黒妖精の忠義
よろしくお願いします。
サギニは森の中を全裸で歩いている。
いや、正確には全裸ではなく、弓を括り付けたベルトを腰に巻いているだけの格好だった。
先ほどヘルマンから大きめの一枚布を譲られてはいたが、彼女は歩き辛いとばかりに布を束ねて肩に引っ掛けてしまっていた。
そんなであるので当然ながら全身丸見えなのだが、当の本人は全くと言って良い程気にしていない。
何故ならば彼女は妖精なのだから。
真なる妖精である彼女は天地自然と共にある高尚な種族である。
生活の場も彼女と同じ価値観をもつ妖精しか住んでいない妖精国。
それ故、サギニを含めた妖精たちは常に全裸でいることに何の違和感も感じていなかった。
そんな裸族の彼女たちであるが、やむを得ず外界に出向くときに限り仕方なしに肌を隠す必要があった。
しかし妖精国には服飾の文化が存在しないために、つまり布を織る技術も道具もない彼女たちとしては布のようなモノで肌を隠さざるを得ない。
それが優美さに拘る妖精からは不評だった。
既に己の身体が美しいのに、何故そのようなみすぼらしい格好をしなければならないのか!
妖精国の外ではいちいち肌を隠さねばならないなど不便極まりない。
しかも優美さを損なってしまう。
そのような背景もあって、結果的に彼女たち妖精は妖精国に引きこもるお国柄となっていった。
排他的とはいかないまでも自ら積極的に外部と関わろうとはしなかった。
しかし、悠久の年月を経た今までには、妖精の中にも変化を求めて人間界に亡命する変わり者もいないわけではない。
末端ではあるが豊穣神の一角でもある妖精でありながら人間界に亡命し、ハイエルフやエルフなどという下等種族、劣等種族へと転生した先達の考えなどサギニは知りたくもなかった。
それはサギニは黒妖精としての自分に誇りを持っているからだ。
黒妖精は、主である白妖精に仕える影の一族だ。
サギニがお仕えする白妖精のベルフィは妖精国でも由緒あるお家柄の娘であり、最も若い妖精の一人。
とても愛らしく快活であり、それに妖精としての能力も非常に高く、サギニ自慢の主だった。
しかしあえて欠点があるとするならば好奇心旺盛なのが玉に瑕だったかもしれない。
今回はその若さ故にロキに唆されてしまう結果となったのが悔やまれてならない。
「…はぁ。なんだってお嬢さまこのような世界に…ブツブツ」
このような低俗な人間界など妖精には合わない。
サギニはベルフィを連れて一刻も早く妖精国に帰還したかった。
・
・
「……ッ!」
「……♡♡」
森を歩いて間もなくすると、なんと木陰の向こうから悲鳴じみた声が聞こえてきた。
「ま、まさか…? 邪悪な戦乙女が…お嬢さまに不埒な真似をッ!!?」
□ サギニの妄想 □
悪辣なる戦乙女がニヤニヤと笑っている。
その前で虚勢を張っているベルフィ。
例えベルフィが優秀でも、彼女は世間知らずのお嬢さまだ。邪悪な戦乙女相手では荷が勝ちすぎる。
「ふふふ。キミってば妖精族の戦士さんなんでしょ? …でもまだまだオコサマじゃないかなぁ」
「わ、私は一人前の妖精族ですっ。あまりに無礼な態度ですと後悔しますよっ」
「あはは、怖い怖いっ。じゃあ、ボクにキミの優秀さを教えてもらいたいな~♡」
「のぞむところです!」
・
・
だが哀れ。
ベルフィは戦乙女の良いように弄ばれてしまう!
「い、いや…。いやぁぁ……ッッ!? た、助けて……?」
「あははっ。聞こえないよぉ〜?」
「いやぁーーーーッ!? サギニ、助けてサギニぃぃーーッッ!!?」
□ □□
「な、なんというコトを…! おのれ戦乙女め!」
サギニは自分の妄想に戦慄し、悲鳴の現場に踏み込んだ!
「お嬢様っ!ご無事ですかっ!?」
するとサギニの目に飛び込んできたのは…。
「…ま、またっ!? もうやめて…許してぇッ!?」
「はぁはぁッ♡ お姉さまが悪いのですっ♡ そんなにも魅力的なお姉さまが悪いのです! スンスンっ♡ はぁはぁ。くんくんっ♡ スーハースーハー♡…なんて甘い香り…♡ お姉さまお姉さまお姉さまぁぁぁっっ♡♡!!」
ベルフィが現地の女性を弄んでいる光景だった。
「…………え?」
「ひうぅッ!? そ、んなコトをしたら… おっぱいが!? それはバルドルのなのにぃぃッ!?」
「お乳がまるで豊穣の泉のように止めどなく溢れて! お姉さまぁぁッッ! ベルフィわ、ベルフィわぁぁッッ!」
「やああぁぁんッッ!? おかぁーーさーーーん…!」
「ベルフィわあぁぁぁッッ♡♡!!!」
「………え? ………え?」
サギニが見た光景。
それは大した抵抗も出来ずにされるがままになっているジエラと、彼女を押し倒し、美豊胸に顔を埋めつつぱふぱふに夢中になっているベルフィだった。
・
・
ジエラはサギニにより助けられ、木を背もたれにして蹲っている。
ベルフィの責めに疲れてしまったようで、グッタリしたままだった。
そんな彼女をベルフィから守るようにして、サギニがベルフィを問いただしている。
「…お嬢様っ! コレはいったいどういうことですかっ!?」
「さ、サギニ…。どうしてここに…」
ベルフィはサギニのあまりの剣幕にタジタジだった。
ベルフィとサギニは主従ではある。
だがベルフィは幼い頃からサギニに面倒をみてもらっていたため、サギニを些か苦手としていた。
「お嬢様が心配だからに決まってます! お嬢様にもしもの事があったらと思って駆けつけたら、まさかこんなコトになってるとは思いもよりませんでしたっ! まさか人間の娘に狼藉を働いているとは!」
「な、なによ狼藉って! 私とお姉さまは愛し合ってるの! 無理やりなんかじゃないったら!」
どう見てもベルフィが一方的に嬲っているようにしか見えなかったサギニは、ベルフィの意見など聞いてられなかった。
「…それになんですか? お姉さま?誇り高き妖精の中でもやんごとないお方が人間の娘をお姉さま…? …一体どういう…。…あら? お嬢様、そ、その麗しいお召し物は?」
お説教のさ中、サギニはベルフィの服…超ミニ短衣に目を奪われた。
若草色の服はベルフィの身体の負担にならないようにフィットしている。
服は所々金糸で蔦と葉をデザインするように刺繍され、上品さと優雅さ、そしてカラダのラインを魅力的にみせるような視覚効果も併せ持っていた。
「え? うふふっ。サギニもそう思うわよね。これはね、お姉さまからの贈り物なのっ♡」
説教が中断した事で嬉しくなったベルフィ。
彼女が服の裾を摘んでクルリとターンをすると、ミニスカの裾が絶妙にはためく。
「ね、素敵でしょう?」
「………」
満面の笑みで裾を捲り上げてヒラヒラさせているベルフィにサギニは声も出ない。
妖精国で服と言ったらボロ布を指す。
しかし目の前のベルフィの姿はボロどころではない。
その若草色の短衣はベルフィの魅力を更に底上げしまくっているのだ。
「なんて素敵な衣装…。これを、…その…お姉さまとやらが………ッッ!? お嬢様、そ、その素晴らしい弓はどうなさったのです!!?」
次にサギニはベルフィが背負った弓に気がついた。
サギニも先ほどの村で見事な弓を手に入れたが、ベルフィ持つそれ比べたら…いや比較対象とすらなり得ない。
それ程までにベルフィの弓は優美であり、繊細な創りをしていた。
ベルフィはサギニの質問に嬉しくなってしまう。
「うふふっ。コレもお姉さまからの贈り物なのよ! 凄い弓でしょう? これ程の弓は二つとしてないわ!」
「え? 弓を…贈られたのですか?」
弓に見惚れるサギニであったが、ベルフィの言う衝撃の事実は聞き逃すことが出来なかった。
妖精にとって弓を贈られることは求愛を意味する。
妖精国の中でも指折りの名家であるビィ一族の娘が人間界で求愛を受けてしまったようだ。
動揺するサギニを尻目に、ウットリ顔でジエラとの馴れ初めを語るベルフィ。
「…お姉さまは私に弓を贈って下さった時に仰ったの。「この弓で身を守るんだ。そしてボクの事も守ってほしい」って。でもオークの群れに出くわした時、私は足が竦んで動けなかった。でもお姉さまは「キミはボクが守る! 誰にも手出しさせないっ」って…。うふふっ♡」
「…………」
「そ、そして、…お姉さまと褥を共にした時に…お姉さまは私の耳を優しく愛撫してくれて…♡ お姉さまは耳もとで愛を囁きながら耳を甘噛みしてくれて……きゃあんっ♡ もうっ。言わせないでっ。恥ずかしいっ♡♡」
「えっ!? 耳…を、愛されたのですか? つ、つまり、お嬢さま…!?」
「そう! 私とお姉さまは深く愛し合ったの! 燃え上がったの! …そして将来を誓い合ったんだから♡!」
ベルフィは己の妄想や願望を含めて語る。
サギニはベルフィを取り巻く状況がトンデモナイことになっている事に衝撃を隠せないが、ベルフィを問いただす事は躊躇われた。
「うふっ♡ うふふっ♡」
その原因は両頬に手をあてて幸せ満面のベルフィ。
ベルフィを幼少の頃から見守っていたサギニであるが、妖精国でもこのような彼女を見たことがなかったからだ。
ベルフィに仕える者として、このまま彼女の幸せを最優先に考えるべきではないのか。
…例え、相手が人間であろうとも。
「…お嬢様、そ、そのお姉さまとやらは、どういう人間なのです? お嬢様の事を真剣にお考えになっているとは思いますが…。それに同行しているはずの戦乙女を放置しているのは如何なものかと…」
ベルフィと、そしてぐったりしている女性を交互に見比べながら辛うじて現状を把握しようとするサギニ。
しかし肝心なコトを理解していない彼女に向かい、ベルフィは満面のドヤ顔で言い放った。
「ふふん。貴女は勘違いしてるわ! そちらにいらっしゃる私のお姉さまは人間なんかじゃない。私たちの王であるフレイ様の妹、フレイヤ様直轄の戦乙女…ジエラお姉様よ!」
「…ーーッッ!?」
サギニはギョッとして娘を振り返る。
彼女は相変わらずグッタリとしているが、先ほどのベルフィの悪戯のせいなのか僅かにビクンビクンと身を震わせている。
ベルフィのご乱行に慌てていたサギニは気づかなかった。
ジエラの容姿、それは正に尋常ではない。
妖精国の妖精は白妖精も黒妖精も見目麗しい者しかいなかったが、ジエラは見劣りしないどころではなく、彼女たちを圧倒する美の化身とも言える程だった。
仮に美しい者を神々が創りあげるとしたら、その最高傑作。
「これ以上手を加える余地があるか?」と考えに考え抜いた極致。
その究極至高の美女の眩い顔は紅く上気し、目元や頬には涙の跡が見て取れる。
その跡すらも彼女の美しさを際立たせているかのようだ。
しかも彼女の驚くべきは顔かたちだけではない。
頼りない衣服で彼女のプロポーションが凄まじいばかりに強調されている。
重量感のある美しい豊乳は見苦しくないギリギリの巨きさ。
細くともしっかり引き締まった腰回りは美しい曲線を描いている。
腰掛けていると良く分からないが、腰幅の広い安産型の尻。
そしてスラリとした肉付きの良い美脚。
「…お嬢様、この方が戦乙女など何のご冗談です? 美と豊穣を司る女神が降臨なさったと説明された方が納得というものです」
「冗談ではないわ。お姉さまは正真正銘の戦乙女よ♡」
「…本当…ですか?」
なんと、ベルフィの想い人はよりにもよって戦乙女だったのだ。
これにはサギニも反論せざるを得ない。
「イケマセンっ! それはなりませんよお嬢さまっ。由緒ある白妖精が戦乙女などと!」
サギニはベルフィを説得する。
何より確執ある戦乙女が相手となれば長老たちが黙っていまい。
「戦乙女の恐ろしさはお嬢様もわかっておいででしょうに。連中は大自然を破壊する戦火と共に在る害悪です!我らが王・豊穣神フレイ様にどう申し開きなさるのですかっ!?」
するとベルフィは怒るどころかジエラの悲しい過去を語って聞かせた。
ジエラはその美貌ゆえにフレイに手篭めにされてしまったこと。
そしてフレイの子を妊娠・出産してしまったこと。
しかし誰にもその事を相談できず、フレイとの関係を周囲に隠して戦乙女として活動していること。
そのような内容を虚実交わりまくりで話すベルフィ。
彼女は妖精と戦乙女の禁断の愛という自分の境遇に酔っているのかも知れない。
「…気づいたの。戦火はお姉さまたち戦乙女が引き起こしているのではなく、人間たちの仕業なんだって」
「そ、そう言われればそうかも知れませんが…」
「それにお姉さまは過去を乗り越えようとなさっている。ですが男によって騙されてしまったせいで戦乙女でありながら男性不信となってしまった…」
「ううっ」と顔を伏せ、ジエラの不幸を我が事のように嘆き悲しむベルフィ。
なんと、戦士の魂を誘う戦乙女が、妖精たちの王が原因で苦しんでいるという。
サギニは予想だにしない事実に愕然とする。
「そ、そんな…。こちらの…戦乙女が…そんな…」
すると今度は一転。
ベルフィはキラキラした瞳で顔を上げる。
「ですが! お姉さまは私との真の愛に目覚めてくださったの! 」
しかしキラキラしたベルフィを前にしてもサギニはあくまでも冷静だ。
「…お嬢様。確かにこの戦乙女の不幸には同情いたします。し、しかし、お嬢様を幸せにできるかは別問題…」
ベルフィも負けじと引き下がらない。
「これだけ言ってもまだ分からないのっ!? ではサギニ、貴方も私の従者であるならば戦乙女とか妖精などという些細な事など気にせず、ジエラお姉さまにお仕えして彼女の素晴らしさを理解するといいわ!」
「ううっ」
いつになく本気のベルフィにたじろぐサギニ。
色々と突っ込みどころ満載なベルフィの話だが、サギニにとってはそれが事実だ。
それに立場は違えど同じ女性としてジエラの境遇に同情してしまったのは本当だ。
「…この戦乙女を…知る」
サギニは考える。
ジエラは逆境を乗り越えようと頑張っている。
そんな彼女ともにあれば、ベルフィとジエラが結ばれる云々とは別に、世間知らずのベルフィも成長するのではと考えた。
…万が一の時は自分がベルフィを護れば良いのだ、と。
サギニは決心した。
そしてサギニはジエラの前に片膝を立ててしゃがむと深々と頭を下げる。
「…彼女はそんなにも大変な目に遭いつつも…こうして己の任務の為に…。確かに尊敬に値します。しかし私は知らぬこととは言え、彼女を悪し様に罵ってしまいました…」
すると同時に、ジエラが「うう」と目を覚ました。
「……あ、あの。コレは…どういう?」
自分の目の前で頭を下げるサギニにジエラは状況を上手く掴めない。
しかし、サギニははっきりと告げる。
「ジエラ殿。私はベルフィ様にお仕えする黒妖精のサギニと申します。ジエラ殿にお仕えし、ベルフィ様をお任せできるにふさわしいか、貴女を見定めさせていただきます。よろしいですね?」




