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間話 ブリュンヒルデの暗躍 ③

「一体どうなっておる! 何故ワケのわからない事ばかりおこるのだ!?」


「は、はぁ。そう申されましても…」



コーリエ伯国オアシス開発の総責任者であるコーリエ伯国宰相ダミアンは部下に喚き散らす。

部下からの報告書によると、オアシスからナキア伯国側(・・・・・・)の荒地が肥沃の土地に変貌したのだという。


それは突如としての変化であり、気づいたらそうなっていたという有様だ。

しかも肥沃の土地は日を追う毎に広大になっている。またオアシスからは水路らしき小川も流れ、所々に貯水池に代用可能な池も出来上がっているという。



「オアシス都市(仮)構想は準備段階からしてナキア伯国に知られずに粛々と進めねばならない事業なのだ! それなのに何故ナキア伯国側の土地が肥沃となるのだ!?」


「は、はぁ。そう申されましても…」


「しかも土地が肥えているとの噂を聞きつけ入植希望者が後をたたないだと!? 連中は我らコーリエ伯国の開発指揮所に押し寄せているというが…、ええい! 現在はオアシスを含めて肥沃の土地はナキア伯国領なのだ! 我らが承認するとしたらオアシスを手中に納めてからだぞ! それなのに、今移民を承認したらナキア伯国に侵犯を問われても言い逃れできんではないか!」


「は、はぁ。そう申されましても…」


「しかも移民希望はハージェス侯爵領民だと!連邦最大の穀倉地帯を領する民が何故だ! それ以前に移民を認める訳にいかん。ハージェス侯の顔に泥を塗ることになる!」


「は、はぁ。そう申されましても…」


「そもそも肥沃の土地となったのはナキア伯国側にだけでコーリエ伯国側の荒地に一切の変化がないのはどういうワケだ!? そもそもとしてオアシスはナキア伯国領に存在する。今のところ荒地の奥地ゆえにナキア伯国が察知してはいないようだが、ナキア伯国側の荒地が豊穣の土地と変われば流石に気付かれるではないか!」


「は、はぁ。そう申されましても…」



煮え切らない部下の応答。

それも無理はないかもしれない。

彼も彼の部下からの報告を受け、自分の内で消化しきれないうちに報告を上げているのだろうから。

しかし、このような事態は時間をかけても理解できるものではない。



「……ええいッ! もうよい、下がれッ! …ぐ…。胃が…」



鳩尾のあたりを押さえるダミアンは、机の一番取り出しやすいところに保管してある粉薬を乱暴に、そして大量に飲み干す。



「…ぶッ!? げふぉッ! がひッ! ゲホげへッ!」



粉薬が変なところに入ってしまったようだ。

重厚な黒檀の机が、彼の吹いた粉薬で白く汚れる。






コーリエ伯国が国運を掛けるに等しいオアシス開拓計画。

その責任者ともなれば並大抵な肩書きでは荷が重すぎる故に、宰相であるダミアンが任命された。

幸いにしてコーリエ伯国は敵国とかけ離れた内地であり、可もなく不可もなく、日々平穏な国である。

諸業務は各担当である役人により十分管理可能であったので、ダミアンはコーリエ伯国の内政を部下に引き継ぎ、オアシス都市開発の責任者となったのだ。


そもそもこの計画はナキア伯国とコーリエ伯国の間にある不毛の荒野、その中央部に突如として出現したオアシスに一大交易都市を建設するという大事業。

それはオアシスを基準にコーリエ伯国側(・・・・・・・)を開発することが肝要だ。


何故ならオアシスおよび周辺の豊かな土壌は、地理に詳しい一般人が見たらコーリエとナキア伯国の国境に、測量役人からしたら明らかにナキア伯国内にあるためだ。


しかしコーリエ伯爵から「この地は我らのモノとして開発せよ! 異論ある者は三族処刑!」という狂気じみた命令が下された。

予算の問題も当然だが、それ以上に他国(ナキア)の土地を無断で開発し、有耶無耶のうちに国境線引き直しを公王に奏上するという無謀かつ非常識極まりない要求に、当初文官たちは頭を抱える。

だがブリュンヒルデという身元不明な女性文官が宮廷に現れ、彼女の辣腕で大貴族の後押しと大商会からの資金提供が見込まれ、計画が現実味を帯びてきた。



だが、ここで思いもよらぬ問題が次々と起こったのである。


予算の一部が過剰に軍に流れており、帳簿を誤魔化すのも一苦労という状況。

資金が滞っているため、資材の集まり具合も遅れている。

そして今回の土地の変化だ。



「…そっ、それにしても何処の誰の仕業だ…。オアシスの土壌にははるかに及ばないものの、土壌の変化は穀倉地帯のそれだという。だが土地を維持する民がおらんとは物事の順番が狂っておる。 …ングング…ブハァッ」



ダミアンは水を飲んで気を落ち着かせようとするが、到底落ち着けるものではない。



「…ど、どう商会に報告したらいい?」



彼らの知らぬ何者かが勝手にオアシス周辺…それもナキア伯国側に手を加えているのは明白だ。

しかし今のところナキア伯国からの掣肘の使者は来ない事をみると、理由は定かではないが連中の注意はオアシスには及んでいないようだ。

当然、開発しているのはナキア伯国の者ではないだろう。



だがブリュンヒルデが用意した大風呂敷が通用しなくなってくる可能性がある。



大風呂敷。

具体的には、今回偶然現れたオアシスに対しナキア伯国が「我が領である」と権利を主張してきた場合、「多額の費用と貴重な魔術媒体を用いての古代魔術儀式で大地を蘇らせたのです。古代の術式なので制御が上手くいかず、偶然に(・・・)ナキア伯国領にも余波が及んでしまったのは申し訳ないですが、その功績は全てコーリエ伯国のモノであることもお忘れなく」と大嘘を主張することだ。

更に「オアシスを中心とした新たな都市によってナキア伯国にも利点が生じるため、こちらとしては感謝していただきたい程だ」と恩を着せる。

しかも「オアシス都市の自治権は商会連合に委ねており、大貴族の皆様にもご賛同頂いている。よって商会連合と大貴族に利権が生じている」として泥沼な四つ巴戦を展開して、オアシスに対するナキア伯国の権利を有耶無耶にするというものだ。



しかし、ナキア伯国領側の荒野が広大な耕作地に変化するとなると話は違ってくる。

コーリエ伯国が知らぬ新たな勢力が参入してきている可能性が大である。


実際はサギニとヴェクストリアスが精霊王や上位精霊の協力を得て、大地と水の精霊の活動場所をナキア伯国全土へと移している結果なのだが、そのような事は常人の想像力を超えている。



故にダミアンは苦悩する。


何者が?

どういう目的で?

どういう手段を用いて!?


何も分からない。


いや、このような奇跡はヒトの身に出来る業ではない故に、何も分からないのだ。



ガリガリと頭を掻き毟る。

白髪が抜け落ちる。

ふと鏡を見ると肌の色艶はどす黒かった。

目も窪み、頰もこけてしまっている。

体重も目に見えて減った。



「…我々は…何もしていない」



ポツリと呟く。



「…資金が予定外のところに流れ過ぎている。今は書類を誤魔化し、信用買いで資材購入が何とかなっているが、それもいつまで持ちこたえられるか…。計画では都市開発先行で農地開発は後回しのはずだ。しかし現実には…都市予定地の整地すらもままならぬというのに、土地が豊かになる…、オアシスもそうだが、此れも偶然の賜物なのだろうか。耕作地も我々の管理下にあると考えても良いのだろうか。いったいど…」


コンコン


突然のノックの音。

今日はこの後、来客の予定はなかった筈だが!?



「…ひッ!? …にゅ、入室を許可する」



執務室を訪れたのは召使だ。

なんと各大商会の面々が面会を求めているという。

連邦の各大商会はオアシス開発へ資金提供をしている手前、監査役とも言える連中をコーリエ宮に常駐させている。

まだ開発事業は開始さればかりで目立った進捗遅れすらない故に、彼らの監視の目は今のところ(・・・・・)厳しくはなかった。

面会を謝絶するわけにもいかず、ダミアンは胃の痛みに堪えながら彼らの話を聞くことにする。




「ど、どうなされた。お歴々」



ダミアンは軍への資金横流しがバレたのかと恐々としていた。

しかし連中は満面の笑みである。



「ダミアン閣下。突然の訪問、誠にご無礼致しました。…本日はご機嫌伺いにまいりました」


「…ご、ご機嫌伺い? …な、何だろうか? 何か問題でも発生したかな?」



夏の盛りだというのに、ダミアンの頰にはつつーっと冷や汗が流れる。

すると商会の人間の一人が笑う。



「問題も何も、我らは実に先見の明があったと喜んでおります」


「な…?」



すると別の者が大仰に驚く。



「おや、ダミアン閣下はご存知ないのですかな? ハージェス侯国において来年以降の大凶作の疑いが濃厚という話を?」



ハージェス侯国の大凶作。

凶作ではない。未曾有の()凶作である。

かの侯国は連邦向けに限定されるとはいえ、例年は一大食料輸出国である。

だが今年も例年と同様に輸出を行う事は出来ないという。

なぜなら来年以降の収穫は全く期待できないため、輸出は相当に制限されるとの試算が商会でなされているようだ。



「い、いや、寡聞にして知らなんだ。最近はオアシス都市関連の帳簿のみならず、カネとモノについてかかりきりでな」



成る程、だからハージェス侯国からの移民が多いのかと、ダミアンは今更ながら納得した。



「道理でお顔の色が優れないようでございますな。いや、ご自愛していただきたいものです。…失礼ながらかのオアシス都市が短期間の内にここでまでのモノになるとは、正直思ってもいませんでした。都市開発を優先にとの計画でありましたが、今となっては農地開発を先にして大正解でしたな」


「うむ。コーリエ伯爵閣下のご下命に添えるべく、昼夜を問わず書類に埋もれているのが目に見えるようでございますぞ。しかしお倒れになっては関係各所への悪影響も甚大。たまには休暇もよろしかろうと存じます」


「…ご配慮、かたじけない」



ダミアンは不眠気味であり、頭が明晰に働かない。

先程、聞き捨てならない事を言われたような気がするが、どうにもピンとこなかった。

少なくとも資金の使途についての詰問ではないようだが。


商会の連中はニンマリと笑う。

商人という生き物は己の感情を表に出さないものだと思っていたダミアンは、その笑みに背筋が凍る思いだった。



「…オアシスの開発、この目でしかと拝見させて頂きましたぞ」


「素晴らしいどころの話ではございません。先程も述べさせて頂きましたが、閣下の血の滲むような努力の結果でございますな」


「この短期間にあれほどまでの土壌開発。如何なる方法を用いたのかは存じ上げませんが、我ら商人にとっては実物のみが説得力を持ち得ます」


「ふははっ。…いや失礼しました。我らの目から見てもアレ程肥えた土地は見た事がございませぬ。来年、ハージェス侯国からの輸出量がゼロとなっても、全く問題ないほどの収穫が見込めそうですからな!」



商会の面々は興奮を隠しきれない様子だ。

だが、ダミアンは何故連中が上機嫌なのか検討がつかない。

頭が働かないのだ。



「…そ、そうなのか。多大な資金を提供してくれた貴兄らの期待に応えられて、私も嬉しく思う」



そう当たり障りのない社交的な言葉を吐くのがやっとだった。

しかし、次の言葉にダミアンは仰天する事になる。



「あれほどの大地が我らのモノ(・・・・・)なのですからな!」


「左様。コーリエ伯爵閣下はオアシス都市の自治をお認めになられた。未だ都市の態はなされておりませんが、オアシス都市の農地(・・・・・・・・・)は完成していると判断できる。故に来年以降の収穫物は全て我ら商会のモノです!」


「今のところハージェス侯国の件を外部の者は知らされておらぬようですが、人の口に戸は立てられぬもの。徐々に食料の値段が上がり始めております故…ふくくっ」


「従来はハージェス侯国の作物には、侯国が設定した値段やら税やらで程々の利益しか見込めませなんだが、来年からは我らが全てを決められる! しかも侯国の凶作はかなり長く続くとの情報もあります。笑いが止まらぬとはこういう事を言うのですな!」


「………」



ダミアンは二の句が告げられない。

確かに連中の言う契約がなされたからこそ、商会が開発資金を提供したのだ。


オアシス都市の自治は商会に委ねられている。

オアシスに隣接する形で土地が肥えている。

オアシス都市の農地開発は計画にあるが、あくまで計画はオアシスを基準にして(・・・・・・・・・・)コーリエ伯国側(・・・・・・・)となっていたはずだ。

何故危険を犯してまでナキア伯国側を開発せねばならない。

オアシスならば「古代の儀式ですので、あそこにオアシスが出来るのは想定外」と言い訳出来るが、農地開発はそうではないだろう。

そもそもナキア伯国側を開発した者が誰かも不明なのだから。



「…ちょ、…っと待って頂き…たい」



ギリギリと痛む胃の辺りを押さえながらダミアンがそう吐き出すと、ノックと共に何者かが入室してきた。



「…失礼とは思いましたが、話は聞かせて頂きました!」


「ムハハハッ!」



ブリュンヒルデとアンドレ将軍である。

彼女たちは予算横流しの首魁と噂されているが、特にブリュンヒルデはコーリエ伯爵の寵臣であるためナニも文句が言えない人物であった。




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