第48話「お姉さんは我慢できない」
レッドがわたしのプリンを食べちゃいました。
コンちゃんのいなり寿しも食べちゃいました。
わたしとコンちゃんの怒りの矛先がレッドに向けられます。
お姉さんは我慢できないんです!
(注・そんな話ではありません)
お客さんもはけちゃった午後。
でも、もうすぐレッドが帰って来るので静かなのもほんのちょっと。
「そうじゃ、ポン」
「なに、コンちゃん」
「今日は『あの日』ではないかの?」
「……『あの日』ですね、ええ!」
わたしとコンちゃんの目がキラキラ輝きます。
ふふ、今日はパン屋さんに配達のある日なんですよ。
配達はパンの材料もなんだけど、一緒に「プリン」「いなり寿し」が来るの。
「ちわー、綱取興業っす」
来た、綱取興業、出入りの業者。
「はいはーい、小麦粉なんかは裏にお願いしま~す」
「他の食材なんかはどうします?」
「家で食べる分はこちらにいただきます」
出入りの業者さんは、目の細い男の人です。
「じゃ、ここに置いときます」
レジカウンターに置かれたレジ袋。
冷凍食品なんかもあるから、すぐに台所に移動です。
「きゃーん、いなり寿し」
コンちゃん、パックのいなり寿しを見てうっとりしてます。
「あった、プ・リ・ン!」
わたしもついつい目尻が下がっちゃいますよ。
「あのー、伝票のサインくださ~い」
あ、すっかり目の細い配達人忘れてました。
わたしはプリンを冷蔵庫に入れます。
コンちゃんは悩みに悩んでから、戸棚の中に入れちゃいました。
「ねぇねぇ、コンちゃん、これがあるから生きているって感じ?」
「そうじゃのう、こう、刺激の少ない場所ゆえのう」
わたしとコンちゃんがレジに戻ると、ちょうどレッドが帰って来たところです。
「ただいま~」
「レッドおかえり……はい、伝票お返し」
「また明日も来ま~す」
配達人さん、手をヒラヒラさせて行っちゃいました。
「のう、ポンよ」
「なに、コンちゃん」
「あの目の細い男、明日も来ると言っておらんかったかの?」
「ですね……それが?」
「配達は週に二回ではなかったかの?」
「そう言われると……明日はなんでかな?」
仕入れ表を確かめたら、学校給食で大口があるから臨時みたい。
「そうか、そんな事があったのか……学校給食もいいのう」
「コンちゃんなにそれ?」
「給食で注文がはいると配達が来るのじゃぞ!」
「するとプリンといなり寿しも来る……と?」
「その通りじゃ」
店長さんがパン工房から出てきましたよ。
「今さっき業者の人来たけど、伝票やってくれた?」
「店長さん店長さんっ!」
「な、なに、ポンちゃん!」
「明日も配達あるそうです」
「うん、明後日の給食にケーキ出るから……」
「店長さん……明日の配達ももちろんプリンといなり寿しあるんですよね」
「デザートは週二回だろ、あるわけないじゃん」
わたしとコンちゃんの目に一瞬にして殺気がこもるの。
でも、店長さんびびりません。
しばらく見詰め合っていましたが、
「冗談じょうだん、配達の時はいつもお願いしてるよ」
「やったー!」
わたしとコンちゃん大喜び。
店長さんニコニコ顔で、
「まぁ、二人にはお店で頑張ってもらってるからね、それくらいはご褒美」
「そうです、わたし頑張ってるんだから」
「わらわも年中無休じゃ」
こ、コンちゃんはいつもボンヤリしてるだけでは……
店長さんわたしの頭をナデナデしながら、
「それに、プリンの量、減ったろう」
「え? そうですっけ?」
今日来たプリン、いつもと一緒でしたよ?
「三個パックになったプリンだよね」
「そうですよ……ちゃんと三つありました」
「今、三つ全部食べる事、ないんじゃない?」
「!!」
「いつもレッドと分けてるよね」
「そう……ですね……そう思ったら減っちゃったのかも」
店長さん、わたしの頭をさっきよりも強くナデナデしながら、
「お姉さんだね~」
食べるの減ったって聞いた時はちょっとシュンってしちゃった。
でも、「お姉さん」って褒められたらいい気分です。
いまは全然いい気分じゃないです。
冷蔵庫に入れていたプリンが行方不明なの。
「コンちゃん、ちょっとちょっと」
「なんじゃ?」
わたし、近付いてきたポンちゃんの口元をクンクンします。
「あれ? コンちゃんプリン食べてないの?」
「おぬし、わらわをなんと思っておるのじゃっ!」
「雌キツネ」
「どーゆー意味じゃ……わらわとおぬしは、一度これでケンカしたではないか」
ですね、あの時コンちゃん家出しました。
「あの時から、プリンが食べたい時はちゃんと言っておる」
「ふむ……では……」
わたし、台所のゴミ箱見ます。
ありました、プリンのカラ。
見事に三つ……全滅か~!
「わーん、わたしのプリンが!」
「ふむ……見事になくなっておる」
「ちょ……コンちゃんのいなり寿しは?」
「む!」
コンちゃん戸棚を確認……ありました、無事です。
「わーん、なんでわたしのプリンだけ!」
「これ、ポン、泣くでない、いなり寿し分けてやる」
「コンちゃんありがとう……でも……なんで……」
「プリンを食うヤツなぞ、わかっておろうが」
って、かすかな物音。
振り向けば柱の影からレッドが半分顔出してます。
わたしと目が合った途端に逃げやがりますよ。
「待てーっ!」
「きゃーっ!」
仔キツネレッドを捕まえるなんて簡単です。
ってか、レッドはペットだったせいか、捕まるの待ってる感じ?
「プリン食べましたね、全部っ!」
「たべてません」
わたしとコンちゃんでレッドをクンクン。
二人でレッドにチョップ炸裂。
でも、レッド笑って行っちゃいました。
「全部食べちゃうなんて、レッドなんか嫌いっ!」
涙のわたしに、コンちゃんが背中をトントンしてくれます。
「ほれ、ポン、わらわのいなり寿しを分けるゆえ、泣き止むのじゃ」
「うう……コンちゃんありがとう……でもでも!」
わたし、コンちゃんを押し退けてミコちゃんに訴えます。
「ねぇ、ミコちゃん!」
「あら、どうしたの?」
「レッドがわたしのプリン全部食べたーっ!」
「まぁ、レッドちゃんが……」
「わたしの楽しみなのにーっ!」
「そう、で、ちゃんと叱ったの?」
「怒りにまかせて、チョップを交えて」
「チョップを交えて」って言ったら怒られるかと思ったけど、ミコちゃんクスクス笑いながら、
「そう……コンちゃんの『おいなりさん』は大丈夫だったの?」
「あ、それは無事でした」
「そう……レッドちゃんには私からも言っておくから、ね」
「うん」
「明日の配達でまたプリン来るから、スネないで」
「うん……わたし、我慢する」
「ポンちゃん、お姉さんね」
うう、お姉さんって言葉だけで我慢しないといけないの……
お姉さんはつらいよ、とほほ~
「わーん、プリンが、プリンがっ!」
冷蔵庫に入れていたプリン、今日も全滅!
「これ、レッド、どこじゃっ!」
昨日は無事だった戸棚のいなり寿し、今日はやられました。
戸棚の前に椅子があって、踏み台にしたんです。
わたしとコンちゃん、ひざまずいて床を叩きまくり。
昨日の今日で、レッド、絶対わざとやってる。
周囲を見回してもレッドは見当たりません。
わたしとコンちゃんでクンクンして、においをたどります。
お店の、いつもコンちゃんが座っている席。
レッドが千代ちゃんと一緒にメロンパン食べてます。
「こりゃ、レッド、いなり寿し食ったであろうっ!」
「わたしのプリン食ったーっ!」
「たべてませぬ」
む……わたしとコンちゃんでレッドの口元をクンクン。
あー、やっぱりにおいます。
「レッド、においますよ、わたしわかるんだから」
「えー、ほんとう、ポン姉~」
「この仔キツネめ、折檻じゃ」
「コン姉、ぼくたべてません」
レッド、しっぽをフリフリ知らん顔。
わたし達、一緒にメロンパン食べてる千代ちゃんを見ます。
でも、千代ちゃんは本当に知らないみたいで首を横に振ってますよ。
コンちゃんが一瞬考える顔になって、
「今日のいなり寿しは『ジャンボいなり』なのじゃ」
「ふつうのだったよ、ごこ」
あ、レッド、自爆しました。
わたしも自供を引き出しましょう。
「今日のプリンはいちご味、楽しみ~」
「ふつうのでした、さんこぱっく」
「レッド、やっぱり食べましたね」
「たべてませぬ」
「普通ので、三個パックだったんだよね?」
「な、なぜそれを!」
コンちゃんレッドの頭をポンポン叩きながら、
「いなり寿し、五個はうまかったかの?」
「な、なぜそれを!」
なんだかこうも簡単に自供・自爆では……怒りも萎えた感じです。
「なんでレッド、プリン食べちゃうの」
「たべてないもん」
「わらわのいなり寿しを何で食ってしまったのじゃ」
「たべてません」
あ、テーブルにしがみついちゃいました。
わたしとコンちゃん、どうしていいか腕組みしてたら、
「あらあら、今日もレッドちゃん、食べちゃったの?」
「あ、ミコちゃん、レッド、いなり寿しも食べちゃったんだよ」
「あらあら……レッドちゃん、本当?」
「しりませぬ」
「さっき三個パックって言った」
「いなり寿し五個と自白したろう」
わたしとコンちゃんの怒りの視線。
千代ちゃんがレッドを揺すって、
「ねぇ、レッドちゃん、謝ったら?」
「しらないもん」
って、ミコちゃんがレッドを抱き上げました。
「レッドちゃん……昨日お姉ちゃん達の、勝手に食べたらダメって言ったよね」
「ですです」
「約束したよね」
「しました」
「じゃ、勝手に食べちゃダメじゃない」
「たべてません」
「おいしかった?」
「うまうまでした、ほっぺおちます」
わたし……額がひんやりしました。
ミコちゃんの微笑みに、怒りマークがいきなり浮かびましたよ。
「食べたんですねっ!」
「ぴっ!」
一瞬です、ミコちゃん怒りのオーラ全開なの。
レッドのズボンとパンツを「ひんむいて」、
「ダメって言ったでしょっ!」
パンパン・バシバシ・ビシビシ叩きまくり。
「約束やぶりましたね、まったくもうっ!」
「ひっ!」
「お姉ちゃんの食べたらダメって言ったのに!」
「いたいっ!」
「レッドもおやつなかったら嫌でしょう!」
「わーん、いたいイタイ!」
「それをウソまでついて!」
「わーん、ゆるしてー!」
わたしとコンちゃんで、ミコちゃんの手をつかまえます。
「み、ミコちゃん、ストップ! ストップ!」
「だめよ、ちゃんと躾ないと!」
「ミコ、もういいのじゃ、レッドを見るのじゃ」
「そうかしら?」
レッド、お尻丸出し、真っ赤々。
見てた千代ちゃん凍り付いてます。
「ミコちゃんやり過ぎだよ、児童虐待!」
「レッドちゃんは仔キツネよ」
「じゃ、動物虐待です……もう充分だよ、ね!」
「ポンちゃんがそこまで言うなら……」
レッド、そのままエンエン泣いてます。
わたしがズボンとパンツを引っ張り上げると、真っ赤な目でミコちゃん見て、
「ミコ姉きらい、ばかー!」
ああ、行っちゃいました。
でも、柱の影でストップ、こっちを見てます。
おお、柱から出て、走ってきました。
「コン姉、ポン姉、ごめーん」
大泣きで謝ってます。
ふふ、ここは熱い抱擁で大団円。
レッドがジャンプ。
わたしとコンちゃん、腕を広げてレッド受け入れ態勢。
わたしの胸か?
コンちゃんの胸か?
って思ってたら、レッド、ミコちゃんの胸に飛び込みました。
「ミコ姉、ごめんなさい、ごめんなさい」
「はいはい、もうしたらダメですよ」
えー、そっちに飛び込むの?
わたし達、食べられ損とか!
「はいはい、お姉さんなんだから我慢して」
「って、ミコちゃん美味しいとこ取りだよ」
「何で?」
「最後にレッドが抱きついたのはミコちゃんだったし」
「そこが美味しいの?」
わたしとコンちゃん、これじゃピエロ。
ヘソを曲げずにおれません。
「わたし、プリン食べられて、今日も我慢なんだよ」
「わらわもじゃ、いなり寿しの恨みをどこにぶつければよいのじゃ」
ミコちゃん、聞いてくれてるとは思うけど、さっきからわたし達に背中向けてます。
そんなミコちゃんが振り向きました。
わたしの前に、ティーカップのプリン。
コンちゃんの前にはお手製いなり寿し。
「もしやと思って、作っておいたの」
「きゃーん、プリンっ!」
「い・な・り・ず・しっ!」
わたしとコンちゃん、お目々キラキラ。
わたし達、おいしくいただきました。
でも……ミコちゃんのプリン、おいしいんだけど……
「ふう……このプリンはスーパーのとは違います」
「うむ……このいなり寿しはスーパーのとは、ちょっと違うのう」
「スーパーのは、こう、甘いだけで薄っぺらい味というか……」
「わらわもじゃ、スーパーのはただ酢飯をちょっと味付のあぶらあげに……」
わたしとコンちゃんが語り出すと、ミコちゃんがフルフル震え出しました。
「二人とも……私のがまずいと!」
この後どうなったかは、みなさんの想像におまかせします!
「ふむ、では改めて聞こう、ポン、おぬしはここに何をしに来たのじゃ」
「わたし……わたし……そう……」
「うむ、なんじゃ」
「今は店長さんと結婚です結婚」
ふふ、久しぶりにわたしとコンちゃんの決闘ですよ。