ヘルマンの初陣
よろしくお願いします。
ボクとベルフィはスレイプニルで駆けている。
さっきまではボクの後ろに乗って、ボクのおっぱいに悪戯しながら「はぁはぁ♡」言っていた彼女だけど、今はボクの前に乗ってボクのおっぱい枕を満喫しているみたい。頭をもぞもぞ動かして「むふーっ♡」とか言っている。
ま、まぁ大人しくしてくれればいいけどね。
サギニさんは徒歩(?)だ。
彼女はターーン、ターーンとテンポよく跳ねるように駆けている。
アレって一歩一歩が20メートルくらいあるんじゃない?
すっごい身軽そうだからなんとなく忍者っぽいなって思う。
そしてヘルマンも自前の馬に乗っている。
そう言えば、さっきと比べて彼の馬の調子が良いみたい。
なんでもサギニさんの精霊魔術で、空気の抵抗とかを減らしてあげているらしい。
ベルフィも出来るみたいだけど、彼女は(男に対して)気が利かないから…。
「ふふふ。新たな武器を早く試してみたいですね…♡」
そんな物騒なことを言いつつ、サギニさんは跳びながら鎖鎌の分銅部分をヒュンヒュンと廻している。
「…妖精さんって弓に拘る種族じゃなかったっけ?」
ボクがそう独り言つと、ベルフィが「黒妖精は戦闘種族ですから。弓でもクサリガマでも本人が優雅な武器だと思えば気分が高揚しちゃうんです」と説明してくれた。
…そ、そうなんだ。お色気だけど怖いお姉さんなのかも。
あ、いや、お色気ってのは違うか。
・
・
しばらく疾ると深い森が途切れて小川っていうか渓流が見えた。
ヘルマンの馬も疲れちゃったみたいなので、小休止にしようと思い速度を緩めると、森境で人が争う様子が遠目に見て取れる。
「皆んな止まって!」
ボクの叫びにボクとベルフィ、ヘルマンは馬から降りる。
森の縁の枝葉や下草に隠れるように近づいていくと、どうやら馬車の一行が襲われているようだ。
「…馬車のようなモノが横だおしになっているようですね。助けなくては…!」
ヘルマンはそういうけれど、もしかして馬車の人たちが悪人で、普段虐げられている人たちが報復しているのかもしれない。確実にどちらが悪なのか分かってからがいいと思うんだ。
「お姉さま、人間の争いなんか無視して海沿いの街とやらに向かいましょう。私、海って見たことないので楽しみなんです♡」
べルフィは無関心みたいだ。ボクの腕に絡みついている。
「…連中は略奪に夢中になっているようですね。ジエラさま、このサギニに命じてくだされば皆殺しにしてまいります」
すっかり忍者かぶれなサギニはボクの事を主人扱いだ。ちなみにベルフィ同様に呼び捨てにするように言ってきている。
それにしても連中は自然を破壊しているわけでもないのに、どうしてこんなに好戦的なんだろう。
ちなみにボクたちは木陰に隠れるようにして連中を眺めていた。
精霊さんにお願いして遠くの声を拾ってもらってみても、叫び声と「こんな事は許されることではない!」「こんなにも贅沢しやがって!」「奪え!」みたいな内容らしく、どっちが悪なのかどうにも判断できない。
仕方なく油断なく近づいてみることにした。
「…サギニ、ヘルマン。どちら側が悪人なのかはっきりするまでは手を出しちゃ…攻撃しちゃダメだよ?」
「承知」
「かしこましました。あッ?」
ベキッ
勢いよく飛び出そうとしたサギニだけど、彼女の腰に括り付けられてる鎖鎌の鎖が枝に引っかかってる!
欲張って色々身につけたりするから…!
それで枝が折れちゃったんだ。
「ッ!? まだ誰か隠れてやがるのか!」
馬車を襲っていた連中がこっちを見て叫ぶ。
枝が折れた音で連中に気付かれちゃったみたいだ。
「護衛を含めて皆殺したと思ったが…まだ女が隠れてやがったのか! すげえ上玉だぜぇ!」
「ぐひひ。見ろよ、あのドスケベな女どもをよぉッ」
「あの野郎…護衛の生き残りか? 主人をほっといて女だけを守ろうたぁ、護衛が聞いて呆れちまうぜ…!」
「女は生け捕りだぁ! 傷つけるなよぉぅ! 男は殺せェッ!!」
馬車を襲っていたのはまた山賊だったんだ。
慎重して損したよ。
それにしても。
「…はぁ」
溜息。
また「オンナ!」だよ。
モテない男はこれしかないの?
ったく…って、ボクも生前はモテなかったんだっけ。
だ、だけどそれは置いておいて、白昼堂々こんなコトに精を出しているなんて。
こんな社会の害にしかならないような連中なんか居ない方がいいよ。
そんなコトを考えてたら、比較的近くにいた男がボクたちに向かって走ってきた。
「ひっひっひ! すげえ女共だぜ!」
人相の悪い男がだらしない顔をして走り寄ってくる。
ヘルマンは眼中にないみたい。
ボクは座ったままの姿勢で指弾…小石を指で弾いて飛ばしてみると、小石はボゴッという音と共に山賊の首を貫き、彼はそのまま駆けながら崩れ落ちる。
「流石ですお姉さま♡」
「お見事です」
「うむむ。一体どのような訓練を積み重ねればこのような事が…!」
ウットリと称賛の眼差しを送ってくれるベルフィとサギニ。
ヘルマンはボクを尊敬の眼差しで見つめている。
我ながら戦乙女に転生してからの身体能力にほれぼれするね。
だけど、遠くにいる連中からしたら男が矢を受けた訳でもなく突然首から血を噴いて倒れただけ。ボクの指弾は見切れなかったみたいだ。
「な…ナニしやがった!!?」
「そういえば、女の中に亜人…エルフがいやがる! 魔法か!?」
ふふん。
魔法じゃないんだよね〜。
「ヘルマン、サギニ、懲らしめてやりなさいっ!」
動揺する山賊たちに向かって○戸黄門様っぽく言い放つと、それを合図にヘルマンとサギニが飛び出した。
「二人とも怪我しなければいいけど…。…うわっ!?」
「…うふふ。人間なんかサギニ達に任せて、私たちは恋人同士のスキンシップとまいりましょう♡」
「や、やめっ、こ、こんなトコロで…!?」
「サギニとばかりお話しして、婚約者を放っておくお姉さまが悪いのです!」
「やめて…、ね、良い子だから…っ」
「お姉さまぁっ、ベルフィわ、ベルフィわああぁぁッ♡!!」
「落ち着いてってば!」
「ベルフィわあぁぁぁッッ♡♡♡!!」
そしてボクはというと、自分の貞操を守る(?)戦いが始まっちゃったんだ。
◇◇◇◇◇
ジエラとベルフィが遊んでいる最中、ヘルマンとサギニが山賊を屠っていく。
ザンッ!
「な! がぐェ…」
ドシュッ!
「ご、ギィッ!?」
トンボの構えから山賊を両断するヘルマン。
相手を斬ったあと、直ぐに構えを元に戻しての一撃離脱。
山賊は大勢いるので囲まれたら終り。常に自分の前方のみに敵がいるように位置取りを行いつつ動き回る。
ジゲン流の意図するところは明白だ。
相手に素早く近づき、相手よりも早く剣を振り、また距離をとる。
そして相手を戦闘不能にすることに主眼を置く。
それは何も命を奪う事に拘りはしない。
腕でも脚でも斬りつけさえすれば相手の戦闘力や士気が衰えるのだ。
「…ふう。俺は戦える。戦えるぞ…! とりゃあっっ!!」
しかし今度は大振りとなってしまった。
『左肱切断』が疎かになった…脇の締めが甘かったせいか、勢いも弱い。
盛大に空振ってしまう。
「若造が! 調子に乗りやがって! くたば…がッ!?」
空振りしたヘルマンを山賊の錆びた剣が襲うが、それよりも先にサギニの棒手裏剣が山賊の首に突き刺さった!
「油断ですよ、ヘルマン!」
「すまないサギニ殿!」
「偶々です。次は助けられないかもしれません! ふんっ!」
バガンッ!
「ぐぼあぁッ!?」
サギニが振るう鎖鎌の分銅、それが山賊の頭を砕く!
「…ああ、ジエラ様から与えられた武器、なんて素晴らしいのでしょう…♡」
・
・
鎖鎌を振るうサギニ。だが彼女の衣装のインパクトが強すぎるのか、多くの山賊が下品なヤジを飛ばす。
「なんだなんだ、エルフの姉ちゃんっ。そのドスケベな…ごびぇッ!?」ゴシュッ!
「ムネもケツも見えてやがるぜ! 恥ずかしくねえの…ぼあぁッ!?」ゴガンッ!
「エルフってのはお堅い連中かと思っていたら、遊んでるのもいるんだな! 俺たちがヒーヒー言わせてや…ぶげあぁッ!?」ボギャッ!
サギニから放たれた棒手裏剣や分銅は、視認すらも不可能な速度で山賊たちの頭や首を貫く!
その死骸たるや無惨な有様だ。特に鎖分銅で砕かれた頭など原型をとどめていない。
「…私たち妖精に邪念を向けるとは。…貴方もそうなのですね。死になさい」
サギニが鎖分銅をヒュンヒュンと回しながら比較的近くにいた巨漢を一瞥すると、分銅と鎖で繋がった鎌の部分がギラリと光る。彼は見たこともない武器…鎖鎌を見て恐れ慄き、後ずさった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 誰だってアンタみてぇなトンデモねえドスケベな恰好を見れば…!」
「……」
サギニは自分のカラダをチラッと見下ろす。
身体を覆う鎖帷子、そして布地の少ないビキニ風ニンジャ衣装。
なお、背中は全開であり、臀部に至っては網タイツのみの所謂Tバック仕様で、地球世界ではゲームやアニメの中でしかお目にかかれないような格好だ。
「………ヘルマン、貴方は私の恰好を見て思うところがありますか?」
サギニは隣にいたヘルマンに問いただす。
ヘルマンは荒い呼吸のままトンボの構えをとりつつ周囲に気を配っていたが、チラリとサギニを一瞥すると「…動きやすそうだと思います」とボソリと呟く。そして敵の厚みの手薄そうな部分に突撃した。
彼は女性に性的な魅力を感じない男なので、サギニの格好の機能面のみを評価したようだ。
「…私の仲間であるヘルマンはああ言ってますが?」
「…な! な!? なんだあの兄ちゃん!? 護衛じゃねえのか? アンタの仲間!? ウソだろ? あいつも男ならアンタの事を「ドスケベ女」とか「犯してぇ」とか考えてるに違いないぜ…!?」
「彼には私の全てを見られていますが、彼は常に紳士でした。自分の邪心を棚に上げないで欲しいですねッ!」
ドギンッ!
「げがぁッ!!?」
鎖鎌の分銅が放たれ、邪な山賊目がけて唸りをあげる。そして分銅は彼の胸板、肋骨を突き破って引っ掛かった。
サギニが鎖を力任せに引き寄せると、瀕死の巨漢山賊はヨロヨロとよろめき、ドチャリと崩れ落ちる。
「げぼぁ…。びょ、びょっど…ま"っで…。おれ"だちがあんだたちに…なに"を…」
「ジエラ様に命ぜられたからです。それに私が身に付けているのはジエラ様に戴いた大切な…黒妖精の精神ともいえる至高の戦闘服。この素晴らしい衣装に劣情を催す者など許せませんね。生かしておいても我らの益にならないでしょう」
ズガッ!
「ーーーーッッ!!?」
巨漢山賊は鎌で脳天を割られて絶命した。
・
・
ザキン、ガゴンと肉と骨を叩き斬る音。
山賊の悲鳴。
ヘルマンに劣らない巨漢の山賊もいた。
彼は慌てて大剣で対処しようとしている。
しかし、ヘルマンの斬撃の方が圧倒的に早い。
剣を構えると同時にヘルマンが躍りかかる。
走るヘルマンの足が地面を踏みしめるのと、それと同時に振り下ろされたヘルマンの大剣。
ビギッ!
「…なああぁぁッッ!?? が…あッッ??!」
だが山賊の剣は盾の役目を果たせず、ヘルマンの大剣は剣ごと山賊を両断した。
ヘルマンは、彼に袈裟斬りにされて今まさに倒れようとしている山賊の死体の半身、その頭を片方の手で掴み、そのまま力任せに前方に控える山賊の群れに放り込む。
ちなみに投げる際にボキリと音がし、死体はあちこちブラブラしながら宙を舞っている。
「「「うぎゃぁぁァァぁッッ!!?」」」
飛んできた仲間の死体。
山賊が慌てふためいている処にへルマンが猛然と突っ込む!
腰が抜けてしまった山賊に既に戦う意思などない。
粗末な武器を放り投げて逃げ腰だ。
ヘルマンは無我夢中で剣を振る!
それでも生真面目な彼はジエラから教えられた『トンボの構え』の基本を忘れない。
既に山族に囲まれる心配はないが、ヘルマンは一撃離脱を心がけて一人、また一人と山賊を叩き斬っていく。
「ギやぁっ!?」
「がッ!!??」
「あぎゃぁぁああァァ!!」
そしてもう一方。
美しく恐ろしい妖精…黒妖精・サギニ。
最早彼女を好奇な視線で見る山賊など何処にもいない。
逃げる山賊には手裏剣、そして中近距離では鎖鎌が山賊を屠っていった。
・
・
山賊たちはどんどんその数を減らしていく。
仲間たちの断末魔の悲鳴が飛び交うなか、遠くに腰を抜かして這って逃げる山賊がいた。
「ひぃ、ば、バケモン…だァッッ!? 助け、助けてくれ…」
しかしそれを見逃すヘルマンではない。
彼は山賊の後ろから襲いかかり、そのまま逃げる山賊の片足を切り飛ばした!
後ろから攻撃するなど卑怯かもしれないが、彼には山賊とは少年の敵という想いがある。情け無用なのだ。
ザギンッ
「ぎゃあああぁぁッ!?」
「…反省も命乞いもしない。それどころか仲間を囮に逃げようとするとは…な」
ズアァッと、剣を掲げるヘルマン。
その威容に山賊は震え上がる。
「か、勘弁してくれぇ…ッ! 俺は頭目なんだ! あ、アジトが近くなんだ。そこにあるモンッ、何でも持って行っていいからよぉッ!!」
・
・
ジエラがベルフィのスキンシップから身を守っている間に、サギニとヘルマンは山賊を一掃したようだ。
ベルフィはジエラとのスキンシップを堪能したらしく上機嫌だが、ジエラはゲッソリと疲れてしまっている。
二人はスレイプニルに騎乗し、周囲の死屍累々とした様子を眺めている。
なお、生き残った山賊は一人だけで、彼の足の傷はサギニの精霊魔術で灼かれて止血されている。
「お姉さま、こいつらもアースガルズ…ヴァルハラとやらに逝くんですか?」
「…違うよ。ヴァルハラとかに逝けるのは勇敢な戦士だけ。山賊みたいなのは死国逝きだね。大変だけど自業自得かな」
「あの山賊を生かしておいたのはどうしてです?」
「もちろん、この世界の情報を聞き出してから、アジトに残ってる仲間共々死国に逝ってもらうためだよ」
「なるほど。さすがですお姉さま」
死国とか霧国とかいうのは罪人が堕ちる地獄。
そこは絶望しかない世界で、そこの堕ちた魂は反省する日々を送るという。
「サギニ、ヘルマン、一先ずご苦労様」
「は。ジエラ様に戴いた武器のお蔭です」
「ジエラ様、今回はサギニ殿に救われました。まだまだ精進が足りません。今後もご指導、よろしくお願いいたします」
そしてサギニは馬上のジエラとベルフィを仰ぎ見る。
白馬に乗ったジエラと、彼女にピトッと寄り添うベルフィは可憐に微笑み、そして幸福そのものだった。
そんな彼女を見てサギニは早くも確信していた。
ジエラは戦乙女でありながらベルフィを幸せにしてくれると。
そして黒妖精である自分の事もしっかりと理解してくれるのだと!
(ジエラ様…これからもベルフィ様をよろしくお願いいたします。私もニンジャとしてジエラ様に誠心誠意お仕えします…!)
そしてヘルマン。
彼は山賊の血で汚れた剣や、少なくない返り血で汚れた己の身体を見て、改めて「俺は戦った。そして生き残ったんだ」と自覚し、ジエラに熱い視線を向けている。
(木こりだった俺がここまで戦えるとは思いもよらなかった。全てジエラ様のおかげだ。ジエラ様について行けば更なる戦士の高みに昇れるに違いない…!)




