名案
よろしくお願いします。
◇◇◇◇◇
夕刻。
「美味しいですね! ジエラさん、山菜と獣肉と塩だけでこんなにも美味しい料理を作れるなんて、やっぱりメイドじゃなくて料理人が良いかもしれませんよ!」
「あ、あは。ありがと」
夕食時もボクの料理をエル君が褒めてくれたけど、ボクは…喜べなかった。
ボクは戦乙女…ヴァルキュリーなんだ。
料理人としての腕前を褒められたって…まぁ…嬉しいことは嬉しいけど、やっぱり素直には喜べない。
ううう。
ナキア国に就職できるのはいいけれど、メイドさんとか料理人とか、どうしてボクの希望とかけ離れた仕事なんだろう。それにお色気な衣装待ったなしだから…色々誤解されて…貞操が…。
それにヘルマンの心が離れていっちゃうかも…。
「お姉さま、ナニかお悩み事ですか。…あ。きっと私が昼間スレイお姉さまと仲良くしていたから嫉妬されていらっしゃるんですか? うふ。ご心配せずとも大丈夫です。私の本命はジエラお姉さまですから♡」
ボクの苦悩なんか知らないベルフィはトンチンカンな事を言っている。
ちなみにスレイプニルは夜は人目につかないからといって、馬の姿に戻って思う存分駆けまわっているらしく、今は不在だったりする。それに神馬だからご飯も特にはいらないみたいだ。
「あ、いや、そういうワケじゃなくて…」
ホントの事を言ったらベルフィのことだ。ボクの貞操を護るためとか言ってナキア一帯を焦土にしちゃうにちがいない。
ヘルマンも夕食が終わったら、更に稽古をすると言って遠くの方に離れている。
そしてエル君もヘルマンについて行った。
彼なりに気を遣ったんだろうな。
示現流の掛け声は“猿叫”といってやたらうるさいからね。
でも実際には彼は「キェーーーッ!!」とか叫ばないで「はっ」「むんっ」とか短く気合を入れているだけだけど。
そんなことを考えていたら、ニンジャのサギニが戻ってきた。
「ジエラ様。ただいま帰還いたしました」
見るとサギニは大荷物を抱えてきた。
なんでもあちこちに武装した連中がいたらしく、対価を払って色々貰ってきたらしい。
サギニが遅めの夕食をたべている中、ボクたちでお土産の中身を物色する。
「丁度良かったです。お姉様に頂いた矢は美しくて使うのが惜しかったところです」
「矢とか…消耗品がほとんどだね。おカネは…あるワケないか」
やっぱり妖精さんであるサギニはおカネの概念が理解できないらしい。
それはそうと、サギニが持ってきた荷物の中には針金らしいモノとかベルト。鎧下とか帷子とか、一見して鎧の各備品に使えそうなモノが少なくない。
「これは?」
「はい。ヘルマンが軽装過ぎるので、これでナニか鎧など装備品を作れないかと思いまして」
「サギニは仲間思いだね」
「い、いえ、それほどでも…♡」
うう。
ボクが自分の活躍の場や貞操で悩んでいたときに、サギニは同僚の装備を気にかけてくれるなんて有り難い話だ。
ヘルマンに鎧か…。
……。
……ーーーッッ!!
そうだ!
ボクがヘルマンに鎧をプレゼントすればいいんだっ。
そうすれば忠義に篤いヘルマンのことだ。
エルくんにヘッドハンティングを仕掛けられても、ボクの事を思い出してエルくんに靡かないにちがいない。
そしてヘルマンの鎧がボクのお手製だって事が知れ渡れば、ボクがメイドさんとか料理人さんじゃなくて戦場に近い部署で就職できるかも!
「よーし! ヘルマンの鎧はボクが作るよ! 彼に相応しいカッコよくてスゴイのを作ってみせる!」
そしたらベルフィも大賛成。
「素晴らしいお考えです。ヘルマンはお姉さまの前衛…つゆ払いですからね。精悍な戦士として無双してこそお姉さまの戦士です。ちゃんとした鎧姿でないと!」
そうだよね!
まさに一石三鳥…完璧だよ!
でもそうは言っても仕立てや裁縫とかは得意だけど鎧なんて作ったことない。
だけどエルくんの仲間のお墓に墓標変わりに鎧が立ててある。それをお手本に作ればいいんだ。
・
・
改めて鎧の材料を確認すると…肝心の装甲部分にあたる部分が見当たらない。
「ううん。困ったな。木を削って胸当てとか籠手を作るのもカッコ悪いし…」
するとベルフィは「お姉さま、私にお任を!」と、ブツブツ言いながら精霊さんと交信を始めた。
すると一分もしないうちにお目当てのモノを見つけたみたい。
「…手ごろなのがいました。私が今夜中に鎧の素材を持ってまいります! それではっ!」(ばひゅっ)
ベルフィの周囲に風が舞ったかと思ったら、そのまま夜空に飛び立ってしまった。
◇◇◇◇◇
ベルフィは目的地(の空中)にたどり着いた。
そこは海岸から近い、浅瀬と深淵の境。
夜の海である。
月明かりや星明かりがあるとは言っても、暗い海の醸し出す特有の不気味さは陸に生きるモノを遠ざける。
しかし妖精であるベルフィにとっては昼日中と変わりない。
「…ここが海ですか」
初めて見る海に大した感慨もない。
べルフィにとって大海原よりもジエラが歓ぶ顔の方が優先だ。
「さ、このあたりですかね」
ベルフィが海の一部をじっと眺めると、その途端、水面から巨大な水柱が立ち上がり、“どぉぉーーーん!!”という大音響と共に、一匹の巨大生物が浅瀬に打ち上げられた。
打ち上げられた巨大生物。
巨大生物は全身が黒い鱗で覆われており、月明りに美しく照らされている。
四肢は太く、それでいて力強さが感じられる。
その脚で踏みつぶされたら、馬や牛など一瞬でミンチになってしまうだろう。
同じく尻尾も太く長い。
その尻尾が振るわれたら、人間など箒の前の蟻に等しい。またどんなに硬い城壁でも薙ぎ払われてしまうに違いない。
そしてその牙が並んだ大咢。その牙の前では人間など歯糞に等しい。
その漲る暴力をもつ巨大な存在は、突然に自らが浅瀬に打ち上げられた状況に戸惑ってはいたが、目線近くにふわふわ浮いている矮小な存在に気付く。
「突然ですいませんが、貴方の鱗が頑丈そうなので数枚譲っていただけませんか?」
ベルフィは高邁たる白妖精だが暴君ではない。生物の鱗を譲ってもらうので丁寧に問いかけてみた。
妖精だが同時に豊穣神でもあるベルフィの言葉はその巨大生物の魂に届いたはずだ。
しかし巨大生物はその言葉を聞こうとしなかった。
眠りを妨げられた不機嫌さも相まって、威嚇と同時に食おうとばかりにその大咢を目いっぱいに広げる。
「GAAAAAAA…!!」
聞いたものを恐慌状態、それどころか失神を通り越して即死させるか如き大音声。
しかしベルフィが「煩い」と呟くと、巨大生物は何か見えないナニかに押しつぶされるかのように“どだぁーーん!”と浅瀬に倒れ込んでしまう。
べルフィの隷下にある根源精霊が彼女に忖度したのだ。
大気の圧力で巨大生物を地面に這わせたのである。
「私が下手に出ているというのに、トカゲの分際で私を食おうとしましたね。この白妖精である私を…!」
「GA? GAAAA…!!?」
巨大生物はナニが起こったのか全く理解できない。
身動きすらできずに浅瀬に縫い付けられてしまったかのようだ。
「貴方の鱗を数枚剥がして鎧の素材にしようと思っていましたが、気が変わりました。私の高貴さを理解できない低俗なトカゲなど万死に値します!」
すると、ベルフィの言葉を受けた根源精霊は見えざる圧力を増大させる。
その圧力はまさに大自然、世界そのものからの力だ。
巨大生物の強靭なはずの四肢がゴギリ、ベキリと砕け始める。
「GUGYOOOOOO…!!!??!」
巨大生物は己の体内にある魔力を振り絞り、圧力に抵抗しようと試みたが全くの徒労だった。
圧力に耐えかねて、四肢に続いて体内がゴキベキと鳴り始めた。
「GIGIGIIIIiii……ッッ!!」
悲鳴じみた咆哮をあげる巨大生物。
激痛だけではない。
理解できないナニかからの攻撃に恐怖しているからだ。
四肢があり得ない方向に捻じ曲がる。
巨躯がひしゃげる。
ベキベキベキベキ…!
ボキャッ!
ミシミシ…ベキィィッ!
巨体のありこちから骨が突き出る。
血液を含めた体液が噴き出す。
それと同時に巨大生物の鱗がポロポロと剥がれ落ちていく。
いかに強靭な鱗であろうとも、その下のカラダそのものが歪み、捻じれてしまっては剥がれ落ちるしかない。
・
・
「GA…GAGA……」
巨大生物は自分の置かれた状況が理解できない。
どうやら宙に浮いた矮小なる個体がこの攻撃を仕掛けているようだ。
するとその個体はいつの間にか黄金色のオーラを身にまとっていた。
さらに名状しがたい圧倒的な神気を放っていたが、巨大生物の理解の外だった。
巨大生物は目の前の生物(?)が理解できない。
いや、あまりにも隔絶した偉大なる存在に理解が及ばない状況なのだというのが正しい。
なぜ?
自分はこの海で無敵だったはずだ。
海に生きる他の魔物も、陸地で蠢く矮小な生物…人間も自分を畏れて近づこうともしなかった。
それなのに。
そんなにも偉大な自分なのに。
自分は目の前の小さな個体を食おうとしただけなのに。
なぜ…?
ゴシャアァ…ッッ!!
既に意識を手放した巨大生物は己のカラダが砕ける音を聞くことが出来なかった。
・
・
わずかに痙攣する巨大生物。
そしてその巨体の下には大小さまざまな鱗が落ちている。
ベルフィがサッと手を払うと、その鱗は小さな、しかし強力な竜巻によって巻き上げられてべルフィの近くまで舞い上がる。
「…取り過ぎましたか? まぁ、これだけあればヘルマンの鎧もしっかりしたモノが出来るでしょう」
そして彼女はにへらと笑う。
既に巨大生物を圧倒した際の威圧感など消え失せていた。
「…うふっ。うふふっ。これでお姉さまは大喜び。そしてヘルマンを強化できます。ヘルマンが強くなればそれだけお姉さまが活躍出来る機会が減る…つまり英雄から遠ざかるはずです!」
ベルフィは「一石三鳥ですね!」と笑いながらジエラのもとに帰還するのだった。
・
・
ベルフィは鱗入り竜巻を連れてジエラの元に飛び去った。
そして後に残されたのは、無残に砕かれた浅瀬や岩礁にめり込むようにして瀕死の無様を晒した巨大生物だ。
ベルフィが去った後に息を吹き返したのは全くの幸運だった。
巨大生物は命を繋ぐのに精一杯。
運良く死は免れたが、それでも死ぬ寸前である。今なら未熟な戦士…いや木こりでも退治できるに違いない。
息も絶え絶えの彼は、抵抗で空になった魔力をなんとか回復させようと試みる。
身体を修復するのはそれからだ。
元の猛々しい姿に戻るのはかなりの時間がかかるだろう。
しかし同時に思う。
あの小さき存在に再び出会ったその時は、食おうなど考えずに必ず全力で逃げ出そうと。




