることなんかないからっ!」



すると曇天が薄れ、雲の切れ目から太陽の光が差し込み始めた。

良かったと思うや否や、またしてもジェローム様が余計なことを言う。



「…生憎だが我が侯国ではエルフのような亜人種は奴隷身分です。身の置き場すらないのです。ジエラ殿も名残惜しいかもしれませんが、貴族として生きる以上、亜人種との交流は控えていただきたい。…エルフの少女よ、今までジエラ殿の従卒、ご苦労だった。あとは私に任せて故郷に戻るがいい」



ゴゴゴゴ………。



すると今度は小さな地震が…いや地面だけじゃなくて空気もビリビリ震え始める。

更には周囲の森からは鳥や動物が一斉に逃げ出し始めた。



そしてベルフィは機械仕掛けの人形のようにムクリと上半身を起こすと、こちらを見ないままポツリと呟く。



「…私をお姉さまから引き離す? …人間、どうやら死にた…」


「ベルフィっ!? 気分が悪いんでしょっ! お願いだから安静にしてぇっ!」


「お姉さまっ! あれ程の暴言、お許しにな…ふにゃあぁぁ♡ お姉しゃまぁぁ♡♡」



ボクはベルフィに抱きついて、そのまま彼女の耳を愛撫する。

妖精族にとって耳への愛撫は愛情表現なのだという。

ボクは彼女の笹穂(エルフ)耳を優しくマッサージしながら「イイコ、イイコ、よしよし」とか言いながら慰める。

しかしジェローム様はボクが彼の提案を無視してベルフィとイチャイチャしているのが気に入らないみたいだ。



「ジエラ殿、貴女はそのエルフと私との将来、どちらが大切なのですかな? 亜人との交流など清算しなければ…」


「わーっ!? ベルフィ、聞いちゃダメっ!」( ちゅっ、ちゅっ)


「お姉さみゃあぁ♡ 私の耳にそんなにも情熱的な口づけを!  ベルフィわ、ベルフィわあぁぁッ♡♡」



ううっ。

ジェローム様に文句くらい言いたいけれど、侯爵家の人に逆恨みされたらボクの英雄への道が閉ざされちゃうかもしれない…。

ボクにできるのはベルフィの傷ついた心を慰めるだけだった。


でも、残念だけどジェロームさんに付いて侯国に行く案は没だな。

英雄への最短距離っぽかったけど、ベルフィを悲しませるワケにはいかないよ。



「…ジェローム様。せっかくのご提案ですけど、ベルフィと別れるなんて考えられません。ベルフィが一緒じゃないなら、侯国へのご招待は無かったことにしてください」



でもジェローム様は自分の提案が受け入れられなかったことで、機嫌が悪くなってしまった。



「…ふん。下等な亜人の分際でジエラ殿に気に入られているとは不快な…。ジエラ殿、何やら一雨来そうだ。血の高貴さも理解できない愚かなエルフ娘など放っておいて我らは馬車に参りましょう。そこで少々話をさせていただく…!」



ジェローム様は寝台車から立ち上がる。



「降りるぞ! 馬を止め…ッ?」

ガクンッ


するとボクたちが乗っている寝台車が大岩に乗り上げたかのように不自然に揺れ、そのままジェローム様は見えない誰かに(・・・・・・・)引っ張られる(・・・・・・)かのようにして転落しちゃったんだ。



「うおおぉぉッ!?」


「ジェ、ジェローム様っ」

「急に立ち上がれるなんて…」

「お怪我はッ!?」


「ぐ、ぐおお…」



ジェローム様は肩や腕を怪我したみたいだけど、「へ、兵士諸君。私は昨夜の戦闘で名誉の負傷をしたのだ。断じて荷台から落ちたのではないぞ。よいか、私は落ちなかったのだ…」とか言い訳をしていた。



そしてボクの耳にサギニの声が聞こえた。



(…ふん。愚かな人間め。…しかしお嬢様を…我ら妖精(アールヴ)を虚仮にするとは許しがたい。次は骨を折る程度ではなく闇に紛れて始末してあげましょう…)



あわわっ。

もしかして、ジェローム様の転落はサギニの仕業!?

そしてボクに抱かれたベルフィもぽそりと呟く。



「あの人間、私を前にしてお姉さまに横恋慕するなんて。…確かハージェス侯爵とか言ってましたね。後で侯爵領の位置を調べて干ばつと日照り、トドメにイナゴの大群で全滅させてくれましょうか…!?」



あわわわっ。



「べ、ベルフィ、一般の領民の皆さんに罪はないんだっ。迷惑かけちゃダメだよっ。サギニも、そんなに簡単に始末なんて考えちゃダメっ」


(……ふふふ。私の苦無は血に飢えています)


「くすくす…。己が領地が大変なことになっても、私からお姉さまを奪おうなんて気が続きますかね?」



ふ、二人とも、き、聞いてるうっ!?




◇◇◇



ヘルマンは馬に乗り、騎士団の一行と共にナキアの街に向かっていたが、ジェロームが荷台から転落したことで、移動は中断。そのまま休憩となった。



ヘルマンは空を見上げる。

先ほどは急激に空が黒い雲に覆われたが、今は黒雲など欠片も残っておらず、空一面、夏の晴天である。



「さっき地震が起こったが、大したことなくてよかったな」


「ああ。それに夕立でも降るかと思ったが…。不安定な空だ」


「むしろ一雨でも降ってくれれば涼しくなったかもしれんがな」



そんな会話が聞こえるが、ヘルマンは兵士たちの会話に入ったりしない。

彼は先ほどの戦いを思い起こしていた。

そしてジエラからの教えを思い起こしていた。



(無駄を極限まで削るんだ。目指すは最短最速の剣だよ)


(剣を腕や肩で振っちゃダメ。胸筋と背筋で振るんだ)



ジエラの言葉を反芻しながら、筋肉の動きを意識しつつゆっくりと大剣を振るう。



剣をどのタイミングで、どのように振れば良いか。

オーク共の合間をどのように駆ければ良かったか。

未だ、理想的な動きとはなっていないようだ。



(…うむむ。今回の敵は鈍重なオークだった。もし、素早い敵が相手だとしたら…。いや。相手がいかに素早くとも、ジゲン流の〝ウンヨウ”は雷の剣速。速さで劣る道理はない。精進あるのみだ!)



ヘルマンがそんな事を考えていると、ジエラが彼に声をかけてきた。



「ヘルマン。昨夜は御活躍だったみたいだね?」



当然ながら、ベルフィがジエラにぴとっ(・・・)と寄り添っている。



「は。ジエラ様のご指導のお陰です。しかし、まだまだ未熟であると痛感しております」


「徹夜だったんでしょ? 体調は大丈夫?」


「お陰を持ちまして、全く問題ありません」



するとそこに馬車から降りてきたグスタフたちが合流してきた。



「わあっはっはっは! ヘルマン殿!  さっそく昨夜の戦いを思い起こしておるか!」


「…随分と無駄な剣を振ってしまいました。乱戦において効率の良い剣の振るい方を模索している次第」


「おお! 良いぞ良いぞ!」



グスタフは太鼓腹を揺すり、大声で笑う。


それを見たベルフィは何を思ったか、グスタフの前に歩み出る。

そしてグスタフの…シャツがぱっつんぱっつんな太鼓腹をツンツン、やがてペチペチ叩き始めた。


ベルフィは肥満体の魔物であるオークを苦手としていたが、それは単にオークという種族を苦手としているのである。体型が似ているだけで己に害意がない肥満体(グスタフ)に逆に興味を持ったようだった。

少なくとも太った体型は『豊穣』と関連性があるのでマイナスの感情からではない。

むしろベルフィにとっては筋肉の鎧に覆われたヘルマンよりも好ましい存在だ。



「な、なんですか。このお腹は? 人間、夏だというのに貴方は冬眠するつもりなんですか?」


「わーっ!? ベルフィ、グスタフ様に失礼なこと言っちゃダメぇッ!」



驚くジエラだったが、当のグスタフは己の肥満した腹を弄ばれても豪快に笑う。



「わあっはっはっは! エルフ殿は俺のような体型の人間が珍しいのか? だが少しは遠慮して貰いたい! くすぐったくて堪らんのでな!」


「……」



無言でぽすぽす・・・・とグスタフの太鼓腹を叩いているベルフィ。

豪快に笑うグスタフ。

ベルフィの顔はどこか楽しげである。

しかしその光景を見て小声でわななくテオドール。



「ぼ、ぼぼ僕のエルフ…。エルフ…がグスタフ様の肉にきょ、興味を…持っている。どどどどうして…」



だが彼のか細い声など誰も聞いていないのである。





「さすがヘルマン殿! 戦士たる者、戦が終わっても慢心しておりませんな!」


「さっそくオークとの戦いを己の糧にしようとは!」



ヘルマンを囲んで和やかなナキアの重装騎兵の皆々。

彼らは先のオーク殲滅戦でヘルマンの武勇に心酔していたため、ヘルマンを『ジエラの愛人』と卑下している者は既に居ない。いや、むしろ「さすがヘルマン殿だ。美しい妻をお持ちだ」と考えている者が増えている程である。



兵士たちは思う。

精悍なる戦士・ヘルマンと、美しすぎるジエラ。

なんと絵になる二人なのだろう、と。


しかし、そんな雰囲気にいい気分ではないのはエルランドである。

敢えて、ヘルマンとジエラの間に割って入ろうとしている。


そしてジエラだが、内心ではヘルマンだけが英雄として賞賛されているのが面白くなかった。

自分も外套を脱ぎ捨てて、槍をもってヘルマンを指導しようと考えた。



(…エルくんに露出がどうとか注意されているけど、ボクの武の腕前をお披露目できればそんな些細な事は些細な事だよねっ!)



だがジエラが外套を脱ぎ捨てようと思い、手をかけたところで三角巾で腕を吊るしたジェロームが現れた。

肩から腕を負傷して痛々しいが、苦労を知らない御曹司ならではの軽薄そうな笑みは揺るがない。



「ははは。ジエラ殿、あちらで私たちの将来ついて話し合いを…うわわっ!?」



そう言いかけたとこころで、ジェロームは再び何もないところで転ぶ。

無論、姿を隠して潜むサギニの仕業だ。

何故か(・・・)全身打撲で身動きできないまでに重症を負っている。

もちろん、姿を隠したサギニが、彼が転んだ拍子に全身を叩きのめしたのだ。



「ぎゃああぁぁッ!」

「ジェロームさまッ!」

「な、なぜ軽く転んだ程度で、ここまでの大怪我を!?」


「ぐ、ぎ…、な、なひぇだ。なせ、わらひが、こんなみぇに…?」



しかしグスタフは笑う。

目の前で侯爵公子が大怪我しようと、「男子たる者が怪我などで騒ぐな」とばかりに呵呵大笑する。



「わあっはっはっは! ジェロームよ、そんなに怪我をして帰還しては皆が心配するぞ? 大丈夫か!? まぁ、男子たる者、怪我程度でオタオタすることはない!」



テオドールはグスタフの腹で遊んでいるベルフィに「ぼぼぼ僕と、あ、あっ、あちらで、ふ、二人のじじじじじ、じっ、時間ををお…」などとぽそぽそ話しかけるが、グスタフの腹肉をサンドバックにしているベルフィにはどうやら聞こえていないようだ。


そして結局のところ、ジエラはジェロームの大怪我で演舞どころでは無くなってしまったのだった。

がっかりしているジエラを見て、巨馬(スレイプニル)は呑気に思う。



(……ふむ。我もニンゲンのメスに変化して演舞とやらを…)


(余計なコトしなくていいよ! スレイプニル(スレイ)のミニスカチャイナドレスなんかで演舞なんかしたら色物だと思われちゃうでしょっ!)


(うむむ。次の戦場では我も戦わせてもらうぞ?)


(ええー。スレイプニルはボクの愛馬なんだから…)



ジエラは自分の露出過多な鎧を棚に上げつつ、スレイプニルと言い争いをしている。



そんなであるから、休憩時における皆の中心は終始ヘルマンだ。

ヘルマンはどこまでも謙虚であり、強さに貪欲である。

そんな彼を、兵士たちは尊敬の眼差しで見つめるのであった。




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