エルくんの正体
よろしくお願いします。
◇◇◇◇◇
そして…まぁ、色々トラブルはあったけど。
改めてヒト型に変化したスレイプニルに服を着せる事にする。
スレイプニルは『力の帯』で脚力とかが強化されてるから、ヒトになった時はパンチやキックが凄いんだ。
それで思いついたのは格闘家。
なので格闘家っぽい服を『黄金の腕輪』にお願いしたら、創られたのはチャイナドレスっぽい服だった。
白を基調としたチャイナドレス。
しかも全く実戦的じゃないハイヒールに、上品そうな長手袋。
格闘家というより、…上流階級の美女がチャイナドレスでドレスアップしたみたいに見えなくもない。
袖なしで裾は膝程度の丈。
襟から胸元はしっかりと隠されているけど背中の腰から上の部分は全開。
スリットも物凄くて、大人しく立っているだけで太ももどころかお尻の肉までチラチラ見えちゃう。
ちなみにチャイナドレスの下は『力の帯』を紐水着にしている仕様なんだ。
まぁ、ドレスアップにしてはお色気仕様だけど、今までに比べて今回はそれ程じゃない…と思う。
とまあ、こんな感じに女性格闘家…スレイプニルの誕生だ!
ベルフィは「スレイプニルお姉さま! なんて凛々しい! これからも協力してジエラお姉さまをお助けしましょうっ!」とか言ってスレイプニルを褒めちぎった。
スレイプニルも調子に乗って「うむ。我らの前に立ちふさがる敵は粉々にしてくれる」と、蹴りや拳で周囲の岩や大木を破壊しまくっている。
「お姉さま、もっと脚を伸ばして! もっと高く蹴りあげたほうが威力が増すと思います! そう、そうです! 最高です! はぁはぁ♡」
「うむっ。こうかっ!」
バギャンッ
ゴシャアァッ
正気に戻ったベルフィは、スレイプニルと仲良くしている。
ちなみに彼女の正体が馬って事も気にしていないみたいだ。
それにしてもさっきからスレイプニルが森林破壊しまくっているけど、妖精的にはOKなのかなぁ。
ベルフィたち白妖精さんが森の豊穣を司る神様だってイマイチ信用できなくなっちゃうよ。
色々トラブルがあったけど、改めてパトロン…じゃなかったエル君に挨拶することにしよう。
なお、スレイプニルがヒトに変身できることは……ちょっと事実を変更して話すことにした。
・
・
「エルくん。これから一緒にナキアの街に帰還しよう」
エルくんはヘルマンにぴとっと寄り添っている。
心なしか顔も赤い。
ううん。
ヘルマンが支えてあげないとふらついちゃうのかな?
まだ昨日の疲れが残っているのかもしれない。
「…え? あの…。ジエラ…さんでしたか? すいません。昨日は薄暗くてよくわからなくて…。そ、それにしてもジエラさん一行がこんなにもお美しい女性たちだとは気づきませんでした。……うう、僕はこんなキレイな女性からヘルマンさんを奪えるのかな?」
エルくんは疲れて元気が無い様だ。
後半は声が小さくては良く聞こえない。
でも街の人間である彼の目にもボクは美人に見えるらしいね。
今までは村人とか山賊からの評価だったからイマイチ信頼性に欠けてたんだ。
これで美貌の騎士っていう方向でも名前を売りに出せそうだぞ!
だけど、ここは謙虚に行こう。
「ボクたちが美しいかどうかは関係ない。問題は戦力として強力かどうかだよ。…ボク、騎士のジエラ・クッコロ・フォールクヴァング。そしてボクの仲間がナキアの海に巣くうドラゴンを滅ぼしてナキアに平和を取り戻してみせるよ!」
「ディードベルフィ・ビィ・クッコロ」
「私はサギニ・クッコロです。ニンジャです」
「我は…ヘルマンとも初めましてとなるかな。スレイ・プニル・クッコロだ。昨夜合流できたのだ。よろしく頼む」
そう。
巨馬と美女は別人ということにしちゃったんだ。
「スレイプニルは魔法で馬になったり人になったりできるんだよ」はいくらなんでも無茶振りがすぎる。
それと一応『クッコロ』はボクの名前だけど、皆んなで名乗ることにベルフィも承知してくれたんで、みんなでクッコロを名乗ることにした。
あと、ヘルマンにもクッコロを名乗らせるかという話を振ってみたら、ベルフィが大反対したんでその話はなしになった。
ボクたちの名乗りに遅れてヘルマンも続く。
ヘルマンはボクたちの『クッコロ』に特に何の思いも抱いていないみたい。
ヘルマンは初対面(?)の美女に会釈したあと、エル君の肩を優しく抱き寄せる。
「今更だが、戦士のヘルマンだ。俺たちがエルの敵を倒そう。手始めにドラゴンとやらだな。それでドラゴンとはどんな害獣なのだ?」
するとエル君はボクたち女性陣よりも明らかにヘルマンに親愛の眼差しを向けている。
特にさっきのドラゴンを害獣扱いしたのを頼もしく感じているようだ。
ああ、そうか。
あのくらいの思春期の男の子だと、ボクたち女性を相手するのが気恥ずかしくなる微妙なお年頃だよね。
頼りがいのある同性の方が良いよね。
でもオトナなボクは気にしないのだ。
「エルくん。ナキアに出発しても大丈夫? …馬車はどうやら車軸が壊れちゃってるから馬で移動することになるけど、体調とかは平気かな?」
エルくんに問いかけると、彼が突然思いもよらないコトを言い出した。
いや、突然でもない。
ボクが『騎士のフォールクヴァング』を名乗った時から彼の表情が変わった気がしたんだ。
「…ちょっとその前に確認したいことがあります。その…言いにくいのですが…。ジエラさんは本当に騎士なんですか? その…その恰好は…騎士には見えません」
「え…?」
ボクの恰好…。
肩出しタンクトップ。
ホットパンツ。
そしてオシャレ重視な麦わら帽子っぽい兜にサンダル。
「……えっと。あの…これは…」
あ。
言われてはじめて気づいた。
夏服のままだ。
騎士を名乗るなら、ちゃんと騎士っぽい格好をするんだった。
するとエルくんは「わかってます」的な表情でボクに微笑みかけた。
その微笑みには憐れみが浮かんでいるのは気のせいじゃないだろう。
「その様子から察するに、ジエラさんは騎士なのではなくかつての騎士爵家ゆかりのご令嬢だったのでしょう。しかし山賊どもに攫われて…その…下着に剥かれてしまう様な目に…。……大変でしたね。でも僕と同じようにヘルマンさんに助け出してもらった、そういうことなんですね?」
「…え?」
「ヘルマンさんは強力な戦士ですものね。色んな人を助けてるなんて凄いです」
「え、え?」
な、なに、それ?
ボク、ヘルマンに助けられちゃったお嬢様ってことになってる!?
□ エル君の勘違い的妄想 □
「うう…いつまでこんな生活が続くの?」
山賊に攫われてからどれくらい経ったんだろう。
毎日、この薄汚い山賊アジトで彼らのお世話を強要されている。
ボクが誘拐されてかなり時間が経つけれど、実家のフォールクヴァング騎士爵家はボクの事を助けに来てくれなかった。
いや、ボクを助けにきたくても来られなかったんだ。
山賊から聞いたんだけど、ボクの家と身代金の交渉をしている最中、ボクが山賊の慰み者になって身代金を強請られているという噂がたってしまったらしい。
父はそれを不名誉と感じ、騎士爵位を含めた家屋敷を返上してしまったので、身代金の交渉が頓挫してしまったんだ。
「…この間、一人でアジトの周りをフラフラしていたおっさんをぶっ殺したんだけどよ、ありゃあオマエのオヤジだったか?」
ボクが山賊に捕まっちゃったせいで、フォールクヴァング家は最悪の結果になってしまった。
そしてボクを一番高く買ってくれる奴隷屋が見つかるまで、ボクは山賊のアジトに監禁されているんだ。
「オラオラ! メシだメシだ!」
「グズグズしてんじゃねぇッ! さっさと用意しやがれってんだ、ウスノロ!」
「……グスン。わ、わかりました」
ボクは騎士の娘だったから、賄い婦さんなコトに慣れていない。
こ、こんな真っ暗な日々が何時まで続くんだろう…。
もし、このアジトを解放されたところで、山賊に拉致監禁された娘の行き先なんてロクなもんじゃないだろう。で、でも、ここよりも扱いが悪くなると思いたくはない。
汚辱に塗れる日々。
いっそのこと自害しようとも考えた。
で、でも、騎士…フォールクヴァング騎士爵家の最後の生き残りとして、簡単に死に逃げるわけにはいかない…!
「それにしてもそのチチとケツは一丁前だな! ホントに騎士の娘かよ!」
「やっぱオメェは娼館に売っ払うか! それが一番似合ってるってもんだ!」
「いや、金持ちの愛人はどうだ?」
「や、やめて…ください。それだけは…!」
ううっ。
ボク、娼婦さんや誰かの愛人になるために生きてきたんじゃない…。
父の跡を継いで、立派な騎士になるために…!
すると、外から慌ただしい声が聞こえた。
「おいっ! お前らも戦え!」
「…なんだ? 今はオジョウサンの売り払い先を話し合ってるんだ。忙しいからお前らでなんとかしろよ」
「トンデモねえヤツが攻めてきやがったんだ!」
「あ? 領主の兵団でも来やがったか?」
すると、伝令の男は自分でも信じられないといった顔をして叫ぶ。
「ち、違う! 敵は一人だ!」
・
・
山賊のアジトが静かになった。
ボクは出来るだけ身綺麗にしてから恐る恐る外に出る。
するとそこには巨大な剣を背負った偉丈夫が、山賊の最後の一人を屠るところだった。
でもボクはその偉丈夫を知っていた。
「ぎゃああああッ!?」
「あ……ああ……」
ボクの悪夢が終わる。
ボクの前に立つ…彼は精悍な偉丈夫、いや美丈夫だ。
鍛え抜かれた肉体美。
貴公子然とした雰囲気。
「…ヘルマンっ、もしかしてヘルマンなのっ!?」
「…救出が遅れてしまい、申し訳ありません。ジエラ様」
彼の名前はヘルマン。
ボクのお付きだった青年だ。
彼はボクが晴れて騎士となったとき侍従として任官するために、王都の軍に揉まれて修行していたはずだった。
だけど、短くない年月は彼を一角の武人へと成長させていた。
「……俺が王都から戻ってきた時は…フォールクヴァング家も…既に。これでは何の為のジエラの侍従なのか…」
「……ヘルマン。君のせいじゃないよ。ボクが、弱かったから…」
するとヘルマンは苦しそうな表情をした。
ボクの恰好は薄汚れている。
きっとボクが受けてきた屈辱の日々を悟ったんだろう。
「…ジエラ様、俺できる事なら何でもお申し付け下さい。俺は今でもフォールクヴァング騎士爵家にお仕えする者です」
「…ヘルマン、ボクの望みは騎士爵家を再興することだよ。…ボクはその為に今まで耐えてきたんだもん」
「…はっ。不肖ヘルマン。ジエラ様のため命を賭してお仕えする所存です」
そしてボクはヘルマンと旅をすることになった。
ちなみに安易にフォールクヴァングを名乗る事はできない。
娘が山賊に誘拐されて、それが元で断絶した騎士爵家なんて知られるわけにはいかない。
だからフォールクヴァングの不名誉が知られていない何処か遠い国で、フォールクヴァング騎士爵家を再興するんだ。
それは大変なことだろう。
でもボクには忠勇無双の豪傑・ヘルマンがいるんだ!
彼と一緒ならそれは夢物語じゃない…!
□ □ □
…とか考えているの!?
「え、エルくん…。それはいくら何でも…」
しかしエルくんはさらに失礼な想像をしているみたいだ。
「そんな下着のまま旅をするなんて…」「ヘルマンさんをカラダで…」
とかブツブツ言っている。
□ エル君の勘違い的妄想2 □
「じ、ジエラさま、その恰好は…」
ボクはヘルマンの寝床に忍んできてしまった。
「へ、ヘルマン…。ボクに尽くしてくれるキミに報酬なんて払えない。だ、だから、ボクのカラダで…」
「そ、それはいけませんっ」
「な、なら…。ボクのお婿さんになって、フォールクヴァング騎士爵家を再興して欲しいんだ…」
「ジエラ様…」
「ヘルマン…もう…離さないで…」
ボクに出来ること。
それは屈強な男性…ヘルマンと一緒になって、彼の子をいっぱい産む。
そして子供たちが強い騎士になって、家の名を高めてくれることなんだ。
□ □ □
ちょっ、ちょっとまってよ!
エルくんってば、ボクがヘルマンをカラダで繋ぎ止めているとか考えてるの!?
ボクは男なんだ!
そんなコトするはずないでしょ!!
ボクが彼の勘違いを訂正しようとすると、傍にいたベルフィが不穏な空気を纏い始めた。
「…この人間。私のお姉さまがヘルマン如きに媚びへつらってるですって? 無知とはいえなんという…」
ベルフィの周囲に黄金色のオーラみたいなモノがあふれ始める。
解らなくても解る。
アレはヤバいやつだ!
「わーッ!? ベルフィ、落ち着いて!」
ベルフィの頭を胸にかき抱いてイイコイイコすると、途端に彼女は「ふわぁぁ、お姉しゃまぁ♡」とふにゃふにゃになってしまった。
あ、危なかった!
今、ボクは大量破壊かナニかを防いだんだ!
でもエルくんはボクのおっぱいでぱふぱふしているベルフィを訝し気に見詰めている。
うう、絶対に変な娘を連れてるなとか思われちゃったよね。
それにしても、さっきから他人の事ばっかり詮索するなんて失礼しちゃうな。
ボクはエルくんについてツッコんで聞いてみる。
「…エルくん。さっき会ったばかりのボクたちがあんまり信用ないのは分かるけどさ、キミも自分のコトをあまり話さないよね? キミこそ何者なの?」
エルくんはいいとこのお坊ちゃんだって事は分かってる。
だけどそれだけしか分からない。
これから彼にはボクが英雄になるためのお膳立てをしてもらわなくちゃならないんだ。
パトロンの影響力はちゃんと確認しておかないと!
するとエルくんは…ちょっと躊躇ったあと、意を決したカンジで告白した。
「…すみません。恩人に対してあれこれ詮索してしまって。…僕の名前はエルランド・リンドバリ。リンドバリ家はナキア伯爵の地位を頂いております。つまり僕の父はアリアンサ連邦に属するナキア伯国を任されている立場にあります」
「……え?」
「…とは言っても僕は継承権のない第二公子ですけどね」
エルくんはある程度身分ある家のお子様か思っていたけど、まさか領主様のお子様だとは思わなかった。
た、確かに領主家なら何かと慎重になるのもわかるよ。
「……ところでジエラさん。昨夜、貴女がたは仕官したいと仰ってましたよね。そこで提案なんですが、ヘルマンさんを僕の侍従武官とするのは如何でしょうか?」
「ええっ!?ヘルマンを!?」
ボクが驚くのを余所に、エルくんは「僕にお約束する権限はないのですが、僕を山賊から救ってくれた件もありますし、なんとか父に認めてもらいます」とか言っている。
ヘルマンが武官…。
でもボクとの誓いは…?
ヘルマンを鍛えて、戦場に散った時は魂をボクが導いてあげるって…。
……。
そ、そうだよねっ。
べ、別にヘルマンとつきっきりで一緒にいなくても良いよねっ。
ヘルマンと同僚になるならそれでもいいかな。
ヘルマンがエル君の侍従武官か…。
領主家に採用なんて花形っぽいぞ!
じゃあヘルマンの主人であり師でもあるボクは?
もしかして領主軍の剣指南役なんかに採用されちゃったりなんかしちゃったりしてっ♡
「あの…ぼ、ボク…は? どんな官職かな? いや、官職なんてどうでもいいよっ。最前線で戦えるならっ!
決死隊とか突撃隊とか…もうそんなカンジならっ!」
ボク期待を込めて聞いてみると、エル君はキョトンとして告げてきた。
「…いくらなんでもそんな…。貴女を(男しかいない)兵舎に放り込むワケにはいかないですよ」
え?
するとまさか館をくれちゃったりするの?
いやー、まいったなー。
そんなにも高く評価してくれるなんて。
エルくんは『ボクが山賊に監禁されたか弱きご令嬢』って勘違いしてたのを改めてくれみたいだ。
「え、え、え? …ヘルマンを侍従武官にしてくれるのと同じように、いきなりボクを騎士にとりたててくれるとかっ?」
「…さすがにジエラさんのご実家が騎士爵家であったとしても実績ない貴女をいきなり騎士なんて…。騎士爵位は下級ですがれっきとした貴族ですからね」
「…え?」
するとエル君はクスリと笑う。
「ジエラさんはお料理が得意ですよね? 僕が保証人になりますから、貴女は宮殿勤めの料理人…いや、若くお美しい皆さんです。皆さんで客間女中なんてどうですか? 女中頭に進言しておきますね!」
「…は?」
エル君は「これで皆さんはナキア伯国で仕官が叶いましたねっ。これからよろしくお願いします」とか言っている。
でもボクはそれどころじゃなかった。
「………な、ナニそれ?ヘルマンが侍従武官で…。ぼ、ボクたちは…メイドさん…だってぇッ!?」




