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黒鎧の戦士

よろしくお願いします。

ガラガラガラ…

ドガガガガガッッ


豪華な馬車が街道をひたはしり、その前後を騎馬の一団が取り巻いている。


彼らの装備を見たものは何事かと不安に思うかもしれない。


それほどまでに兵士が纏う装甲は厚く、また彼らが騎乗する馬もかなりの装甲を纏っていた。

このような重装騎兵など、連邦と周辺国国境ならいざ知らず、ナキア伯国のような内地ではまずお目にかかれない。


そのような物々しい一団であるが、馬車からは場違いなほど陽気な声が聞こえた。



「わあっはっはっは! いやいや、こうして野外に出るのも良いものであるな!」



四頭だての豪華な馬車からナキア伯国後継公子グスタフが顔をのぞかせる。



「まことに、まことに」

「左様でございます」



そして馬車のすぐ脇を馬で駆けるのは彼の取り巻きたち。

装飾過多な甲冑に身を包んでいる彼らだが、先ほどから手綱から手を離して高速に揉み手しているのにも関わらず体幹が全くブレていない。

実は彼らはいずれもナキア伯爵の寄子である子爵の子弟なのである。

子爵家に連なる者としてこの程度の馬術など朝飯前らしい。



「…ふむふむ。 それにしても我が愚弟は何処にいるのやら。兄の欲目かもしれんが義母上(ははうえ)に似て女子と見紛う美形であるからな。何処ぞの村で女共に歓待をうけているやもしれんぞ」


「まことに、まことに」「左様でございます」


「辺境の村の居心地が良すぎて任務を忘れたのではないか?」


「まことに、まことに」「左様でございます」


「俺ならば…山賊共を追いかけ回しすぎて任務を忘れそうだがな。わあっはっはっは!」


「まことに、まことに」「左様でございます」



上機嫌で話すグスタフ。

そんな彼に同じ馬車に乗った同乗者が声を掛ける。

同乗者は二人。

いずれも身分卑しくないと思われる男たちだった。



「ははは。君は弟御と山賊退治、どちらが大事なのやら?」(キラッ)


「ふ、不謹慎ではないですか? も、もっと真剣になるべきだと思います」


「わあっはっはっは! もちろん俺は弟の無事を祈っているとも! …それはそうと、どうして君たちが同行するのか、そちらの方が気になるのだがね」



グスタフに問われた同行者。その一人が豪奢な金髪を掻きあげながら微笑む。



「私かい? それはこうして私たちの親睦を深めるのも大切だと思うからさ。それに行方不明のエルランド君を捜索しつつ正体不明の戦力に対処するなんてワクワクするだろう?」(キラッ)



男は優男だった。

長身で整った容姿、爽やかな微笑み、そしてきらめく白い歯。

しかし若さ故の人生経験不足からか軽薄な感じが否めない。

硬革の鎧は華美に過ぎないが品が良く、腰に差した細剣(レイピア)を弄びながら受け答えをしていた。


彼こそはグスタフの生母の実家・ハージェス侯爵家の後継公子ジェローム。

夏の盛りには沿岸都市であるナキアの高台にある別荘で避暑をすることが通例であったために、彼はこの街に滞在していた。

公子エルランドの行方不明の情報は伏せられてはいたがナキア伯国の一大事だ。

人に口に戸板をかけるのにも限界がある。

ジェロームはエルランドと血は繋がらないとはいえ、友邦のピンチに駆けつけたのだ。


なお侯爵家のジェロームと伯爵家のグスタフとは身分が異なるがお互い従兄弟同士であること。またグスタフが腹芸のできない単純な性格である事をジェロームが好んだこともあってか、お互い気兼ねなく話せる関係であった。



「あ、あのっ。ぼ、僕はエル君が心配でっ。か、彼とは友人ですから、彼のために協力するのは、ゆ、友人としてしかるべきと思うんですっ」



長身のジェロームに対して彼は小柄だった。

茶色のおかっぱ頭。丸メガネをかけた瘦せ型の少年で、雰囲気も気弱であり内気のそれである。

目鼻立ちは悪くはないのだが、いつも一人で本を読んでいるのが似合うような、うだつの上がらない学生そのものだ。

目立たない黒のローブは、見る者が見れば魔術師のそれだと分かるだろう。

いや、魔術師のローブを羽織っておらずとも彼は節くれだった古木でできた杖を持っているのだ。このような杖を持つ者など魔術師以外にはいない。


彼はナキア伯国の隣国であるコーリエ伯国の第二公子テオドール。

彼もジェロームと同じくナキアの避暑地を利用していた。

親同士が険悪でも子は関係ないのか、それともお互い伯爵家の後継ではないためか、同じ第二公子であるエルランドとテオドールは友人同士だった。

コーリエ伯爵ショヴァンも同じアリアンサ連邦に属するナキア伯国が我が子を害するはずはない、と息子がナキアの避暑地を利用するのを咎めることはしなかった。もっともテオドールが後継公子であったならその限りではないだろうが。



「…ふむ。しかし侯国の跡取り息子殿や友邦の公子殿をこのような場所にお連れするのもなぁ。君たちに万が一の事があったら俺が父上に叱責されるだけでは済まされない。今からでも街に戻った方が良くはないか?」



外見からは意外であるが、常識的な意見を述べるグスタフ。



「ははは。グスタフ。君も知っているだろう。私の細剣(レイピア)の腕前は中々のものだぞ。正体不明の賊ごときに遅れはとらないさ。それに怪力で名高い(グスタフ)戦鎚(メイス)にかかれば同じく山賊など敵ではないだろ?」(キラッ)


「そ、そうですっ。僕も魔術師としてそれなりの位階にいますっ。ぞ、賊なんて一掃してしまうべきですっ」


「…ふむ」



グスタフは少しばかり考える。

重装騎兵が50騎。


そして同じ馬車に同乗する男たち。

(肥満ではあるが)怪力無双のグスタフ。彼が重装甲を着込んで戦鎚(メイス)を振るえば、それだけで危険極まりない城塞となる。

ジェロームの変幻自在の剣術とその腕前は、ここにいる騎士たちを圧倒するだろう。

テオドールの魔術師としての実力は(父親であるコーリエ伯爵が過剰に自慢するために)社交界で幾度となく聞いている。



「わあっはっはっは! それもそうだ! 正体不明の敵とやらがどれほどの規模だろうと、俺たちにかかればひとたまりもないだろう。まずは正体不明の敵だか山賊だがしらんが、奴らを殲滅し、それから弟を探せば良いかな!」



上機嫌で笑うグスタフ。


「まことに、まことに」「左様でございます」


取り巻きたちの高速揉み手にもいっそう熱が入る。


彼らエルランド捜索並びに正体不明の敵勢力討伐隊に微塵の不安もない。

馬蹄の音を響かせながら斥候たちが消息を絶った地域に向かうのであった。





「な、なんですか。あの一団は?」



グスタフたちから遠く離れた高い木の上から全身網タイツ…いや鎖帷子なニンジャであるサギニが俯瞰している。


彼女は妖精(アールヴ)特有の超望遠視力(精霊補正あり)を誇るため、物々しい一団にいち早く気づいていた。



「…まさか私が処分してきた連中の仲間? ジエラ様たちの貞操を奪いにあれほどの人間たちが重武装で向かってくるとは。…人間はどれほど好色なのでしょうか!?」



精霊遣いでありニンジャであるサギニにかかれば、あのような重装備の兵団でも問題なく対処できるだろう。


しかしかの兵団を壊滅したら今度は100騎、200騎と際限なく増えてしまうかもしれない。



「…致し方ありません。一旦帰還してジエラ様の判断を仰ぎましょう」




◇◇◇◇◇



「……できた」



ようやくヘルマン専用鎧が完成した。


ボクとベルフィの共同作品となった鎧に身を包んだヘルマン。


全身を覆う黒い鱗鎧(スケイルメイル)は淡く輝き、気品のようなものが感じられる。

カラダの動きを妨げないようなデザインであるにもかかわらず、致命傷となりうる急所は徹底的に防護している。


更にヘルマンの精悍で紳士的で気品ある風貌。

そして鍛え抜かれた肉体美。

そして今回の黒の全身(フルアーマー)鱗鎧(スケイルメイル)


まるで一角(ひとかど)の将軍みたいな出で立ちだ。



「ありがとうございます。俺のような未熟な者にこのような立派な鎧を…!」



ヘルマンは手足をストレッチしながら鎧の具合を確かめつつ「うむ、うむ…」「素晴らしい出来です」と頷いてくれていた。


最初は「ジエラさんの手作り鎧でヘルマンさんの気を引こうだなんて…」とか言っていたエルくんも、出来上がった鎧を着こなしたヘルマンを見てイヤミなんて言えないみたいだ。



「ああ、ヘルマンさん。すっごく逞しくて凛々しいです。僕、僕…もう…ガマンできません♡」



エルくんは瞳を潤ませ、顔を上気させながら内股でモジモジしている。


……?


…おしっこしたいのかな?

ガマンはカラダに良くないよ。



「ふふん。その鎧の素材の強度は太鼓判を押すよ! 生半可な攻撃じゃあその鎧を傷つけるのも難しいはずだよ!」



だってその鎧の素材になっている鱗は、普通の武器で斬りつけても傷つかないんだもん。

もちろん神剣とかの前では紙防御だろうけど。


するとベルフィが「私も試してみましょうか」と言いながら歩みよる。


ヘルマンはベルフィが精霊魔法か何かで攻撃してくると思ったのか、慌てて背中に背負った盾…大型の鱗を盾の形に形成したモノを構える。


ヘルマンから距離をとって前に立つベルフィ。

ヘルマンに向かって手を差し出し、そのまま彼女の白魚のような華奢な指先でヘルマンを指差す。



「そんなに身構えることもありませんよ。小手先(・・・)程度ですから」



すると何気なく話すベルフィの指先から突如として紅い焔が迸った!



ぼおぉぉああぁぁ………ッッッ!!!



不気味な唸り声にも似た轟音を響かせながら、巨大な焔が渦を巻いてヘルマンに襲いかかる!



「ーーーッッ!!?」



突然の出来事にエルくんは声にならない悲鳴をあげ、ボクも巨大な火炎旋風に呑み込まれたヘルマンを前に開いた口が塞がらない。



ピシャアアァァーーッ!

バリバリバリ…ッッ!



ヘルマンを襲った巨大な火炎旋風の内部で雷が轟き始めた!

さらには周囲の土砂を巻き上げ、土砂…いや溶岩のようなモノとなって竜巻の中に吸い込まれる!




ごぉぉぉぉおぉおおっ……!!




ヘルマンを中心とする周囲から切り取った一部分に濃密な天変地異が起こっている!

あっという間に竜巻を中心とするクレーターができ始めた!



「べ、べ、ベルフィ…。鎧の防御力の検証にしてはやり過ぎじゃあ…?」


「ヘルマンさんが死んじゃうッッ! ヘルマンさんっ。ヘルマンさぁんッ!? いやぁぁ……ッ!!?」



さすがにヘルマンが心配になった。

ボクの隣で泣き叫ぶエルくん。



ベルフィは「この程度のことで死にはしませんよ」とか言っているけれど、全然説得力がないよ!?

ボクの男…じゃなかった戦士は戦場で輝かなくちゃならないのに、鎧の仕上がり確認で死んじゃうなんてっ!?





…やがてベルフィの小手調べ(・・・・)が終わる。


炎と雷の竜巻が収まり、溶岩みたいになったクレーターが急速に冷え固まっていく。





土埃が収まると、そこには雄々しく立つヘルマンがいた。



「…いや、驚きました」



冷や汗をかきつつも男前に微笑むヘルマン。

エルくんは安心からか腰を抜かしてしまったようだ。

ヘナヘナとしゃがみ込んでしまう。


驚くべきことに先ほどのトンデモない地獄みたいな攻撃はヘルマンには全く届かなかったんだ。


ベルフィは淡々と鎧の防御力について話す。



「その鎧に宿らせた地、水、火、風の上位精霊たち。精霊たちは融合し、精霊王の真似ごとぐらいは出来るようになっています。先ほどの精霊たちの攻撃もヘルマン…正確には鎧を包み込む精霊結界を破ることはできませんでした。つまりヘルマンは魔法的な攻撃では斃れることはないでしょう」



な、ナニそれ?

すごくない?


で、でも魔法攻撃は防いでくれたところで、この世界(ミズガルズ)にファンタジーとかにありがちな即死魔法とか精神支配とかの魔法があったら?

それすらも防いでくれるのかなぁ?

精霊さんがどれだけ凄いのかイマイチわかんないけれど、まぁベルフィのことだからきっと大丈夫だよねっ。



「ベルフィ殿、ありがとうございます! つまり俺は魔法とやらに怯えることなく、純粋に剣の勝負に集中できるということですね!」


「お礼なんかいいです。お姉さまの従者が弱いなんて許されませんから。ですが鎧に宿った精霊も未だ未熟ですから過信は禁物です。それに精霊と心を通わせることできれば精霊は貴方に応えてくれるでしょう」


「はい!」


「いい返事です。良いですかヘルマン。貴方は常にお姉さまの前にたち、お姉さまの敵を薙ぎ払うのです。お姉さまが戦うことになったら、それは恥と思いなさい!」


「もちろんですッ! 我が剣はジエラさまのために振われるのですからッ!」



………。


こ、こまるなー。

ヘルマンったら、ボクをそんなに想ってくれるなんて。


ふとエルくんを見ると、彼は悔しそうにしている。

ゴメンねエルくん。ボクとヘルマンの主従関係はちょっとやそっとじゃ砕けないんだ♡


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