木こりのヘルマン
よろしくお願いします。
ボクは爽やかに挨拶したつもりだったけど、村の人たちはどこか怯えたような、得体の知れないナニかを見てしまったような雰囲気で遠巻きにボクたちをみている。
え、何この状況…。
この視線の色は…恐怖。そして…怯え…だよね。
確かにオークたちをあっさりと全滅させちゃったから、多少はビックリされちゃうのも仕方ないとは思うけど、正直、村の皆さんから感謝の言葉くらい貰えるかと期待していたんですけど。
…出来たらお礼も。
でも辺りに漂う雰囲気はそれどころじゃないみたい。
この世界では女性が戦うのが異常なのかな。
女性が馬に乗るのが信じられないとか?
怪物とはいえ皆殺しにしたのが拙かったのかな。特に最後のはリーダーっぽかったしな。
でも理由はどうあれ、結果的にボクの戦いっぷりが村の人たちを不快にさせてしまった事は確かなようだ。
さっきから無言のお見合い状態が続いている。
「ジエラさん…いいえ、ジエラお姉さま…、私のために戦ってくれたのですね…♡」
そんな状況を無視するかのように、ベルフィはボクにスリスリとカラダを摺り寄せながら不穏な事をボソボソ言っている。
お、お姉さまって…。
そ、それはともかくっ。
…ちょっと悲しいけど異世界ファーストコンタクトは失敗に終わったみたいだ。
この村の皆さんから、この世界のおカネの情報とか、食糧調達とか、近隣の村や町の情報収集とか色々してみたかったけど、出来ないものはしかたない。
「…じゃあボクはこれで…」
ボクがスレイプニルに乗ろうとしたとき、とある村人さんが声を掛けてきた。
「…ちょっと待ってくれ!! 俺はヘルマン。木こりをやっている。……一つ、聞きたいことがあるんだが…」
村人さんはヘルマンと名乗った。
「貴女の流れるような槍さばき…。素晴らしいものだった。素人目にもわかったよ。それで……俺も…訓練すれば…貴女のように強くなれるのだろうか?」
ボクは彼の話にビックリした。
ボクに感謝するんじゃなくて、「強くなりたい」って?
ボクは改めて彼を見る。
イケメンだ。
そして彫り深い精悍な顔は純朴そうで裏表がなさそうな雰囲気。
かなりの筋肉質だけど、しなやかに鍛えられているから怪力一辺倒というよりむしろ戦う者のそれといったカンジ。
そして長身。
身長は目算で190センチ前後ありそうだ。
そんな彼に「貴女の武術が素晴らしい!」と称賛されてしまった。
ふふふ。
武術に明け暮れた生前でもそんなこと言われた事なんてなかったよ。
照れちゃうな。
「ええ。ボクは幼い頃から修行していました。訓練の賜物だと思います」
ボクは笑顔で応える。
…戦乙女になってから身に付いた怪力(?)についてはよくわかんないけど、槍術に関してはウソは言っていない。
生前、ボクは馬上での稽古なんてやった事ないけど、地上戦でも馬上戦でも、槍の基本は突く、払う、殴るだ。
だけど今回はオークが脂肪の塊だったんで、突いても脂肪の厚みで狙いが内臓からずれてしまうのではないか、脂肪に槍が埋まってしまうんじゃないかって思って槍で殴りまくった。
それで殴れば殴るだけオークが戦闘不能になっちゃったんだよね。
だから調子に乗ってオークの武器も壊すつもりでガンガン殴ってたし…。
うう。
今振り返っても師匠にみられてたら激怒されてもおかしくないくらいお粗末な戦闘だった。
その程度でもヘルマンさんにとっては素晴らしかったらしい。
そして「ボクの強さは訓練によるもの」という答えを聞いたヘルマンさんは、「実は、貴女にお願いがあるのだが」という。
でもそこにボクたちの会話を遮るようにして、さっきの村長さんが話に割り込んできた。
「ジエラ…さんだったか。貴女の戦いっぷりが余りにも凄まじかったものでね。皆驚いているだけなんだ。黙っていたのは悪気があったわけじゃない。気にしないでほしい」
その目からはボクに対する嫌悪や恐怖は感じなかった。
ボクとヘルマンさんの会話を聞いて緊張がほぐれてくれたのかもしれない。
ヘルマンさんに感謝だね。
村長が喜びの感情も露わに握手を求めてくると、今更ながらにここに居る人たちを助けた実感が湧いてきた。その手を取ろうとすると、彼はボクを先回りするように両手で強くボクの手を握りしめてきた。
すると、ヘルマンさんや村長の態度がきっかけになったのだろう。
多少のぎこちなさもあったものの、村人たちにも笑顔が見受けられるようになった。
「俺たちは貧しいが、恩人に対する礼を忘れるほど落ちぶれちゃいない。だが今はこのありさまだ。すまないが今日は村に泊まってくれないか? 礼は明日、改めてさせてもらいたい」
・
・
村人たちが村の後片付けに追われている。
けが人の手当て。
小火などで壊れた家の補強と修理。
オークの死体の処理。
やることは沢山あったけど、争いの規模に対して死者が皆無であったのが幸いと言えるかもしれない。
そんな事を側で働いていた村人に言ってみると、オークは人間の新鮮な肉を好み、特に女性は繁殖に使うという。なので基本は人間を生け捕りにして自らの棲み処に連れ帰るのだそうだ。とんでもない話だ。
しかし村人たちも逞しい。
オークの死体から使えそうな武器を回収していく。
特にオーク隊長が遺した大剣は刃こぼれと錆が酷いけど、用途は多いようで皆喜んでいた。
鋳つぶして釘や矢じり等に加工するのかもしれない。
そして皆が働く中、村長さんが「村を覆う柵でもあれば…ここまでも被害も無かったかもしれん…」と嘆いている。
「ねぇベルフィ。精霊魔法で何とかならないかなぁ」
「分かりました。お姉さまがおっしゃるなら」
するとベルフィは土の精霊魔法で村の周囲に堀を造り、更にその内側に余分な土を利用して盛り土にして土塁を創り上げてくれた。
まるで土が意志を持っているようにずぞぞぞと動いて堀と土塁になっちゃったので、ボクを含めた村人たちは歓声を挙げている。
堀の深さと幅はオークが数体がかりでも突破できそうにない。
「おお…!」
「凄い…。これが噂に聞いた魔術…精霊魔術というものなのか…!」
「ベルフィ…様。貴方は何という偉大な精霊遣いなのだ」
皆がベルフィを讃えている。
お年寄りなんか拝んでいる者もいた。
ボクもベルフィに負けないように手伝おうとしたら、「いやいや、オーク相手にお疲れでしょう。カラダを休めて下さい」と半ば無理やり休息を押し付けられてしまった。
そんなワケでボクは仕方なく休息することにした。
ベルフィも「私もお姉さまと一緒に!」と言ってるけど、精霊遣いである彼女には彼女にしか出来ないことがいっぱいある。だから申し訳ないけど頑張ってもらう。
…ちょっとベルフィには申し訳ないけど、彼女ってば「お姉さま♡ お姉さま♡」ってすごく積極的だから、…距離をとるっていうか逃げる意味もあったりする。
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・
ボクの案内にと村の女の子がついてきてくれた。
女の子と言ってもボクと同世代…10代半ばくらい。
名前はアネットさん。
結構可愛い娘だ。
彼女は「騎士様、近くに清水が湧き出る水辺がるんです。水浴びにいきませんか?」と提案してくれたので、その提案に乗る事にした。
その水辺は森にちょっと入ったところにあった。
渓流の流れの一部が大きく水たまりになっていて、周りの岩から小さな滝みたいなのがチョロチョロとしたたり落ちている。ミニチュアサイズの渓谷みたいなところだった。
「今日みたいな暑い日はここで水浴びとかするんです。…えへへ。騎士様のお世話にかこつけて力仕事から逃げ出しちゃいました」
彼女はそうイタズラっぽく微笑むと、スカートをたくしあげるようにして水辺に足を踏み入れる。
「冷たくて気持ちいいですよ! 騎士様もどうぞ!」
「……う、うん」
この場に及んでボクはちょっと迷ったけど、せっかくの水遊びだし、なにより村人さんとのコミュニケーションのために黒い外套を脱ぐ事にした。
外套を脱ぐと同時にアネットさんが息を飲んだ雰囲気が伝わってくる。
「あ、あの…騎士様…。その恰好は…?」
「…やっぱり…おかしいかなぁ」
ボクの恰好はハイレグな競泳水着鎧。
オマケに胴体のところにスリットっぽい穴が空いているから、おっぱいの谷間とかが見えている。
こんな格好でさっきまではオーク相手に大立ち回りしていたんだ。
でもあのときは村人さんも気にする余裕が無かったんだろうけど、今は違うみたいだ。
「…き、騎士様。その恰好は…下着…なんですか?」
「…う、その…」
やっぱりこの世界の人からしても鎧に見えないか。
だけど、あんまりアレコレ言い訳するのは男らしくない気がする。
肝心なのは見てくれじゃなくて中身だよね!
それにボクは村を救ったんだ。
堂々とすればいいんだ。
そう考えてボクは少女の疑問を否定する。
「下着なんかじゃないよ! こ、これはね、れっきとした鎧なんだ!」
「そ、そうなのですか?」
「うん。ボクの故郷では普通だったよ。女の人はハダカ同然の鎧で戦う人も多かったからボクのこの格好なんかまだ大人しい程だよ! …主に創作作品の登場人物だけど」
ボクは最後の方を小声で話すと、彼女は「は、はぁ。騎士様がそうおっしゃるなら…」と納得してくれた。
・
・
水の冷たさを堪能した後、ボクは膝程度の水かさのトコロで小さな滝に打たれている。
つい悪戯心で美巨乳に水を当てて、おっぱいがふるふる震えているのを見物していると、アネットさんが話かけてきた。
「騎士様、あの…さっきヘルマンとなにを話されたのですか?」
「ん? ヘルマン? ああ、背の高い男の人? …うーん。ボクみたいに強くなりたいとかなんとか…」
そういうと彼女は「はあ」とため息をついた。
なんでもヘルマンさんは女嫌いなのかと思うくらいストイックなのだという。ヒマさえあれば父親の形見の剣を振るっているらしく、どうやらこの村で木こりとして一生を終える気はさらさら無いようで、彼女が聞いた話ではヘルマンさんは冒険者や傭兵のように剣一本で成り上がりたいらしい。
「…ヘルマンはあの容姿で、真面目で働き者ですから村の女たちが憧れているんです。でも本人にまるでその気がなくて、いずれ村を出ようと思っているみたいで…。…この間も…勇気を出して彼の家に夜這いして既成事実を作ろうと頑張ったのに…。ヘルマンったら全然相手してくれなくて…追い出されてしまって…」
「は、はぁ」
こんな可愛い系なのに肉食系女子だなんて…。
女の子って怖いんだなぁ。
「私も騎士様くらいに胸が豊かだったら…。あの堅物のヘルマンも押し切れたのかしら…。あ、あのっ。騎士様。ど、どうすれば騎士様のように胸が大きくなるんですかっ?」
「え、えーっと…」
まさか「ボクのカラダは女神製です」とは言えず、ボクは「キミみたいに可愛い娘が夜這いにきても追い返しちゃうくらいなら、おっぱいの大きさなんか関係ないと思うけどな…」と呟いてみた。
□ 妄想 □
深夜。
ボクは昼間の内に確認しておいたヘルマンさんの家をこっそり訪れていた。
なんで夜かっていうと、昼間だと…その…ヘルマンさんって村の女性たちに人気ありそうだから、ボクみたいなよそ者がヘルマンさんと話をしていたら、ヘンに勘繰られたり、いちいち面倒なことになると思ったんだ。
べ、別に深い意味はないんだ。
あくまで邪魔が入らない環境で、彼と剣の道について話し合いたいかなーって思って…その…。
「…ヘルマンさん。も、もう寝ちゃった?」
「……いいや。まだ起きてるが…誰だ?」
ヘルマンさんは簡素なベッドに腰掛けるようにして起きていた。
どうやら剣を磨いていたようだ。
「ぼ、ボクは、ジエラ。旅の騎士のジエラさ。…ちょっとヘルマンさんに話があってきたんだ」
「俺に? こんな夜更けに?」
ヘルマンさんは磨いていた剣をベッドの脇におくとおもむろに立ち上がった。
窓際だったんで、月明りに照らされた彼の上半身裸が目に毒っていうか…。
「俺に何の用かな? 剣の稽古をつけてくれるなら願ってもないが…。こんな夜中だと色々見え辛いと思うが…?」
そ、そうだよね。
ナニもこんな夜中に稽古もナニもないよ。
べ、別にボクはヘルマンさんと話して村の女の人に誤解されたくないだけなワケで。
「あ、あの…その…。そ、そうだ! ヘルマンさんと剣への志とかについて語り合いたかったんだ。…それにヘルマンさんのカラダっていうか、修行するのに鍛えられ具合っていうか、その…下地がどんなものか見たかったんだ」
ボクがそう言ってみると、ヘルマンさんは声を出さずに笑ったようだった。
「…ふ。それで、貴女から見た俺は…合格かな?」
イケメンで精悍な顔つき。
逞しく鍛えられた彼のカラダはまるで野生の肉食獣のよう。
それも見てくれだけの筋肉じゃなくて、まるで戦う者に相応しいしなやかな筋肉なのが見ただけで分かる。
そんな肉体美が…月明りに照らされた筋肉の醸し出す色気みたいなモノに…思わず…。
…ゴクリ
□ □ □
なっ!?
な、何が「ゴクリ」だよ!
ナニ考えてるのっ!!
「…騎士様?」
「ん? ああ。ゴメンね。考え事してた」
アネットさんは「まさか」とボクに詰め寄った。
「騎士様…。ヘルマンをお気に召してしまったのですか?」
「え?」
「だって、騎士様ってば、ヘルマンに興味ありそうっていうか…」
「ち、ちがうよっ。…カレが剣の道を究めたいっていうから、ちょっと気になっただけ。男として気になった訳じゃないからっ」
だけど、ボクは心の奥底でヘルマンさんのコトを考えてしまっていた。
もしかすると戦乙女としての本能で、強者…戦士の魂を求めているのかもしれないけど、ヘルマンさんは戦士とは言えない。
木こりさんだしね。
もしヘルマンさんが強い戦士だったらなぁ。
戦死させちゃうんだけどなぁ。
ヘルマンさん…か。




