貴族たちの目論み
よろしくお願いします。
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貴族仕様の豪華な馬車にグスタフ、エルランド、テオドールの三人の貴族が乗っている。
もう一人のジェロームは体調が優れないとの理由から、急遽他の荷台を寝台仕様へと変えて横になっていたのでここにはいなかった。
なお、ジエラ一行はグスタフたっての願いでナキア伯爵に挨拶するために同道している。
「わあっはっはっは!」
グスタフは上機嫌であった。
夜通し魔物を屠り続けた事で気分がハイになっているともいう。
さらにはヘルマンの腕前を目の当たりにして気分は上々だ。
「わあっはっはっは! このようなところでヘルマン殿のような豪傑に出逢おうとは! そしてジエラ殿はヘルマン殿の武芸の師であるという。外套を羽織っているので良く分からんが、どう見ても武人には見えんのだがなぁ! エルランドはジエラ殿と行動を共にしていたのであろう。オマエの目にはどう映ったのだ?」
グスタフは弟に問いかける。
エルランドとしてもジエラが戦っているところなど見たこともない。
なので自らが見たことを正直に述べる。
「彼女は…お料理が上手でした。それにヘルマンさんの鎧も彼女のお手製です」
「ほう! では武芸の腕前の方はどうだ?」
「それは…」
エルランドは思い出す。
ジエラはヘルマンに『ジゲン流』とやらを指導する際、ヘルマンの足腰を撫で回すばかりか自らの豊満な胸を押しつけたりなどスキンシップに励んでいたことを。
それでいてチラチラとエルランドを意識しており、まるで「ヘルマンはボクの男だから♡」と言わんばかりの露骨さだった。
その事はヘルマンによって愛を知ったエルランドとしては面白くない。
なので彼は何とかしてジエラとヘルマンの仲を引き裂こうと目論む。
そして思いつく。
「…ジエラさんはヘルマンさんの指導に熱心でした。彼女を近くに置いておくのは如何ですか?」
「ほう! つまりジエラ殿を武芸師範として招いてはどうか、という話か!」
「いえ。そうではなく…いや、それとは別に、もっと身近な…例えば兄上様の側室としてお迎えするとか」
「………」
その言葉にグスタフはキョトンとした。
エルランドは更に言葉を重ねる。
「そのためにもジエラさんの従者であるヘルマンさんを重用なさるのが良いでしょう。ヘルマンさんの口からジエラさんに兄上様の魅力を伝えてもらえれば、ジエラさんとしても…」
エルランドは意識して従者という単語に力を入れながらグスタフに進言する。
断じてヘルマンとジエラは男女の関係ではないのだ。
エルランドとしてみればヘルマンを自分の侍従武官にできれば御の字である。
しかし如何にヘルマンとの愛を育んでいても、主であるジエラに「ナキア伯国を去るから!」と命ぜられてしまってはヘルマンとしては従わざるを得ないということが昨日の件ではっきりした。
ならばジエラ共々ナキア伯国に取り込み、更にはジエラがヘルマンにちょっかいかけたくてもかけられない立場に祭り上げるしかない。
そう。
それは次期ナキア伯爵であるグスタフ夫人という立場。
幸いグスタフは身分や血筋、過去に拘らない性格である。
なのでジエラが元・騎士爵令嬢で、(本人は否定しているが)山賊に陵辱された過去があろうともグスタフにとっては些細なことだろう。
差し当り最大の障害は父親であるナキア伯爵、そしてエルランドにとって義理の母親である伯爵夫人である。
没落した騎士爵家の娘を正室に迎えるのに反対するのは目に見えていた。
だがグスタフは伯爵家の都合など知らぬとばかりに嗤う。
「わあっはっはっは! それは面白いな! しかし俺はジエラ殿の武勇を目の当たりにしたワケではない。あのような食器以上に重いモノを持ったことのないような白い手で武芸の達人とは考えられん! だが誠に女武人であるならお前の話も前向きに検討すべきだな!」
「きっとジエラさんは兄上様にお似合いです」
「それにヘルマン殿の件はお前の言う通りだ。重要な役職に就かせて親交を重ねつつ、俺の右腕としてその腕前を奮ってもらうことにしよう! わあっはっはっは!」
「はい。ところで、ヘルマンさんは兄上様の副官ではなく…僕の侍従武官ということで…♡」
性別不詳…いや恋する少女なまでに可愛らしくモジモジするエルランドであったが、弟の不審な態度に気付かないグスタフは「それに」と続ける。
「ヘルマン殿の武勇は誠に見事であった! 勇敢でありながら勇猛! 兵士達もすっかりヘルマン殿と打ち解けているようだ。俺もジエラ殿の件がなくともヘルマン殿のような武人とは親しく付き合いたいものだな! おお、そうだ。勇敢と言えばテオドール殿の支援も実に見事であった! 正直、父上であるコーリエ伯爵閣下の評は身内の贔屓目かと思っていたが、あの見渡す限りの焼け焦げたオークの亡骸を見る限り、正に大魔術師の業であるな!」
今回のオークの群衆暴動だが、その中には焼死体も数多い。
そしてグスタフと彼が率いた捜索隊に魔術の心得がある者はテオドール一人だけである。
それ故、テオドールの魔術の評価はうなぎ昇りであった。
「ぼぉ、ぼぼ僕ボクぼく……よよよよく覚えてなくて……」
「謙遜することはない! 魔術の使いすぎで意識が飛び、記憶が曖昧になってしまったのだろう! テオドール殿が魔力が枯渇するまで奮戦したのは、そのやつれ果てた顔色で十分理解できる!」
「ああのあああのあの……」
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ テオドールの回想 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
夜明け。
テオドールは天幕から少し離れた草むらで目を覚ました。
夜通しの出来事に心身共に疲れきっている。
「う…う…」
げっそりと痩けた貌をした彼は魔術師の杖を文字通り杖代わりにして立ち上がるが、スムーズに歩くことができずにフラフラだった。
しかしそんな体調不良など関係ないくらいに彼は動揺していた。
「うう…。すす、すごかった」
彼は偉大なる魔術師である。
無論、女性の扱いも素晴らしいべきである。
魔術の勉学に励む傍、密かに女体関係の書物を漁り、イメージトレーニングを欠かさなかったのだ。
偉大な魔術師であると同時に女性の扱いも素晴らしいテオドールは、無垢な美少女を導くことを夢見ていた。
しかし、フタを開けでみればテオドールは相手の手練手管に圧倒されてしまった。
(き、きききっと、僕の魅力がが素晴らしすぎて、彼女ももが、が…ガマンできなかかかかったに違いない…!)
そんな思いで明るくなった辺りを見ると、なんとオークの死骸で埋め尽くされていた。
テオドールは頭痛がする頭を押さえる。
夜間に魔物の襲撃があったことを思い出した。
昨夜はエルフ美少女(?)による素晴らしく情熱的な奉仕(?)を受け続け、意識を飛ばしまくったせいで周囲の様子など全く気づかなかったようだ。
しかし異常なほどのオークの死骸を見て、昨夜がいかに激戦だったかが想像できる。
「…ああ、あの娘は…。ぼぼ、ぼ僕のエルフは無事なのか…」
テオドールは夜を徹して奉仕してくれたエルフ美少女(?)を探す。
そしてエルフ美少女が休んでいる天幕に忍び寄ると、中から彼女の「昨日は激しかった♡」「気持ちよかった♡」という甘ったるい声が聞こえる。
(……ぼぼ僕との、相性が…こ行為が、そそそんなにも…!)
などとテオドールが感動に震えていると、目当てのエルフ美少女であるベルフィが天幕から現れた。
相変わらず夢幻的な美少女である。
昨夜はこの幻想的に可愛らしい美少女とめくるめく一夜を共にしたのかと思うと、それだけで再び頭が沸騰する思いだ。
しかしテオドールが声をかけようとするも、エルフ美少女はオークの死骸に恐れ慄き失神してしまった。
そのまま隣にいる女騎士に抱きとめられている。
だがテオドールは見た。
相変わらずの超ミニから覗く肉付きのいいスラリとした太ももに、なんと血の跡が残っていたのである。
「ーーーッッ!!」
それは純潔の証に違いなかった。
テオドールは衝撃を受ける。
かの娘は生娘でありなから、テオドールに抱かれたくて、テオドールの情けが欲しくてあんなにも激しい奉仕をしてくれたのだ。自分の魅力が尋常ではなかったために我を忘れてしまったのだ。
この想いに応えるためにもエルフ美少女を愛人にするべきだ、テオドールは心に強く秘めたのだった。
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「……ぐ、グスタフ様っ、え、ええエル君っ。ああ貴方たちは……その…、エルフの女の子を、ど、ど、どどどどう思いますかっ!?」
テオドールは意を決して質問する。
「ん? エルフ? ああ、ジエラ殿の従者である娘か。…俺はかの娘には興味はないな!」
グスタフはアッサリと断言する。
彼は女性に無関心というわけではないが、関心の第一は『武術』や『鍛錬』にある。エルフが武芸の達人というわけではない以上、これといって関心はない。
「エルフ? ベルフィさんのことですか? …ぼ、僕はそれよりもヘルマンさんを侍従武官してからの生活を思うと…♡ あ、いや、なんでもないですっ」
エルランドも特にエルフ美少女に興味はないようであった。
「…そ、そそそそそうですか…! で、ではジェローム様も…?」
「ああ。ヤツは亜人など興味を示さん。あいつは社交映えする美女を手元に置きたがるからな!」
テオドールは魔術師のローブの下で拳を握り締める。
かのエルフ美少女…ベルフィを狙うのはテオドールのみであることがはっきりした。
仮にグスタフやジェロームがベルフィを妾にしようと思ったところで、かの娘の純潔も心も既にテオドールのモノなのだから、ベルフィがテオドールの元へやってくる未来は決定事項であるべきなのだが。
だが、彼らがベルフィの可愛らしさに気づいてしまうかもしれない。
ならばこそ、先手必勝としてテオドールは堂々と宣言した。
「……あのあのあの…。ぼぼぼぼく、エルフ…べっ、べべべりゅフィーーーさんが、ほほほ欲しっ。ほ、欲っ、ほほほ…!!!」
テオドールの実に男らしい堂々とした「ベルフィの身柄は僕に一任させてください」という宣言に、グスタフはキョトンとしたものの、すぐに理解を示して呵々大笑する。
「わあっはっはっは! テオドール殿はエルフの娘がお好みか! まあ女の好みは人それぞれであるからな! それにしてもエルよ、お前もテオドール殿とは同い年だ。お前もそろそろ女というものに色気をだしてはどうだ!?」
「え…。僕、ヘルマンさんさえいれば…♡ あ、いや、なんでもありません」
「おお、お前はヘルマン殿との交流がお好みか! まぁ、かの御仁の男っぷりは並々ではないからな! お前も彼を見習って男を磨くといい。せっかく素材が良いのだからヘルマン殿について男を学べば女の方から寄ってくる! まぁ、正室は父上の都合が入るだろうが、他の女は選り取りみどりに違いない! わあっはっはっは!」
「え、エル君は、ヘル、マン殿の元で、け、剣の修行で、ですか? き、君はあまり身体がつ、強くないのですから、程々に…し、してください…ね?」
「わあっはっはっは! テオドール殿、愚弟を心配して頂いて申し訳ない。愚弟もテオドール殿の様に魔術の才能でもあれば良かったのだがな! それにしてもテオドール殿はオークの大集団を魔術で屠ったのだ。きっとエルフ娘もテオドール殿の才能に惚れ惚れするであろうな!」
それを聞いてテオドールはハッとする。
そうだ。
昨夜は疲れ果て過ぎて記憶も曖昧であるが、どうやら自分はオーク嫌いなベルフィの為に無意識に戦ったに違いない。
偉大なる魔術師は無意識でも魔術戦闘が可能であるべきなのだから。
「…そ、そそんな…。それ、よりも聞きました。ぐ、グスタフ様は一晩中戦槌をふ、振るった、とか。じ、ジエラ殿も、グスタ…フ様に惚れ直すのでは、ないですか?」
「わあっはっはっは! 惚れるも何も俺は産まれてこの方ご婦人とは縁遠い! それに俺は守られるばかりのナヨナヨした婦人に興味はないのだ! だが少なくともジエラ殿は武の心得があるようだ! どれほどのモノかこの目で確かめてからだな!」
「…ヘルマンさんも僕の為に戦ってくれて…。僕、嬉しくて我慢でき…あ、いや、なんでもありません♡」
馬車の中は非常に和やかであった。
遅筆なんでお忘れでしょうけど、ベルフィの太ももの血痕は鼻血の痕です。あと、テオドールの相手をしたのはドライアードによる蔦人形です。




