ヘルマンとの模擬戦
よろしくお願いします。
水浴びからの帰り道、ボクは普段着に着替える事になった。
アネットさんが「騎士様、あの…その…着替えた方が…」と言い辛そうにしていたこともあって、確かに水着鎧に慣れていない村人さんからしたらしたら悪目立ちすると思ったんだ。
ボクは「普段着に着替えてくるね」とかいってアネットさんに待っててもらい木陰に隠れる。
人前で鎧を換装するワケにはいかないからね。
この『黄金の腕輪』は、「鎧」って言うと水着を出してくる。
だけど「普段着」って言えばどうなるんだろう。
具体的にどんな恰好が良いかイマイチ分かんなかったので、取り敢えず「『守護』。夏の普段着っぽい恰好で」と唱えてみる。
そんなワケでボクは夏っぽい恰好になっていた。
具体的にはデニムのホットパンツっていうかカットジーンズに白の薄手のタンクトップ。タンクトップはパツパツで、さらに裾が短くておへそが出てる。
そして編み上げサンダルにつばの広い麦わら帽子。
今度はなぜか麦わら帽子が追加されていた。
もしかしなくても兜のつもりなのかな。
そんなワケで、地球世界、それも西洋の港町とかで見られるような恰好になっちゃった。
競泳水着よりは若干露出は抑えられているけど、布面積が少な目のホットパンツはハミ尻具合が半端ないのが特徴かな。
「ふうん。こんなもんか。まぁ普段着って言えば普段着かもね」
そうなのだ。
このホットパンツはデニム地なんで自動的にお尻に食い込んできたりしない。
最初から結構…いやかなりハミ尻だけど、さっきよりはいくらかマシなのだ。
あと、肩が剥き出しなんで『鷹の羽衣』…ケープを羽織ることも忘れない。
ちなみに村の中では一応徒歩なんで、念のため護身武器的に日本刀とそれを穿くためのベルトを創ってみた。
…それにしても小人さんに創ってもらった『黄金のチョーカー』は凄いなぁ。
アースガルズで創ったハサミもそうだけど、ボクが武器だって認識していれば創れちゃうんだもん。
勿論、ここでいう武器とはベルトの事だ。
ベルトはムチの様に叩いたり敵の首を絞めるのにも使えるれっきとした武器なんだ。
あ、そうだ。
ベルフィにプレゼントした弓を背負うベルトも創ってあげようっと。
アネットさんは「あの…それが普段着ですか?」とか言っているけど、ボクは「うん。暑い日はこんなカンジだよ」と説明しておいた。
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村は立派な土塁と掘りに囲まれていた。
オークどころか野盗や山賊とかが襲ってきても大丈夫っぽい。
更にアレだけあったオークの死体が片づけられている。
どうやらオーク大嫌いなベルフィが、積極的にオークを視界から消し去ろうと魔法で燃やして、燃えかすを吹き飛ばしたみたい。
さらに火事で焼けた家の修理のために、森の木を伐採して加工して運搬までしてくれたようだ。
ボクが遊んでいた間、ベルフィは大活躍だったみたいだ。
作業がひと段落し、村の女の人たちが芋と干し肉のスープを村人に振る舞っている。
ボクもご相伴に預からしてもらったけど、塩味が効いていて意外に美味しかった。この辺は海が無いのにどうやって塩を調達しているのかと聞いてみたら、村の近くで岩塩を採取できるんだって。
お礼は塩が良いかもしれない。
ベルフィはボクの隣にピト♡と寄り添い、「お姉さまの為に頑張りました♡」とかいっている。
「お姉さま、着替えられたのですか? その衣装も素敵ですね。はぁはぁ♡」
ベルフィはボクがオークを退治したことを切っ掛けに態度が急変してしまった。
ボクをオークから護ってくれた恩人…いやそれ以上だと考えているようだ。
…これから先、大丈夫かなぁ。
それはそうと村人さんたちは少なからず日常を取り戻したせいか笑顔が戻ったようだ。
「…すげえ。騎士様ってあんな恰好して恥ずかしくないのかよ」
「アネットの話だとあれが普段の服なんだと。ハダカに近い恰好だって普通なんだってよ」
「それにしても美人だなぁ。それにあのデカい乳。ムチムチのケツだって半分くらい見えてるしよぉ。ホントに騎士様なのかよ? それとも都会ってアレが普通なのか? 俺も行きてぇなぁ」
「いや、俺は亜人の嬢ちゃんのほうが…」
「…今夜泊まるんだろ? …あんな格好してるならよ、夜這ってみるか…?」
「止めとけ。殺されるぞ」
ボクたちを遠巻きに見ている村の人たちがぽそぽそ話をしているけど、遠くて良く聞こえない。おそらく「騎士様がオーク共を蹴散してくれたおかげで村は救われた!」「ベルフィ様のお蔭で村も早く復旧できそうだ」とか言っているんだろうな。
大人たちはぎこちなくボクたちを遠巻きに見ているだけだけど、子供たちはそうではなかった。
チョロチョロとボクたちの周りに群がっている。
「騎士様、カッコ良かった! オークをやっつけてくれてありがとう!」
無邪気な子供たちに感謝される。
ふと思う。
考えてみれば初の命のやり取りだった。
ともあれ相手は怪物…オークだったけど。
オークって死んだら何処にいくんだろう。
いやいや、オークなんだから…死んじゃったらオーク達が一杯いる天国か地獄に逝くだけだよね。
ボクたちがアースガルズに逝くみたいに、オークガルズとかいう名前だったりして。
…そういえばオークガルズ…ガルズ…ガールズってなんだか似ているな。
オークガールズ…。
もしかするとメス豚な戦乙女が魂を連れて行ったのかもしれない。
ボクにとってはその程度の印象しかない程にあっさりとした戦闘だった。
それでも子供たちは瞳をキラキラさせている。
「オイラも騎士様のように強くなりたい!」
「そうだね。いっぱい頑張ればきっと強くなって村の皆を護れるようになるよ」
「私、騎士様みたいにおっぱいが大きくなりたい!」
「…………」
な、なんて答えれば良いの?
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ちなみにここはセダ村というらしい。
このあたりでは一般的な規模で、畑作業と狩猟を中心に生活をしているという。
正直、村の情報よりももっと役に立つ情報が欲しかった。
具体的には村が属する国の国情っていうか、戦争しそうとかの情報。
でもこんな田舎の村に期待するのがそもそもの間違いだよね。大きな街とかに行くしかない。
でもまああまり急いても仕方ない。
大きな街への情報を聞くのも大切だけど、何気なく彼らと接することで何とか日常生活に必要な一般常識を身に付けよう。
ボクは「旅ばかりしているので、あまりこのあたりの常識に疎くて…」とか言いながら挨拶に来た村のお年寄り連中からそれとなく常識を学んでいると、「ちょっといいだろうか」と声を掛けてくる男の人がいた。
ヘルマンさんだった。
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「ヘルマン、ヤメテ! 怪我じゃ済まされないわ!」
「もっと場の空気を読めよ! オマエの剣狂いに騎士様を巻き込むなっての!」
「ヘルマン兄ちゃん、がんばれーっっ」
村の中央にある広場。
周囲を村の皆さんが見守るっていうか悲鳴とかヤジが飛ぶ中、ボクとヘルマンさんが対峙している。
何だか分からないけれど、ヘルマンさんがボクに試合っていうか稽古を申し込んできたんだ。
「騎士様。いや、ジエラ殿、俺と剣を交えてくれ。…どうか手ほどきをお願いしたい。俺は貴女の武勇を見て以来、貴女の事ばかり考えていたんだ」
「…は、はい」
ボクも彼の真剣な懇願を受けて、あっさり承諾してしまったんだけどね。
ヘルマンさんは父親の形見だという剣を正眼に構えている。
いや、正眼じゃないな。適当に構えているっぽい。
対するボクはさっき創った日本刀…だとヘルマンさんが死んじゃうんで、足元に転がっていた適当な長さの端材を手に取り、それを肩に担ぐようにして横半身にしてみた。
『担肩刀勢』……虎〇流?
そんなアホなことを考えつつ、棒を手にしていない方の肩を相手に向けるカンジに構えようとすると、ヘルマンさんは開始の合図もないままに突っ込んできたんだ。
でも馬鹿正直に振りかぶり、そのまま真っすぐ斬り下ろしてきた。
本人は不意打ちしたつもりなんだろうけど、「剣を地面に叩きつけたくない」っていう考えがありありと解るくらいに剣勢が加減されていたから全く意味がない。
ボクは間合いが詰まってしまったこともあり『〇眼流』っぽく棒を振り切ることなんかしなかった。
ヘルマンさんの剣を躱すと同時に、彼の手首の痛点を極めてから足を払いテコの原理でふわりと放り投げる。
「……ッ!?」
ズダンッッ
ヘルマンさんが声にならない驚愕と共に背中から地面に叩きつけられる。
当然ながら受け身も知らないみたいだから、息が詰まっただろう。
だけどこのままでは終わらない。
宙に浮いたヘルマンさんが地面に落ちるのと一拍遅れて共に倒れ込み、端材の端を彼の鳩尾に喰らわせる。
「ガフッッ!?」
そして鳩尾に突き立てた端材を支点にするように素早く位置取りを行い、馬乗り…マウントポジションをとる。
ヘルマンさんは手首を極められたままだからナニもできない。
それどころかボクが上手く倒れ込まなかったら手首が壊れていただろう。
本当は鳩尾に一撃とかじゃなくて剣の柄を相手の顔面とか首に叩き込むとかするんだけど、今回はヘルマンさんが鎧とかを着ていなかったから鳩尾にしてみたんだ。
もちろん体重をかけたら内臓を痛めちゃうんで、そこそこ手加減してあげたけどね。
そんでもって端材をヘルマンさんの首に押しつける形にして試合終了。
「きゃあっ! ヘルマンッ!?」
「兄ちゃんッ!?」
「おお、すげえッ!」
「見えたっ! スゲエ揺れっぷりだぜ!」
周囲の悲鳴やら歓声が聞こえる中、ヘルマンさんは「ゲホッ、ゲホッ」と咳き込んでいる。
ヘルマンに馬乗りになったまま彼に話しかけた。
「…ヘルマンさん、誰にもナニも教えてもらってないね。腕力だけじゃ敵は斬れないよ?」
「ゲホッ、がッ、ぶ、無様で…申しわけ…ない…がはッ」
ボクはヘルマンさんの腰の上に馬乗りになっていた。
ヘルマンさんがギブアップしたので、ボクは棒切れから手を離し、彼の逞しい胸筋、腹筋…そして後ろ手に回して太ももの筋肉とかを撫でてみる。
「………剣の技は未熟だけど…いいカラダしてるね」
ぽそりと呟く。
実際に彼の筋肉に触れてみてわかった。
彼の下地は完璧だ。
しっかりと指導をすれば一角の戦士になれる。
こんな田舎に燻らせるのはもったいないなと思った。
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夜。
いや、夜というよりは夕暮れ時。
ボクは村の集会小屋で休むよう案内された。
ちなみにスレイプニルは馬小屋だ。
彼は(神馬たる我をこのような場所に!)とゴネることもなく、大人しくそこで休んでいる。
そして、ベルフィは森の中で寝るという。
何でも彼女達妖精は元々は原初の自然の中で暮らしていたので、この世界に適応するまでは自然に出来るだけ触れ合う必要があるのだとか。
森の中は危険かと思ったけど、それは精霊遣いであるベルフィ。結界とかあるので色々大丈夫みたいだ。
「初日が終わって…今のところ失敗はしていない…かな。村の人はお礼とか言ってたけど、品物なんかよりもできる限り情報が欲しいな。あ、でもお塩は欲しいなあ。黄金で買えるかな?」
それからオークを吹き飛ばした事を思い返す。
「うふふっ。自分で言うのもなんだけど、身体の動きも良いし、力も相当だ。これならこの世界の戦場でも活躍できそうだぞっ」
そしてはやく英雄になって…壮絶に…戦死するん…だ…。
待っててね、フレイヤ…バルドル…
…眠くなっちゃった。
お休みなさい。




