ヘルマンの想い
獣脂ロウソクの明りが灯るなか、ヘルマンは少ない家具を漁っていた。
一人暮らし…つまりやもめ暮らしのヘルマンにとって荷造りなど時間の掛かるものではない。
思えばこの家に住んで21年。
そこにあるのは、日々生きる上で最低限必要なモノや保存食、そしてほんの僅かな銅貨ほどの蓄えしかない。
つまり殺風景ことこの上ない。
強いて金目のモノといえば父の遺した武具・鎧一式くらいだろうか。
しかし父親よりも大柄で体格の良いヘルマンでは、既にそれを装備することは適わない。
ヘルマンは装備出来ない鎧に執着することもなく、あっさりと父の形見を不要と判断した。
結果的に持ち出せるのは剣のみになってしまう。
この鎧は誰にも使われないまま錆びて朽ちてしまうのか。
そう思うと些か残念な気がするので、明日にでも村の鍛冶屋に売り払い路銀の足しにしようと考えた。
ヘルマンは背負子に荷物を積み込む。
鍋、食器類、塩、作り置きした保存肉、固パン、水袋、薬草等と簡単な野営の準備。
明日から武者修行の旅が始まるのだ。
アレが足らないコレが足らないなどと、同行する女性陣に迷惑をかけるわけにはいかない。
しかし彼は旅など未経験であるからこれで十分か否かなど全くわからないのだが。
そして彼は同行する女性の事を考える。
「騎士様…ジエラ様。精霊遣い…ベルフィ殿……か」
ヘルマンは「まさか自分が女性を師と仰ぐ時がこようとは…」と、思わないでもなかった。
何故なら彼の今までの人生において『強さと女性は相反するものである』として、そういう意味で女性を遠ざけてきていたと言っても間違いではないからだ。
現在の処、ヘルマンは女性に興味がない。
思春期の頃には異性への興味どころか、自分よりも幼少の子供たちに尊敬される方が心地よくなっていた。
女にうつつを抜かすよりも己の鍛錬を優先したのか…。
あるいは年頃の女をモノにしようという気持ちよりも、子供たちの期待に応えようという想いが勝っているのか…。
女を巡って村の連中と張り合いたくなかったのか…。
若しくは女に気を遣うことで、今までの自分が変わってしまうのが怖かったのか…。
今となっては最たる原因は分からないが、いつの間にか女を遠ざけるのみではなく…異性に対する欲というモノが無くなっていたのだ。
ヘルマンに婚姻話が持ち込まれるようになる頃には『女は情と甘えと安定を求める生き物であり、武を志す自分とは相反する存在である』と決めつけてしまっていた。
しかし世の中は広いもので、彼女達の強さの程は疑うべくもない。
周囲の男共は彼女たちの美貌や肢体に興味深々のようだが、ヘルマンは全くといって良いほどに彼女達の容姿には興味が無かった。
興味あるのは彼女たちの武勇。
ジエラの武芸はもとより、可能であればベルフィの精霊を遣う技をも習得してみたい。
「俺は…強くなりたいんだ」
今までの21年間、彼の身に培ったのは…
山歩きによって身に付いた強靭な足腰。
斧を振るうこと、そして材木運びによって身に付いた膂力。
そして強さに対する憧れと執着のみであった。
その切っ掛けは、かつて父親が兵士だか戦士だった事に起因しているのは間違いない。
しかしその思いを強くしてくれたのは村の子供たちだった。
木こりであるヘルマンは山の専門家でもある。
山中で事故に遭った子供がいないか見回るのは彼の日課でもあった。
山で薪拾いをしながら迷子になる子供。
足を挫いて歩けなくなる子供。
危険な動物に遭ってしまう子供。
川に落ちて溺れる子供。
彼らを助けるととても感謝してくれる。
純真無垢な瞳をキラキラさせて心から感謝してくれるのだ。
ケガをした子供たちを複数人担ぎ上げた時など、「すごいすごい!」とおおはしゃぎ。
そんな子供たちは助けた後も「兄ちゃん、兄ちゃん」と懐いてくれる。
剣の道を目指すのと同時に、子供たちに頼られる男になりたいと強く感じていた。
そんな想いが彼の根底に在り、そのため強く頼られる存在になりたかったのだ。
ヘルマンは独り暮らしだが、子供たちが慕ってくれるので寂しくはなかった。
近所の子供たちが毎日のように遊びに来るし、そのままヘルマンの家に泊まる事もあった。
そして。
家に遊びに来る少年たち。
彼らは異性よりも頼りがいのある年上の同性と共に居る事を好んでいた。
そんな彼らがヘルマンに対して無条件にかつ無防備に尊敬と親愛の態度で接してくれるのだ。
そして少年たちの親愛からくる過剰なスキンシップがヘルマンを追い込んでいったのだ。
それはつまり、ヘルマンしか知る者はいないが、いつの間にか子供…特に少年に対する欲、この場合は少年愛ともというべきものがヘルマンに芽生えていた。
かくして、ヘルマンは『女性に興味がない』『少年愛』の二重の意味でこの村には異質だったのだ。
「…騎士様と出会わなくとも…いずれ俺の居場所はなくなっていただろうな」
本来であれば明日からはこの家も空き屋となるのだろうが、オーク共に家を壊された連中もいるから有効利用してくれるだろう。
自分はこの村を去るが、これからもこの家がしっかりと村の役たってくれるに違いない。
そんな事を自嘲しながら黙々と手を動かしていると、いつの間にか荷造りが終わっていた。
「…こんなものか。そろそろ…」
準備をあらかた済ませた彼は、村での最後の夜を過ごそうと粗末なベッドに横になろうとした。
すると、不意に来客があった。
「へ、ヘルマン…兄ちゃん…。もう寝ちゃった?」
村の少年。コニーだった。
「…どうしたんだ。もうすっかり夜更けだぞ?」
「う、うん。父ちゃんと母ちゃんの話が聞こえちゃって…。どうしても寝付けなかったんだ。…兄ちゃん、明日、出ていっちゃうって…ホント?」
「…ああ。唐突だが…俺は修行のために…騎士様についていく事にした」
それを聞いたコニーは暫く黙って俯いていたが、決意を秘めた瞳をヘルマンに向ける。
「……兄ちゃん。兄ちゃんがいつも言っているみたいに、これから厳しい修行や戦いが待っているんでしょ? 死んじゃうかもしれないんでしょ?」
「…コニー」
コニーの瞳が潤んでいる。
「…正直、行ってほしくないよ…。だけど…オイラ…兄ちゃんの夢を…知ってるもん。あの…だから…だから…あの…上手く言えないけど……だけど…この村の事とか、オイラたちの事を忘れないでほしいんだ」
コニーはヘルマンがその無邪気な誘惑に耐えられず、手を出してしまった少年の一人。
彼を残して旅に出るのは申し訳なく思わないでもない。
ヘルマンはコニーの頭を優しく撫でながら諭す。
「…コニー…。俺はオマエを置いていくことは本当に済まないと思っている…。だから…早く…俺の事を忘れて…」
ヘルマンがそこまで言いかけた時、更なる来客が!
「…に、兄ちゃん、良かった。まだ起きて…。あーッ!? コニー、抜け駆けぇッ!?」
さらに続けて。
「ずりーぞ!? 俺たちだって兄ちゃんとの思い出つくりしたかったのに!」
次から次へと。
「ああっ。ヘルマン兄ちゃん、オレ、おれぇ…♡」
ヘルマンを慕う少年たち…彼との秘密を共有する少年たちが、彼とのお別れの挨拶にやってきたのだ。
「…すまん。オレは、お前たちのことは忘れん…元気でな…」
「「「兄ちゃん…♡」」」
ヘルマンは少年たちと最後の夜を過ごすこととなった。




