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探し物

作者: きいら

 どこに忘れてきたのだろう。霧がかかったみたいにぼんやりとしてはっきりしない記憶。何を忘れてきたのだろう。大切なものだった気がするのに、どうにも思い出せない。喉元まで出かかっているのに出てこない。手がかりも何も浮かばない。けれど、なぜか早くしなければいけないという焦燥感に掻き立てられた。

 ―――行かなければ。間に合わなくなる。

 私は大きな荷物を抱えて家を後にした。そのまま私は真っ白の国を飛び出した。



 北へ北へとずんずん進む。手がかりなどない。直感的に北へ行けば何かあるだろうと思っただけなのだ。手がかりも旅行く先で見つければいい。何もせずに後悔するくらいなら何かをして後悔をした方がまだましだ。

 いつの間にか辺りはだんだんと色づいていき、ぽかぽかと暖かくなってきた。白の国にはない、色とりどりの花が私を出迎える。心地よい香りが私を誘う。

 私の探していたものはこれなのか。鮮やかに映る無数の花。

 いや、違う。私の探し物はこんなに甘い香りを放たなかった。

 私は美しい花畑を名残惜しくも後にした。

 進まなければ。寄り道をしている暇などないのだ。



 一心不乱に北へと向かう。いまだつかめぬ大切なもの。どうしてそんなに大切なものを忘れてしまったのか。側にないのか。歩みは止めぬが悶々と頭の中で同じ質問が繰り返される。ダメだ、ダメだ。後悔したってキリがないのだから。早く見つけて手にとって、今度は手元に置いておこう。二度と手放さないでいよう。

 花畑からどれだけ歩いただろうか。色とりどりの花はなくなり、代わりに緑が一面に広がる。爽やかな風が頬を撫でる。ふと、自分の倍の太さはある、大きな大木が目に入った。見上げると木漏れ日でキラキラと輝いて見える。

 私の探していたものはこれなのか。太く立派な大きな木。

 いや、違う。たしかこんなには大きくなかったはずだ。

 ああ、ここにもなかった。ならば一体どこにあるのか。



 ただただ北へと歩く。本当に探し物は見つかるのだろうか。もしかして大切なものは最初から存在しなくて、私のただの妄想だったのだろうか。今から引き返して帰るという手もあるのだ。でも、今帰ったとしても、どうせまた気になり出すはずだ。全ては妄想であるのかないのか。決めるのはこの目で確かめてからにしよう。

 不安な気持ちを払拭するように私は駆けた。

 緑だった木々は赤や黄色に染まり、草むらから虫達が歌い出す。夕焼けが一層紅葉を染めているように思えた。緩い風が吹くと葉が一枚はらりと落ちた。地面には私が来るまでに散ったであろう葉が敷き詰めるように落ちていた。すでに役目を終えたというのに、最後まで魅せて楽しませてくれる。

 私の探していたものはこれなのか。落ちてもなお美しい紅葉。

いや、違う。たしかこんなに艶やかではなかった。

 やっぱりもう、ないのかもしれない。それでも歩みを止めないのは、心のどこかで、きっとあるのでは…と期待をしているからだった。



 さらに北へと目指した。周りの風景は私の元いた国に似てだんだん白くなっていった。そのせいだろうか。この風景には見覚えがあるような気がした。今までここへ来たことがあったっけ?いや、そんなことはどうでもいい。ここにあるはずだ。私は瞬時に確信した。

 期待で速まる歩調。走り出したい気持ちと同時に、この風景を目に焼き付けたい気持ちがあった。

 雪を踏みしめ進んでいくと雪だるまが一つあった。私と同じ、白い色。誰が作ったものだろう。私はそれにそっと触れる。指先から冷たさが伝わった。

 ああ、そうだ。私の探していたものはこれだった。忘れていたんじゃない、忘れたんだ。思い出した。記憶の霧は晴れていった。



 私は冬しか知らなかった。他の季節を知らなかった。だから見てみたかった。言うと、仲間達は私を笑った。お前は冬しか生きられないと。春が来ればいなくなると。それはごく自然で当たり前のことだった。けれど私はそれすら知らなかった。私は馬鹿だった。

 春が近づくと、仲間は皆姿を消しつつあった。日が昇っては落ち、昇っては落ち。それが繰り返されるうちに、とうとう自分一人になっていた。次、日が昇るとそれが最期になる。私は悟った。そこでやっと気が気がついた。自分は冬の間しか生きられないのだ。私は神に願った。死ぬ前に四季が見たいと。白の世界を飛び出したいと。その瞬間、時は止まった。



 色んな季節を見てきたが、やはり私には冬が合っている。早く戻ろう。自分の身体に。時は一生進まない。次、日が昇ると私は消える。次、日が昇ると春が訪れる。

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