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嫉妬と訣別

よろしくお願いします。



ブリュンヒルデは背囊の中の『子宝の林檎』を確かめる。

既にジエラから穏便にヘルマンを譲ってもらうとは考えていなかった。



「…ジエラ様は戦乙女(ヴァルキュリー)としての矜持よりも妖精との情事が大切のようだから、(ヘルマン)の事はどうだって良いわよね。 …ううん。私はジエラ様に出会わなかった! 私は素晴らしき戦士(エインヘルヤル)に出会うためにこの人間界(ミズガルズ)に来たのよっ」



ブリュンヒルデは決心した。

自分は休暇を利用してこの世界を散策して、偶々(・・)ヘルマンという戦士に出会ったのだと。

ジエラがアレな状態なのは全く知らないことなのだと。





バガッ

「ブベッッ!」


ブリュンヒルデがヘルマンの元に戻ると、ヘルマンは彼女の苦悩など知る由もなく黙々と稽古…山賊を叩き斬っていた。


ブリュンヒルデはヘルマンの背中をじっと見詰める。


先ほどの悪夢を忘れさせてくれるような大きくて逞しい背中に見惚れてしまう。


ブリュンヒルデはヘルマンとの未来を想い描かずにはいられなかった。



□ ブリュンヒルデの妄想 □



ブリュンヒルデはヘルマンの子を妊娠・出産し、それをきっかけにヘルマンと慎ましくも愛に満ちた日々を送る。

しかしその幸せは長く続かない。

ヘルマン一家(・・・・・・)は戦火に見舞われてしまうのだ。

ヘルマンは家族を守るため勇敢に戦うが、やがて力尽きる。


しかし、彼の勇敢な魂は…戦士の魂(エインヘルヤル)は彼の妻であり戦乙女(ヴァルキュリー)であるブリュンヒルデに抱かれて、アースガルズへと……。



「ヘルマンさま、家族と共に参りましょう♡ 私たちの真の愛の巣へ…♡」


「愛しのブリュンヒルデ、死しても俺たちは共にあるのだな」



□ □ □



「…ふ、ふふ。もう遠慮はいらないわ。私はヘルマン様に出会うためにこの人間界(ミズガルズ)にきたのだから。……ヘルマン様ーっ!そろそろ休憩にしませんかーっ! 私、美味しい果物を持ってきてるんです!」



すると、ぐいと額の汗を拭ったヘルマンが爽やかな笑顔で振り向く。



「…ああ。すまん。ありがたく頂くよ」


「…ッッ♡♡♡!!?」


「どうかしたのか?」


「い、いえ。遂に私にも春が巡ってきたかとおもうと感極まってしまって…」


「…? 今は夏だが?」



ブリュンヒルデが『子宝の林檎』をヘルマンに手渡そうとしたまさにその時!

ザザザザッッと、一陣の疾風、いや思い出したくもない(・・・・・・・・・)存在が勢いよく通りすぎた。



「きゃっ!?」



ブリュンヒルデはその勢いに尻もちをついてしまう。

すると優しく紳士なヘルマンが助け起こしてくれたのだ。



「大丈夫か?」


「ああ、ヘルマン様、お恥ずかしい…です。でも、あ、ありがとうございます♡」



ヘルマンの優しく力強い腕に抱かれたブリュンヒルデはもう夢見心地である。



(ああ、なんてお優しいのかしら♡ この方はジエラ様の色仕掛けなんかに塗れても、その魂の輝きは微塵も曇ることはないのだわ。なんて素敵な殿方なの♡ …ああ、私の戦士様。誰にも渡すものですか……!!)



するとブリュンヒルデの桃色の思考をぶち壊す声が聞こえた。



「……姿が見えないと思ったら、こんな処で男漁りですか。先程までジエラジエラ言っておきながら、まったく戦乙女(ヴァルキュリー)という連中は…!」



小麦色の肌、白銀の髪。

メリハリの効いた肢体。

そして笹穂耳。

腕を組んで美巨乳を寄せて上げるようにして仁王立ちしている全裸の美女。


それは黒妖精(デックアールヴ)のサギニであった。

彼女はブリュンヒルデを見かけて急停止したようだ。



「…ところで、そこの貴方。ブリュンヒルデさんでもいいですわ。ベルフィお嬢様をお見かけしませんでしたか? 私、かなり急いでいたので、うっかり追い越してしまったのではないかと」



ヘルマンの視線など微塵も気にしていないとばかりに、同性の目から見てもうらやまけしからん肢体を誇示する露出狂妖精にブリュンヒルデはキレ気味に言い放つ。



「アンタの連れなんか知らないわよっ! それより見苦しいモノ見せないでよっ。ヘルマン様が穢されるじゃないっ!」



そんなブリュンヒルデとは対照的に、ヘルマンは至極冷静に自前の外套…擦り切れた大ぶりの布をサギニに手渡した。



「…アンタは平気なようだが、女性が全裸でいるもんじゃないぞ」


「……ふうん。変わった人間ですね。先ほどの村の男とは違うようです」



サギニはきょとんとしながらその布を肩から羽織るが、本人に羞恥心がないせいか、体の前面は殆ど隠せていなかった。



「…貴方は私を見て欲情しないのですね? 人間なのに?」



サギニは自らの豊かな乳房を持ち上げてユッサユッサするが、ヘルマンは「俺はそんなモノに興味はない」と、あくまで冷静だった。


ブリュンヒルデは現在進行形で雰囲気をぶち壊している痴女(アールヴ)に対しイライラが募っていく。

彼女は手にあった投げやすそうなモノ(・・・・・・・・・)をサギニに投げつけながら言い放った。



「くっ! この露出狂(アールヴ)! アンタの愛しのご主人様はあっちの森の中にいるからさっさと連れて帰りなさいよっ!」



ブリュンヒルデは思い切り投げつけたのだが、サギニは易々とキャッチしてしまう。



「…まったく戦乙女は乱暴ですわ。そこの人間を見習ったらいいのに…。あら、美味しそうな果物ですわね。私、全力で走ったので喉が渇いてしまってたんです。ありがたく頂いておきますわ」



思わず投げつけたモノ。

なんとそれは『子宝の林檎』だったのだ!



「ちょっ!? ちょっっ、それ、だめっ。返して……! ああーーーっっ!?」


「…んっ。美味しいですわね。これ。…あ、ブリュンヒルデさん、短いお付き合いでしたけど、これでようやくベルフィ様を連れて妖精界(アールヴヘイム)に帰ることができそうです。では御機嫌よう。そちらの人間とお幸せに…」(しゃりしゃり)





『子宝の林檎』を食べ尽くしてしまったサギニは、果実の芯をポイと捨てながら歩き去ってしまった。

ブリュンヒルデは地面に捨てられた食べ残しを眺めて呆然とする。



「あ、…ああ。わ、私の既成事実が…」



するとヘルマンが話しかけてきた。



「…俺にはさっぱり話が見えんのだが…。俺と貴女が幸せとはどういうことだ?」


「え、あ、あのっ」


「俺は修行中の身だ。それ以前に俺の人生に女など必要ない」


「…え? え? え? …で、ですが、ヘルマン様はジエラ様と、共に旅をされてるんですよ…ね?」



狼狽するブリュンヒルデに対し、ヘルマンはあくまでも冷静だ。

いや、ヘルマンはブリュンヒルデが己を色恋の対象としていると知り、むしろ些か冷淡になっていた。



「ジエラ様は俺を強く鍛えてくださるのみ。そして俺に色恋を求めていらっしゃらない。だから俺はジエラ様にお仕えしているのだ」


「戦乙女が戦士に興味を示さない? でも…貴方はジエラ様とカラダを…。そ、そんな戦乙女いるはず…。はっ。ジエラ様は戦士よりも妖精に夢中で…!?」


「分かったか。なら去るがいい。鍛錬の邪魔だ」



そっけないヘルマン。

だがブリュンヒルデはヘルマンの言うことがおかしい事に気づく。

そもそも戦乙女(ヴァルキュリー)とは策謀を巡らして目当ての戦士を戦死させる存在だ。

戦乙女が師となり、一人前の戦士に育て上げるなど聞いた事もない。



「戦士が戦乙女(ジエラ様)に師事するだなんてあり得ません! ヘルマン様、貴方はジエラ様に騙されていますっ。目を覚ましてくださいっ。そして、私と一緒に…」


「俺はジエラ様にお仕えしている。その意思は揺らぐものではない」


「どうか、どうか…!」


「くどい!!」


「ああ…。どうして…、ヘルマン様は…そんなにもジエラ様に…」



恋に盲目なブリュンヒルデはヘルマンに纏わりつく裸の女…ジエラを幻視していた。




…くすくす。

…ヘルマンはボクの虜さ。

…キミがナニを言っても無駄だよ?




ブリュンヒルデは愕然とする。

と同時にヘルマンという素晴らしい戦士をカラダで縛るジエラへの怒りの気持ちがふつふつと心に湧いてきていた。


ヘルマンを抱きすくめ、その逞しい胸板をイヤラシイ手つきで撫でまわすジエラの幻影に向かって呪いの言葉を吐かずにはいられなかった。



「ジエラ様…。いえ、ジエラさえ居なければ…。ヘルマン様…!」



そのただならぬ様子にヘルマンは思わず身構える。



「む。ジエラ様とご同輩と思ったが…。お前はジエラ様に敵対する者なのか? だから俺の修行を妨げようと!」



最早ヘルマンがブリュンヒルデを見る目は先程のような優しい瞳ではなかった。


まるで己の敵を見るような視線。


ブリュンヒルデは愛しい殿方にそのような眼でみられることが悲しかった。

同時にジエラに対する怒りが留まるところを知らなかった。



「…ヘルマンさま。今日のところは引き下がります。でも、絶対に貴方をジエラから解放して差し上げます…! そして私と共に生きるのが貴方の運命なのです…!」


「何を言っている…?」


「…ごきげんよう。私は諦めません…」



ブリュンヒルデはそう言うと己の姿を白鳥に変えて飛び去っていった。





ヘルマンは目の前の女が鳥に姿を変えたのを見て驚く。



「…なんということだ。まさかジエラ様の知人を装って魔物・・が俺の修行を妨げるとはな。……世の中は広い。まだまだ俺の知らない災いが多そうだな」



そして改めて思う。


かつて村での少年たちを救ってきたように、今後如何なる困難が少年達を襲おうとも、彼らの不幸を打ち払うだけの力を身に付けなければならないと、ヘルマンは気合を入れ直すのであった。

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