衝撃の事実(?)
よろしくお願いします。
「ヘルマン…ですって? そんなっ。せっかく出会った素敵な殿方が既にジエラ様のお手付きだなんて…。……諦める…? いやっ。これだけの優良物件、そう簡単に諦めてたまるもんですかっ」
ブリュンヒルデは考える。
既に目の前の美丈夫はフレイヤ直属の戦乙女であるジエラが目をつけていたようだ。
こんな短期間にも関わらず、素晴らしい戦士を探し当てたジエラの力量に尊敬と嫉妬に似た気持ちを抱いた。
だがチャンスとも思う。
何故ならジエラは人間界で数多くの戦士を天上に誘うという任務がある。
そういう意味でジエラは戦士一人に関わってばかりでは居られないだろう。
ならば自分の出番だ。
ヘルマンが戦場で果てるまで付きっ切りで面倒をみるのは自分が適任だと思われた。
だがジエラに黙ってヘルマンとの間に既成事実してしまった場合、ジエラの不興を買ってしまうかもしれない。
例え色に狂ってしまったとはいえ、ジエラはフレイヤ直轄の戦乙女。
ジエラが目を付けた戦士を横から黙って掠め取ることによって、ジエラを通じてフレイヤから低評価を受けてしまう危険性は避けたいところだ。
故に、ここは誠実に「ジエラ様、ヘルマンを私に担当させて下さいっ」とお願いするしかないとブリュンヒルデ考えた。
これはいい考えのように思えた。
特にジエラは己の不名誉な汚点…破廉恥な妖精にそそのかされて、一時のあやまちでヘルマンをカラダで籠絡したという話を無かった事にしたいはずだ。
そのためにはジエラはヘルマンを黙って譲るしかないだろう。
もしかするとヘルマンにもジエラへの恋慕が残っているかもしれないが、自分と既成事実した後に愛情を以って接すれば、ヘルマンもジエラへの想いが気の迷いであった事に気づき、更には私への真の愛に目覚めてくれるに違いない !
それだけではない。
よくよく冷静に考えてみれば、早いうちにジエラとヘルマンの関係を解消する利点は多い。
ジエラの好色っぷりが収まり、元の凛々しく立派な戦乙女に戻れれば、ジエラは「ボクの目を覚まさせてくれてありがとう」と感謝してくれるはずなのだ。
そうなればこの程度のご乱行くらい些細な過ちとしてブリュンヒルデとしては許してあげるつもりでいた。
であるなら結果的にブリュンヒルデはジエラとヘルマンという優良物件二人とお近づきになれて、自分にとって最良の選択が望めるだろうと考えた。
そういう展開となればヘルマンとの既成事実を急ぐ必要はない。
じっくりとジエラとヘルマンを吟味したうえで既成事実すればよいのだ。
「そうよっ!そうだわっ!」
ブリュンヒルデは自分の名案に思わず拳を握り締める。
「…どうかしたのか? 頭でも…」
ヘルマンはブツブツ言っているブリュンヒルデに心配そうに声をかける。
「あ、いえ…。お恥ずかしい…です。あの…。ところでヘルマン様…。もしかして…お連れの女性とか…いらっしゃいませんか? その…私もご挨拶を…」
するとヘルマンは途端に笑顔となった。
笑顔もイケメンだ。
ブリュンヒルデはドキリとする。
「ああ、貴女もジエラ様のお知り合いかなにかかな?」
「は、はい♡ あの方は私の上司と申しますか…」
今までならブリュンヒルデは「ジエラ様は憧れのお方」と言っていたはずだ。
しかし、彼女の心はヘルマンに傾きまくっているため、表現が若干変わっている。
「あ、あのっ。ジエラ様はお近くにいらっしゃるのですか? 私、あの方とお話しがあるんです」
・
・
ブリュンヒルデがヘルマンから教えられた森の中を進むと、直ぐに人の声が聞こえてきた。
聞き間違うはずがない。
まさしくジエラの声だった。
しかし。
「ナニかしら…。ーーッッ!?」
なんと、ジエラは妖精と絡み合っていたのだった。
ブリュンヒルデは思わず木陰に隠れてしまう。
「…お姉さまっ! 先ほどヘルマンに剣の型を教えると言って、手取り足取りというか、お胸をグイグイ押し付けてらっしゃいましたよねっ! どういうコトなんですかっ!?」
「わ、ワザとじゃ…ない…よ。ボクのおっぱいがおっきいからぁッ。ふ、不可抗力ぅぅッ!? も、もうやめてぇッ」
なんと、ジエラが、あの凛々しかったジエラが、小柄な妖精に巨乳を揉みしだかれているのだ。
彼女は嬌声を抑える為に口元を手で隠しながら懸命に言い訳をしていた。
しかし己の乳房を揉み撫でる妖精の手を払いのけたりはしていないようだった。
それはまるで妖精の愛撫を受け入れているようにしか見えない。
そして驚くのはそれだけではない。
ジエラの服装はまるで下着のように頼りないものだったのだ。
「…な、なんて事…」
ブリュンヒルデは目の前の光景が信じられなかった。
しかしさらなる衝撃の事実が続けて彼女を襲ったのだ。
ジエラとベルフィはブリュンヒルデが覗いているのに気づかないのか、更に言い争い(?)を続けている。
「…お姉さま。なんだかんだ言ってヘルマンに気があるんでしょう? お姉さまは戦乙女ですものねっ!? 男のことが気になって仕方ないんでしょうっ!?」
「ち、違っ」
「どうなんですかっ! お姉さまっ。ヘルマンが気になってしまっているんじゃないんですかっ!?」
「ボク、ぼくぅ。男の…人なんかに…興味…ないよぉ…。もう、これ以上…やめ…て…」
「本当ですか? 戦乙女でありながら目の前の男に目もくれないなんて…。つまり…そんなにも私の事を…♡ 嬉しい♡ お姉さま、私のお姉さまぁ♡ 大好きですぅ♡♡♡」
妖精はそのままジエラの美巨乳に顔を埋めるようにして抱きついていた。
「そ、そんな…」
くらり、と。
ブリュンヒルデは目眩を感じつつ彼女たちから離れるように後ずさる。
村の女たちから『ジエラがヘルマンに欲情し、連れ去ってしまった』という情報は全くの誤りだった。
事実は違っていた。
ジエラはヘルマンを戦士として見ておらず、異性とも意識していなかったのだ。
それどころか誇り高き戦乙女でありながら、女性に興味をもってしまうとは!?
しかもよりにもよって妖精を受け入れるなど、同じ戦乙女であるブリュンヒルデにとってジエラが露出狂になるとか、色に狂うよりも到底受け入れがたい事実だった。
もうジエラは手遅れだ。
おぞましき妖精に身も心も狂わされてしまったようだ。
ブリュンヒルデはジエラの痴態から逃げるようにして、二人から離れるのだった。
・
・
ブリュンヒルデはふらふらとした足取りでヘルマンの処へと歩く。
「…ああ、どうして…あのジエラ様が…。私の運命になるはずだったお方が…こんな事に…」
ブリュンヒルデにとって衝撃以上の事態だ。
「…恐ろしいわ。妖精の毒は戦乙女をここまで壊してしまうなんて」
そうなのだ。
ブリュンヒルデはジエラが狂ってしまったのは妖精、つまり同行しているベルフィが原因だと思った。
だが心のどこかでジエラを諦めきれない。
それはジエラの尋常ではない美しさに未練が残っているため。
元の凛々しいジエラに戻ってくれれば…。
「ま、まだ遅くはないわ。あの色狂い妖精なんて妖精国に帰還すればジエラ様も目が覚めるはず。…私たち戦乙女の幸せは、気高い志を持った戦士と愛を育む事なん…。…はっ!?」
ブリュンヒルデはそこまで言ってふと足を止める。
「…? そう言えば…ジエラ様は任務完了の暁には男性に転生して…フレイヤ様のフォールクヴァング宮での戦士を統括するお立場になるのよね? 男性になる? ………ッッ!!?」
□ ブリュンヒルデの妄想 □
ブリュンヒルデとジエラはめでたくゴールイン。
ジエラは絶世の美男子。
ブリュンヒルデにも優しく、誇り高く、仕事も有能でフレイヤの評価も上々。
他の戦乙女からは羨望を受ける毎日。
毎日が充実している。
しかし、ブリュンヒルデには一つの悩みがあった。
それは初夜の日も、その次の日も、そのまた次の日もジエラはブリュンヒルデを抱こうとしなかったのだ。
結婚してかなり経ったというのに、ジエラはブリュンヒルデとベットを共にしようとすらしなかった。
ブリュンヒルデがジエラの体調を気遣っても、ジエラは健康そのもので何も心配いらないという。
…ある晩。
ブリュンヒルデはジエラがこっそりと屋敷を抜け出す気配で目が覚めた。
「ま、まさか…ジエラ様。結婚早々…う、浮気をッ!?」
ブリュンヒルデはこっそりとジエラの後をついていく。
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・
するとジエラを待っていたのは…ヘルマンだった。
ヘルマンは勇敢に戦い、そして戦死したことで、戦士としてこのアースガルズにやってきていたのだ。
以前から顔見知りだったため、ヘルマン、ジエラ、ブリュンヒルデは共通の友人同士だった。
ブリュンヒルデがジエラと結婚したあとも、仲の良い友人として付き合っていた。
ブリュンヒルデの目の前でジエラがヘルマンの胸に飛び込む。
「…ああ、逢いたかったよ。ヘルマン」
「俺もです。ジエラ様」
そして二人は身体を重ねる。
「ボク、男になっても君のコトがどうしても忘れられないんだ。さ、今夜もボクを思いっきり…愛して欲しい」
「…ジエラ様。俺の…貴方への想いも…募るばかりです」
「ヘルマンっ♡」
「ジエラ様っ」
□ □ □
ブリュンヒルデはそこまで考えて立ち止まった。
「私が間違ってたわ」
それは落ち着いた静かな声だった。
「…ジエラ様は私の運命の殿方になり得ない。いや、それどころか私の障害となる存在に違いないわ」




