ベルフィの変心
よろしくお願いします。
暗闇の彼方に光が見えた。
それに向かってボクとベルフィ、そして神馬は迷いなく歩く。
やはり目標があると歩きやすい。
その彼方の光に感謝しつつ、一歩一歩、だんだんと早足に歩き続ける。
そして目の前、いや周囲が光で一杯になって……、
世界樹のうろに入った時は夜中だったけど、こちらは昼日中だった。
ボクたちはとある草原にいる。
振り返ってもやはり草原だ。
一体どういう原理になっているんだか分からない。
するとベルフィが自分に言い聞かせるように説明してくれた。
「世界樹はありとあらゆる世界に根を張っていると聞いています。ですからこの世界にも世界樹の根が及んでいるんでしょうね」
その説明を聞いても内心の驚きは収まらない。
心を落ち着かせるように「ここが異世界かあ。いや、もう異って表現はおかしいかな」と、独りごちてみる。
知らない町に一人ぼっちどころか、知らない世界に投げ出されることは頭では理解していたけど、改めてこの状況に置かれてみると、結構…、…いやかなり心細い。
生前、外国どころか国内旅行すら経験のないボクにとってはトンデモナイ話だ。
ベルフィやスレイプニルが居なかったらと思うと…恐ろしくもある。
言葉は通じるのかな?
文明の程度は?
そもそも人間はいるのだろうか…って、いやいやさすがに居てくれなきゃ困るんですけど!
ざぁぁ…っ
風が吹いた。
風が穏やかに緑色の草原を薙ぐと、草浪が見事に形作られる。
何となくだけど、わずかな期間しかいなかったアースガルズでの出来事を思い出してみる。
あそこは小人や妖精、夜空に女の人が飛んでたり、世界樹には竜とか得体のしれない大型動物が犇めいていたんだ。
それが今更ながらに非現実的な印象だったのに比べて、この世界のいかにも現実的な風景に心が打たれる。
ふと気が付くと、ベルフィが両手を広げて瞑想している。
何だが全身が黄金色の飛沫でキラキラしている。
もしかすると、この世界の精霊さんと交信じみたことをしているのかもしれない。
スレイプニルはもぐもぐと草を食べている。
ボクは皆が忙しそうだったので、その草原の大海原に大の字に寝転んでみた。
草の匂いが鼻につくけど、それがまた心地よかった。
……。
…はっ!?
いけないいけない。気持ちよくて寝ちゃうところだった。
そうだ!
忘れないうちに戦闘能力値を確認しとこ!
なんだか原理は分からないけれど、フッラさんの説明だと戦乙女は任務に必要な自分の能力値が分かるみたいだ。
ゲームみたいだなーと思わないでもないけれど、ボクは「能力値を確認したい」と思いながら心に念じてみる事にした。
すると、不思議な事に目の前っていうか頭の中にステータスが表示されたパネルみたいなモノが浮かんできたんだ。
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ジエラ
【種族】
戦乙女
【身体的特徴】
身長:172センチ
体重:ナイショ♡
容姿・スタイル:絶世級。女神を超越している。悪用すれば世界が絶えるレベル。美の女神と豊穣の女神の良いとこ取り。
【装備】
黄金の腕輪 …鎧の創造。自己と他者の鎧を創造する。
黄金の指輪 …黄金の創造。
黄金のチョーカー …武器の創造、武器の格納、戦闘力増強、防御力増強、変装。
鷹の羽衣 …肩掛け。
鷲の羽衣 …高機能外套。
全身鎧 …競泳水着型。腕輪製。
力の帯…力を増加する。未装備品。5本。
【職業】
なし
【女子力】
家事育児において万能
【男子力】
判断材料不足
【賞罰・特記】
なし
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
………。
ま、まぁ間違いじゃなさそうだけど。
あんまり役に立ちそうにないな。
それにしても女子力…それも万能って。
た、確かに人間だった頃は漢気を鍛えるために女子力を高めようって頑張った。
自分で言うのもなんだけど、お掃除やお洗濯、それに裁縫まで玄人級だと思う。
(師匠の家の)家計のやりくりとか、ありあわせの材料でご飯を作っちゃうのだって楽しい。
それに戦乙女に転生してからは…その…ぼ、母乳も出ちゃうようになっちゃった。
……。
そ、それにしても【男子力】が計測できないって何?
戦う力だけじゃダメって事?
もっとイケメンな心を持たないとダメって事!?
……。
だ、大丈夫!
なんたって異世界での修行は始まったばかり。
底辺って事は後は上がるだけさ!
・
・
「ジエラさん。この人間界の根源精霊を支配下に治めました。これで精霊王を始めとする全精霊は私の命令に逆らえません。さ、出発しましょう」
「う、うん」
なんだかベルフィが凄い事をしていたみたいだ。
この人間界の全精霊を支配下って…。
ふと見るとベルフィがドヤ顔している気がする。
「白妖精は戦乙女より優れているでしょう?」とか考えてそう。
べ、別に張り合う気はないけど、あんまり増長されると面倒くさくなりそうだ。
ボクだってデキる戦乙女だって事を見せつけなきゃ!
さ、ボクも出発の準備…まずは武器の用意だ!
これから馬上の人となるから…武器は槍にしてみることにした。
せっかくなんで、フッラさんに貰った神槍グングニルを取り出す。
「主神オーディンさんの神槍か…。きっと凄いんだろうな」
神槍グングニルには細かい紋様がびっしりと刻まれて如何にも凄そう。
さらに黄金のチョーカーの効果で、武具がもつ特殊能力も何となくわかるんだ。
この槍は敵軍に向かって投擲すると必ず戦闘が始まっちゃうんだって。
そして狙った敵に投げつけると必ず敵に命中し、命中したら手元に還ってくるらしい。
絶対に戦闘を強制させるって言ってもなぁ…。
そもそも戦闘するから両軍が対峙してるんでしょ?
そして投げつければ絶対に命中する…。
絶対に絶命させるっていうんじゃないのか…。
すると急所に当たらない可能性もあるってこと?
…うーん。
………微妙…?
武器としてのダメージ補正はなさそうだし、馬上の一騎打ちとかには特殊能力がないっぽいし、無理に使うこともないかもしれない。
別の槍がいいな。
ボクは他の神槍や魔槍を取り出そうとして……思いとどまる。
やっぱり武器の性能に頼らないで、生前の修行がどれ程のものだったのか確認したい!
よし、ここは普通の槍にしよう。
神様や悪魔さんの武装はヤバそうになったら出番ってコトで。
それにいきなり最初からすごい武装に頼ってると腕も鈍りそうだし。
なのでボクは神槍ではなくて、普通の槍を創造してみた。
「『勝利』! 長柄の武器を!」
そしてボクの手に槍が顕われた。
何の装飾もないシンプルな槍だ。
だけど、それがいい!
「うまくいったぞ♡ ボクの鎧もこれくらい普通のヤツが作れたらいいのにな。…さて…と」
ボクは外套を脱いで鎧姿になる。
鎧姿っていうか競泳水着だけどね
そして鋼の槍を一振りすると、一瞬遅れてビゥッっていう音がする。
おお、いいカンジだ。
ボクは武術の型をいささか無視して、槍をヌンチャクみたいに身体の周辺で振り回すと、空気を切り裂くような“ヒィィィ…”という金属的な音が鳴り響く。
時折ジャンプしたり、仮想組手を織り交ぜたりして、京劇の殺陣っぽくアレンジしてみる。
「ふッ。とぉッ。やぁッ」
ううっ。
自分の声だけどキーが高いせいかイマイチ凄みに欠けるっぽい。
声が武人っぽくないのは生前からの悩みだったけど、今世は益々ヒドイ気がする…。
で、でも、声はアレだけど、カラダは凄いよ!
生前よりもはるかに技のキレがいい!
こんなに長い槍なのに、武器の重さに振り回されることなく自在に操れてるのが自分でも感動だった。
だ、だけど…胸が大きいせいか、いささかぎこちない動きだったかもしれないけど…。
そんなボクの動きをベルフィはぽけっと見詰めている。
ボクの槍さばきに見惚れているようだ。
「じ、ジエラさんの巨きな胸がユッサユッサ揺れて…。服に開いている胸の穴からこぼれ落ちちゃいそう…。それに衣装にお尻が食い込んで…なんて素敵…。…じゅるり。…ッ!? ナニ考えてるの私ったら…!? こんな事考えてるなんてジエラさんに知れたら、私たち妖精が淫らだって思われちゃうじゃない!」
ふふふ。
何か独り言を言っているみたいだけど、これでボクの逞しさというか男気を少しは分かってくれたかな?
・
・
「…まぁまぁいい感じだ。でも…ボクって胸が大きいから…大立ち回りには邪魔になっちゃうかな…」
ボクはお尻の食い込みを直しながら独り言ちてみた。
「そ、そうですね。す、スゴカッタデス♡ はぁはぁ♡ で、でも戦乙女の皆さんって今のジエラさんみたいな恰好しているのですか?」
あううっ。
そこはツッコンで欲しくないんだよねっ。
「ぼ、ボクの鎧はちょっと特殊なんだ。ちなみにボクが最初に着た鎧なんか紐だったし。アレには参っちゃったよ。…はは」
「ひ、紐…っ? そんなんじゃ…じ、ジエラさんの…丸見え…♡」
「…? ベルフィ、ナニか言った?」
ベルフィは「いいえ、ナニも!」と慌てて首を振る。
そして彼女は改めてボクに向き直ると、少しばかり真剣味を帯びた表情で宣言する。
「……ジエラさん。実は私は妖精は戦乙女に負けないって事を証明する為にロキ様の提案に乗ったんです。自然をむやみやたらに傷つけようとするモノを斃すとか、この世界にいるかもしれないかつての同族の子孫に会うという目的もありますけど…。ですが…今はそんな事よりも、私はジエラさんの隣にいるのに相応しい白妖精であろうっていう思いでいっぱいです…♡」
「………」
「ロキ様にはジエラさんの異性関係をよろしくって言われていましたけど…大丈夫! 私のジエラさんにくだらない男なんかよせつけませんから!」
「あ、ああ。ありがと」
なんだかベルフィがボクをみる目が変わっちゃった気がする。
やっぱりボクの華麗な槍捌きに感動してくれたのかな。
あ。
そういえば、ボクだけ槍を創造して、ベルフィには何もあげないのも気が引けるなぁ。
「ところでベルフィってさ、弓が得意だったりする?」
ベルフィは妖精だっていうけれど、ボクからすれば見た目はエルフなんだ。エルフといえば精霊魔法と弓だよね。
「もちろんです。最近の妖精は精霊魔法ばかりを使う者が多いのですが、本当は弓も私たち白妖精の伝統の武芸なんです。風の精霊での微調整が上手ければ上手い程、弓の名手となりますから皆に尊敬されます。ちなみにこの弓矢は今回の出立に合わせて私が新調した一品ものです。素晴らしい出来でしょう?」
でも…彼女お手製の弓矢はまるで古代の工作だ。
「黒曜石のナイフで木を削って…」みたいな歴史の教科書に載っていそうなカンジ。
これはこれで味はあるけれど、もし弓をメインとするならイザというときの為にもっと良い道具が相応しいと思う。
よし、ベルフィに弓矢のセットをプレゼントしよう。
『黄金のチョーカー』に指を添え、心の中で“弓”をイメージする。
この首輪は小人さんの説明通り、ありとあらゆる武具を創造できるようだ。
本当は頑丈なだけの弓じゃなくて、神弓とかを贈りたいところだけど、小人さんたちが制限かけちゃうもんだからな…。
そして頭の中で念ずるだけで生前嗜んだ武具が心に浮かび上がってくる。
弓を想像し、創造する。
…。
……。
………よし、イメージが固まったぞ。
「『勝利』。弓と矢を!」
柔らかな光と共に、ボクの手元に立派な弓と矢が顕れた。
短弓といわれる種類で取り回しに優れている。ベルフィが精霊魔法の補助で射撃をするなら、これくらいでも十分に実用性に優れていると思う。
「ベルフィ。ボクは武具を創り出すことができるんだ。…キミにも武器が必要だと思うから、コレを使ってほしいんだ」
ボクは弓と矢をベルフィに手渡す。
「…………」
あ、ベルフィが固まっちゃった。
もしかすると…これって失礼な行為だったりするの?
この弓は繊細な見た目だけどしっかりとした造形だから十分実用に耐えられると思うけど…。
「…じ、ジエラさん、貴女、本気ですか?」
こんなに凄い弓矢をっていうことかな?
いやいや、だってコレはボクがチョーカーで創造したんだもん。元手は掛かってないし遠慮する事ないよ。
それにいくらベルフィの精霊魔法が凄いといっても、魔法が効かない状況で敵に出くわした時のリスクがあるからね。そんな時、弓矢がオンボロなのが原因で彼女が怪我したり命を落としちゃったら大変だ。
だから、いざという時の保険に立派な武器は絶対必要なんだ。
「え…? 弓と矢を贈ったこと? …ボクは弓の名手のベルフィに是非使ってもらいたいと思っているよ。ボクは弓が苦手なんだ。弓でボクを助けてくれないかなぁ。もちろん自分で作った方が使い勝手がいいなら、これは予備として使って欲しい。…だから…受け取ってくれるよね?」
「ッッ!? いけませんっ。私たちは妖精と戦乙女。私たちの間には障害が多すぎます。……で、でも…ジエラさんがどうしてもと言うのなら…前向きに検討します。……凄い弓と矢…。妖精国では国宝級かも…。このような価値あるものを私に…。信じられない。…嬉しい…です」
「…?」
ベルフィはボクが贈った弓矢を胸にかき抱いた。
「こんな…こんな強引に求愛をされてしまうなんて…。私…はじめて…♡」
「…ッ!!?」
ボクは愕然としてしまった。
どうやら弓を伝統武芸としてたしなむ白妖精にとって、弓を贈るという行為は一種の求愛行為みたいだ。
ええっ!?
女の子からの贈り物も求愛にあたっちゃうのっ!?
普通は異性からの贈り物とかじゃないの!?
「ジエラさん…。貴女は戦乙女と白妖精の溝を埋めることが出来ると…考えているんですか? いいえ、お互いの主が兄妹なんですもの。本当は仲睦まじくすべきなんでしょうね…。ああ、戦乙女のジエラさんにそんな大切なコトを教えられるなんて…自分の不明が恥ずかしいです」
気のせいか、ちょっと潤んた瞳でボクを見詰めるベルフィ。
一体何なんだよぉ。
ベルフィはボクの事をライバルっぽく考えていたんじゃなかったの?
服と弓を贈っただけで…こんな事になるなんて…。
「あうあう…」
ボクはノーマルなんだ。
弓矢を贈って求愛だなんて風習知らなかったんだ。
た、確かにボクは男気を鍛えて女性の人に好かれてみたかった。
でもそれは昔の話で今のボクにはフレイヤがいるんだ!
それにベルフィのように百合っぽい女の人はちょっと…。
同性愛なんてダメだ。
ボクは男なんだから、女の子が好きなんだ。
あれぇ…?
ボクは今は女の子だから…どうなるの?
いやいやナニ言ってるんだ!
ボクには可愛い嫁と子供が…!
「べ、ベルフィ!」
「ジエラさん…♡」
「あ、あの……お互い、さっき出会ったばかりだし、さ、最初はさ、お、オトモダチカラ…」
ひとまず問題を先送りにした。
・
・
「………」
今は何かとテンションが上がっているんだろうな。
そっとしておけば、そのうち熱も冷めてくれるだろう。
「…じ、じゃあ、ベルフィの弓…。二つあるけどスレイプニルの荷物に括りつけようか?」
するとベルフィは今まで持っていた弓を草むらに置いて、挨拶のような仕草をした。
すると、不思議な事に弓はそのまま消えてなくなってしまう。
「今までの弓はもう使いませんから大地に還しました。これからはジエラさんに戴いた弓と矢が私のチカラとなってくれるでしょう。…はぁん♡」
ベルフィは今までの弓をあっさり断捨離して、ボクが贈った弓を掻き抱き、頬ずりするように口づけまでしている。
「…じ、じゃあ準備ができたね。出発しようか」
ボクはスレイプニルに跨る。
脱いだ外套はそのままだ後ろの鞍に積み込んだ。
ボクが馬上で、改めてお尻の肉に食い込んだ水着を直していると、ベルフィが「す、すごい…。素敵…」とかボソボソ言ってる。
ふふふ。
こうして馬上の人となる事で、ボクがカッコ良く見えたのかな?
「ボク、こんな格好だけど武人っぽく見える? ふふん。やっぱり外見よりも中身だよね!?」
「肉厚な桃みたい…美味しそう。ッ!? な、何でもないです。コホン。…ま、まあジエラさんは私に求愛したのですから、私が凛々しいと思う存在になってくれなければ困りますっ」
……。
何かさっきから気になる展開になってるけど、きっと「つけあがるな」っていう激励だろう。
まあいいや。
ベルフィの熱病(?)はその内回復するだろう。
準備は万端、整ったぞ!!
「スレイプニル、お待たせ。出発しよう!」
(…やれやれ、ようやくか。雌の身支度が遅いのは馬も戦乙女も変わらんな)
ボクはスレイプニルの悪態を無視する。
ベルフィは徒歩(?)のようだ。
・
・
とりあえず、あちらに見える森の縁あたり道でもないだろうかと思って近づいてみると、案の定、小路があり、車輪の轍も見て取れた。
これは馬車か何かが通った後ということだね!
良かった。
それなりの文明が期待できそうだ!
さしあたって、食料を調達してみよう。
黄金…『黄金の指輪』が使えればいいけど…。
だ、大丈夫だよねっ!?




