美少女と美少年
よろしくお願いします。
フレイアと名乗る美少女に先導されて、まるっきり知らないトコロを歩いていく。
これから彼女の城館に帰るのだという。
乳白色だった視界はいつの間にか開かれ、ボクがいつも見慣れているような普通の地面や空が見えるようになった。
どこかの郊外を思わせるような、パッと見る限り、日本の田舎にもありそうな景色が広がっている。
でも直ぐに「やっぱりここは自分が知る世界じゃない」とはっきり自覚できるようになった。
空では女の人が馬車牽いてるし、得体のしれない動物が飛んでるし…。
遠いんだか近いんだか分からないトコロに異常なほど巨大な大木が生えてるし…。
まるでファンタジーの世界そのものだったんだ。
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館まで相当距離があったような気がしたけれど、実は意外に近いような、そんな不思議な感覚を覚えながら目的地に到着する。
それは館というよりは広大な宮殿だった。
絢爛豪華であるにもかかわらず、瀟洒な様相も失われていない。
ボクの手を取るフレイヤさんも何か説明してくれはいるけれど、話の内容は上手く頭に入らないし、何より頭が働かないんだ。
あまりの唐突な展開に理解と心が追い付いていかないっていうか…。
宮殿の中も眩いばかり。
ボクにとってははっきり言って迷路で、どこをどう歩いているのかさっぱり解らない。神様が住んでいそうな建物みたいだ。
…そういえばこの娘も自分で神様だって言ってたっけ。
そんな事を考えていると、やがて彼女の私室だというところに案内された。
ガチャリ。
……え? 鍵?
以前、テレビで見たような超高級ホテルのスイートが霞んでしまいそうな部屋。
しかし何故か部屋の豪華さには似つかわしくない可愛らしくディフォルメされた猫のぬいぐるみがちらほら置かれている。その中に茶色いふわふわの毛皮に覆われたミニサイズの子豚…いや猪のような生き物がよちよち歩いていた。ペットかもしれない。
豪華な部屋にあるソファに座る様に促されたボクはしばらくボーッとしていた。
目の前には今まで見たこともない美少女が腰掛け、ボクの事を興味深げに見詰めている。
時折視線が合うけれど、わたわたとドギマギするのが可愛らしかった。
彼女はさっきまで堂々としていたけど、こうして部屋の中で二人きりになったとたん緊張しちゃってるみたい。
そういうボクも相当だけどね。
するとフレイヤさんが意を決したように口を開く。
「あ、貴方様…。ご、ごごごご趣味は?」
え!?
「ぶ、武術の鍛錬…です」
「…まぁ♡」
フレイヤさんは頬に手を添えてウットリしているみたい。
「貴方様のように可愛らしく美しい殿方が武術の鍛錬をしているだなんて…。素敵…♡ で、でも、どうして武術の鍛錬を? 貴方様の人間界では武術の腕前を活かす場も少ないんじゃ?」
ううっ。
ここでも「可愛らしい」とか「美しい」とか言われちゃった…。
でも文句は言わない。
ボクは目の前の美少女に……気に入られてみたかった。
カッコつけたくなっちゃったんだ。
「そうかもしれないけど…でも、悪人は居るから無駄にはならないと思うんだ。…それにボク、女顔っていうか、頼りない外見をしているんで、せめて強くなろうって幼い頃から頑張ってきたんだ」
「まあ…。なんて前向きな…♡ ああ、こんな素敵な殿方に出会えるなんて…♡」
フレイヤさんのボクを見つめる視線が熱くなってきている気がする。
も、もしかして、この美少女も…ボクに一目惚れしちゃったとか…?
ま、まさかねっ。
□ 妄想 □
「じ、実は…私は、貴方様に…一目合った時から…♡」
「ぼ、ボクも…」
「嬉しい。私たちは出会ったばかり。それに私は女神で貴方は人間。でも、愛があれば乗り越えられるわ」
「ボクも…貴女に相応しい漢になれるよう、もっともっと頑張るよ!」
「ステキ…♡ 私、女神だけど、貴方への愛のためなら…」
□ □ □
「…さま。貴方様?」
はっ!?
い、いけない。
当人を前に妄想しちゃってたみたいだ。
「…貴方様…こちらに来たばかりだから疲れてるのかしら?」
「は、はは…」
ふう。
良かった。怪しまれずに済んだみたいだ。
あ、そうだ。
フレイヤさんとのおしゃべりで忘れそうだけど、大切な事を聞かなきゃ。
ボクの身にナニが起こったんだろう?
「…あの、ボク、どうなっちゃったんでしょうか? それにここは一体…」
「それは…」
そして…。
ボクは自分が死んでしまった事を聞かされた。
状況から推測しておそらく交通事故か何かかも知れない。
あれだけ鍛錬してそこそこ強くなれたと思ったのに、所詮、交通事故に耐えるほどの強さは身に付かなかったみたいだ。
そりゃそうか。拳やら蹴りの一撃でクルマを大破させるなんて漫画の世界だよね。
そしてここは、神々の住まうアース神国といい、ここでは死者が様々な条件に応じてそれに応じた場所に招かれるとのことだった。
…?
そういえばこれだけ大きな宮殿なのに、何故かボクとフレイヤさんの他に誰もいなかったな…。
ボクの他にも死んでいる人はだくさんいるはずなのに?
そう疑問を感じたとき、ようやく心が落ち着いたのか、色んな思いが頭をよぎった。
ボクの死体を片付けてくれた人、どう思っているのかな。
オカマでびっくりしたかな…。
男らしくなる前に…死んじゃったんだ。
ボク、なんの為にあんなに辛い修行に耐えたんだろう。
結局ボクの一生は修行だけの人生だったのか…。
ボクの遺品…。
部屋には武術の本、師匠から譲り受けた模擬武器・暗器の数々、女物の服……。
…………。
あ、涙が…。
突然、涙を浮かべたボクを見てフレイヤさんは慌てちゃったみたいだ。
その慌てた様子も途轍もなく可愛い。
そう言えばボク、最初は女の子と仲良くなりたくて武術を始めたんだっけな…。
結局はそんな些細な夢が叶わないままに終わっちゃったみたいだけど…。
ああ、こんなに素敵な子が…妄想したみたいにボクの彼女になってくれたら…今までの苦労が報われるんだけどなぁ。
そんなどうしようもなく身の程知らずで不埒なこと考えていると、彼女は何処からともなくリンゴを取り出した。
「貴方様、悲しいの? 辛い事があったの? わかった。お腹へってるんでしょ? へってるのよね? 落ち込んだ時は美味しいモノを食べれば元気が出るわ。 それでね、…あの…あのね、丁度ここに美味しそうなリンゴがあるの。わけっこしましょ? ね!? ね!!」
そういうとフレイヤさんは自らリンゴを齧る。
かぷ。
彼女は自分が食べかけたリンゴをボクにそっと渡してきた。
何故、わざわざ食べかけのリンゴをボクに? 毒見のつもりなのかな?
…でもこれも彼女なりの慰め方なのかもしれない。ボクは涙を拭って微笑むと、彼女の顔はボッと赤くなった。
(どんどん!)
…?
何やらドアの向こうでドンドンと音がする気がするけど、ドアの材質が良すぎるせいかかなり遠くに聞こえる。
するとフレイヤさんはその音を聞いてサッと顔色を変えた。
「…っ! はやく、はやく食べるの!」と、ボクの口元にぐいぐいとリンゴを押し付けてくる。
ボクは……彼女がナニを焦っているのか分からなかったけど、色々あって喉も乾いたせいもあって、見るからに瑞々しい熟れたリンゴ……。フレイヤさんが食べかけた可愛らしい小さい口跡の部分を「うわ。間接キスかも」と若干緊張しながらも……食べた。
「うわっっ、美味っ…」
ばぁーーーーん!
ボクが感嘆の声を上げると同時に、重厚なドアが勢いよく開かれ、三人の人物が勢いよくなだれ込んできた。
「「「奥様っ 一体ナニをなさっておいでですかぁぁッ!!?」」」
三人の女の人は口々にまくし立てる。
「普段朝寝坊な奥様が、人目につかない廊下をコソコソと!」
「今回も何かやらかしているんじゃないのですかっ!?」
「後始末するのは私たち…」
「ングッ?」
…うっ、びっくりしてほとんど噛まずに飲み込んじゃった。
そして三人はボクを見て驚く。
「「「え、女の子のお客さま?」」」
「違うよ! 男です!!」