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幼い情動

よろしくお願いします。

◇◇◇◇◇



ジェロームとグスタフはナキア伯爵への報告内容について話し合った。



賊は襲撃したエルランドが伯爵公子と知らなかった。

捜索隊が派遣された事でエルランドが貴族と知り、己の罪の重大さに恐れをなした。

結果、エルランドを放置して何処かに遁走したと思われる。

その後、たまたま通りかかったジエラたちがエルランドを発見、保護したのだと。

ちなみに洞窟というのは勘違いということにして報告しないことにした。


何故なら彼らにとってジエラに恩を売るのが目的であるのだから、些細な矛盾など些細なことなのだ。



「わあっはっはっは! 報告としてはこんなところかな! うむ! 無事にエルが見つかった事だ。当初の予定通り、エルが任ぜられた巡察の続きといこうか! 道中、賊があらわれたらその時に討伐すればよかろう!」


「そうか。それでは私は先に伯都に戻るとしよう。テオドール殿の指摘とジエラ殿の濡れ衣を合わせて推測(・・)するに、エルランド君を襲撃した賊は彼を放置して何処かに立ち去ったとのことだが、遭遇した際は気をつけることだ」(キラッ)


「元々エルの巡察予定地は治安が良い村々を巡る予定なのだ。必要以上に気を引き締めることはない!…それよりもジェロームよ、無論、伯都には最低限の護衛を連れてお前のみ帰還するのだろう。ジエラ殿とはここでお別れとなるんだろうな!?」


「ははは。そんなはずないだろう。君はか弱いジエラ嬢を罪人の疑いのままに檻に入れて連れまわすつもりかい?それこそ貴族…いや紳士にあるまじき行いだ。当然私が責任をもって伯都に送り届けるとも。そのまま我が別邸に滞在していただく予定だ。もっとも彼女の疑いが晴れた暁にはすぐ侯国にお越しいただくことになるがね」(キラッ)



ナニをバカな、と言わんばかりのジェロームの言葉にグスタフが反応する。



「わあっはっはっは! 先ほどからの話は冗談だと思っていたぞ。ジエラ殿は異国の騎士爵家の令嬢というではないか。アリアンサ連邦の一角であるハージェス侯爵家の後継公子殿とは身分が釣り合わんだろう!」



ジェロームも負けてはいない。



「そういうグスタフ。女性に興味を持たない君が随分とご執心のようじゃないか。まさかジエラ殿を巡って私と争うつもりかい?」


「俺が? ジエラ殿に執心?? わあっはっはっは! まぁ、女だてらに武装しているようだからな。それにヘルマン殿の師匠という話じゃないか。興味は尽きんなぁ!」



伯爵公子であるグスタフの興味は鍛錬と飲み食いが中心だ。

女性に興味がないわけではないが、貴族のオジョウサマとやらとサロンで茶を嗜むなど想像もできない。

そんな体であるから、武芸を嗜んでいそうなジエラを前にしても興味はあれども色恋の感情は芽生えていないようである。


その一方で、エルランドとテオドールがヒソヒソと口論をしていた。



「え、エル君、何だか雰囲気が変わったような…。や、やっぱりあのオトナの女性とナニかあったんじゃないですか?」


「ど、どうしてそうなるのさ。僕はジエラさんとなんかナニもないよっ!」


「じ、じゃあ、あのか、か、可愛い(・・・・・・・)エルフの少女と、な、ナニか…!?」


「ナニもないってば!」


「………し、信じられないです」



テオドール・アブリストス

コーリエ伯国第二公子である彼は父親であるコーリエ伯爵から「ナキアの小せがれ共には負けるではないぞ。余がアロルドの奴より優秀なのであるから子も優秀であるべきである!」などと言い聞かされて育ってきた。


しかし生来、争いごとを好まない彼はエルランドが武人タイプの(グスタフ)を補佐するために領地経営を学んでいると聞き、彼とは異なる道…魔術の道を選んだのだ。


エルランドが領地経営、テオドールは魔術。

両者共に優秀ではあったのだが、土俵が全く異なるために争うことはなかった。

また、父親のコーリエ伯爵はナキア伯爵の第二公子(エルランド)と仲が良い息子に何か物申したいようではあったが、少なくとも表面上は出来のいい息子を褒め称えるのみだった。


しかし彼は傲慢名高いアブリストスの血筋である。

父と同様、いやそれ以上の野心を心に秘めていた。

彼自身は「将来、僕は兄上が治めるコーリエ伯国に身の置き場はない。魔術師として大成したなら魔術の導師として私塾でも開こうかと考えている」などと公言していたが、実際には「魔術師として優秀な自分ならば、侯爵家、いや公爵家から宮廷魔術師として声がかかる。そうなるべきだ」などと心に秘めていた。



テオドールの本心はどうであれ、幼い頃からテオドールはエルランドと争うことなく(・・・・・・)仲良く(・・・)やってきた。

父親同士がいがみ合っていても、テオドールとエルランドの関係は変わることがなかった。

それはテオドールが何かとエルランドを気遣い、そしてエルランドに優しく、エルランドの第一の友人であったということだ。



しかしテオドール自身は気づいていなかったが、それは「エルランドは兄の補佐として、一生ナキア伯国で日陰の身。かわいそうに(・・・・・・)。それに引き換え自分(テオドール)は大国の宮廷魔術師として頭角を顕わすのだから、エルランドに優しくしてあげるべきだ」という無意識での優越感由来の優しさだった。



つまり、テオドールの優しさはエルランドよりも立場的に上位にいると思っているゆえの優しさに他ならない。



そして彼は14歳となった。


早熟な者でなくとも色恋を意識し始める年頃である。

多分に漏れず、テオドールも異性への興味を心に秘め始めていた。


さらに貴族であれば縁談の一つや二つ出始めてもおかしくない。

しかし彼の周囲には全くと言っていいほど異性の影が見あたらなかった。


自室に籠って魔術の研鑽に努めているのだから当たり前といえば当たり前の話。

さらに父親であるコーリエ伯爵が「家督を継がせられない代わりに、優秀な息子には立派な嫁を与えるべきである!」と意気込み、『血筋が優秀、身分卑しくない、娘の(テオドール)の研究のために潤沢な資金援助約束してくれる家、容姿端麗、愛嬌があり気立てが良い、夫を立てる…』などと分不相応な縁談を模索しているためでもあった。


また彼自身にも問題があった。

それは彼が「魔術師として優秀ならば、黙っていても大国から仕官話が舞い込んでくるべきだ」と考えているのと同様に、「魔術師として優秀ならば、黙っていても素晴らしい女性が言い寄ってくるべきだ」と考えていたためだ。


つまりテオドールは自分でも気づかないままに「僕はエルランドくんよりも優秀だから、彼よりも早く、素晴らしい女性に巡り会うべきだ」と考えていたのである。しかし彼は女性の友人どころか、母親や使用人以外の異性と話したことすらないまま、女性に対する想いや期待が歪に増幅していった。


時折、テオドールはエルランドに対し、遠回しに「好きな異性はできたか?」と質問することがあった。

すると決まってエルランドは「よく分からない。それに僕のお相手は父上様がお決めになることだから」と可愛らしくはぐらかすのみであった。


そんなときテオドールはホッとするのだ。

自分の友人(・・)であるエルランドに、女性の友人、あるいは恋人の影が見受けられないことに安心するのだ。


エルランドより先に素晴らしい恋人を作り、エルランドからの恋の悩みを優しく丁寧に聞いてあげることこそが友人の務めだと考えながら、優秀な魔術師となるために研究室に引き篭もる日々が続く。




そんな折に発生したエルランド行方不明事件。



そして再会したエルランドはオトコとして一皮剥けた雰囲気をしていた。

しかもエルランドと共に十日余を過ごしたのは二人の女性。

女騎士だというジエラとエルフ(・・・)であるベルフィ。




格下(・・)だと思っていたエルランドへの嫉妬が芽生える。



「え、エル君。ぼ、僕、失望しました。き、君が…女性になんか興味がないみたいなことを言っておいて、こ、こっそりと、身分も定かではない女性なんかと…」



エルランドは黙っている。

彼は何と反論して良いか思いつかないのだ。

実際にはエルランドはヘルマンと親密になったのだが、そのような事を説明するわけにいかない。



「…………」



黙っているエルランドにテオドールは歯嚙みする。







夜である。


伯都への道中は長い。

グスタフ達一行は野営することとなった。


貴族である彼らには豪華な天幕が張られているが、元よりジエラ用の天幕など準備されていない。

よってジエラは自前の簡易天幕ツェルトを使う事を許されていた。

もっとも逃走されないように見張りの兵士がツェルトの周囲に立っているのだが。


「わあっはっはっは! ジエラ殿には不都合をおかけする! 何か必要なモノがあればすぐに用意させよう! 貴女へのせめてもの心配りだ!」


「ははは。何か不便はないかな? 釈放? 済まないが、私から逃げようだなんて思わないでほしい。悲しくなってしまうではないですか」(キラッ) 



しかしグスタフたちの好意で、彼女たちには貴族襲撃の容疑者とは思えないほどの豪華な寝具やら食事を提供されていた。

なお、ヘルマンは荷台の檻の中に放置されたままだが、こちらはエルランドの好意で十分な寝具が用意された。ちなみにヘルマン自前の粗末な寝具よりも豪華な寝床となったのはご愛敬である。





夜半、彼女たちのツェルトに忍び寄る小さな影があった。


テオドールである。



改めて彼はジエラという女性を思い出してみる。

彼女はあまりにも美しかった。

美しすぎて現実味がわかないほど。

しかし優秀な魔術師と共に在るに相応しいかといえばそれは疑わしかった。


テオドールは魔術師だ。

彼は自らの傍に立つのは魔術の心得がある者が相応しいと考えていた。

いかに美しかろうとジエラのような魔術に縁のない騎士爵令嬢など彼の寵愛を受けるに相応しくないのである。


ジエラが望むなら…いや、優秀なテオドールなら望まれてしかるべきだが、愛人として囲ってやるのも吝かではないと考える程度だ。


ジエラがテオドールに相応しくない理由はさらにある。

それは(今のところ)テオドールより身分が上位の者がジエラに目をつけたということ。



だが彼の崇高な理由(・・)の前ではそのような事は些細な問題でしかない。



ジエラに対して侯爵やら伯爵の跡取り公子がご執心なようだが、もう一人の女性には誰も食指を伸ばしていないことに彼は気付いたのだ。


争い事が嫌いなテオドールは侯爵家の公子を相手取ってジエラに拘るほど愚かではなく、そしてジエラよりも己に相応しい女性に誰も注目していないことに歓喜した。



そう。

テオドールがジエラを相手にしない理由。

それは彼の目当ての女性がジエラではなく、ジエラ共にいるベルフィなのである。

ジエラ一行を罪人に仕立てたのも、ベルフィを逃がさないようにするためだ。


グスタフとジェロームはジエラに夢中になりすぎてエルフ(・・・)であるベルフィなど眼中にないようであったが、英邁たるテオドールは彼女の価値と魅力に気付いていた。


彼女はエルフ。

無論のこと、エルフは精霊魔法の使い手であるからには魔術師であるテオドールの助手(・・)として申し分ない存在だ。


それに優秀な助手であるベルフィには報いることが可能だ。

それは貴族にして偉大なる魔術師である自分(テオドール)の助手兼愛人として迎えることが可能だということ。

亜人(エルフ)であるベルフィは貴族であるテオドールの正室など許される立場にはないが、愛人として囲う分には申し分のないほどに容姿に優れている。

しかも人間であるテオドールとは異なり、彼女は長い寿命と若さを誇る。

要するにジエラの美貌は一時的なものだが、ベルフィの若さと美貌は長きにわたってテオドールを楽しませることができる。

冷静に考えてみるまでもなく、テオドールにとってはベルフィこそが狙うべき女性なのだ。


ちなみに実際にはジエラは神々の秘宝『常若の林檎』の効果で、その女神級の美貌とスタイル、さらに永遠の16歳を保持するというチート存在だ。しかしそのようなことは彼の想像を超えている。



テオドールは眠るベルフィをチラリと見てしまった時の衝撃を思い出す。


夢幻的、幻想的なまでに可愛らしくあどけない寝顔。

エルフとはかくやともいえる華奢で、それでいて柔らかそうな肢体。



「…ぼ、ぼ、僕は、ゆゆゆ優秀ですから! か、か、彼女を潔白にして、そそそのまま僕のアイジンとして! ま、ま毎日可愛がって…! ぼぼぼぼぼぼ僕の専用の、専用の…! はーっ! はーっ!」



テオドールは鼻息と呼吸を荒々しくしながらも、平静を装いながら彼女たちの天幕に進む。

目当ての天幕には麗しく可愛らしいベルフィが待っている。


「僕の天幕にて取り調べを行う。来るんだ」と言えば彼女は嬉々として従うだろう。従うべきだ。

「僕に純潔を捧げるんだ」と言えば彼女は嬉々として捧げるだろう。捧げるべきだ。

「僕の助手(あいじん)になれ」と言えば彼女は嬉々として僕に寄り添うだろう。寄り添うべきだ。


そんな事を考えているうちにいつの間にかベルフィの待つ天幕の前に立っていた。

彼女の天幕の前に厳つい貌の兵士が立っている。

先ずは彼を突破せねばならないが、突破することを彼女は望んでいるにちがいない。望んでいるべきだ。



「…ぼ、ぼ、ぼぼくは、僕はぼくく…」


「……これはテオドール様。このような夜更けに如何なさいましたか?」



兵士が訝しみながらテオドールに問いかける。



「はふぅーーっ。ひふぅぅーーーっ」



テオドールは深呼吸をした。

テオドールはベルフィをモノにするべきなのである。

いや、ベルフィは偉大なる魔術師(テオドール)のモノになりたくて仕方なくなっているべきなのだから!


そして彼は威厳を込めて兵士に言い放つ。



「か、か、かかか彼女に、ぼぼ、ぼ、ぼ、僕が直々に、は、は、はなっ、話すことがあるっ。そ、そ、そこそこそこそこを退け…」



「「「「「ぶひぃぃーーーッッッ!!」」」」」



すると遠方より獣、いや到底獣には思えない不気味な雄叫びが轟いた!

野営地にて見張りに当たっていた兵士たちが騒がしくなる。



「な、なんだ!? 魔物かっ?」

「暗くてよくわからんが、どうやら相当な数の魔物がこちらに近づいてくるようだぞ! 篝火を増やせ! 明るくするんだ!」

「うぬぬ、身の程知らずめが。森の奥に引っ込んでおれば良いものを…!


彼らは平和なナキア伯国の軍人だ。しかし戦を知らずとも厳しい訓練を経験した兵士たち。

鉄の全身装甲に身を固め、己が得物たる槍や剣を確認する。



「…魔物どもめ…。理由は知らんが活気付いてるようだ。高貴な方々へ危険が及ぶことがないとは思うが、念のためにグスタフ様がたには鎧を着用するようご進言してこよう!」

「うむ。だがグスタフ様がお出ましになるほどではない。俺たちで討滅してくれるぞッ!」

「オオッッ!」


貴族風を吹かすことのない、一本気で単純なグスタフだが、かえって兵士たちの人気は上々であった。

おかげで兵士たちの士気はすこぶる高い。



ジエラの天幕を見張っていた兵士も「テオドール様、魔物は我らにおまかせを!」と言い残し、他の兵士と共に去っていった。



「あ、あ、あああ、僕、僕、ぼくぼくぼく…」



テオドールはこの幸運を神に感謝する。


兵士たちはこの野営地に迫る魔物を迎え撃つために去ってしまった。

目の前にはべルフィが眠る天幕がある。



「だ、だいじょぶ。彼女の手を引いて、ぼ、ぼぼくといいいししよに来るんだだだ!! というだけ、だ! そうすれば、彼女は僕のモ…」



なんと、テオドールはベルフィが眠る天幕に這入ろうとしたところで、唐突に暗がりから現れた人影・・に腕を引かれて連れ去られてしまったのである!


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