従者
よろしくお願いします。
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館を出たボクたちは、目的地に向かい暗い小路を歩く。
ボク、スレイプニル、トールさん、そしてロキさんの四人だ。
トールさんの山羊車にトールさんとロキさんが乗っているので、ボクはスレイプニルに乗っての移動だ。
ロキさんは神の一柱だというけれど、旅人装束なので一見にはそうは見えない。
ボクはというと、エッチな競泳水着鎧の上から鷲の羽衣、つまり黒い外套を羽織っている。
ちなみに先ほどから、ひっきりなしに話しかけてくるロキさんだけど、ボクが発言する間もないので適当に相槌する事にしていた。
「いやいや、それにしてもジエラちゃんが子持ちだなんてね~。全然そんな風に見えないよ! でも子供と離れて異世界任務なんてね~?」
「はぁ、良く言われます。でもバルドルをフレイヤ様が預かってくれているからボクも安心です」
「あはっ。だからフレイヤはジエラちゃんに男を寄せ付けるなって言ったのかー。異世界で男とナニかあったらジエラちゃんの旦那様に申し訳が立たないからねー」
「あははー」
ボクは健全な青少年なんだ。
異世界の男と何もあるわけないよ。
そんな事よりロキさんがこの腕輪を改造した張本人だっていうから「マトモな使い方は出来ないんですか」とか聞いてみたかったんだけど、話題がおかしな方向にばかり…。
「ジエラちゃんは人間界出身の戦乙女みたいだね。人間界に旦那様がいるのかな? 私も子供はたくさんいるんだけど、やっぱり離れ離れになるのは辛いねぇ…。ジエラちゃん、スレイプニルのこと、面倒みてあげてね」
(ふんっ。今まで放任していたくせに、いまさら母親面しないでもらおうッ)
「はい…って、この子!? は、母親ぁッ!?」
「うん。昔、ちょっとした事件があって馬を誘惑したことがあってね。スレイプニルはその時デキた仔さ」
ロキさんは「いやー、相手は巨馬だから色々と大変だったんだ」とヘラヘラ笑っている。
トールとロキさんは「ロキったら、馬の他にも狼とか蛇とかを産んだりしてるのよ」「トールったら誤解のある言い方は止めて頂戴。嫁との間にちゃんとした神もいるんだから」とか笑いあってる。
ま、まさか、フレイヤに預けてきたフェンリルちゃんもロキさんが産んだの…?
「……あ、あの…。なんというか…すごいですね」
「あはは。結果的にこんな立派な子を授かったんだから、神生何が起こるか分からないものだよね。…ジエラちゃんの年だと子供は…まだ一人?」
「子供は…その…色々あって」
マズい!
ボクとフレイヤとの間に子供がデキちゃたとバレたら面倒だ。話を逸らさないと!
「そ、そう言えば、さっき空を女の人が通っていきましたよ。ボク、こっちに来て間もないので、そういうの初めて見ました」
「ああ、それは夜女神だよ。夜の帳で空を覆っているのさ。日が昇って明るくなるのは彼女が夜の帳を片付けるからなんだ」
ボクはふと思いついて「もしかするとノートさんは暑いのや寒いのが苦手だったりしますか」と聞いてみたけれど、トールさんやロキさんは彼は何のことか解らない様子だった。
「だって夏は日が長いんだもの。暑いうちは仕事しないでゴロゴロしているのなあって。それに冬になれば寒くて布団から出たくないから中々夜が明けないんですよ。きっと」
ボクがそう言うとトールさんは「ばほほほっ!」と、笑っている。何だかわからないけどウケたようだ。
ロキさんは僕をニヤニヤ眺めながら「…ジエラちゃん、貴方面白い子ねぇ」と一人ごちていた。
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ロキさんがおしゃべりばっかりしてるせいか、いつの間にか目的地に到着する。
既に夜半だ
月が大きいせいか見通しが良かったけど、それでも日中と比べると薄暗い。
その為に出発から到着まで気付かなかった。
いや、薄暗いだけじゃない。目の前にあるのが途轍もなく巨大だからなんだ。
つまり、ボクたちは見渡す限り木の壁の前にいるのだ。
「ここは世界樹さ。世界を支え、世界を覆う偉大なる聖樹だよ」
世界樹?
これが!?
生前、友人から借りたマンガとかにチラホラ単語だけはあった気がする。
…って、目の前にあるのは木製の壁にしか見えない。
それが木なのかすらさっぱりわからない。
ロキさんは木の壁に沿って歩き、ボクもそれに倣う。
夜のはずなのに、夜目が効いているのか、そもそも月明かりのお蔭なのが、足元とかはしっかりと見えている。
葉が生い茂る枝をかき分けつつ、あっちいったり引き返したり、太い枝に昇ったりしながら今まで何処をどう歩いたか解らないまま、ひたすら先導するロキさんの背中と足元を確認しながら歩く。
そして小一時間程歩いただろうか。
ちょうど枝葉が途切れて月の光だまりのような広場に出た。
ここも世界樹の枝の上なんだろうけど、あまりの巨大な枝なので、まるで床の上みたいだ。
ロキさんはふと立ち止まると、とっておきの秘密基地に案内するかのようにニンマリと笑う。
「世界そのものである世界樹…。では、世界樹の幹の中はどうなっていると思うかい?」
ロキさんの指さすそこには目的地が、即ち世界樹の木肌の凸凹の陰に隠れるようにしてうろがあった。
『うろ』、『洞』、『空』、『虚』
何と表現すればいいんだろう。
辺りが薄暗いせいで、当然その穴の奥は光も届いていない。
近づいてみるとその径は大きくて、スレイプニルでも這入れそうな大きさだけど、中はただ暗闇があるのみだ。
そして、それは光が差さないから暗いという訳ではない事が感覚的に分る。
浅いようで、逆に底がないようで、…でも見ていると得体の知れない不安感が湧き上がってくる。
例えるなら月も星も町明かりもない真夜中に、小舟の上で一人で海を眺めているような…。
そして同時に「このまま海に飛び込んだらどうなるんだろう」みたいな誘惑がよぎるような、そんな気分。
ここまで来る途中、小さい生き物から竜とかの巨大な生物がチラホラ見えたけど、このうろのもつ得体の知れない雰囲気を避けているのか、周辺には一切の動物は見当たらなかった。
「…この世界樹には無数のうろがあるんだよ。ちなみに今まで異世界って言っていたけど、異世界ってのはキミの故郷の人間界とは別の人間界のことなんだ。そして別の人間界へ至る方法はいくつかあるんだけど、世界樹のうろはその入口なのさ。大丈夫。このうろの先には程よく戦があって…それに剣と魔法の世界だから、いい戦士も見つけやすいと思うよ!」
なんでも本来であれば戦乙女は主神であるオーディンさんの命令、つまり魔法で異世界に派遣されるという。
だけど今回のボクの場合、オーディンさんの命令で人間界に移動するわけじゃないんで、別の移動手段を使うしかない。
だから今回のところは世界樹のうろを使うっていうことらしい。
ボクが「この穴に入るんですか」と聞いてみると、ロキさんは「…その前にちょっとここで待ち合わせをしているんだよ。ジエラちゃんの異世界でのお供さ……あ、来た来た。此処だよ!」と手を振った。
するとボクたちが来た反対側から小柄な人影…女性が現れた。
「遅れてしまい申し訳ありません」
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彼女はディードベルフィ・ビィと名乗った。
「皆からはベルフィと呼ばれています。貴女もそうお呼び頂いて結構です」
だって。
とても明るい月明りの下で見る彼女の髪は白金色のストレートで、長さは腰あたりまである。
ボクよりも小柄っていうか子供っぽい。
全身的に細身だけど、胸も小さいながらそれなりに自己主張している。
だけど腰とか太ももは胸に比べてより充実しているっていうか、足腰が強そうだ。
顔立ちも非常に整っている。
だけど小柄な彼女のツンとした済まし顔が却って微笑ましい感じがする。
そして小振りな頭の横には笹穂耳。
ボクは「以前にマンガで見たエルフっていう種族なのかなぁ」と思ったらそうではなく、彼女はアールヴという種族で、妖精国からやって来たのだという。
でもベルフィさんがエルフだろうがアールヴだろうが、そんなこと関係なくとても可愛らしくて凛々しくてキレイな人だなって思った。
妖精国出身だけあってきっと由緒ある妖精さんなんだろう。幻想的っていうか夢幻的っていうか…。
「お話はトール様、ロキ様から伺っています。フレイヤ様の戦乙女…ジエラ殿ですね。これから赴く異世界にてジエラ殿の補佐をさせていただきます。どうかお見知りおきを」
「こ、こちらこそ。ジエラです。よ、よろしくお願いします!」
改めてベルフィさんを見る。
地球世界でいうエルフみたいな容姿の、とても可愛くて凛々しい女の子。
こんな人がボクの連れだなんて…緊張しちゃうよ。
彼女もボクの事をジッと見つめている。
でもなんだか態度が堅苦しいのが気になる。
「ジエラ殿」ってなんだよ。
「そ、そんなに硬くならなくてもさ、タメ口でいいよ。仲間なんだし」
「フレイヤ様はヴァン神族の姫君で貴方は従者。そして私たちアールヴはフレイヤ様の兄君でらっしゃいますフレイ様にお仕えする妖精族です。ですからフレイヤ様直属の戦乙女となれ合うわけにはまいりませんので」
…つまり、お互いフレイヤ兄妹の配下だから対抗意識っていうかライバル意識みたいなものがあるのかな?
ボクはついさっき戦乙女になっちゃったから、そういうしがらみみたいなものは分からない。
そうなると、ボクにあまり良い印象を持っていないこの娘と一緒に異世界に行くの?
…今度は何だか気疲れしそうだ。
「…異世界生活…大丈夫かなぁ」
ボクは誰にも聞こえないような小声でつぶやきながら、もう一度改めてベルフィさんを眺めると、その繊細な容姿に比べて何だか服装が野暮ったい気がする。
動物の毛皮なのか特殊な植物性の何なのか分からない素材の、あちこち擦り切れたシャツとズボンみたいな格好だ。縫製も適当どころのレベルじゃない。
妖精だから針糸を用いた人間のような服飾の文化が無いのかもしれない。
あと素朴っていうか粗末な弓矢を持っている。
まるで適当な枝にそのまま紐を括りつけて無理やり弓のカタチにしたみたいだ。弓もそんなだから矢も似たようなモノだった。
…何というか…繊細な容姿とみすぼらしい服装と装備がそぐわない。
ボクの視線に気付いたのか、ロキさんが話す。
「この子の服装が気になった? 実は妖精国の住人たちは妖精といっても精霊に近い神族なのさ。だから彼女達はお国では普段は服なんて着ないから、国から出るときは今回のように適当に見繕っているんだ」
なんだって?
すると彼女たちは普段は裸族な人達なの?
弓にしても同様で、一度空中に放たれさえすれば、あとは風の精霊魔法で何とかしてしまうらしい。
それに彼女たちは妖精なので鉄器等がないという。だから木を加工する技術を持たないのだとか。
そしてロキさんは「そうだねえ。確かに異世界でもこの子がこの格好では困るね。…そうだ。ジエラちゃんの腕輪をチョチョイと改修しよう。他の人にもジエラちゃんが着せたいと思う鎧を着せる事が出来るようになるから」と言って、彼はボクの腕にある腕輪を擦りながらもにょもにょと呟く。
「…さ、これで大丈夫。試してみて」
ロキさんはニヤニヤと笑っている。
ボクはロキさんに腕輪の事を聞いてみた。
「あの…トールさんから腕輪が創る鎧は腕輪の力で鎧になっているから、ボクの意志で譲渡すれば大丈夫っぽいコトを聞きましたけど…ナニが違うんですか?」
「ははっ。譲渡っていったって、ジエラちゃんとベルフィちゃんじゃサイズが違いすぎるよ? 最初からベルフィちゃんに着せた方がサイズもぴったりじゃなか!」
「………えっと」
ロキさんはマント越しでもボクのダイナマイトボディが分かってる?
い、いや。違う。ボクとベルフィさんの身長差のコトを言っているんだろう。
だ、大丈夫なのかな?
べルフィさんは妖精族の戦士さんらしいから、ちゃんとした鎧になるんだろうけど、問題はデザインなんだ。
この腕輪って元はトールさんの為のアイテムだから、筋肉が映えるデザイン…つまり露出過多な鎧しか出せないらしいんだ。しかも悪戯好きだというロキさんのせいで、エッチっぽいのしか出て来ないっぽい。
なのに真面目そうなベルフィさんを半裸にしちゃったら……。
□ 妄想 □
「守護!」
その光が収まったあとは…
ベルフィさんはハダカ同然の水着鎧になっちゃった!
「……な、な、なんですかっ!? 一体コレは!!?? 裸より恥ずかしいです! 異世界でこの恰好をしろっていうんですかっ!? 軽蔑しますっ! 戦乙女がこんな破廉恥趣味をお持ちだとは存じませんでした。このことはフレイ様を通じてフレイヤ様に抗議させていただきますからっッ!!」
「ぼほほほっ。ジエラちゃん、相変わらすセンスいいわねぇ♡」
「ジエラちゃん、この子にそんな恰好をさせて異世界を連れまわすの? …いい趣味してるねぇ」
ううっ。ボク、そんなつもりじゃあ…。
「変態! 痴女! 露出狂! 戦乙女って最低ですっ!」
□ □ □
………みたいな事になっちゃうかも。
ベルフィさん自身はボクが新たな服を創ってくれると聞いて、胡散臭そうにボクを見つめている。
ロキさんやトールさんは逆に興味津々だ。
……。
ええい!
やっちゃえ!
「…お願い。せめて彼女に似合う鎧を…。守護!」
そして彼女は一瞬光に包まれる。
現れたのは…。
若草色のミニスカな短衣。
肩は剥き出しのノースリーブで、詰襟型っていうのかな? 上半身はアオザイ…いや、チャイナドレスっぽいシルエット。
短衣のあちこちに金色の刺繍で枝葉のような文様が描かれている仕様だ。
ベルトの代わりに柔らかそうな細紐で腰をキュッと締められている。
短衣はまるで仕立服の様に彼女の身体に巧い具合にフィットしているので、身体のラインがそこそこ強調されちゃってはいるけれど、彼女自身ツンツンしているし、あまり性的な雰囲気じゃないんで、それ程セクシーさは感じないかもしれない。
ミニスカートから覗く健康的な脚は生足で、編み上げのサンダルのような革靴が彼女にとてもよく似合っている。
…なんというか…露出といえばミニスカが過ぎる程度の、すごく無難なデザインだった。
ボクの時はあんなに露出過多に悩んだのに…。
彼女みたいに子供体型…いや発育不十分だとセクシー鎧にならないのかな?
エッチな鎧を着せたいワケじゃないけど、なんとなく理不尽さを感じてしまった。
「いい感じじゃないか。さっきのありあわせなボロ着なんか比較にならないよ!」
「ぼほっ。可愛らしくて良いわねえ」
ロキさんもトールさんも喜んでいる。
当のベルフィさんはというと、「素敵…」と呟いて自分の身体を見回している。ここに鏡はないけれど、なんとなく全身の様子が分かるみたいだ。
彼女はストレッチをしながら服(鎧)の具合を確かめている。
前かがみになると、なんとそれだけでミニスカから可愛いお尻が見えちゃうんで目のやり場に困る。
でも彼女は普段が裸族だからなのかあまり気にしないみたい。
そしてベルフィさんがボクを見つめてくる。
出会ったばかりの冷たい瞳じゃない。
「ジエラ殿…。……実は私たち妖精族の中には「戦乙女とは死者の魂を漁る死神のような存在だ」と心無い事をいう連中もいるのです。かくいう私もそうでした。…しかし、この服は私たち妖精の感性にとても合っています。こんな素敵な服を創るジエラ殿が死神のわけありませんね。……私の不明を謝罪します」
ベルフィさんがボクを柔らかな眼差しで見つめてくれたあと、ペコリと頭をさげてくれた。
良かった。
彼女との距離が少し縮まったっぽいぞ!
異世界での仲間なんだから仲良くしたいからね!