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迫る危機

よろしくお願いします。

◇◇◇


謎の魔物の襲撃よりも少し遡る


ジエラの忠実なるニンジャ・サギニは、姿を隠しながらもハラハラしながら状況を見守っていた。


己の主であるジエラと彼女の婚約者であるベルフィが人間に連れていかれてしまったのだ。


荷物と共に簀巻きにされて眠っているベルフィはともかく、ジエラが人間に後れをとるなど考えられない。しかもサギニが信頼するヘルマンまでもが何の抵抗もなしに人間たちの成すがままになっている。


ジエラに何らかの意図があることは明白だ。

しかし、その意図が分からない。


彼らを襲撃し、ジエラたちを救出しようとも考えた。

しかし主を救出したつもりで、主の作戦を台無しにしてしまったら…。



(…くっ。私はどうすれば…。余計な事をしてジエラさまのご迷惑となってしまったりしたら…)







そうこうしているうちに日も沈んでしまった。


ジエラたちが休んでいる天幕の前には兵士(人間)が立っている。

サギニはジエラを護るため、光の精霊の力で己の姿を隠して彼らのすぐ側に立っていた。無論、人間が天幕に這入るものならジエラの許可云々など取らずとも即座に排除するつもりだ。


兵士たちはすぐ側にサギニが居ることに気づかない。

今のところ、彼らに不審なところは見当たらないが、油断せずに彼らの様子を見張っていると、彼らは噂話をしているようである。


「彼女達、すげえ美人だよな」

「ジェロームさまが愛人にと願ってらっしゃるようだな。あれほどの美貌とくれば貴族さまに見染められるのも無理はない」

「そういえばあの女は連れの戦士とネンゴロらしいぜ」

「美女は他にもいるだろうに…。なにも他の男から奪わんでもなぁ」



兵士たちはコソコソとそのような話で盛り上がっている。

サギニにしてみれば「この人間たちはナニを馬鹿な事を言っている」という思いだ。



(ジエラさまはベルフィお嬢様と結ばれるというのに…。そ、それに私も…♡)



彼女たち妖精(アールヴ)は自由気ままに恋愛し、愛する者との間に子を成す。

なにもそれは一対一とは限らない。



⬜︎ サギニの妄想 ⬜︎



「お姉さま…♡」


「ジエラさま…♡」


「あ…、ああ…♡♡」



全裸の白妖精(リョースアールヴ)のベルフィ、同じく全裸の黒妖精(デックアールヴ)のサギニが戦乙女であるジエラを全身で絡みつくように抱きしめている。

無論、ジエラも全裸だ。

豊穣の女神も美の女神も、ジエラを見れば恥ずかしさのあまり己が姿を隠してしまうだろう。



「…さぁ、お姉さま♡ 私たちの愛を世界が祝福してくれています。さぁ共に子孫を紡ぎましょう♡♡♡」


「ッ♡♡」


「嗚呼、ジエラさま♡ 初めてお逢いしたときから…お慕いしておりました♡」


「〜〜ッ♡♡♡」



それは永遠の青春を生きる妖精たちの愛。

白妖精(ベルフィ)とジエラの間にできる子は、妖精族と戦乙女の融和の架け橋となるだろう。

そして黒妖精(サギニ)とジエラの間にできた子は、姉妹である白妖精に仕えする事になるだろう。

それはとてもとても尊い事に違いない。



⬜︎ ⬜︎ ⬜︎



(…はぁはぁ♡ お嬢様とジエラさまが本懐を遂げた暁には、私とも…♡ ああっ、ジエラさまぁッ♡♡ ッッはっ!?)



サギニが己の妄想に身悶えしていると、ふと、悍ましいほどの邪悪な気配を感じた。

優秀なニンジャ(見習い)であるサギニは、たとえ頭の中がピンク色な状態であってもジエラに迫る邪悪な気配を察知できるのだ。

そしてその気配は尋常なモノではない。



(これは…敵が迫っているようですわね)



すると人間の子供が目をギラつかせながら鼻息荒く近づいてきたのだ。

更に夜陰に乗じて魔物の集団が向かってきているようだ。


サギニはジエラの危機を悟った。

魔物はともかく、この子供はジエラたちの貞操を奪いにきたのだと。


この子供を迎えることがジエラの作戦とは考えづらい。

ならばここはこの子供を排除するしかない。

しかしどうやら兵士にんげんの言動を考えると、どうやら身分が高そうな様子だ。殺すのは問題が生じるだろう。


サギニは例によって森の乙女ドライアードを召喚し、殺さないギリギリまで精気を吸い取るよう命令すると、ドライアードは子供(テオドール)を茂みの奥に連れ去ってしまった。



さしあたってジエラ達の貞操の危機は去った。

兵士にんげんも大勢いるようであるし、魔物も問題ないだろう。これで一安心…と思いきや、どうやら人間たちが魔物に押されてるようだ。

人間たちの悲鳴がそこかしこから聞こえてくる。



(おやおや、ふがいない人間共です。…それにジエラさまやお嬢様の安眠を妨げるなど許されません。…精霊よ!)



サギニは精霊を行使し、外の騒音を遮断する。

更には誰も居なくなったジエラ達の天幕の上空へと飛翔する。



「まあ、人間たちが突破されても私がいます。このサギニ、ニンジャとして存分に働いてみせましょうっ!」






「ブヒヒっ。ぶびっ」

「ぶひゅるーーっ」


豚面に肥満体の魔物…オークが群れをなして襲ってきていた。



「くっ。何故こんなところにオークの集団が!?」


「おそらく山奥に暮らしていたオークが狩場を動かしたんだろう。だが人間様に歯向かうのは100年はや…ぎゃあぁぁッ!!?」


「ど、どこだ!? ブヒブヒ言いやがって、姿が見え…ぐぎゃあぁぁッ!!?」



ナキア伯国は帝国との国境とは程遠い内陸に位置する。

だが彼らは戦の経験がないとはいえ栄えあるナキア正規兵。昼間ならばオークの集団などに遅れは取らなかっただろう。

しかし最悪にも今は夜半であり、魔物の時間だった。


そして野営地は街道沿いの開けた野原である。

見渡しも良く、仮に夜間に山賊が急襲してきたところで、お互い夜陰を苦手とする人間である以上、問題なく対処できるだろう。


しかし相手は闇をもろともしない魔物。

しかもいくらかがり火を焚いたところで足場は覚束なく、遥か遠方まで明るくなるわけではない。

突如、暗がりからぬうっ・・・と現れては大振りの棍棒を振るうオークに良いように翻弄されていた。


だがこのような危機にも関わらず平常運転の巨漢がいた。



「わあっはっはっは! 次から次へとキリがないことだ!」

ゴシャアッ!

「まことに、まことに」「左様でございます」

ドカッ!

スバッ!



グスタフである。

彼は分厚い全身鎧に身を包み、愛用のメイスを振るう。

肉厚で重量感ある戦槌、それを振るう怪力グスタフの一撃は、脂肪の鎧に身を包んだオークも容易くひき肉に変える破壊力を有していた。


そしてグスタフの取り巻きたちも、子爵家の子弟だけあって見事な槍さばきでグスタフの死角を護っていた。


グスタフは部下から「オークの集団に襲撃を受けております」と報告を受けるや否や、一目散に駆けつけたのだ。

オークの数の多さに怯んでいた兵士たちだが、現場に駆けつけたグスタフの姿を見とめると「さすがグスタフ様だ!」とばかりに活気づく。

そして彼の後方からジェロームが現れた。


「ははは。これは大変だな。だが私たちの後ろにはジエラ殿の天幕がある。グスタフよ、ここを通すワケにはいかんぞ!」(キラッ)


「そう言うならオマエも手伝ったらどうだ! ふん!」

ドグシャ!


「いやいや、私のレイピアでは相性が悪い。魔物の肉に埋まるのがオチさ。ここで指揮させてもらおう! …兵士諸君ッ! 動き回る必要はない! 散開してはならんッ! 魔物に対して円陣を組むのだ!」(キラッ)



ジェロームが天幕を中心として円陣を組むよう指示を出す。

無論、それぞれの天幕にはエルランド、テオドール、ジエラたちが休んでいるはずだった。





ジェロームは冷静に状況を把握する。

疲れが目立つ兵士は後ろに下げ、比較的元気な兵士を前線にあげる。

だがやはり問題はこの暗闇だ。

篝火の造る明りと影がどうしても兵士を戦い辛くしている。



「…うむ。こう暗くては奴らの優位は変わらん。余裕があるものはテオドール殿を呼んでくるんだ。彼の魔法で周囲を明るく照らしてもらうことにしよう!」(キラッ)


「ははっ」



しかしテオドールは天幕には居なかった。

行方不明であったが、テオドール捜索に兵士を割く余裕はない。


視界の悪さでの戦闘を強いられ、兵士たちの気疲れからの疲労が加速する。



「オーク共よ! 豚汁にもならぬなら引っ込んでおれ! 俺は悪食ではないからな! わあっはっはっは!」

「ま、ま、まことに、、ま、まことに。…はぁはぁ」

「さ、左様でございます…。ぜぇぜぇ」



元気なのはグスタフのみであった。






囚人用荷台の檻の中でヘルマンはふと目を覚ます。


いつの間にか寝入ってしまったらしい。


己が無実を疑っていない彼は、自分が罪人となるとは微塵も考えていなかった。

ジエラに告げた通り、気分転換に自分の『姓名』についてあれこれ悩んでいたのだが、どうにもしっくり考えがまとまらない。


何か自分に相応しい姓があるような気がするが、どうにも分からない。

父や母は村人ではなく、余所から流れてきた騎士夫婦である。

騎士というからには姓がありそうであるが、何も話さぬまま父母は亡くなってしまっていた。



「…俺の父は…何処の誰かに仕えていたのだろうか…」



だがその内、いつのまにか心がエルランドのコトでいっぱいになっていた。


確かにヘルマンは『世の不幸な少年達を救うために戦う』と誓った身だ。

エルランド一人に仕えるワケにもいかないことは理解している。

しかし、ナキアを去ろうと決めた時のエルランドの悲しそうな表情を見ると…決意が鈍る。



「…すべての少年を助ける…。それは理想だが不可能な事だ。しかし、エルを置いて…エルを不幸にしなければ他の少年を助けられないのか…」



「「「ブッヒイィィーーーッッ!!」」」



そう独り言つと、突如として暗闇に魔物の咆哮が響き渡る!


アレは忘れもしない。

ヘルマンの故郷…セダ村を襲ったオークのソレだ。


どうやらセダ村を襲った群れとは異なる群れがあったようだ。


そして慌ただしく動き出す兵士たち。

兵士たちは見張るべきヘルマンを放置し、オークを迎撃する為に動き出す。



「……オークか。しかしここには兵士が大勢いる。ジエラ様、ベルフィ殿ならオークなど一蹴だろう。…俺が勝手に暴れては余計な疑いが掛けられるかもしれん。…………エル」



ヘルマンはごろりと横になると、エルランドと過ごした日々を思い出していた。



「エルは領主様の…ご子息…だ。…考えるまでもなく、俺が近くにいると…迷惑な事になるだろうな」



その時だった!



「いやぁーーッッ!?」



少し離れた天幕からエルランドの悲鳴が響き渡る!



ガバッと起き上がり辺りを見渡すと、兵士たちを掻い潜ってオークが迫っていたのだ。

その天幕はエルランドが休んでいる天幕であった。



オークの数が多すぎたのだろう。

暗がりから次から次へと現れるオーク。

例え疲れ知らずのグスタフが獅子奮迅の活躍をしようと、すべてのオークを引き受けるわけでは無い。

ジェロームが疲労回復のローテーションを組もうとも、大挙して押し寄せるオークを前に兵士たちは完全には対応できていないと思われた。



「エルッ!? 今征くぞ! …ぐむッ!」

ベキィッ!


ヘルマンは木製の格子をへし折る。


無論、ジエラから贈られた長大剣グレートロングソードは無い。

つまりは丸腰であったが、それにもかかわらずヘルマンは荷台を飛び降りてエルランドの居る天幕へと駆ける。





「ヘルマンさんっ」

「エル! 無事か!? ッッ!? いかんッ!」



間一髪!

今まさにオークが錆びた大剣をエルランドに振り下ろそうとしていた。


ヘルマンは咄嗟に身を挺してエルランドを護る!

ヘルマンの背にオークの大剣が振り下ろされた。


ガキィン!


甲高い音を立ててオークの大剣が折れ飛ぶ!

それもそのはず。

ヘルマンは丸腰であったが、ジエラから贈られた全身を覆う黒い鱗鎧スケイルメイルは変わらずヘルマンを護っていたのだ。



オークはキョロキョロと視線を動かし、折れた剣とヘルマンを見比べている。



「…ヘルマンさん。大丈夫…ですか?」



ヘルマンは不安そうにしているエルの頭をポンポンと軽く叩き、「俺がついているから安心しろ。可愛い顔が台無しだぞ」と、二コリと微笑んだ。

このような状況であるのにエルランドはボッと顔を赤くしてしまう。



そしてヘルマンはエルランドの無事を確かめると、床に安置してあった剣を手に立ち上がる。


その剣…ジエラより贈られた長大剣グレートロングソードはヘルマンから没収された後、エルランドが大事に持っていたのだ。



ヘルマンは愛剣を左肱切断(トンボ)の型に構える。


ジゲン流。

ヘルマンはコレしか知らない。

しかしコレだけで充分。


ジエラは言った。



ジゲン流は、己の想い…少年に対する想いをチカラに替えて、己が敵…少年に不幸をもたらす存在を滅ぼす剣だと。



「ふん!」

ズバアァン!

「…ぶひ?」


ヘルマンの大剣が一閃されると、一瞬遅れてオークの突き出た腹から内臓がこぼれ落ちた。

オークはナニが起こったか分からない間抜けな顔をして倒れ込む。



ジエラは言った。


ジゲンの剣は一振りするごとに敵が死ぬ、と。


ならばオークが100匹なら100回。

500匹なら500回。


毎日1000を超える素振りをしてきたヘルマンには容易な回数だ。



「オークども。…エルに悲鳴をあげさせたことを後悔するがいい…ッ!!」



篝火に照らされ、鈍く輝く黒い鎧。

そしてギラリと輝く大剣。


それはオークにとって『死』そのものであった。



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