ニンジャ妖精
よろしくお願いします。
◇◇◇
「…よろしいですね?」
「あ、あ、はい。あ…の…ぼ、ボクはジエラ。戦乙女の…ジエラ…です」
正直、状況が飲み込めていない。
目を開けたら突然全裸の褐色美女が…。
彼女はベルフィと同じく笹穂耳だけどカラダが全然違う。
しなやかに鍛えられてる、すっごいメリハリボディだ。
あ、い、いけないっ。
一応、ボクも女性とはいえ、初対面なのに全裸を観察してたら失礼だっ。
すると黙ったままのボクにサギニさんの方から声をかけてきた。
「ベルフィお嬢様に色々と良くしてくれるようですね。感謝いたします」
「い、いえっ。ボクの方こそベルフィにはお世話になりっぱなしで…」
なんとなくサギニさんが年上お姉っぽいんで、ついペコペコしてしまう。
「それにしても見事な弓をお持ちだったんですね。それをお嬢様にお譲りなさるとは、余程お嬢様にご執心だということでしょうか」
「え? 執心って…」
「そう! お姉様は凄く積極的に私を求めてくれたの!」
「あ…の…? 積極的なのなむしろ…」
「私に求婚して下さったときも「本格的な子作りはお互いの相性を確かめてから」って。お姉様ったら奥ゆかしいんですもの。でも、そんなお姉様も素敵♡」
「あ、え? 子作りってなに? そもそも女の子同士…」
「私の方は何時でも受け入れてさしあげるのに…。お姉さまったら焦らし上手なんですもの…♡ はぁはぁ♡」
サギニさんと話しているってのに、ベルフィが腕に纏わりついてくる。
そんなベルフィの態度に、ちょっと困った様子で微笑むサギニさん。
「……ジエラ殿。我々妖精は悠久の年月をもって愛情を育みます。同性しかいない種族なのですから同性同士で子孫を紡ぐのは当然です。…しかし、出会って間も無くここまでお嬢様の心に這入り込んでしまわれるとは…」
「うふふっ。もう私の身も心もお姉さまの思うがままですよっ♡ はぁはぁ♡」
え? え?
ホントに女の子同士で子作りするの?
ど、どうやって?
いやっ。
聞いちゃダメだっ。
知らない方がいいよ!
「…ジエラ殿。ベルフィ様は妖精中でも指折りの一族の娘なのです。しかし貴女様は戦乙女です。彼女をお娶りなさるのであれば、相応の甲斐性と心構えを示して頂かないと…!」
えっ!?
唐突に全裸なお姉さんがやってきたんで状況が掴めなかったけど、もしかすると彼女がやってきたのは、要はベルフィとお付き合い(?)しているのをご実家に知られちゃったってことなの!?
あわわ。
このまま黙っていたら、話の流れがどんどんおかしな方向にいっちゃうよ!
「よ、良くわかんないんですけど…」
「なんですか? まさかお嬢様の事は遊びだなんてことは…?」
「遊びだなんて!」
ううっ。
どうしよう!?
今までの見解の相違を説明しようと思っても、サギニさんの全裸が気になっちゃう。
ボクのせいじゃない。
彼女が全裸なのが悪いんだ。
「…まあいいでしょう。今はジエラ殿もお嬢様のお立場を知って混乱しているのでしょう。ところでジエラ殿。私は貴女がお嬢様に相応しいか否かを知るために行動を共にしようと思います。場合によっては戦乙女の任務とやらに協力出来るでしょう」
「…はぁ」
うう。
そ、それにしても。
全裸のサギニさんが気になる…なぁ。
「…なんですか。気乗りしない返事ですね。……私の実力をお疑いでしょうか?」
「あ、い、いえっ」
実力を疑われたと思っているサギニさんの瞳が剣呑な光を放つ。
彼女が不機嫌そうになって、ようやくのサギニさんのハダカから気を逸らすことができた。
ボクの事をジロリと睨む全裸の褐色美女。
彼女も妖精さんだという。
同じ妖精でもベルフィとは全然違う。
一言で言えば肉食系って感じ。
全身が女性っぽい柔らかさを維持しつつ鍛え抜かれているっていうか…。
雰囲気もベルフィとはまるで違う。
ベルフィは黙っていれば『可憐』とか『愛らしい』っていうイメージだけど、サギニさんの場合はその真逆なんだ。
切れ長の目つきが鋭い…キツイ系美人さんっていうか…。
こういう女性って…嫌いじゃないけど…。
そ、それはともかくっ。
「あの…。サギニさん。貴女が全裸なのが落ち着かないんで…その…服を用意させて頂いていいですか?」
するとベルフィも便乗してきた。
「そうっ。サギニ、ここは人間界なんだから全裸は控えた方がいいわ! それに貴女も素敵な服にびっくりしちゃうんだから!」
するとサギニさんは訝しげに顔をしかめる。
「我々黒妖精は白妖精の方々と感性が些か異なります。お嬢様のような服はお嬢様にこそお似合いですが、あいにくと私には似合わないでしょう」
どうやらサギニさんはボクが短衣しか用意できない勘違いしているみたいだ。
ふふふ。
ボクは『黄金の腕輪』のお陰で、無尽蔵にいろんなデザインの鎧を創ることができるんだよね!
「…ジエラ殿。我々黒妖精は白の方々にお仕えする影の一族です。お嬢様の身をお護りする戦士の一族でもあります。そんな私に似合う服もお持ちなんですか?」
なるほど。
ベルフィが精霊遣いでサギニさんが戦士…まあ妖精さんだから魔法戦士(?)ってことか。
でも影の一族……。
なんだか戦士っていうよりも忍者みたいだな。
そうだ!
サギニさんには忍者スタイルがいいかもしれないぞ!
闇に生まれ、闇に生きる……忍者。
その正体は黒妖精…!
か、カッコいいじゃないかっ。
「分かりました。サギニさんが気に入るような鎧を用意してみます」
ボクはイメージを膨らます。
曖昧なイメージだと腕輪の仕様で適当になっちゃうんだ。
さっきボクが『夏っぽい普段着』と注文したら、『麦わら帽子、タンクトップ、ホットパンツ、サンダル』な鎧を創っちゃったしね。
だからちゃんとイメージしないと!
忍者か。
そういえば、生前、友人に見せてもらった漫画に忍者が出てきたっけな。
どうでもいいけど、ああいう漫画の登場人物ってどうして見た目重視なんだろ。
忍者だって本格的じゃなくてお色気仕様だし。
あ、でもテレビの再放送でみた某・副将軍に仕える忍者さんもミニスカ和服で網タイツだったっけ。
そうなるとボクの頭が硬いのかなぁ。
あんなのが常識なのかな。
ああっ。
そう考えたら、忍んでない忍者姿しか思い浮かばなくなっちゃった。
まぁいいか。
ボクだってこんな格好してても仕事には差し支えないしね。
重要なのは中身だよ!
「『守護』! 忍者スタイルで!」
するとサギニさんのカラダが光に包まれる。
光が収まったそこには……。
「えー…っと」
サギニさんの顔は笹穂耳を考慮された目出し帽のような覆面で覆われていて、長い銀髪もポニーテール状になっていた。
そして額には鉢金のような金属板。
腕と脚には金属だか革なのか分からない装甲。
それだけならいい。
布面積が小さ過ぎる黒いビキニ。
そんでもって全身網タイツ…いや、背中は結構開放的だ。
網タイツってことは…鎖帷子のつもりかも。
……。
なんか…。
直接的な肌の露出は少ないかもだけど、どこから見てもお色気系クノイチだ。
はっきり言って見せちゃダメなところだけを隠した全身網タイツ。
だけど『黄金の腕輪』にしては頑張った方かな。
…いや、待てよ。
ベルフィとサギニさんの衣装はそんなに露出系じゃないって事を考えると、もしかして、腕輪が露出に拘っているのは…装着者であるボク…だけ…?
ほ、他の人は大丈夫なの?
そんな事を考えていると、サギニさんは「こ、この衣装は…」とか言いながらサギニさんが震えている。
「ど、どうです? 気に入らなかったら、今すぐ別の鎧を用意します…けど」
するとボクの心配をよそに、サギニさんは感動しているっぽい。
「なんて素晴らしい…。まるで黒妖精の精神を体現したかのような衣装ですね…」
サギニさんは全身をストレッチしながら、いちいち満足そうに頷いている。
「…素晴らしいです。ジエラ殿は戦乙女でありながら、私たち妖精の事を良く考えてくださるのですね」
ベルフィも「 私のお姉さまだものっ♡」と、ご満悦だ。
そしてサギニさんはベルフィを微笑ましげに見つめてからボク質問をしてきた。
「この衣装はアースガルズでは一般的なのですか?」
「あー、う、うん。その衣装はね、アースガルズじゃなくて、とある人間界の『ニンジャ』っていう人たちの戦闘服っていうか…。あ、ええとね、ニンジャっていうのはね、…つまり…主に仕えて闇に生き、諜報活動から暗殺まで…要するに人知れず悪を滅ぼした人のことなんだ」
ううっ。
忍者さんの説明になってないかも。
するとサギニさんはボクの説明に感銘を受けているようだ。
「主の為に闇に生きる…。何て素晴らしいのでしょう」
「…あ、あはは」
ボクは笑って頷くしかできなかった。
・
・
ボク、ベルフィ、そして新たな仲間のサギニさん。
ボクたちがゾロゾロと連れだって森から出てくると、練習台を全員始末したヘルマンは一人で素振りをこなしていた。
いつの間にかお散歩から帰ってきたのかスレイプニルも佇んでいる。
「や、やあ、ヘルマン。どんな調子?」
忍者コスプレ(?)なサギニさんを連れている事で、ヘルマンからどんな事を言われちゃうかビクビクしてたけど、ヘンマンはいたって平常運転だ。
「…は。未だ間合いを掴むことは適いません。しかし、少なくとも悪人を斬ることについては何とかなりそうです」
そりゃそうか。
でも人を斬る事について問題がなさそうなら御の字だ。
「…ところでジエラ様。そちらの女性は?」
「あ…うん。ベルフィの関係者っていうか、部下っていうか…」
「変わった恰好…。おや、先程の女性ではないですか。あの時は服を着ていなかったので追い剥ぎにでも遭ったのかと…。いや、大事なくて安心しました」
するとサギニさんも頷いている。
「…なるほど、人間の男としては中々に高潔な人格者だとは思っていましたが、ジエラ殿のお連れだと思えば納得というものです」
ヘルマンとサギニさんもお互いを認め合ってくれたみたいだ。
…あれ?
そういえばサギニさんの武装は使い古された弓だ。
初めて出会った時のベルフィが持っていた弓よりもしっかりとした弓だけど、忍者スタイルに合わないな。
なのでサギニさんに忍者が使いそうな武器を準備する。
「『勝利』! 忍者刀! 苦無! 手裏剣! 鎖鎌! 万力鎖!」
ボクの目の前に次から次へと忍者が使うような武器が現われると、サギニさんは目をキラキラさせて「これは何ですかっ!?」「これはどう使うのですっ!?」と興味津々だった。
・
・
「どうですか。ジエラ殿。私の武装は。ニンジャのように見えますか?」
「う、うん」
サギニさんはボクが創った武器暗器を余すところなく身に付けてしまった。
忍者刀は脚の装甲の部分に取りつけ、苦無と手裏剣、万力鎖は両腕の装甲に隠し持っている。
鎖鎌は腰の後ろに括りつけたみたいだ。
…なんというか、凄く物騒だ。
「ふふっ。ニンジャですか…。実に興味深いです」
サギニさんはニンジャに憧れる外国人のように、ニンジャについて色々聞いてくる。
なので、自分が知る限りの凄い忍者の逸話について教えてあげた。
サギニさんは大喜びだ。
……。
これからサギニさんが仲間になるけど、彼女はベルフィが心配で妖精国からやって来たんだ。
そして、ベルフィは…ボクとの関係を…その…色々勘違いしちゃってるっぽい。
いい機会だ。
このまま…言いそびれたまま…ズルズルと関係を続けるより、男らしく、ちゃんと話をしておかないと。
「お嬢さま、これからはニンジャとしてお仕えいたしますっ。ああ、本当にジエラ様は素晴らしい御方ですね
」
「うふふ。サギニもお姉さまの素晴らしさを分かってくれたみたいね!」
……。
でも、妖精の二人は上機嫌。
ここで話すのは気が引けるなぁ。
後で、折を見て話すことにしよう。
ボクは問題を先送りにしたのだった。