オーク殲滅
よろしくお願いします。
作中の◇◇◇◇◇は主観切り替えです。
基本的にこの物語は主人公一人称と、三人称で書いています。
また、ひとつだけの◇は場面切り替えです。
「いや、いやぁッ! ナニあれぇッ!!? ぶ、豚に、私の腕より太くてごつごつして節くれだったモノがぁぁッッ!?」
ああっ。
そういえばベルフィの故郷は女の子しかいないんだ!
それなのにオークのあんなもの見ちゃったらトラウマだよっ!
「ベルフィ、見ちゃダメだっ!」
「豚が…! 汚らわしいオークがこっちにぃッッ!? やっぱり怖いッ!」
「ベルフィっ!?」
「襲われちゃうっっ!! 私もっ!? オークの慰みものにぃぃっ!!?」
ボクの前からオークがブヒブヒ言いながらのしのしやってきて、ボクの後ろでベルフィが泣き叫んでいる。
(ナニをしているっ!? 敵が迫っておるぞっ!)
ボクたちの準備が整わないと判断したのか、スレイプニルがオークから距離をとるように駆ける。
(このような下劣な魔物に遅れをとりおって! その体たらくで我を駆ろうなどとは!)
ブルルとスレイプニルが嘶く。
そんなスレイプニルに「ゴメン」と軽く言い捨てて、ボクは背でカタカタ震えているベルフィに向き直って優しく、そして力強く声を掛けた。
彼女の手をとって泣き腫らした瞳を見つめる。
「ベルフィ、落ち着いて。大丈夫。ボクがついている!」
「…ジエラ…さん?」
「ベルフィのことはボクが護るから、だから、…安心して? ボクに任せて!」
か弱い女の子を護るのは男の務めだよね!
「……は、はい。ジエラさんを…信じてます…♡」
ボクにもたれ掛かってくるベルフィ。そんな彼女に最早震えは感じられない。
よし!
「スレイプニルっ。仕切り直しだっ!」
(応ッッ!!)
◇◇◇◇◇
「逃がせ! 女子供を一人でも多く逃がすんだ!!」
女子供どころか、男の悲鳴も混じり合うなか、そう叫ぶ声の主は誰なのかすら分からない。
しかしながら突然村を襲った厄災から皆必死で逃げ回っているこの状況では、女子供の命どころか自分の身の安全も危うい。
そんな状況であるから一人として「それどころじゃねえ!」と悪態をつく余裕すらなく、村人はただひたすらに自分の事で手いっぱいだった。
逃げ惑う弱き者がいる。
女房やら恋人をオークに捕らえられ、彼女を返してくれと泣き叫んでいる者がいる。
この騒ぎで竈の火が燃え移ったのか数軒の家が燃えてしまい、その家人だろうか、燃える家から家財道具を持ち出そうか、それとも一刻も早く逃げるべきがオロオロしている者がいる。
そして、純粋に戦う者がいる。
戦う者は猟師や木こりたちが中心だ。
めいめいが己の得物…弓矢や槍、斧などで武装し、オークと戦っている。
しかし、オークはその身を分厚い脂肪の鎧で護っている。
弓はもとより、腰の入っていない槍や斧の攻撃では、その分厚い脂肪に阻まれたオークを斃すどころか却って怒りに火を注ぐ結果となっていた。
ただ一人を除いては。
ヘルマン。
村の若き木こり。
彼は生粋の村人ではない。
彼の父母は何処から流れてきた兵士夫妻だった。
彼の両親はこの村に根を下し、そしてヘルマンが産まれることになった。
しかし両親は何も言わずに亡くなり、家名…姓すらも家族に語らなかったのであるから、父親がただの雑兵だったのか、それとも身分ある者だったのかは不明のままだ。
しかし、父親の血のなせる業なのか、単なる村人には全く見えないヘルマンの整った精悍な顔立ちと、相応の立派な体躯には、密かに彼に憧れる村娘は少なくなかった。
ヘルマンは片手に愛用の斧。そして片手にはヘルマンの父が遺した剣が握られている。
ヘルマンは無我夢中で斧と剣を振るう。
ヘルマンの父は彼に剣術を教えないままに亡くなっていたから、彼の振るう剣には型も何もあったものではなかった。
しかし、毎日の木こり作業で培った膂力と恵まれた体躯からなる一撃は、他の者と異なり、少しづつではあるがオークたちの戦力を削っていく。
「あ、ありがとう!」
「礼はいい、早く逃げろ」
素っ気ない態度をとるヘルマンに礼を言いつつ逃げる女子供たち。
ヘルマンは助けた村人の事など考えている余裕などなかった。
目の前には醜悪な肉塊の如き怪物たちが迫っているのだ。
しかし、いささかではあるが、ヘルマンは目の前のオークたちの数が少なくなっている気がしてきた。
そしてオークと距離をとる程度には余裕が出てきたこともあり、呼吸を整えつつ、村全体を見渡してみる。
そして彼は見た。
見事な巨馬に乗って、長大な槍を振るう…女を。
素肌に黒い塗料を塗っているのかと思いきや実はそうではなく、見たこともない黒い衣装を身にまとう彼女の周りには豚鬼共が宙を舞っている。
それは正に人馬一体。
槍の一撃で屠られるオーク。
馬に踏みつけられたり蹴られて吹き飛ぶオーク。
ヘルマンは手にした武器を下し、その女騎士に釘付けとなった。
いや、正確には彼が釘付けとなったのは女騎士の姿かたちにではかった。
目の前の騎士が女でも男でも構わない。
その武勇に見惚れたのだ。
◇◇◇◇◇
ドッギャァッッ!
「ブヒーっっ!!」
スレイプニルの勢いを殺さず、すれ違いざま槍の一撃でオークの首を刎ねる。
そのままなるべく一振りで複数の敵を捉えるよう、突入方向と槍の軌道を考えながら一体、また一体と無力化していく。
……あれ?
何だかオークが脆すぎるんだけど…?
あれだけの脂肪の塊っていうか巨漢を相手しているのに、殆ど抵抗無しに槍を振るえる…?
確かにスレイプニルの突進力も槍に上乗せする様に振るってはいるけど、振っているのはあくまでボク。それなりの反動はありそうなものだけど…。
ボクはスレイプニルで疾走しながら改めて自分の腕を見る。
程よく引き締まってはいるけど、どう見ても女性の細腕だ。
なのに脂肪の塊な巨漢オークがポンポン吹き飛んでいく。
…?
いけない。戦闘中だった。
…そう言えば師匠が言ってたっけ。
「対人戦においては一撃必殺やら急所に拘る必要はない。傷つけやすい箇所を優先に狙え。傷付ければそれだけで相手は戦意を失い戦闘不能に近づくものだ」
でもこいつらは怪物だし、デカいし、頑丈そうだし…、多少の傷なんかお構いなしに戦いそうだ。
まあもっとも急所を狙おうが、四肢を狙おうが、槍で殴れば殴っただけオークが潰れていくんだけどね。
あ、考え事をしていたらさっき槍を引っ掛けて転倒させたオークが起き上がろうとしてる。
するとスレイプニルが自分からオークを踏みつぶした。
スレイプニルも(うむむ。嫌な感触だ)と、不快げに嘶いている。
ボクも自転車でカエルを踏みつぶしちゃった以上の嫌な感触が伝わってきた。
うげ、気持ち悪…いやいや、気を取り直そう!次だ次!
ボクとスレイプニルはオークがまとまっている場所に突っ込んでいく。
それに気付いたオークたちは何事か聞き取れない奇声を叫びながら、手にした不揃いの武器を構え向かってきた。
こちらに向かってきたオークが三体のかたまりになったので、ボクは手にした槍を三体に向かって振りきった。槍の勢いを殺したくないのでなるべく深く当てたくなかったけど、オークたちは武器を振り回しているから上手く当てられないのは仕方ない。この槍は鋼鉄製だし、当たり負けしないだろう。
「ゴギェッ!」「ガ!?」「ブビェッ!」
二体はその見苦しい巨体を引き裂かれ、一体は武器ごと身体をへし折られた。
そしてスレイプニルに撥ね飛ばされて10メートル程先に落下したものの、起き上がることなく落下と同時にそのまま駆けてきたスレイプニルに踏みつぶされた。
「…やっぱり変だ。これってもしかして…」
ボクは手元に落ちてきたオークの武器の破片をキャッチすると、結構離れたところでオタオタしているオークに向かって投げつける。
…キンッ。
という金属っぽい音がしたと思ったら、次の瞬間。
ドジュッ
……オークの胸板を貫通しちゃった。
これってボクの腕力がかなり強力になっているってこと?
自分の事ながら他人事のように思う。
「…戦乙女って凄いんだなぁ。…あ、ベルフィ、オークは近寄らせないから安心してね?」
「ジエラ…お、お姉さまが…。オークから私を護ってくれてる…♡ …嬉しい♡ …もう私は…身も心もお姉さまのモノです…♡ はぁはぁ♡」
何言ってんのベルフィっ!?
きっと吊り橋効果だよっ!
ボクはさっきから背に頬ずりしているようなベルフィに多少の戸惑いを覚えつつ、一体、いや数体纏めてオークを吹き飛ばしていった。
「……お姉さま…♡ お姉さまぁ…♡ お姉さまぁ…ん♡」
ベルフィはボクとスレイプニルが戦っているのに我関せずなカンジで、ボクの後ろでモジモジするように身を震わせていた。
◇◇◇◇◇
村長は比較的安全と思われる村の集会場で、逃げてきた他の村人と身を寄せ合いながら息を殺している。
この集会場は先代の村長…彼の父親が「もしもの時の為に」と予め準備していた疑似的な砦だ。
集会場の周囲には堀と柵が巡らせており、集会場に入るには戸板を橋にしなくてはならない仕様になっている。
人口が三百人程のこの村では、このような集会場は三カ所あり、普段は村共有の食料保管庫等に使われている。
そしていざという時は戦える男たちが弓矢、斧、もしくは農具を武器に集会場を護り、そして集会場に籠れるのは女子供がすし詰め状態でギリギリというシロモノだが、今回はその時が唐突だったせいもあり、今現在、集会場に逃げ込めた者は半分少々しかいなかった。
他は集会場(避難場所)から遠かったり、あるいは近いトコロに居たとしても、オークから反対側、つまり村を取り巻く林の中に逃げたり、あるいは自宅に閉じこもっている者もいたのだ。
村長はそれなりに頑張ってきたほうだと自負してきた。
狩猟中の事故で前村長である父親が死んで、急遽お鉢がめぐってきた若輩者とはいえ、経験がない替わりに村の連中の意見をよく聞いて、ようやく村長としての仕事に慣れてきたところだった。
村長として皆に慕われるのはこれからだ。
そんな事を考えてきた矢先、突然…本当に突然に降ってわいた災難。
もっとも災難なんてものは流行り病と同じで予期なんて出来ないものかも知れないが、現実はあまりにも無慈悲だった。
豚鬼の来襲。
オークは夏から秋にかけて、新たな狩場を求め移動する事があると聞いたことがある。
つまり、この村がオークたちの大移動の途中にたまたまぶつかってしまったのだ。
先代村長は「これで狼や小鬼程度の群れには十分対抗できるじゃろう」と胸を張っていた。
だが豚鬼の群れによる襲撃は想定外だったようだ。
今のところ集会場に被害は無い。
しかし、この集会場を取り囲む堀の深さはオーク共の身長と同程度。
仮に傷ついたオークが堀に堕ちればそれを踏み台にしてオークが襲い掛かってくるだろう。
ヘルマンを始めとする村の若い衆も必死になって抵抗しているが、多勢に無勢。
彼らが力尽きるのは時間の問題の様に思われた。
「もう…この村もおしまいか。死んだらあの世で親父たちにどの面下げて謝りゃいいんだ…」
彼はついさっきまであまりの理不尽に打ちひしがれていた。
しかし思考が絶望に染まる正にその時、救い主が現れたのだ。
オークの襲来は唐突ではあったが、こちらは劇的だった。
村にいる農耕馬など比較にならない巨馬を自在に操り、槍で一体、いや複数ごとまとめてオークを薙ぎ払っていく女騎士。
そして彼女の背にしがみ付いている小柄な少女。
オーク共は今まで狩る立場だったのが瞬時にして狩られる立場に変わったことに狼狽しているようだが、彼女には微塵の躊躇もない。
気が付くと村の連中も逃げ惑うのを止めて呆けたように彼女の武勇に釘づけになっているようだ。
いや、彼女の武勇というよりも正確には彼女の剛力に目を見開いている。
中には自分の目を疑っている者もいるかもしれない。
常識的に考えて、あんなにも細い身体で槍を振るったくらいでは体積で彼女の5倍以上ありそうなオークは吹き飛んだりしない。
彼女が槍を振るうたびに不自然に折れ曲がったオークが地面に投げ出され、そして空中に跳ね上げられているのだ。
…実は彼女は人間ではなく、人間に化けた○○なのだ。
そう説明されても誰も疑問に思わないかもしれないだろう。
それ程に現実的にあり得ない光景だった。
「……なに…アレ?」
村長は自分の周囲の誰かがそのように呟くのを聞き逃さなかった。
その声色には得体のしれないモノに対する恐怖の色があった。
あの女騎士のお蔭でオークの危機は去りつつあるようだ。
しかし……あの女騎士との対応が次の危機なのではないだろうか?
村長は先程のオークとはまた違う意味で冷や汗をかいていた。
◇◇◇◇◇
オークを目につく端から掃討していくと、最後に群れを指揮(?)していたヤツが残ったようだ。
「オ、オンナァッ!」
オークが叫ぶ。
ぐぐもった声だ。きっと声帯も贅肉で潰れているのかもしれない。
コイツの表情は肉に埋没してしまっているけれど、怒りに染まった形相であろうことは解る。
他の個体より一回り以上大きい巨体は、ボクとはそれなりに距離があったのにも関わらず、巨馬に乗っているボクが見上げてしまうほどに大きい。
「ヨクモ、ドウホウ、ヲッ! ユルサンッッ! ブヒィィィッ!!」
オーク隊長(?)は雄叫びをあげつつ、錆びだらけの大剣を力任せに振り回している。
意味もない大回転の隙が大きすぎたので、ボクは丁度足元の地面に突き立っていた鋤を拾い上げると、そのままオーク隊長に投げつけてみた。
鍬はボクの手を離れると、結構離れているのにもかかわらず、ほぼ同時に巨大な太鼓腹にズガンッと突き立つ。
しかしオーク隊長はその程度では死なないようで、「うぇfgfbvcds…ッッ!!」などど意味不明の絶叫を放ちながら腹に突き立った鋤を引き抜こうとしていた。
スレイプニルの鞍からジャンプすると、そのまま空中で剛槍を振り下ろす。
ズギャアッッ!
「ゲブビュッッ!!?」
相当手加減しないとオークが引きちぎられちゃうので、鎖骨を砕く程度の加減で肩口を打った。
脳天を打ってもいいんだけど、頭蓋骨って結構滑るからあまり攻撃カ所としては不適当だって師匠が言っていたから、狙ったのは首の根元あたりだ。
そしたら鎖骨を折るどころか槍は脂肪の中に結構めり込んで、胸骨がベキベキ折れ、内臓もかなり破壊されたのが手ごたえでわかった。
オーク隊長は仰向けに斃れる。
オーク隊長が倒れ込むのと同時にオークの傍に着地する。
すると、即死かと思っていたオーク隊長がピクピク動いているのに気が付いた。
オーク隊長は死の縁にありながら「……オマエ…ツヨイ…。サイコウ…ノ…メス…ダ。オマエにコロされたナカマのカズ…コ…ハラマセテ…ヤル」と、もごもごと恨みがましい声を上げている。
「お、オンナ…オレの…」
オーク隊長がそこまで言いかけた次の瞬間、ボクの両脇を突風が駆け抜け、オーク隊長の大きな首が刎ね飛ばされた。
そして首なしの巨体が、目に見えない空気の刃に切り刻まれながら燃え上がる。
振り向くとスレイプニルの背に残ったベルフィがプルプル震えている。
「……私のお姉さまを孕ませるですって…? 何ということを…。許さない…ユルサナイ…ブツブツ」
オーク隊長がみじん切りになりながら燃えているのは、どうやらベルフィの精霊魔法のようだ。
首なしのオーク隊長の死体は異常な速さで消し炭になって、そのまま地面に沈んでいった。
まるで最初から居なかったかのように地上から消滅してしまったんだ。
さっきまで生まれたての小鹿みたいにプルプルだったのに…。
…ベルフィって実は強くて怖いんだなぁ。
あまり怒らせない様にしようっと。
ま、それはそうと、これで村を襲ったオークは全滅させたぞ!
スレイプニルから降りたボクは早速外套っていうかマントを羽織る。
さっき戦いながら村の女の人の恰好をみたら、こんな肌にピッチリした衣装をしている人なんていないんだもの。
恥ずかしい云々よりも目立っちゃう。
服も後々考えないといけないな。
さしあたって服屋さんでおかしくない服を調達しないと。
鎧じゃなかったら着れるかもしれないからね。
辺りは力尽きてへたり込んでいる人たち、どこかの小屋に避難していた人たちが恐る恐るっていう感じに遠巻きにボクたちを眺めている。
ベルフィもスレイプニルから降りて、ボクの傍らにまでつつと足早に近づいて、ぴとっと、寄り添ってきた。
ゴクリと喉を鳴らす。
ベルフィの柔らかいカラダにではない。
村人さんの態度や視線に緊張してるんだ。
…ちょっと派手にやりすぎちゃったかもしれない。
そう反省するに相応しい程に、辺りはオークたちの死体でいっぱいだったのだ。
外見は留めているけど、おそらく脂肪の内側は骨も内臓もグシャグシャだろう。
だ、だって、オークってば脆すぎるんだもんっ。
仕方ないじゃないかっ。
そう思っていたら、彼らの中から代表…村長らしき人物が近づいてきた。
「き、騎士様…。村の危機を…お、お救いくださって…まこと…に、ありがとうございます…はは。ひ、ひひぃッ!?」
あ、村長さんが足元に転がっているオーク隊長の首に躓いた。
うわ…緊張しまくっている。
愛想笑いも引きつりまくってて、なんだか痛々しい。
まぁ…無理もないけど。
だから…ボクは精一杯の笑顔で応えてみた。
「みなさん、大変な目に遭われましたね。…ボクはジエラ。旅の騎士です。そしてこの子はベルフィ。精霊遣いですっ!」