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伯爵公子グスタフ

よろしくお願いします

◇◇◇◇◇



「ヘルマンっ。ちょっと鎧の仮縫いに付き合ってっ」


「ジエラさん、いったい何度目の微調整ですかっ!? いい加減にしてくださいよっ。いつもいつも邪魔ばかりして…」


「邪魔ってなんのこと? これはボクの・・・戦士であるヘルマンのためなんだ。普段着のままで街についたらヘルマンだけじゃなくてボクも恥をかいちゃうじゃないかっ」



ボクは鎧の材料を手に入れてから鎧の制作に勤しんでいた。


ベルフィが持ってきてくれたナニかの鱗は素材として物凄く優秀で、サギニが拾ってきた武器で攻撃してもビクともしないんだ。


でも鎧に加工できないワケじゃない。

ボクには奥の手である『黄金のチョーカー』があるんだ。

『黄金のチョーカー』はあらゆる魔剣神剣を創造する事が出来る。


創ったのは魔剣ティルフィング。


この魔剣にかかればどんなに硬いモノだろうとも紙みたいにすぱすぱ斬れちゃうんだ。

魔剣の用途は斬るだけじゃない。針金とかを通す穴も剣の切っ先を使ってきりみたいに穿れば簡単だ。



ヘルマンのカラダに合った鱗をあてがって、それを亡くなった護衛さんの鎧をお手本にして、切り抜いて組み立てる簡単な作業だけど、それだけじゃ全く同じシルエットになっちゃう。

なのでアレンジも踏まえて全身鎧フルアーマーなスゴイ鎧を作ろうって頑張っているんだ。



「ジエラさん! ヘルマンさんのカラダをそんなに触る意味があるんですか!? 婦女子がハシタナイです!」


「ヘルマンの肩とか肘とかの関節の駆動域を確認してるんだ! そうしないとしっかりした鎧はできないよ!」


「ううう…。ヘルマンさんが僕に取られそうだからって…!」



そんなこんなでエルくんが必要以上にヘルマンに対して勧誘(ヘッドハンティング)しないように、付きまといつつ鎧の微調整をしまくったんだ。


おかげで謎の鱗で作り上げられていく鎧は完全にヘルマンの為のオーダーメイドなシロモノになったんだ。


ベルフィも「ヘルマンが弱いとお姉さまの気も安らぎませんからね。私も精霊の加護をつけておきましょう」と鎧の制作に協力してくれた。


そんなんで鎧の制作は順調だった。



「うふふ。ヘルマン。ボクの戦士。きっと君を人類最強の戦士に鍛えてあげるからね。人類最強になるまで死なれたら困るから、キミの鎧は凄い具合に仕上げて見せるからっ」


「ふん。ニンゲン種のなかで最強の存在ですか。お姉さまの下僕なんですからそれくらい強くないと困りますよ。…さすがお姉さま。戦乙女の本能(・・)で強い戦士に疑問を持たないようです」



ボクの弟子を想う気持ちに感動したのか、ヘルマンも感謝しきりだった。



「ジエラ様…。このヘルマン、貴女に恥ずかしくない戦士となってみせます…!」


「うん!」



エル君はボクたちの主従の絆を見せつけられて複雑そうだ。

でもヘルマンの勇姿を見せつけられては黙るしかないよね!



「…くっ。ジエラさんたら、あんなにも胸をヘルマンさんに押し付けて…。やっぱりカラダでヘルマンさんを縛っているんだ。…でもそんなことしても僕とヘルマンさんは相思相愛なんだから…あ、いや、なんでもありません」





ヘルマンの鎧は日々形になってきている。



でも、エル君は「城の者達が迎えに来るはずだ」って言ってたけど、全然それっぽい人達が来ないな…?


ナニかトラブルでもあったのかなぁ。




まあ、エル君の着替えは馬車の中にたくさん残ってたし、食料は森とか川とかからいくらでも採れるから問題ないけどさ。


ボク?


ボクの装備は汚れとは無縁だし、それにカラダの汚れやニオイも『常若の林檎』の効果のおかげか気にならないレベル。それに水浴びとかしているしね。



◇◇◇◇◇



ここはジエラたちが居る川辺とも人里とも離れた、辺りに人の生活の気配もない荒地。

ジエラの忠実なニンジャであるサギニは、ジエラたちの身辺警護のために今日も不埒な人間を屠っている。



「な、なんだってんだ、この露出狂エルフっ!? 突然襲いかかってきやがっ…ぎゃああぁぁッッ!?」


「俺たちを誰だと…ッ? ナキ…正規兵だと…知って…がふっ」



「ふん。妖精種アールヴを侮辱する愚か者は亡び去るといいです」



人間たちはサギニを見かけるや否や「変態エルフ」「痴女」などと侮辱したのだ。サギニはそのような下劣な感性をもつ人間などジエラの益にはならないとばかりに皆殺しにしていた。


サギニはビッと血振りを済ませてから納刀する。



「…この辺りは愚者が多いですね。統治している人間の器が知れるというものです」



そして人間達の死体は例によって謎の蔦によって森の中へと引きずり込まれてしまう。

おそらく土に還り植物の滋養になるのだろう。


サギニが去った後には、争いの後も何一つ残っていなかった。






アリアンサ連邦。

元は一つの王国…アリアンサ王国であったが、300年ほど前に王家直系の血が絶えた事をきっかけに有力貴族家が分離独立した国家群。

しかしそれでは周辺の強大国に滅ぼされるので、そのまま同盟関係を保持し、自らを『アリアンサ連邦』と称した。

そしてアリアンサ連邦の周辺には、強力な帝国や王国などが複数存在しており、それらはまさに三すくみ状態であった。



アリアンサ連邦に属する国は元・侯爵が治める侯国、元・伯爵が治める伯国が存在する。

そして子爵は自らの寄親の国の都市を治めており、世襲が認められている。


男爵や騎士爵は領地を持たない。

主に功績があった者に与えられる貴族位であり、類稀な功績を認められた一般庶民にも与えられる事が稀にあるものの、殆どが子爵以上の貴族の子弟に与えられる。



そして公爵家。

300年前に王家直系が絶えた時、彼らは王家の縁戚として王位を継ぐべき存在であった。しかし当時の三公爵は互いに不仲であり、それぞれの派閥の力関係も拮抗しており、誰が王位を継いでも国が荒れるという判断から、誰も王位を継ぐことがかなわなかったのである。

また、当時も公爵たちの家は王家の血のストックとして、アリアンサ王宮の一角に豪奢な屋敷を構えるのみで自らの直轄領地というものを所有していなかった。

そのため連邦創設期に王領を近隣の侯国・伯国に吸収させ、公爵たちは王宮のみで生活する立場になった。


現在の三公爵は連邦の同盟関係の象徴として権威のみが残っている。

事実上の傀儡同然であり、一切の権力を有していない。

『大規模施策に、言われるがままに認可印を押す』『連邦国家群ではない諸外国との外交の場の箔付け』『遠征軍のお飾り総大将』程度の仕事が与えられている(・・・・・・・)のみであった。






ナキア伯国もアリアンサ連邦に属する一国。

ナキア伯爵が治める小規模国家だ。



伯国の創立の黎明期には沿岸にドラゴンが棲む危険地帯ということで軽視されたのだが、ドラゴンに近づかない、つまり海にすら進出しなければ目立った被害が出ないと認識されるや、一気に塩産業が盛んになったという経緯がある。


それ以来、海に面した都市ナキアは古くから塩産業が盛んであり、塩の取引を基軸にした商業都市として発展してきた。


そのため伯国でありながら、同じ程度の面積規模を持つ他の伯国とは比較にならない発展を誇り、財力だけで考えるならば広大な穀倉地帯を有する大国にも比肩しうる規模ともなっていた。



当然、そのような事情であるから同じアリンサ連邦に属する他の国からは妬み嫉みが絶えない。

特に領地を隣とするコーリエ伯国とは特に犬猿の仲であった。

しかしその不仲の原因は、目立った産業の無い他国からの一方的なやっかみなのだから始末に負えなかった。


だが突出した財力と発展を誇るが故に代々のナキア伯爵はこうした嫉妬を受けやすい立場にある。

謂れのない誹謗中傷によって風評に瑕疵がつく恐れがあった。


そのためにナキア伯爵は他の大貴族である侯爵にすり寄り、彼らへの貢物やら婚姻政策によって社交上の敵から身分や名声を護ってきたのだ。


また、ナキア伯爵は自国の商業を護ることを国是としている。

そして代々の伯爵はの悲願は『海に進出し、海洋産業すらも手中に収めること』である。



しかしそれにはドラゴンの問題を解決しなければならない。

かの強大な幻獣によって漁業をはじめとする産業が全く機能していないのだ。


過去幾度となく軍や腕自慢の冒険者が討伐に向かったが全て失敗に終わっている。


それゆえに多額の報奨金を以て冒険者ギルドに討伐依頼を掲示していはいるが、今日ではその依頼は誰も見向きもしない有様だった。


かと言って引き続き軍の総力を挙げて討伐しようというのも論外だ。

歴代の伯爵は度重なる失敗で「如何に訓練をしようとも普通の人間・・・・・には不可能」と結論を出しているからだ。




つまり、ドラゴンを討伐し、ナキアに更なる発展をもたらしてくれるのは普通の人間ではない者なのだ。つまり神から選ばれたであろう英雄・・でなければ成し得ない偉業なのだ。




そして、誰もそんな英雄・・が間もなく訪れるであろうコトに気付いていない。






ここはナキア伯国と同じ名称を許された沿岸都市ナキア。


そして伯爵に相応しい小規模ではあるが圧倒的財力を誇るナキアに相応しい瀟洒な宮殿で、ナキア領主であるナキア伯爵アロルド・ナキア・リンドバリは不安を抱えていた。



それは息子であるエルランドのことであった。




「…一体どうなっておる。我が息子、エルランドの行方がとうとして知れないとは…!」


「伯爵閣下。エルランド様におかれましては村々の巡回のお役目の最中でございました。護衛も十分。それに閣下のご威光に触れ、エルランド様の巡回予定近辺では賊もなりを潜めております。賊に襲撃されたというワケではありますまい」


「だがエルランド様の御一行の予定の村へのご到着が10日程遅れている。しかも街道にそれらしい馬車をお見かけしたという報告は入っておらん」


「問題は…エルランド様がいらっしゃるであろう地域に巡回兵を送ってはいるが、一兵として帰還しないということだ」


「バカな! あの周辺に賊が出没するなどという報告は一切入っておらんぞ! にもかかわらず騎馬兵を一騎も離脱させずに全滅させるほどの戦力が潜伏しているとは由々しき事態…!」



ざわざわ

ガヤガヤ



エルランド…エルが行方知れずとなってからナキア宮殿では日々憶測が飛び交う始末だった。


無論、実際にはエルに危険などなく、昼はヘルマンを巡って(?)ジエラと口論をしたり、夜はヘルマンと愛し合っているという微笑ましい日々を送っていたのだか、情報が無い以上、宮殿においてエルの無事を確認することはできない。


だがそんな喧々諤々な雰囲気を、肥満体…いや恰幅の良い大男が大声で黙らせる。



「わあっはっはっは!! 皆が我が愚弟を心配してくれるのは非常に喜ばしいことだ。しかし話は簡単ではないか。警備兵に毛が生えたような連中を送るからこのようなことになるのだ。俺が軍を率いてしらみつぶしに捜索してみよう。さすれば弟の行方も容易に知れるであろう!」



彼の名はグスタフ。

エルランドの腹違いの兄にしてナキア伯爵の後継者であった。


グスタフの取り巻き連中も「まことに、まことに」「左様でございます」などと言いながら高速に揉み手をしつつ彼の意見に賛同している。



ちなみにグスタフの生母はハージェス侯国の姫でありナキア伯爵の正室。

正室は伯爵が自らの後ろ盾とするために政略によって迎えられた女性だった。


そんな威勢の良いグスタフに老齢の臣が進言する。



「グスタフ様、話は簡単ではございません。軽々しく軍を動かせば領民は不安に思うでしょう。さらに軍の規模によっては隣国コーリエが「ナキアに領土拡張の野心あり。連邦内に不和をもたらす」などと難癖をつけてまいります。ここは小規模の偵察隊を今まで以上に派遣するべきです」


「ふん。コーリエ伯国など文句を言う事しか能がない連中など放っておけばよい! 父上殿、出来の悪い弟の不始末を尻ぬぐいするのは兄の役目。巡回の役目も果たせないエルランドに代わり、俺が巡回のお役目を引き継ぎ、同時に山賊でも発見した場合は討伐してまいりましょう!」



「…ふむ」



ナキア伯爵は考える。


政略ではない、愛する・・・女性(側室)との息子・エルランド。


思慮浅く粗野に育ってしまったグスタフとは異なり、エルランドは母に似て思慮深く聡明で、(そして支配階級には重要なことなのだが)見め麗しいという自慢の息子だった。


エルランドが後継であればナキア伯国も安泰かと思ったが、こればかりは仕方ない。

唯一の救いはグスタフとエルランドの兄弟仲は悪くなく、グスタフがナキア伯爵を継いだ後はエルランドも臣下としてナキアを盛り立ててゆくことに合意していることだ。



それはそうと、兄が弟の捜索をするというのに異を唱えるのもはばかられる。

それ以上にエルランドの安否が心配なナキア伯爵はグスタフの提案を受け入れざるを得なかった。



「…分かった。グスタフよ、軍を動かすのを許す。ただし隊は小規模…。そうだな、50名までとする。その代わり装備は戦時のものとするのだ。これならば仮に山賊などに遭遇したところで決して遅れは取るまい」


「かしこまりました父上殿。このグスタフ・リンドバリ、弟を捜索し、地方の治安を乱す者を発見した場合、これを打ち破ってご覧に入れます!」



グスタフは若さに不釣り合いな太鼓腹を揺らしつつ機嫌よく頬肉を震わせながら「わあっはっはっは! たまには訓練ではなく実戦を楽しみたいと思っていたところであったわ!」との呑気なセリフを残して退席していった。


グスタフの取り巻き連中も「まことに、まことに」「左様でございます」などと言いながら高速に揉み手をしつつ彼の後に付き従う。





グスタフが退席したのち、ナキア伯爵アロルドはため息をつく。

聞いているのは側近のみであった。



「…ふむ。グスタフめ。あやつがナキア伯国を治めたらと思うと気が気ではない。あれではナキアの先達が護ってきた権益を奪われかねん」


「いやいや。閣下、エルランド様がいらっしゃいます。エルランド様であれば今まで以上に伯国を盛り立ててくれるでしょう」


「ふふ。お主も歯に衣着せぬな。グスタフも私の息子であるに違いないのだ。あまり無下に評するでない」



アロルドは臣下の無礼をたしなめつつも「ははは」と軽く笑う。


それに効果的な一手を打てたことに幾らか安堵していた。

冷静に考えてみてもグスタフの言う通り、小規模軍を派遣した方が少なくとも情報を持ち帰ることが可能であろうからだ。



伯爵は「良く言えば豪放磊落、悪く言えば大雑把な男だが、思い切りの良さは悪くないかもしれん」とグスタフの評価を若干だが改める。



「グスタフのことだ。万が一にも賊ごときに遅れをとるはずはなかろうが…。ところでヤツの正室候補についてはどうなっておる?」



現在、グスタフの周囲に女の影は見当たらない。

彼の趣味嗜好は専ら鍛錬と食い道楽にある。

伯爵家の嫡男にありながら部下と鍛錬に励み、そして彼らに付き合って安酒場で飲み食いするのが彼の日課であった。



「は。候補は何人かおられるのですが、グスタフ様のご気性を考えますと…。ナキア伯国への影響は…」


「むむ。やはり難しいか」



目下、ナキア伯爵の頭痛の種はナキア伯国次期領主(グスタフ)の正室だ話だ。

領主の正室の実家にはナキア伯国にとって益のある存在となって欲しいのだが、岳父の野心によっては益どころの話ではなくなる。

貴族としての嗜みに欠けたところのあるグスタフでは、妻に言いくるめられた結果、ナキア伯国の産業に岳父の息が掛かった者が大勢押し寄せてくる危険性が高い。



「ではグスタフの正室は…寄子の男爵家…いや子爵家の娘を候補とするか。今まで以上に侯爵家の家々には付け届が必要となるが致し方ない」


「しかし閣下、今のところナキア伯国に類する子爵家にはグスタフ様の正室となりそうな年頃の子女がおらず…」


「………」



ナキア伯爵アロルドは嘆息する。

幸いにも気さくなグスタフは庶民の人気は十分だ。

しかしそれでは貴族の気質としては致命傷になりかねない。


男は女で変わるとは誰の言葉だったか。


グスタフの長所を伸ばし、短所を修正してくれる娘はいないだろうか。

それもグスタフの尻を叩き、立派な領主となるように発破をかけてくれる娘なら理想的だ。

しかしそのような女など、貴族の子女には見込めない。



「市井の娘でも構わぬ。そのような娘がいたらば寄子の家の養女としてから輿入れさせればよかろう」


「は。グスタフさまが率いる捜索隊に参加する騎士たちにも、グスタフさまにそれとなくお伝えするよう申しつけましょう」



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