言えなかったこと
よろしくお願いします。
仕方ないのでエル君の事はヘルマンに任せつつ、簡易天幕に潜り込む。
ボクの後にベルフィが付いてきた。
「お姉さま、そろそろ身体が…火照ったりしてませんか?」
「? いいや、全然」
「そうですか? 顔が熱くなってポーッとしちゃったりとか?」
「?? いたって健康だよ。どうしたのベルフィ?」
「そ、そうですか? おかしいですね。媚薬効果のある薬草…戦乙女には効かないのかしら?」(ぽそぽそ)
なんだかブツブツ言ってるけどよく聞こえない。
もしかすると、さっきの食事に何か心配になる材料でもあったのかな。
大丈夫!
ボクはアースガルズでイズンさんから『黄金の林檎』をもらったんだ。アレを食べればボクの年齢から体調、美容までも最善の状態に保たれるという。だから毒物なんかも効かないんだ。
だけどベルフィはカッガリ…しょんぼりしている。
変なの。
・
・
既に天幕内は光の精霊さんの力で明るくなっている。
「そういえばさっきエルくんに言われて気になったんだけど、騎士って家名が必要みたいだね。家名…つまり姓みたいなもの?」
「………」
「ベルフィの家名はビィだよね。ボクも考えた方が良いよね。……うーん……」
するとベルフィが期待を込めた表情で見つめてきた。
ふふふ。
ベルフィもカッコイイ名前に期待しているんだな。
よーし、皆んながビックリするようなすごい名前を考えるぞ!
ボクは凛々しい女騎士だ。
騎士にふさわしい姓がいいな。
それとあと、ボクはフレイヤと夫婦なんだから、彼女にちなんだナニか…。
そうだ!
フレイヤの城館の名前…フォールクヴァングがいい!
ジエラ・フォールクヴァング
か、かっこいい♡
でもなんだか…安直な名前だな…。
もう一捻り欲しいな。
騎士…。
女騎士……。
………。
そうだ!
生前、クラスメイトが読んでいた本。
その女騎士の称号みたいなのが良いんじゃないかっ!?
たしか、そう、…くっころ…?
そうだ! クッコロだ!
死に際しても誇りを失わない者の決めゼリフ!
よーし、これを組み合わせれば…。
ジエラ・クッコロ・フォールクヴァング。
いい!
良いじゃないかっ!
あっさり決まっちゃったけど、いかにも騎士っぽいし、なかなかどうして語呂も良い!
よーし、コレに決めたっ!
「ベルフィ、ベルフィ。ボク、英雄に相応しい名前を決めたよ。『ジエラ・クッコロ・フォールクヴァング』ってどう思う?」
するとベルフィはガックリと俯いてふるふる震え始めた。
「…ど、どうしたの? さっきからへんだよ? もしかしてお腹でも痛いの?」
そしてベルフィがゆっくりと顔をあげると、なんと彼女の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「……ベルフィ?」
「私は…お姉さまの…なんですか?」
え?
旅の仲間…だけど、そう答えちゃダメな気がする。
…じゃあ、やっぱり。
「お、お互いの相性を確かめ合っているっていうか…その…」
「婚約者ですっ!!婚約者である私の名前はディードベルフィ・ビィです! ビィです!ビィなんです! それなのに…! お姉さまの…ぶぁかーーッッ!!」
そういうとベルフィは「わーっ!!」とボクの膝に泣き崩れた。
「…ベルフィ、落ち着いて…」
ボクが慰めてもお構いなしにベルフィは泣きじゃくりながら愚痴り始めた。
「お姉ひゃまこそ何れふか!? 婚約している私のまえであの人間の子供を誘ふなんれ!? なんらかんら言っへ、お姉ひゃまはゔぁりゅきゅりーれすっ。男をみれば誘いたくなっちゃうんでふゅ!」
「…ッ!? ナニいってんの!? ボクは怪我をして弱っている男の子を接待…じゃなかった介抱しようと…」
「そんなの関係ありまひぇん!! しょ、しょれに、私のなまえ…ビィ…なのに、ビィなのにぃーーっ。うわーん!」
「……ううっ」
確かにボクを慕ってくれるベルフィの前で、年下とはいえ男の子を誘うのは軽率だったかもしれない。
それに女の子を泣かせちゃうなんて男の風上にも置けないよ。
「…ごめんね。ボク、英雄になれるチャンスに浮かれてたみたいだ」
「……ひっく。ひっく。やっぱりお姉さまは男好きなんです。やっぱり戦乙女だから…」
そ、それは誤解だよ。
「ベルフィ、前にも言ったけど、ボクは男なんかに恋愛感情なんてないよ。それに、今日会ったばかりの男の子なんかよりベルフィの方がずっと大切な存在だよ」
「…ッ♡ …………ううっ。それなのに、お姉さまは婚約者の前で男を寝床に誘うなんて…。ヒドイ…。やっぱりお姉さまは男と寝たくて堪らないんです。きっと戦乙女だから…」
な、なんだよそれっ!?
ボクだって接待じゃなかったら男を介抱しようなんて思わないよ。
それに介抱するなら男よりも女の子のほうが嬉しいに決まってる!
「ボク、男となんか寝たくないよっ。男には興味ないもん!」
「…ッッ♡♡♡ …………そ、そんなこと言って、お姉さまは私の事をなにも考えてくれないんです。ヒドイ。ヒドイです…。ビィ…。ビィ…。ビィ…」
それからベルフィはビィビィ言いながらボクの膝に蹲っている。
うう。
ここまで言われればボクだって分かるよ。
つまり、ベルフィの姓を名乗って欲しいんでしょ?
だ、だけどさすがにそれはマズイよ。
ボク、フレイヤの夫としてこの人間界に単身赴任しに来てるんだもん。
単身赴任先で別の女性の姓を名乗っちゃうなんて…。
夫婦別姓(?)どころの話じゃないよ。
なんとか説得しなきゃ…。
い、いや。
待てよ。
これは良い機会かもしれない。
これ以上誤魔化すことしないで、ここでちゃんと正直に話すんだ。
残念だけど、ボクとベルフィが結ばれるなんて不可能なんだってことを。
そのための上手い説得方法を考え続けたんだ。
いつまでも誤魔化してたんじゃ…男じゃないよね!
「……ベルフィ、大事な話があるんだ」
「…ひっく、ひっく。…お、お姉さま?」
「…ベルフィ。ボクはこの人間界で戦いつづけなくちゃならない運命にあるんだ。その事はロキさんから聞いていると思う」
「………知ってます。最初、私はお姉さまの旅の従者としてこの人間界に参りました。ですが今では従者ではなく婚約者です♡」
婚約者…か。
ベルフィが勝手に言い出した事だけど、それを強く否定しなかったボクにも責任がある。
それはベルフィのことが…好きだからだ。
もちろん、『LOVE』じゃなくて『LIKE』的な意味なんだけど。
だから、ボクは…正直に話す。
これでベルフィに愛想尽かされても、…し、仕方ないんだ。
「ぼ、ボクも…ベルフィみたいな可愛い妖精に好かれるのは嬉しい。で、でも…残念だけどボクたちの間には障害があるんだ」
「え? 障害? 愛し合う私たちの仲を阻む障害があるのですか?」
ベルフィはボクの態度に何か感じたのか、泣くのをやめて真剣に見つめてくる。
「そ、それは一体!?」
「うん。それはね…」
誤魔化したりせず正直に話す。
ボクは…この人間界で戦い、英雄になる。
英雄になったら、戦死してアースガルズに帰還する。
そしてフレイヤの魔術で男性になる運命にあるんだ、と。
「ベルフィたち妖精は、その…女性と一緒になるでしょ。英雄になって、男性になったら…ボクとベルフィは、どうあっても一緒になれない…」
「………」
「ベルフィ…。ボクは男になって、戦士としてフレイヤさまと共に在る。そう運命付けられているんだ。だ、だから…ゴメンよ」
「………」
「ボクはベルフィの事が嫌いなわけじゃないんだ。だから…分かって欲しい。今まで言い出せなくて…今まで黙ってたってことで、騙していたって…ボクの事を軽蔑しても…仕方ないと思う」
「………」
「……そ、それで…どうしてもボクと一緒にいたくなかったら…、残念だけど…、ここで…」
そこまで言いかけた時だった。
ベルフィは再びの涙目でボクを見据える。
「ううっ。お姉さま…。ベルフィはお姉さまをお慕いしています。好きです。愛してます。子作りしたいです。お姉さまが将来男になるなんてそんなのイヤです…今すぐ結婚してください。…えぐえぐ」
「ううっ。だから…その…その…だから…ね、ボクだってベルフィの事は好きさ。だけど、ボクは英雄になるんだ。英雄になったら男になる。だから…男のボクは…ベルフィとは一緒になれないんだ…。今まで黙ってて…ゴメンよ…」
そうなんだ。
ボクは英雄として死ぬ。
をして真の男になるんだ。
「ベルフィ。ボクは君のことを大切に思っている。だけど、ボクはフレイヤ様の御力で男になっちゃうんだ。だから…だから…」
「………」
ボクの告白を理解してくれたのか、ボクを見つめたままベルフィは大人しくなった。
そしてちーんと鼻をかんだあと、真剣な瞳でボクを見つめてくる。
元々ものすごい夢幻的美少女だから、そのあまりの可愛さにドキリとする。
「…ベルフィ」
「…お姉さまと私の間にある障害…。それはフレイヤ様が反対するとか、フレイ様がお姉さまを手放さない、というのではなく、お姉さまが…英雄になったあと、男性になってしまうということ…」
「う、うん。本当にゴメンよ。ベルフィの笑顔を見てたら…言い出せなくて…」
「………お姉さまの話は…よく分かりました。ですが、それがどうして障害にな…」
ばさぁッ
ベルフィが何か言いかけた時だった。
突然、サギニが天幕の中に入ってきた!?
しかもなぜか網タイツなニンジャ衣装を着崩してるっ!?
しかも顔も赤くて目も潤んでいる!?
「はぁはぁッ♡ じ、ジエラさま、サギニわ、サギニわあぁぁッ!!」
「な、ナニ発情してんの!?」
「はぁはぁ♡ ジエラ様がベルフィお嬢さまのお相手というのは分かっております! おりますが、私の猛りが、もうどうしようもなくて! どうかお情けおおぉぉッ♡♡!!」
「ッ!? いやアァッッ!!?」
・
・
突然なハプニングのせいでベルフィとのお話は中断されちゃたけど、ベルフィはボクの話を理解してくれたみたいだ。
良かった!
ボクたちは出会って間もないけれど、ちゃんとベルフィは理解してくれたんだ。
ベルフィ、これからもよろしくねっ!
で、でもそれはそうと、迫り来る貞操の危機を何とかしなきゃ!
サギニはベルフィよりも力が強い!
力任せに反抗すると怪我させちゃう!?
◇◇◇
どうやらサギニはベルフィが用意した媚薬効果のある薬草で昂奮してしまっているようである。
ベルフィは目の前でジエラとサギニがドタバタと組んず解れつしているのを冷静に見つめている。
いや、冷静に見つめているのではなく、改めて今までの話を整理しているのだ。
なるほど、ベルフィの目から見ても、ジエラは今ひとつベルフィとの婚姻に乗り気ではない気がしていた。
その疑問がやっと氷塊したのだ。
(…お姉さまは、今のままでは私と添い遂げられない。それはお姉さまが英雄になったあと、男性になってしまうから…)
だが、その話を聞いたベルフィはそれの何処が問題なのか分からなかった。
あまりにも問題らしい問題でないので、てっきりジエラの話を聞き損じたと思ったほどだ。
(英雄になったらフレイヤ様の魔術で男にされてしまう…。ならお姉さまが英雄にならなければ問題解決ですねっ)
なんと、ベルフィは「ジエラが英雄になる事を阻止すれば、彼女が男性になることはない。そうなれば晴れて二人は添い遂げられるのだ」と気づいてしまった!
(そうなると、…やはりヘルマンを大英雄に仕立てるのが一番手っ取り早いです。お姉さまは優秀な戦士を誘なう戦乙女ですからね。ヘルマンを大英雄にする事に反対するはずありません!)
(うふっ。お姉さまが英雄になるチャンスをことごとく潰してしまうのと同時に、私とお姉さまの距離を縮められる限界まで縮めれば、あとは既成事実待ったなしです!)
ベルフィは旅の目的…『ジエラを英雄にさせない』『ヘルマンを英雄にする』という目的がはっきりした事で、ジエラとのゴールがいっそう近づいた思いだ。
そして、この事は他者に知られるわけにはいかないとも思う。
あくまでベルフィはジエラの従者だ。
ベルフィがジエラの任務を妨害するために動いていると知れれば、フレイヤによって解任されてしまう可能性もある。
「お姉さまっ。ベルフィに悩みを告白してくれて嬉しいです! これからもベルフィはずっと一緒ですからっ♡」
そして「はぁはぁッ♡♡! ジエラさまぁッ♡♡!!」「やああぁぁッッん!? お母さあぁぁーーん!?」などと言っている二人を引き離すべく参戦する。
「ナニ遊んでるのサギニ! 離れなさい! お姉さまは私のお姉さまなんだから!」
ベルフィの表情はとても晴れやかであった。
◇
同じ頃。
「ヘルマンさぁん♡」
「エル…」
媚薬効果のある薬草入りの夕食のせいで、戦士と美少年が仲良くなってしまっていたのだった。




