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冤罪

よろしくお願いします。


ボクにしては自分で自分を褒めてあげたくなるくらいキッパリと断ったつもりだった。

でも二人の貴族様はまるでめげていない。



「ジエラ殿。貴女の手は武術を嗜む者の手ではありません。まるで深窓の令嬢もかくやという艶やかで(たお)やかな御手では武器を持つ事も困難であるはずです。それにご実家の騎士爵家の名誉回復ならば私もご協力いたします。つまり侯爵家である私の妻になることで血も遺せましょう」(キラッ)



ナニ言ってるの!?

ボクはそんなつもり全然ないんだってば!

するとグスタフさまも笑う。



「わあっはっはっは! ジエラ殿は活動的なご令嬢のようだ。しかしこのナキア伯国は内地。敵国たる帝国との国境とはかけ離れている。戦も何も、実戦といえば山賊退治程度。実に平和なものだ!」



え?

兵士になれば英雄になるためのレールに乗れると思ったのに、この国ではどう足掻いても戦働きなんて望めないの?


ボクを取り囲むようにして男たちが勝手なことを言っている。



「私はこの出会いに運命を感じております。ジエラ殿、ぜひ私の妻に…!父上や母上は私が説得いたします」(キラッ)


「ヘルマン殿共々俺の部下にならないか? なぁに、戦があれば招集がかかろう。まぁ、国境は平和だ。いつになるか分からんがな! わあっはっはっは!」


「ジエラさん、ヘルマンさんのことは心配しないでください。僕の侍従武官として立派に働いてもらいますからっ!」




うううううう…。


ボクは騎士。

英雄になるんだ。

そして雄々しく戦死する。

大手を振ってアースガルズに帰還して(フレイヤ)息子(バルドル)に「お疲れ様、愛してる」って…。



なのに…。


求婚とか…、

戦場とは無縁の国に飼い殺しなんかされちゃって……。





ああ、もうやめたっ。


ナキア伯国なんかどうでもいいよっ!



「もう結構ですっ!ナキア伯国で仕官なんか出来なくていいです!ボク、メイドさんとかお偉いさんの妻とかになるとか、訓練だけなんかする気なんかありませんからっ!勝手にドラゴンを斃して、その名声でもって他の国に仕官します! ヘルマン、そういう事だから! ナキア伯国での仕官はナシ! エルくんのお迎えも来たことだし、これからは別行動するからっ!」


「…ジエラ様、それは…」



ヘルマンが狼狽えている。

この10日足らずでエルくんに情がわいたのかもしれない。



「ヘルマン、世界は広いんだ。多くの国にヘルマンの助けを待っている子供達がいるんだ。忘れちゃったの? ヘルマンはたくさんのかわいそうな子供達を助けるために戦うんでしょ!?」


「…俺を待っている、不幸な少年たちがいる…! …エル、俺は…、俺は…」



ヘルマンの瞳に力が籠る。

そう、ヘルマンは不幸な子供達を助けるために戦う戦士なんだ。

平和なナキア伯国なんか似合わないよね!



ヘルマンがエルくんを見ている。

エルくん一人に仕えるか、まだ見ぬ多くの子供達のために旅立つか、その答えは出ているみたいだ。



「…ヘルマンさんっ!? …まさか僕を置いて……?」


「ジエラ殿! 例え騎士家の生まれとはいえ、美しく、若い身空で戦場を求めるなど…! どうか考え直して欲しい…!」(キラッ)


「わあっはっはっは! 流浪の女武人か! 面白いが、女の旅は褒められたものじゃないなぁ。第一、今のところ国家間は争いなく平和なのだ。戦場など現実的ではないぞ!」




その時、周囲を偵察していた騎士の一人が報告に現れた。



「…グスタフ様。なにやら奇妙です。この近辺にエルランドさまが山賊に襲われ、そして彼女たちが山賊を退治したという痕跡が見当たりません」


「…?」



先日のエルくん襲撃事件。

騎士の皆さんはその痕跡を探していた。

しかしエルくんを守るために犠牲となった護衛の皆さんの死体はキチンと埋葬してあったんで見つかったのだけれど、肝心の山賊の死体が全く見当たらないのだという。



「森の中を捜索しましたが、やはり同様でした。彼女の言う山賊のアジトなどまるで見当たりません。…つまりまるで最初から山賊が(・・・・・・・・・・)居なかった(・・・・・)と判断する方が自然です」



え?

そんなはず…って、しまった!

エルくんが山賊の死体とか争った跡を見て気分を害しちゃうんじゃないかって考えて、アジトごと山賊たちの死体を埋めちゃったんだっけ!



すると今まで蚊帳の外だった影の薄い少年くんがトンデモない自論を展開し始めた。



「つ、つ、つまり、見つかったのはエルくん一行の死体だけ。ぞ、賊の死体がない。あ、アジトの痕跡すらない。…こ、これは彼女たち一行がエルくんを襲撃……自作自演と考えるべきかもです」



エルくんが反論する。



「そんなっ!? だって、僕は間違いなく山賊に襲われて…。それからヘルマンさんに助けられたんだよっ!?」


「で、で、でも、その山賊の痕跡がないんです。ぐ、グスタフさま、彼女たちを拘束して、事情を詳しく聞き出すべきです…!」



ナニそれぇぇッ!!?

そんなの冤罪だよ!

ボクは荷物と一緒に梱包されているベルフィを起こそうと、彼女のほっぺをペチペチ叩く!

見ると彼女の顔は赤く、ジットリと汗をかいている。



「ベルフィっ! 起きてっ! 地中深く埋めた山賊たちを掘り出してっ!」


「…むにゃむにゃ。お姉さま…アツイ…です♡ お姉さまの熱い柔肌に包まれて…ベルフィわ、もう…カラダがあつくて♡ はぁはぁ♡」



ダメだ!

また淫夢見てる!

それにこの夏の昼間に毛布ごと簀巻きにされてればそりゃ暑いに決まってるよね!



「寝苦しいならさっさと起きてよぉ〜」



ベルフィをゆさゆさ揺すってみても起きる気配がない。



すると後ろからポンと肩を叩かれた。

ボクは恐る恐る振り返る。

そこには申し訳なさそうに、でもどことなく嬉しそうなグスタフさまとジェロームさまが立っていた。



「…ジエラ殿、確かに状況から不審と言わざるを得ません。ひとまず伯国にて事情をお伺いさせていただくことになります。しかしご安心を。貴女が潔白なのは私が一番よく存じ上げております。私が後見人となります故に、何も心配することはありません」(キラッ)


「わあっはっはっは! 貴女はエルランドが弁護しているから冤罪だろう。しかし事情を詳しく聞かなくてはな!」


「ヘルマンさんっ。僕、ヘルマンさんの潔白を証言しますからっ。だから、僕を置いて行かないでくださいっ!」





そして。


ボク、梱包を解かれたベルフィ、そしてヘルマンの三人が木でできた牢屋みたいな荷馬車で揺られていく。

元々は賊の首領格の罪人を連行するために用意されたみたい。

だけど、今この牢屋な荷台はボクたちのために使われてしまっている。


ボクとヘルマンの武器は取り上げられて今は丸腰。

ベルフィの弓はスレイプニルに括り付けられたまま。

丸腰とは言ってもボクの『黄金のチョーカー』とかは無事だから、いくらでも武器は創造できるけど。


スレイプニルは(はてさてどうなることやら)と状況に身をまかせるようにしてボクたちの荷馬車のすぐ横を歩いている。

ちなみにスレイプニルの見事な体躯に感動した騎士さんの一人が無断で乗ろうとしたんだけど、スレイプニルに馬体を跳ねあげられて振り落とされてしまったんで、今は誰も近づこうとしない。



グスタフさまやジェロームさまは豪華な馬車に乗っているので貴族様連中からのアプローチからは解放されたけど、今度は騎士の皆さんが格子の隙間からボクたちに無遠慮な視線を向けてきている。



「冤罪だよ…。こんなの。ボク、山賊の死体があっちゃ、エルくんが怖がると思ってやっただけなのに…」



ボクは英雄になるんだ。

こんな風にドナドナされるためにこの世界に来たんじゃない。

かと言って冤罪のまま逃げ出したら罪人になっちゃうかもしれない。そうしたら英雄としてアースガルズに帰還できないし…。

でも落ち込むボクとは対照的にヘルマンは至って平静だ。



「…ジエラ様がエルのためを考えてしたことです。間違ってはいません」



うう。

ヘルマンってばなんて肝が据わっているんだろう。

さすがボクが認めた漢だよ。


それに引き換えボクときたら冤罪くらいで動揺しちゃって…。


……。


そ、そう言えばさっきから格子ごしに騎士の皆さんがボクをイヤらしい目で見つめているような気がするけど、これはきっとボクが男らしくないから、女々しいせいなんだ。

か、彼らが悪いんじゃないんだ。


そう考えて、ボクは敢えて平常心を装ってヘルマンと世間話をする事にした。



「…先ほどジェローム様から俺の姓…家名について聞かれました。元々いずこかの国に仕えた戦士であった父親には家名のようなモノがあったのでしょうが、俺には何も告げずに死んでしまいましたからわからずじまいです。…やはりこれから仕官するにしても姓は必要なのでしょうか?」



ヒソヒソ

「…すげぇ美人だな」

「おお。あんな女、娼婦でもお目にかかった事ないぜ」



「う、うん。いっそのこと自分で名乗っちゃえば? ヘルマンが初代ってことで。自分で決めるのはアリだと思うな」



ヒソヒソ

「あの潤んだ瞳、誘ってやがるぜ」

「優しい声をかけてやればホイホイ付いてくるんじゃねぇか?」




「俺が決める…。なんだか面白いですね! 道中、いい暇つぶしになりそうです」



ヒソヒソ

「…そういえば…外套で分かりづらいが…乳がデカくねぇか?」

「俺も気づいたぜ。母親になったら乳に苦労しなさそうだ」



「ち、ちなみにボクの『クッコロ』には『誇りのためには死を厭わない』っていう意味があるんだ」



ヒソヒソ

「そういえば…誰だよあの男?」

「ツラが良いし、愛人じゃねえのか?」



「クッコロ…。俺も死を恐れずに、大切な者を守れるよう精進いたします…!」



ヒソヒソ

「大切だってよ…」

「なんだよ。やっぱあの男とデキてんじゃねぇか。こりゃあジェローム様も黙っちゃいねぇな」



「う、うん。ヘルマンはボクの戦士だもん!」




ボクはセクハラなヒソヒソ声に耐える…!

そ、そりゃあ、ボクはおっぱいやお尻は大きいし、息子(バルドル)はボクの母乳で育てたんだけど、他人に言われたくないよ!

そ、そそそれにヘルマンとお似合いだなんてっ。

そりゃあ、ヘルマンは男らしくて、勇敢で、紳士的かもしれないけど、彼とはそんなんじゃないんだ。ボクと共に戦死してもらうカンケイなんだっ!



ボクの気も知らないベルフィはボクの膝枕でまま寝ている。

そんでもってニヤけ顔で「むにゃむにゃ。お姉さまは…わたしがお守りしますぅ♡」とか言っていた。

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