オーク殲滅戦
よろしくお願いします。
◇
「くッ。押し寄せる数が一向に衰えん。オークめ、一体どれほどの数がここに集まっているんだ!?」
「ゼェハァ。そろそろ…マズイ…!」
疲労困憊な兵士たち。
すると彼らが守る天幕の方から凄まじい業火が迸る!
ドドドドドォォッッ!!
「「「ブギャアアァァッ!!??」」」
鶴瓶撃ちのような恐るべき火球の連弾!
次から次へとオークたちを火だるまにしていく!
火だるまになったオークは少なくなく、他のオークたちは明らかに怯んでいる。
その光景を見たジェロームは兵士を激励する。
「おお! テオドール殿が魔術で奮戦しているようだ! 皆はテオドール殿の邪魔にならんように左右に展開! その隙に疲れ切っているものは後方で休むのだ!」
そしてジェロームは目の前に繰り広がる魔術の奔流に舌を巻く。
(おおお…、なんという魔術の冴え…! 噂に聞く魔導侯爵に勝るとも劣らんのではないか!?)
ジェロームはアリアンサ連邦最強の魔術師・魔導侯爵マレフィキウムを思い出した。
老境にある魔導侯爵は既に第一線を退いて久しいが、現在は魔術師ギルド長として後進の指導に余念がないと聞いている。若かりし頃の侯はきっとテオドールのようであったに違いない。
しかし実際のところはまるで異なる。
テオドールは森乙女によって森の中で精気を抜かれまくっており、火炎でオークを迎撃しているのはサギニであった。ザキニは人間の兵士を突破しそうなオークたちを精霊魔術で燃やしているのである。
耳をすませば彼女が「火遁!」「火遁!」と謎呪文を唱えているのが聞こえるかもしれないが、あいにくとジェロームたちには魔物と人間の喧騒しか聞こえない。
だが、サギニの目的はあくまでジエラのいる天幕の守護。
差し当たってオークが優勢でなくなるまで攻撃を続け、両者が拮抗ともなればあとは様子見を決め込んだ。
彼女にとって天幕に向かわずに兵士たちを襲うオークは無関係ないのである。
そのために「テオドールの支援で一休みできる」というジェロームの思惑は脆くも崩れ去った。
「ど、どうしてテオドール様は助けてくれないんだ!? 魔力切れか!」
「アレほどの攻撃魔術だ! 魔力もそうだが俺たちも巻き添えになるからだろう!?」
「クソォッ!? オークに叩き潰されるか、それとも火炎で焼かれるかってか!」
「ジェロームさま! どうか指揮をぉ!」
すでにジェロームが後方で指揮をとるのみでは迫り来るオークの対処に追いつかなくなっていた。
「…くっ。わ、私も出るぞ!」(キラッ!)
目に見えて疲れが滲み始めている兵士たちの間からジェロームが躍り出る。
彼のレイピアが唸るとオークの顔面が切り裂かれた。
「ピギャアアァァ!?」
レイピアのような刺突系武具では腹などに突き立ててはそのまま肉に埋まってしまうため、ジェロームは目や鼻先などを傷つける。
しかし決定打とは言い難い。
オークは一旦は怯むものの、間も無くすると再び襲いかかってくる。
ジェロームの華麗な剣技も所詮は人間相手のものであるのだ。
(や、やはりダメか! しかし私は侯爵家の嫡男! こんなところで死ぬわけにはいかない! 何としてでも生き残らねば! この者たちを囮にしてでも!)
戦いつつもジェロームはオークを斃すよりも、兵士たちを生贄に逃げ出す算段をしている。
しかしその一方で底なしの体力を誇るグスタフは、疲労などとは無縁であるばかりか上機嫌であった。
「わあっはっはっは!」
ぐぉん!と彼の戦槌が唸りをあげると、分厚い脂肪越しに鎖骨を砕かれたオークが激痛に転げ回った。
「ど、どうしたのだ! グスタフよ、ずいぶんと機嫌が良く見えるぞ!?」
ジェロームが問いかけると、グスタフはこの状況にも関わらず陽気に応えた。
「己が力で敵を叩き潰せるのだ! これが笑わずにいられるか! それにどうやらエルの一行を襲ったのは賊ではなくオークの群れであったようだな! わあっはっはっは!」
その答えにジェロームを始めとする兵士たちが一瞬呆気にとられる。
なんとグスタフは魔物を相手に戦っている最中に、生き残れるかの保証もないというのに、目の前の戦いを楽しんでいるのだ!
そんなグスタフは当たるを幸いに戦搥を振り回している。
彼は鈍重だが、それはオークも同じこと。
彼が歩く先では肉の爆ぜる音とオークの悲鳴が量産されている。
「「「おおお! グスタフさまに続けぇッ!」」」
落ち込んだ士気は、グスタフの陽気さと勇姿によって奮い起こされた。
(…………)
だがジェロームはそんな彼ら、いやグスタフを見て内心では戦慄していた。
ナキア伯国は沿岸での塩産業を主体とするので、沿岸部ではない土地の開発は他の伯国と比べると比較的遅れている。
人間の生活圏が狭いということはつまりそれだけ野生動物の生活圏が広いということ。
この場合、野生動物には魔物も含まれるということにジェロームは今更ながらに気づいた。
普段、魔物たちは荒野や山奥などの己の生活圏にてコミュニティを形成しているのだが、今回はオークの群れが偶々人間の生活圏近くにまで移動してしまったのと考えられた。
当然、魔物の群れが数匹程度コミュニティを外れてしまったことによって、人間の兵士や冒険者たちに討伐されることは日常茶飯事である。
よって彼ら兵士にとって魔物の討伐は…今回ほど大規模かつ危機的状況なのは稀有であるが、ある意味では日常なのだ。
しかし侯爵家の御曹司たるジェロームにとっては日常でもなんでもない。
魔物など伝え聞く程度にしか知らないのだ。
そもそもジェロームは退屈な避暑地生活から刺激を求めてこのエルランド捜索隊に参加したのだ。
道中、絶世の美女に出逢えたことも素晴らしい。
だがたとえ退屈を紛らわすためとはいえ、己の生命を危機に晒して良いかと問われれば断固として否である。
重装騎兵50騎を引き連れての捜索行動であれば、正体不明の賊など己の危険もなしに一方的に狩れると思ったからこそ参加したにすぎない。
そのような思惑から参加したエルランド捜索隊。
普段彼が生活している宮殿では決して味わえる事のない野外での活動は刺激にあふれたものであったが、今回のように魔物に遭遇するとは全くの予想外であった。
いや、予想外とはいっても圧倒的に魔物を撃退すれば、これはこれで良い経験であったろう。
だが今の状況は彼の余裕を消しとばしていた。
やせ我慢で余裕あるふりをしているに過ぎない。
今はグスタフのおかげで一時的に士気が上がったが、間も無く気力では疲労を誤魔化しきれなくなるのは明白だ。
ジェロームはチラリと天幕の方向を見る。
彼が自ら兵士たちに語った通り、今のところテオドールの魔術攻撃が圧倒的であるようだ。
(休み休みであるが)つるべ打ちにされる火炎弾で天幕に近づくオークたちが一方的に斃れていく。
いざとなればこの場を離脱して、天幕の方向からの撤退を考える。
幸運にも魔物は鈍足なオーク。
グスタフを含めた兵士たちを見捨てれば、ジエラたちを連れて離脱できるだろう。
もう少し戦うべきか?
いや、何時テオドールの魔力が尽きるか知れたものではない。
撤退の決断をすべきか彼は迷っていた。
(……何時まで彼らに付き合うか?)
そんな心持ちで彼は心の中で自らを叱咤する。
(……私は…ハージェス侯爵家第一公子たるジェローム・ブランデルはこのような場所で朽ちる存在ではないのだ! 私だけは生還しなければならないのだ!)
魔物に対する恐怖、生命が危機に晒されている恐怖が彼の心を支配し、卑怯とも、いや、高位貴族として当然ともいえる考えに染まろうとした時だった。
「ブヒッ!」
ガキィンッ
「ッッ!? しまッ!?」
撤退が交戦か。
揺れ動く彼の心の隙を見透かしたかのようなオークの一撃が、彼のレイピアを弾き飛ばした。
「ぐぅッ!?」
剣を弾かれたはずみで転がったジェロームは、見上げる魔物が恐ろしかった。
そして貴族にあるまじき情けない悲鳴をあげてしまう。
「ひ、ひぃぃッ!! お、お前たち! 魔物を、倒せ! 私に近づけるなあぁぁッッ!!」
「ジェロームさまが危ない!」
「ジェ、ジェロームさまをお守りしろ!」
「し、しかし、人手が足らんのに、そのような事をしては…、同時に複数の魔物を相手取るしか…!」
「何を言っている! 貴族さまをお守り出来なかったら、生き残ったところで法で処刑されるぞ!」
慌てふためきながら逃げ惑うジェロームを守るため、護衛の兵士の動きもメチャメチャになりはじめる。
最早、これ以上オークを相手しても被害が増すだけである。
しかし誰も「もはやこれまでだっ! 此処を放棄して撤退するぞ!」との声を挙げない。いや、挙げられない。
指揮官の一人であるはずのグスタフは笑いながらメイスを振り回しているので最初から指揮どころではなく、もう一人のジェロームは指揮を放棄しまっているとはいえ、彼らの頭ごなしの撤退命令など論外であるからだ。
「「「ブヒヒッ」」」
「ぐ…。最早…これまで…か」
「うぐぐっ。まだ…あとどれほどのオークが潜んでいるのだ。まさかこんな所でオークの群衆暴動などに出くわしてしまうとは…!」
「わあっはっはっは!」
「わ、私は、生き残らなければ…、生き残るのだ…」
再び兵士たちの士気が下がり、彼らの傷が増えていくまさにその時だった。
「おおおおおぉぉぉ………ッ!!」
黒い鎧の偉丈夫が大剣を振り上げた姿勢で、猛然とこちらに駆けてきたのだ。
「ずああぁぁッッ!!」
そして気合一閃。
ドガッ!
「ピギィィッ!!?」
オークの突き出た腹を両断し、すぐさま剣を掲げ、即座に再び斬り落とす。
目にも止まらぬ早業が数回繰り返されると、鈍重なオークたちは時間差でふらふらとよろめき斃れる。
黒い戦士が吠える!
「この俺が! ヘルマンが相手だッッ!!」
黒い戦士…ヘルマンは前方にいるオークとの距離を一瞬で詰めると、脚を踏み込んだ勢いそのままに大剣を斬り下ろす。
ズバァッッ!
「ブギャアアァァッ!?」
オークが、脂肪の鎧で身を固めた魔物が文字通り両断されたのだ。
魔物は明らかに怖気づき、そしてその尋常ではない光景を見せつけられた兵士たちは圧倒されてしまった。
◇
ところ変わって、ニンジャ・サギニである。
彼女はジエラたちのいる天幕を守る程度にオークを燃やしている。
「火遁ッ! …オークは脂肪が多いから良く燃えますね。…おや?」
サギニがチラと見ると、少し離れた天幕からヘルマンが剣を構えて飛び出るのが見えた。
そしてそのままオークの群に突っ込んでいく。
「おやおや、ヘルマンは護るべきジエラさまを放っておいて人間を助けにいくつもりですか? ったく、どうしようもないですね。…ああ、危なっかしくて見ていられません」
ヘルマンの動きはそれなりにサマになってきているとはいえ、それでも剣の鍛錬を始めて間もない。
しかも実戦と言えるものは山賊を相手取った二回程度。
それも周囲の助けがそれもなりにあった状況だった。
「ああ、危ない。…風遁ッ!」
そんな“遁”は無い、と誰も突っ込む者もいなかったが、それはともかく、そう唱えたサギニの周囲からは無数の強力な真空の刃がヘルマンの周囲めがけて翔ぶ。
巨大な真空刃はサギニの気流操作で兵士たちの間を掻い潜り、精密にオークを両断していった。
「ああ、ジエラさまたちをお護りしつつヘルマンの助太刀までこなせてしまうとは…。自分の才能に惚れぼれしてしまいます」
そして思う。
「…私がデキるニンジャだという事を示せば、ジエラさまはお喜びになるでしょう。そうすれば…ジエラさまとの本懐を…遂げ…♡ うふッ、うふふッ♡…きえぇぇーーーーーいッ!!♡♡!!」
黄色い嬌声じみた気合を以て、サギニは篝火が及ばない暗闇の向こうにいるオークの大集団めがけて風遁(?)を打ち込む。
兵士たちの頭上を越えて、無数の風刃が乱れ飛んでいた。
◇
事情を知らない兵士たちは驚愕にヘルマンを見つめる。
彼が剣を振ると、オークが一体どころかニ〜三体は斃れてしまうのだ。
しかも混戦なので誰も気に留めていなかったが、明らかにヘルマンの剣が届かないオークや、ヘルマンの背後にいるオークまでも切り裂かれて斃れている。
「ムンッ!」
ズバァッ
「ビギィッ!?」「プギャァッ!?」「ブギュウゥッ!?」
兵士たちはヘルマンが瞬く間にオークを数体始末したことに驚くが、うまく言葉に言い表せない。
そのため頓珍漢なことをポツリと言った。
「あ、あいつは檻に収監されていたんじゃ? なんで出てきてるんだ?」
「ヤツのせいでいくらか持ち直せそうだが…。グスタフ様の許可なく…?」
ヘルマンが参戦したことでいくらか余裕が生まれた兵士たちが騒めき、脱獄に対して訝しむ者もいたが、それを相変わらずの大音声でグスタフが承認する。
「わあっはっはっは! おお、ヘルマン殿! その豪剣まことに見事! 実に心強…」
バキンッ!
グスタフは最初からジエラ一行であるヘルマンを罪人とは考えていないために、手放しでヘルマンの武勇を褒め称えたのだが、その隙にオークの棍棒が彼の肩を打ち据えた。
しかし他の兵士たち以上の分厚い重装甲で固めたグスタフには痛撃にすらなりえない。
「わあっはっはっは! 人が話しているときは遠慮するものだ! ふんッ!」
グジャッ!
グスタフの戦鎚がオークの脳天をかち割る。
「俺もヘルマン殿に負けておれんな! わあっはっはっは!」
・
・
グスタフは超重装甲を装備しているせいか動きが鈍重であった。そのためオークを追いかけて斃すことは出来なかったが、自らのメイスの間合いにさえ這入ってきたオークならば確実に始末していた。
対してヘルマンは長身に似合わず俊敏な動きで縦横無人に駆け回り、目にしたオークを片端から始末していく。
無論、ヘルマンは目の前のオークを相手しているだけであり、死角に潜むオークや森の奥深くから近づいて来ようとするオークの大集団はサギニの風刃で切り裂かれているのだが、闇夜ということもあり、また兵士たちは精霊の働きを感知できないため、全てヘルマンが大剣を以て斃しているように錯覚していた。
ヘルマンは走る。
疲れを知らないかのように走り、大剣を振り下ろし、オークを次々に屠っていく。
そしてその剣は一撃必殺。
彼の大剣がいとも簡単に脂肪魔物を斃し、結果、彼一人の参戦でオークの死骸が山と増えていく。
その圧倒的な武威に兵士の一人が呟く。
「あ、あの男は、とんでもねぇ美女が連れていたヤツだろ?」
「誰だよ。ツラがいいから護衛じゃなくて愛人が本業だろうとか言ったの?」
「いや、美女の亭主じゃなかったか?」
「見てくれだけの男だなんてトンデモナイ誤解だ。コイツ…いや、この方こそ豪傑という銘に相応しい戦士だ…!」
「お、俺たちは…偉大な戦士を目の当たりにしている…!」
「とああぁーーっ!」
ズバンッ
「ブギャアア!?」
ヘルマンは兵士たちの様子などまるで気づかずに、裂帛の気合とともにオークを屠り続けていた。




