美女のスレイプニル
よろしくお願いします。
◇◇◇◇◇
ベルフィのおかげでボクの貞操は守られた。
そんでもってドタバタしていた事もあり、妖精二人は疲れて簡易天幕でぐっすり眠っている。
既に夜は更けている。
狭い天幕で川の字になって眠るのは…まだ心の準備的に気恥ずかしいんで、天幕から外に出て夜風に当たってみる事にした。
焚火の炎は未だに燃えている。
火が燃えているのは精霊のチカラなのかな。
妖精さんが近くにいるから、色々と活性化とかしているのかもしれない。
「…ふう。今夜も色々あってスゴい日だったな…。でもベルフィが理解してくれて…本当に良かった」
ベルフィには本当の事を話したんだ。
そしたら「大丈夫ですっ」って理解してくれた。
告白後も過剰なスキンシップを続けてくるけど、それは彼女なりのコミュニケーションなんだろう。彼女には悪いことしたし、あんまり邪険にはできない。だから…程々なら…良いかな。
ふと。
焚火の脇に佇むスレイプニルと目が合った気がした。
真っ暗闇の森の中、一匹白い馬身が佇んでいる。
何ていうか…スレイプニルを独りぼっちにしてしまってとても申し訳ない気持ちになった。
(…どうした? 戦乙女よ? 寝付けないのか?)
「…スレイプニルこそ…寝ないの?」
(ふん。我の父親であるスヴァジルファリは不眠不休で活動する事ができた名馬だ。我も父の特性を受け継いでいるので、休憩やら睡眠とは無縁であるのだ)
「…ふーん」
ボクは立ったままでいるスレイプニルの背に乗ると、そのまま仰向けに寝転がる。
それをスレイプニルが黙って受け入れてくれた。
彼の背は広く大きいんで、こんな姿勢でも不安定になることは無い。
ボーっとしながら夜空を見上げる。
見知った星座は一つもないけれど、星と月がとても綺麗だと思う。
ボクは無言で星空を見上げている。
フレイヤ。
あの星のどこかにフレイヤが待ってる…んじゃなくて、フレイヤはこの世界とは異なる世界でボクの帰りを待っていてくれているんだ。
新婚(?)して早々に別れる事になった妻。
そして子供。
英雄となるよう名を轟かせて…。
見事に戦場に散って…。
「早く…逢いたいな…」
その時はこの異世界で仲間になったヘルマンや、まだ見ぬ好敵手。それにフッラさんたちが歓びそうな立派な人たちの魂も引き連れて凱旋してみたい。
そしてベルフィの事だって、お互い結婚は無理だとしても、今後も戦乙女と妖精の交流の架け橋になれば良いなって思うんだ。
□ 妄想 □
「…お疲れさま。そしてお帰りなさい」
「じえらままーっ」
「ただいま、フレイヤ。そしてバルドル。良い子にしてた?」
ボクが異世界での戦果を報告するまでもなく、その成果は皆が知るところだった。
ヘルマンを始め、屈強かつ高潔な戦士や騎士の魂を引き連れてきたことで、領内の戦乙女たちは色めき立っているらしい。
無論、フッラさんもほくほく顔で「さすがは奥様の御夫君様です。私にもようやく春が♡」とか言っていた。
「貴女様、惚れなおしたわ♡」
「いやいや。ボクはフレイヤの夫として当然の事をしたまでだよ。そうだ。フレイヤに紹介したい女性がいるんだ」
そしてボクはフレイヤにベルフィの事を話した。
「…そうなの。彼女は貴女様が英雄になるのに大きな助けになってくれたのね」
「そうなんだ。だから、このまま別れるには忍びないっていうか、つまり彼女との交流を続けていきたいんだ」
フレイヤはビックリしていたけど、フッラさんがボクの後押しをするかのように助け舟を出してくれた。つまり白妖精と仲良くするメリットをフレイヤに説明してくれる。
でもフレイヤが最終的に決断できたのはメリット云々よりも彼女の度量だろう。
「…貴女は本当に大英雄ね。戦士だけじゃなくて、妖精国との交流まで…。素敵よ♡」
「ボクもフレイヤに隣にいられるよう、もっと頑張って働くよ!」
でもフレイヤは「ただし!」と話を繋げた。
「お仕事ばかりで家庭をないがしろにしちゃダメよ? それで…バルドルに兄妹っていうか…あの…次の赤ちゃんが欲しいの♡ 仕事よりも私との夫婦の営みを優先にしてくれないと許しませんからねっ♡」
ボクはそんなフレイヤを可愛いと思った。
「フレイヤ、嬉しいよ。ボクもフレイヤを想っていたからこそ頑張れたんだ。…さ、夫婦の寝室にいこう」
そして、お風呂上りのフレイヤとボクはベッドに腰掛け…。
「…はい。貴女様。子宝のリンゴよ。この夜の為にう~んと上質なリンゴを準備しておいたの♡ さ、あーんして♡ たべさせて…あ・げ・る♡」
・
・
「うっ。お腹が…!?」
そしてボクのお腹から、黄金の光が…新たな赤ちゃんが産まれる。
「あ。貴女様を男性に戻すのを忘れちゃってたわ」
□ □ □
………。
な、ナニを馬鹿な事をっ。
フレイヤの『黄金のリンゴ』は男女で食べるものじゃないかっ。
ボクが赤ちゃんを産むなんてありえないよ!
ま、そんな馬鹿な妄想は横に置いといて…。
…自身は大英雄となって、高潔な戦士の魂を大量に引き連れてアースガルズに帰還する。
それは大変なことだろう。
だけどベルフィたちと協力すれば不可能じゃないと思う。
そう思いたい。
・
・
あ、そういえば、ヘルマンとエル君は寝たかな?
さ、さっきのベルフィたちとのドタバタは…防音していたはずだから気付かれなかったと思うけど。聞かれちゃってたら師匠としての威厳丸潰れだよ。
…あれ…見当たらないな?
スレイプニルに聞いてみる。
「…ヘルマンがいないね?」
(あの人間の男ならば剣と松明を手に歩いて行った。おそらく鍛錬でもするのではないのか?)
「…エル君…さっき助けた男の子は? あの子も居ないみたいだけど? そういえばどこで寝てるんだっけ?」
(あの子供は馬車の中で眠るようなことを言っていたな)
…そうだった。
良いトコのお坊ちゃんなんだもの。
こんな野外では眠れないよね。
洞穴の時とは違って、今度はゆっくり眠れるといいな。
そう思ったらボクもちょっと眠くなってきた。
「…スレイプニル。このまま…寝ていい?」
(……うむ)
ボクは身体を横にするように、頬をスレイプニルの首筋に当ててみる。
「…毛並みが…スベスベだね」
(そうか)
スレイプニルのビロードのような毛並みの感触を愉しんでいたら、なんとなく、いまさらになってスレイプニルの待遇が申し訳なくなってきた。
「スレイプニル…。キミは…強いんだよね。でも…ごめんなさい」
(うむ?)
「だって、こんな夜に…独りでいるんだもん」
(………)
「ゴメンね。ボクたちで天幕にいてさ。…夜は…一人は…嫌だよね。心細いっていうかさ」
(………)
「さっきの村でも…馬小屋でさ。……ボクたち仲間なのに」
(………)
・
・
そしてボクたちはしばらく無言だった。
ボクはスレイプニルの体温を感じている。
スレイプニルも同様だろう。
「…ねえ、スレイプニル。…ボクが、ちゃんとアースガルズに還れる日まで…ずっと一緒に居てね」
(……ジエラよ。そのような態度ではお主が弱き者のようだぞ。お主は我が背を許した者なのだ。もっと己に自信を持ち、堂々としているがいい)
「…スレイプニル?」
(…初めに言ったであろう。我が名はスレイプニル。『滑走するもの』『あらゆる馬の中で最高であるもの』だ。我が走れぬところはなく、我が往けないところもない…と。戦乙女よ、お主に何が起ころうとも我と共に在る限りアースガルズへの帰還は適う。…であるから、お主は我に相応しい騎士であれ)
(それに)と、スレイプニルは続けた。
(アースガルズに戻った後も、我が背を許したという事実は変わらん。良く覚えておけ。妖精はあくまでお前のオマケだ。我が背を許したのはお前なのだ。ジエラよ)
スレイプニルの言葉は、まるで大英雄への道のりに不安を覚えちゃったのを見透かしたかのような叱咤激励だった。
そうだよね!
弱気になることなんかないよね!
ボクは戦乙女にして騎士なんだ。
ベルフィからのスキンシップを軽く受け流す程に大きな器っていうか、むしろボクに性的ちょっかいだそうって気にならないくらいに、凛々しい大英雄にならなくちゃならないんだ!
「あ、そうだ!」
ボクは荷物の中から一本のベルトを取り出した。
『力の帯』
トールさんから貰った、色んな力を増大してくれるアイテムだ。
このベルトをスレイプニルに巻いてあげることにしよう。
「…よいしょっと。うん。いいカンジじゃないか!」
それは魔法のベルトらしく、スレイプニルの首にぴったりと巻けたんだ。
濃い銀色の、そして上品そうな細いベルトはまるで始めからあつらえたようにスレイプニルに似合っている。
するとナニか…スレイプニルのステータスっぽいのが見えた気がした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
スレイプニル
【種族】
神馬
【身体的特徴】
体高:180センチ
容姿・スタイル:元は八本脚だが、変化術で通常の馬に擬態している。白銀の馬体、灰銀のたてがみが特徴的。強靭な肢体を誇るが、全身的に鈍重な印象はない。性別はなし。
【装備】
力の帯…走力、脚力、馬力の増強。
【職業】
なし
【称号・特記】
『滑走するもの』『あらゆる馬の中で最高であるもの』
・あらゆる世界を走破可能。
・休憩、休息なしでもポテンシャルは最高を保持。
・『変化術』を体得。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
すごい。
これでスレイプニルの馬キック(?)がパワーアップしたっぽいぞ!
「スレイプニルってさ、凄い馬だけど、戦う馬じゃないよね? だからこの『力の帯』が役に立つと思うんだ」
(……)
「………スレイプニル。これからもよろしくね」
(…もう寝るぞ)
「…スレイプニル? 眠るの? 眠らないんじゃ…?」
(ふん。背の…人の熱が心地いいから…かもしれんな)
「…うん。おやすみなさい」
彼の広い背中に居る安心感を全身で感じる。
スレイプニルもそうなのかもしれない。
それとも照れ隠しかもしれない。
ボクは…嬉しかった。
ボクはそのまま目を閉じる。
………あれ?
閉じた瞼の向こう側が…ほんのりと一瞬明るくなったような…?
それに…誰かに…抱かれているような…。
ボクは恐る恐る目を開けると、そこには―――。
大柄な美女。
白い肌で濃い銀髪をした物凄い美女が、
その凛々しくて頼りがいのある美貌でボクに微笑みかけながら、
ボクを優しくお姫様だっこしていたんだ。
全裸で。
いや、全裸じゃない。
その美女は上品そうな銀色のベルトを身体に巻いて…まるで紐水着のようにおっぱいのさきっちょを隠した格好をしている。
「…あの。どちら様ですか?」
ボクが恐る恐る問いかけてみると、彼女は男前に笑って「我がわからんか?」って言うんだ。
「まさか…? もしかして…スレイプニル!!??」
「いかにも。我が母であるロキは神々の中で随一の変化の術の遣い手であるからな。我も変化術は得意としている。今までも我は元来八本足の神馬であるのに普通の馬に変化していたのだ。ジエラなら知っておると思っていたぞ。…お主が我と眠りたかったようだしな。我も付き合いがてらこの姿になってみたのだ。…ちなみにだがオマエの姿を参考にさせてもらったんだが、なかなか上手くいったろう?」
「は、はあ…」
ボクはそんなスレイプニルの説明も上の空で聞いていた。
だって…。
物凄いおっぱいがボクの身体にぐいぐいって押し付けられているんだもん。
それに…。
ボクは馬の首に『力の帯』を巻いてあげたのに、何故か美女の姿になると紐水着になっちゃってる!?
ボクは内心の動揺を誤魔化すように聞いてみた。
「っていうか、スレイプニルってメスだったの!? ボク、てっきりオスだと…」
「…ふっ。我に定まった性はない。…我が母であるロキが両性具有であることと関係あるやも知れん。…なんなら人間のオスに変化してもよいぞ?」
「……え?」
□ 妄想 □
淡い光がスレイプニルを包み込む。
そして、次に現れたのは…銀髪の美青年だった。
そんな美青年がボクをお姫様だっこしている。
彼のマッチョな胸板にボクのおっぱいが押し付けられている。
ちなみに『力の帯』はフンドシっぽくなっている。
「お主は我のこの姿をお望みかな?」
「あわわわ…」
なんなのコレ!?
そんな優しい目でボクを見ないで!
ボク、男なのに…ヘンな道に目覚めちゃうじゃないか!?
「…ッ。はやく下ろしてっ。落ち着かない!」
ボクはお姫様抱っこされたまま、仁王立ちしているスレイプニルをポカポカ叩く。
そうしたら…。
「お、お姉さまッ。私というものがありながら、な、なんですかその男は!?」
運悪くベルフィに見つかっちゃった!
「ヒドイですお姉さま! お姉さまは私に隠れて、そんな男と逢引きをおぉぉッッ!」
「ちがうったら!」
「お姉さまの浮気ものぉぉ〜〜ッ!! うわーん!」
□ □ □
「ダメダメダメッ! そのままでいいから!」
スレイプニルが男になったらベルフィの精神安定上よろしくないよ!
そしたらスレイプニルは「良く分からんが、お主が言うならば我が人間に変化するときはメスの姿で在ろう」といいつつ、ボクを抱っこしながら天幕に這入る。
そこにはベルフィとサギニが寝ていた。
暴れ疲れて寝ていたんで、かなりの寝相の悪さだ。
でもスレイプニルは少しも動じない。
「邪魔だ」とばかりに足で彼女たちを脇に寄せつつ、ボクと共に天幕の中央に横になった。
狭い天幕で四人…ぎゅうぎゅう詰めだ。
「…折角ヒト型に変化したのだ。ヒトの様に寝てみるのもオツであろうよ」
そして彼女はボクを抱き枕にして、あっという間にすうすう寝てしまった。
そして…ボクはというと…。
「こんな…刺激的なコトされたままじゃ…眠れないよぉ…」
ふと、天幕の隅っこに追いやられたベルフィとサギニがウンウンうなされているのに気づいたけど、手足をガッチリ抱きかかえられているボクにはどうする事もできなかった。
ゴメンね、ベルフィ、サギニ。
それにフレイヤ。
これは馬だから!
スレイプニルだから!
浮気じゃないからぁッ!!
◇◇◇◇◇
チュンチュン
夜明け。
ヘルマンの逞しい腕枕で朝を迎えたエル。
散々汗を流して運動したせいかもしれない。
エルの体調はすっかり良くなっていた。
そして昨夜の出来事を思い出し、ポッと赤くなる。
だが次の瞬間、エルは大声で泣き叫んだ。
真に安心できる男の腕の中で、今まで堪えてきた感情が決壊してしまったのだ。
「……ううっ。ヘルマンさん。僕、怖かった。怖かったんです…! ううう……っ!」
ヘルマンの逞しい胸板に顔を埋めたエル。
「…エル。安心しろ。俺がついている」
「……ヘルマンさんっ。ヘルマンさんっ」
ヘルマンは己の胸の中で泣き続けるエルを、慈愛に溢れた瞳で見下ろしながら優しく頭を撫でる。
そして師・ジエラとの話を思い出していた。
ジエラは「ヘルマンの剣で子供を脅かすモノを屠れ」と言った。
ジエラは「ナニがあっても子供を護れ」と言った。
ヘルマンは誓う。
もう二度とエルのような子供に涙を流させない、と。
「俺は…戦う。ジエラ様の為、そして…子供たちの為に!」




