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超科学守護少女パクス・バニー ~神への階梯~  作者: 森河尚武
第三章 日常の崩壊、黒い戦乙女
7/10

日常の崩壊と黒い戦乙女 Aパート

3/12 一部修正

2/14 初投稿

アルカディア様のほうが調子悪いようなので、こちらに投稿。

後日、推敲して改稿する予定です。

「はぁはぁ……」

 呼吸音がヘルメット内に響く。

『降下速度が安全許容範範囲外です。減速してください』

『降下角度が安全許容範囲外です。メーターのグリーンレベル内に入るように機首角度を合わせてください』

『機体水平角度が安全許容範囲外です。メーターのグリーンレベル内に入るように機体の水平位置を合わせてください』

操縦席内に響き渡る各種警告の合成音声。

正面にある大きな三つのアナログメーターとその下にあるLED液晶ディスプレイに表示された地形モデルとデジタル表示が、この機体の姿勢を端的に表示している。

そこには図形による警告がいくつも表示され、枠が赤く点滅して危険であることを視覚的に教えてくれる。

 彼のID端末のホロディスプレイにも同じものが表示されているが、見ている余裕はない。


「はぁはぁ……」

 耐熱ウィンドウの景色には青い地平線。ほとんど一直線に見えるほど近づいてきている。


『降下速度が安全許容範範囲外です。あと60秒以内に減速してください』

『降下角度が安全許容範囲外です。あと30秒以内にメーターのグリーンレベル内に入るように機首角度を合わせてください』

『機体水平角度が安全許容範囲外です。あと30秒以内にメーターのグリーンレベル内に入るように機体の水平位置を合わせてください』


 警告が高レベルになる。耐熱ウィンドウの向こうが火焔地獄へと変化していた。


『降下速度が安全許容範範囲外です。あと30秒以内に減速してください』

『降下角度が安全許容範囲外です。あと10秒以内にメーターのグリーンレベル内に入るように機首角度を合わせてください』

『機体水平角度が安全許容範囲外です。あと10秒以内にメーターのグリーンレベル内に入るように機体の水平位置を合わせてください』


 操縦桿を小さく動かしつつ、フットレバーを踏む。速度が高く、不規則な大気状態もあり、機体姿勢がまったく安定しない

 減速用推進剤は使い切っていて、機体上部のエアブレーキが開放されるが、ほとんど効果がない。


『減速してください』

『機首角度を合わせてください』

『機体水平位置を合わせてください』

最終警告、機体は安定していない。危険な機体姿勢のまま大気回廊を直進していき、二十秒後。

 彼の目の前にホロウィンドウが開いて、大きく『FAIL』と表示される。

『機体の耐久温度を超えました。大気圏突入に失敗しました。シミュレータを停止します。そのまましばらくお待ちください』

アナウンスが流れて、操作をすべて受け付けなくなる。

「……また失敗か」

 中島隼はバイザーをグローブで覆って呻いた。



「軌道降下では、速度の調整が最も重要です。中島さんの場合、推進剤をこまめに使いすぎて肝心な最終減速時に使い切っている場合がほとんどです」

 教官を務めるオペレータの女性から今回の失敗点や問題点の丁寧な説明を受ける。

 軌道医療施設「TAKAMAGAHARA-II」からの緊急時対応・軌道降下訓練のシミュレータを行っているが、今のところ全て失敗している。


 施設からの脱出装備はポッドタイプのものと宇宙作業用パワーローダの大気圏降下システムを使用したものと二種類が準備されている。

 脱出ポッドは一人用で、三日分のエアと宇宙食が準備されているが、推進器などがないため、他の宇宙船に回収されることが前提である。

 

 軌道エレベータの運用が前提で、宇宙ステーションや地上打上式ロケットなどが少ない現在の宇宙開発状況では、回収される見込みは低いと言わざるを得ない。。

 一方のPLD用軌道降下システムは、大型耐熱シールドと推進器が一体になった装備である。

PLDを覆う大きさの無尾翼型のシールドで大気圏再突入と飛行着陸を行う装備だ。これは宇宙作業用PLDが不慮の事故により大気圏突入をしたことがあったために、軌道エレベータ配属のPLDには装着が義務付けられた。

 正確な角度と速度であれば安全に大気圏に再突入し、大気圏内でグライダーのように滑空が可能なシステムである。

 また最終減速用パラシュートも装備しており、極点や山脈などといった極地を除いた地域ならば地球上のどこにでもに降りることが出来る。

 脱出ポッドとは異なり推進力があるため自力脱出も可能だが、その一方で推進力の方向を間違えたりすると容易に地球の重力に捕まるため、危険な大気圏突入をする羽目にもなる装備である。


 中島隼はこの装備による大気圏降下シミュレータに10回挑戦しているが、いまだに着陸はおろか大気圏再突入に成功したことがない。


「――実機は高度に自動化されていて、ほぼ確実にあなたを安全に脱出させてくれるでしょう。しかし、万が一に備えて手動操作での大気圏再突入と降下が出来れば、さらに安全性が高まります。がんばってください」

 そういって女性隊員は訓練の総評を締めくくった。


「ふぅ……まぶしい……」

シミュレータ棟を出ると、初夏の陽光が彼の目をまぶしくさせる。

「PLDが通るぞ、進路から避けてくれっ!」

誘導員が大声を上げて歩行者や車両を誘導整理している。

一小隊三機のPLDが訓練を追えて整備棟まで重々しい動作音をさせて歩行してくる。

 機動二課で運用しているPLDは航空宇宙極地仕様だ。これは軌道エレベータ・軌道医療施設の防衛も任務であるためだ。

いまは対人制圧装備の訓練を行っているため、完全戦闘装備である。

肩と腰のアームドマウントに20mm水冷ガトリング機関銃4門、マニュピレータに12.7mm精密狙撃ライフル、胴体部に可視光線域スモークディスチャージャーが装備されている。

全高6mを超える戦闘用PLDは抑止効果をも加味して設計されていて、人間をそのままスケールアップしたその姿は、まさに巨人だ。

 その威圧感から抱く恐怖が押さえ込めているのも、これが味方だと思っているからだ。

敵には恐怖を、味方には頼もしさを感じさせるPLDは、組織のシンボルとしての役目も担わされ、国防軍だけでなく警察や消防などでも導入されるようになってきており、この街だけでなく、各地でもそれほど珍しいものではなくなってきている。


「凄い迫力だなぁ……」

 歩行して整備棟に入るPLDを見ながら、彼は感嘆の声を上げるのだった。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「うーん、うまくいかないなぁ……」

「ずっとうなってるけど、どうしたの?」

 いつもの会議室でマニュアルを前に隼はうなっていた。

そんな彼の目の前に置かれたのは、湯気の立つ紙コップ。

コーヒーの強い香りがする。

 置いたのは玲だ。今日は短めのケープ・マントを羽織っている。

 うさみみヘアバンドはつけていないが、白銀色の髪をしていてパクス・バニー・モードであることがわかる。

 ケープの下はいつものバニースーツであるらしく、見えている脚はいつものふとももまで覆うブーツだ。

おそらく羞恥心と妥協したのだろうが、見えそうで見えないケープの長さと、ほっそりとした脚が逆にちょっとえちぃということに二人とも気が付いていない。

 玲はともかく隼もその辺はすこし鈍感である。

「ありがとう。いや、非常脱出訓練がうまくいかなくてさ」

「ああ、脱出訓練のPLD完全手動操作のほうでしょう?」

「うん、どうもああいうのが苦手でね。PLDはまだなんとかなるんだけど……」

「ああ、フライトシミュレータに慣れてないと、難しいよね。ボクも成功するまで二十回は失敗したよ」

「あれだけ自由に空を飛び回る玲さんでも難しいんだ」

 隼はコーヒーを口にしながら、ほとんど制限もなく自在に飛び回る姿を脳裏に浮かべていた。

TV放送や資料として映像をいろいろ見せられているから知っていた。

「うーん、NMクラフトは飛行特性が全然違うからね。えと飛行機は後ろから押し出される感じで、NMクラフトは自分が跳びあがる感じとでもいうのかな?」

「いや、ごめん。さっぱりわかんない」

「あ、やっぱり? 文字や言葉にはしづらいんだよね、あの感覚。なんていうか、浮遊感のまま流されていくような感じなんだよー」

「風に流される風船みたいな感じかな?」

「ああ、そんな感じ。もともとNMクラフトというのは、散布したナノマシンを反発させて、揚力と推進力に偏向させる疑似重力制御システムだからね」

 疑似デートの後、二人だけのときは玲も作った性格をやめて、素をだすようになっていた。

 ちょっと幼い感じの言葉づかいなのに急に専門用語を使ったりもするのは、やはりあのドクターの実妹ということだろう。

「はぁ、そういう自由に空を飛べるシステムがもっと広まれば、こういう脱出手段ももっと楽に安全になるよね」

「あはは、運用できるのはまだわたしだけだからね、実用化はまだまだ先じゃないかな?」

「今の方式はやっぱり覚えないとダメかぁ。どうもああいう操縦モノって苦手なんだよな。こういう理論とか数式とかならなんとか判るんだけどな……」

 隼は頭をかきつつ資料を眺めながら、ノートにすらすらと解式を書いた。

その資料とノートを見て、玲は感嘆の声を上げる。

「わぁ……すごいね、この理論解るんだ。ボク何度聞いてもよくわかんなかった」

「え? だって、これ授業で習った多項式の応用問題だろ? 試験に出るじゃないか」

「え? これって、ナノマシン制御通信時定数の多変動四次式項の解法でしょう? 高等数学どころか、数学理論の最先端だよ?」

「え?」

――なんで、そんなものが僕に解ける?

隼は臓腑に冷たいものが鋭くさし込まれるような感じを受けた。


高等数学どころか、研究機関レベルのものを理解できている?


彼は数学が得意というわけではない。平均的な成績で、よくも悪くもない。

ここ最近受けているドクターの講義は面白いとはいえ急激にレベルアップするわけもない。


いったいどういうことだ……?


「? どうしたの? 黙りこくって……」

「うわっ!?」

 不意に視界に大きく白銀のものが割り込んできて驚いた。ふわっと甘い香りがただよう。

 銀糸のように髪の持ち主――玲だった。

 整った顔、桜色の唇。深い深紅の瞳。

「い、いや、なんでもない! ちょっとびっくりしただけだからっ!」

椅子の背にすがりつきながら、ドキドキした胸の鼓動を鎮めようとする。

彼はその激しいドキドキを不意打ちに驚いたからだだと思っている。

「? ヘンなの……」

 どこか無防備な玲は小首をかしげながら、姿勢を戻して甘いミルクコーヒーを口に含む。

 彼もブラックコーヒーに口をつける。ほとんど味がわからなかった。



 二人とも考えてもいなかった。

 いろいろと騒動はあるかもしれないが、この普通の日常がなくなるとは。

 いや、少なくとも少女は、いつかはこの日々が終わるとわかっていた。

 でも、それはまだまだ先だと、少なくとも高校生活は過ごせるだろうと、思っていたのだ。


 しかし、彼女の思いは踏みにじられる。

 圧倒的な存在によって。






 夜の闇に沈む校舎の上に人影がある。

屋上の貯水タンクの縁に脚を揃えて腰掛けている女性。

ごく普通の女性用ビジネススーツに身を包み、不思議なほどに印象が薄い。

 漆黒の長髪を風になびかせ、そうして街を眺めている。

 街には色とりどりの光がきらめき、軌道エレベータのライトアップと合わせて美しい夜景が広がっている。


「……選択の時がくるわ」

 その紅い瞳は無機質な光をたたえて、無表情に沿岸部の街を眺め下している。


「あなたは……きっと同じ道を選ぶでしょうね」


未来は決まっていない。運命なんてない。

でも、進む未来はたった一つ。

選ぶのか、流されるのか、逃げるのか、それとも。



沿岸部の灯りの一部がふっと消える。

次々と光が消えていき、その区画が黒く闇に沈む。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 それは、前触れもなく起きた。


 陽も沈み、帰宅や飲み屋へ向かうサラリーマンなどで賑わう駅前ロータリー。

 突然、周囲のビルやテナントの灯りが消え、街灯も消えた。

「なんだぁ? 停電か?」

 ほろ酔い加減のビジネスマンがビルを見上げる。

「え、おい、なんだよ、ケータイ切れちまった」

「ぎゃー、あと少しでクリアだったのにっ!」

 ID端末で話していたり、ゲームをしていた若者たちがぶつぶつ文句をいう。


 しかし、それはまだ始まりにすぎなかった。


 交差点の信号がふっと消える。

 道路を走行していた車両もモーターの音が消えて、次々と衝突する。

「うぉ、事故かよっ!」

「救急車、救急車、っと、あれ、おい、なんだよ、電源おちてるぞ!?」

「え、あれー、IDブレスレットこわれちゃったかなぁ」

電力網の麻痺だけでなく、独立した電源であるはずのID端末や車両さえも停止していく。

 ビルをはじめとして、あらゆる灯りが消え、交差点の信号はおろか街灯さえも消灯した。

「あんだよ、IDブレスレット壊れちまったんかよ」

「なぁ、なんかおかしいぜ、IDも使えなくなるなんてさ」

「たしかに気味悪いな、こいつバッテリだろ?なんで使えなくなるんだよ」

「灯りのついてるほうに行こうぜ、なんかヤベェ希ガス~」

 ざわざわとざわめき始める人々の中で、そういう会話が妙に大きく響き。

 急にビジネスマン風の男が走りだした。それをきっかけに大混乱が始まった。

 歩行者は云うに及ばず乗車していた者は車を捨てて走り出し、バスやタクシーを待っていた者も、誰もがどこが安全なのかわからないまま、とにかく走り出す。

 それは、まるでパニック映画のように。

 ついさっきまで日常だった。

 それが、たかが明かりが消えただけで多くの人がパニックになっている。

 なにかがおかしいと気づけるほど、人々は冷静ではなかった。我先に、とにかくその場所から逃げようとして大混乱を引き起こしている。


「なんだ、これ……」

 それが起きた時、中島隼は自宅の最寄り駅を降りた直後だった。

 突然の停電には驚いた。でも、それくらいならあるかもしれないと、すぐに冷静になった。どこが安全だろうかという思考をしながら、人の流れにそって自分も走り出す。

 そして、すぐにおかしな点に気付く。

 

 他の人にぶつからない。

 自分が人の流れに巻き込まれていない。


 えっと思って、立ち止まる。

 彼の周りに空間が出来ている。

 逃げていく人々が、彼の近くまでくると不自然に進路を変えて避けていく。

顔は引きつり、息は上がっていて必死な形相で、なにかをひたすら恐れるように、必死なのに、彼の近くまで来ると避けていく。


――なんだ、これ。

 彼は背筋に冷たい汗を感じる。それは全身に広がり、寒々しい悪寒へとかわる。

 額を流れてきた冷たい汗が目に入って痛い。手で拭いながら、またたきをする。



 瞬きをした目に飛び込んできたのは一人の女性だった。

それは、いつか見た人だった。

 瞬きをする前には、たしかに居なかったのに。


 黒いビジネススーツを着た黒髪の女性――少女というには大人で、大人というには少女というくらいに見える女性だった。

 そうとしか認識のできない――彼の中の警鐘は一気に最大限になる。


 逃げろ、何を捨ててでも逃げろ、命を散らしてでも逃げろ、そうしなければ、僕は――とらわれる。


 彼女の顔は見えない。だが、表情を浮かべていないと彼は知っていた。

 ――なぜ?

 そこで思考がおかしいことに気が付いた。

 混乱と悪寒に惑わされ、身動き一つできない隼に、彼女は託宣のように彼に問いかける。


「さぁ、時がきました」 


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「第三区から第七区の巡回隊全てから有線・無線を問わず連絡が取れません!」

「同じく第三区から第七区にかけて移動させた低空巡回無人機からの応答が途絶えました。原因は不明です」

「瑞穂市警察本部との連絡、以前として応答がありません」

「呼び出しを続けろ! 伝令はどうしている!」

「停電地区を迂回して進行中です。ですが市内が大混乱し各所で渋滞が発生しています! 指揮系統が混乱して、現場まで指示が届いていないようです!」

「非常事態宣言D-3の権限にもとづいて、機動二課が全指揮を引き継いでいると伝えろ!」

 通信隊々長が、報告を聞きながら口頭や機器で次々と指示を出す。 


 凄まじい狂騒状態だった。

 ありとあらゆる情報が集積する機動二課管制室。

 情報分析量子コンピュータ群TUKUYOMI-IIIとオペレータ達の分析能力もさることながら、緊急で報告を上げてくる複数のデータを関連付けて、指示と報告を同時進行している通信隊々長の手腕は凄まじいの一言に尽きる。

 狂騒する管制室の上部にあるミーティングスペースでは、機動二課の上層部が揃い、錯綜する情報から状況を解析していた。

「大規模停電が拡大中です、第3区~第5区からさらに拡大しています。原因は不明です」

 状況分析班々長が膨大な報告をホロディスプレイ上で忙しくまとめながら報告する。

「電力会社からの状況報告は?」

「あちらも混乱しているようです、まとめられた報告は来ていません。今はTSUKUYOMIによる通信・音声解析で状況モニタリングしています」

 メインスクリーンに表示される市街区域の白地図上に、各種データでリアルタイムで表示されている。

 状況分析班長が、ホロディスプレイテーブル上にいくつかの解析データを表示する。

「施設の故障でない確率が82%か。その一方で大規模破壊は発生していないと」

「はい、低空巡回無人機による状況確認ができていませんが、IWATOからの映像解析では爆発・施設損壊などは確認されていません。その一方で、この市民・物流のマクロ行動解析データを見てください」

 市街地図上に多数の輝点が流れている様が表示される。そして、その輝点がまったくない場所があった。

「これによるとこの2ヶ所に完全な空白地帯が発生していると、TSUKUYOMIは解析しています。その規模はゆっくりとですが、ここ機動二課本部に向かって拡大しています」

「さらにその地帯は、正体不明のエネルギーによって覆われていて、映像解析も通常精度の10分の1以下になっています」

「正体不明のエネルギー?」

「観測精度の問題です。エネルギーを計測するようなセンサは市街地にはありません。これはIWATOより観測した電磁波マップデータから推測されています。光学観測による解像度も補正を含めて通常の40分の1以下、3m前後です」

 車のナンバープレートすらも読み取る精度を誇る地上光学観測機器が車両の有無をかろうじて判別できる程度にまで妨害されている。しかもその手段は正体不明。

 また低空巡回無人機がその空域に入ると遠隔操作を受け付けなくなり、墜落するため映像による確認も出来ていない。

 現状では、妨害を潜り抜ける手段がない。

 しかし、大隊長はその繰り手について想像がついていた。

「ふん……いつもの手口か。奴らは映像や視認を嫌うからな」

「はい、TSUKUYOMIの分析でもその可能性が高いです」

「ふむ……」

 顎に手をやり、しばし黙考する。視線をわずかに壁際にやる。そこには白衣の青年がいた。

いつもなら説明を挟んでくるはずの白衣の青年は、沈黙を保ったまま壁に背を預けている。その顔は無表情で、考えを読ませない。

 大隊長に副長が小声で質問をする。

「どうする? ここで計画を進めるか?」

「そうだな……そうしよう」

 白衣の青年が沈黙を守る中、大隊長は決断する。

「確認のため、第七区のこの地点――αポイントと呼称する――パクス0を向かわせろ」

「大隊長? パクス0を非監視域に投入するのは規定違反になりますが」

 パクス隊の指揮を執る樫宮が申告する。パクス0の投入は慎重に判断されるべき事項だ。彼女の戦力評価は最低でも主力戦車一小隊分と同等とされているため、運用には様々な制限規定がある。

 特に非監視地域への投入は重大な規定違反だった。瑞穂市全域に膨大な監視カメラが設置されている本当の理由はパクス・バニー監視のためである。

だが、例外規定はある。

「すでに特別宣言D-3が発令されている。規定違反とはならない」

「大隊長、ですが――!」 

「なんだ?」

 樫宮は重ねて進言をしようとした。しかし、表情一つ変えずに言葉を遮った大隊長に、樫宮はこれは覆すつもりがないと悟る。しかし、それでも確認はしておかねばならない。

「いえ、堀越博士の意見を求めるべきかと」

 壁際の白衣の青年をちらりとみるが、彼は身じろぎひとつしていない。

「堀越博士、パクス0を向かわせることについて、問題になりそうなことはあるかね?」

「――威力偵察ということなら、パクス・バニー以上の適任はないでしょう。推定が正しければ、それは『結界』です。対結界装備の準備が出来ていない現状では、通常部隊が侵入することは困難なはずです」

「パクス0ならば対処可能ということで良いのですね?」

「はい、大隊長。適任は他にいません」

 普段の態度が嘘のように、白衣の青年は淡々と受け答えをする。

 それは異常な緊張感を周囲に強いた。彼がふざける余裕がないほどの緊急事態であると、あらためて認識したからだ。

その空気を振り払うように大隊長が命令を下す。

「では、いつも通りに白川副隊長が現場指揮、統合指揮は樫宮特務隊長に一任する。使用装備は2Aクラスまで許可する」

 装備クラスはD(徒手格闘)から3A(対陸海空正規軍)までの12段階が存在する。最低のDクラスは徒手格闘(装備無)、最高の3Aは全力対陸海空正規軍装備に相当し、試験開発装備を含めた全ての兵装と備蓄弾薬を全力運用を表す。

例外としてVAクラスがあるが、これは完全非公開の開発していることすら秘匿されている特殊兵装を表すクラスとされている。

さて、2Aクラスは、実用配備された兵装全使用許可に該当している。これはつまり、事実上の全力出動に等しい。

「――! 樫宮特務隊長。了解しました」

 敬礼をもって答える。その手を振り下ろしながら身体をメインスクリーンに向け、命令を下す。

「突入制圧部隊、2A装備基準に従って五分以内に出動待機状態に移行。以後の指揮はデータ通信にて指示する」

 人員があらかじめ定められた手順通りに動き回り、出動準備を整えていく。

――この事態は想定されていた。そのために機動二課とこの都市は五年の歳月をかけて整備されていたのだ。

 軌道エレベータ施設防衛と近隣都市守備を名目に創設され、小規模ながらも陸海空すべての兵装を備えた機動軍団規模に匹敵する戦闘力をもつ地域警察機構。

 普通に考えればありえないこの構想が実現したのは、国連加盟国すべての利害が一致したのだ。

 たった一つの目的のために。

「――PLDおよび輸送部隊! 2A装備基準に従って出動準備、以下命令を待て」

樫宮特務隊長は一連の命を降した後、ヘッドセットのマイクに手を遣り、"少女"に繋ぐ。「パクスリーダーよりパクス0へ」


 喧噪を極める司令室の最後部から青年が退出する。

 歩きながら白衣の青年は口元をうすく歪める

「ようやくだ……ああ、もうすぐ、もうすぐだよ、玲。やっと……やっと、〝敵〟が討てる」

 彼の独り言は誰にも気がつかれないまま宙に消えた。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


『パクスリーダーよりパクス0へ』

「こちらパクス0」

 渋滞や混乱を避けて、電柱やビルの屋上を飛び跳ねながら機動二課本部に向かっていた玲は樫宮班長からの通信を受けながら、なおも速度は緩めずに進行していた。

 定期パトロール業務に入っていたため、いつもの白銀のバニーガール姿になっている。

『非常事態宣言D-3が発動されていることは確認しているわね?』

「はい、こちらでもモニタしています」

 網膜投影ディスプレイにD-3宣言発動中と点滅している。そして、あらたに市街地区が透過表示されて、第七区のある部分が拡大された。

『では、市街地図のαポイントまで移動し、現地の状況を確認。なお撤退を最優先し、交戦が避けられない場合は武装無制限許可とする』

「え……? 無制限許可って、パクスリーダー!?」

『なんだ?』

「敵が、武装を必要とする敵が来ているんですか!?」

『それは不明だ、状況を確認し交戦は可能な限り避けよ』

「――パクス0復唱します。αポイントの状況を確認、撤退を最優先、撤退時に交戦が避けられぬ場合のみに通常武装の使用無制限とする。以上了解しました」

『よろしい、行動はすべてモニタしている。行動判断はパクス0に一任するが、こちらから出した指示は従え。以上だ』

「了解、パクス0、行動を開始します」



 銀髪の玲は渋滞や人の喧騒が途切れたところで、跳ぶのをやめて地上に降りる。

 空中投影広告や灯火が途切れた薄暗い区画に入り、姿勢を低くして歩道を音もなく駆ける。

交差点では一度ビルや植え込みなどの物陰に隠れ、人影や異常がないことを確認しつつ進行する。

《周辺空間内に正体不明の質量を検知。これの発するエネルギーフィールドが妨害となっているようです》

 戦術・分析システムが彼女へ報告する。

「攻撃性と影響は?」

《不明。現状では身体異常を確認できません》

「以後対NBC防御を追加。有害なものは排除して」

《対NBC防御設定を追加、体表面より5cmに設定》

 〝身体に影響のない物質を必要量のみ透過する〟設定で限定NMフィールドを展開する。この指定のために未知の正体不明物質についても除去が可能である。

 この優秀な物質空間制御システムがあるために、彼女は場所・衣装を問わずにあらゆる局面において活動可能である。

「パクス0より管制本部」

『こちら管制本部』

「いまαポイントを進行中。中央通り八街区3交差点信号前南西。そちらのGPSマップとの差異はありますか?」

『位置情報誤差はありません。異常な点についてはなにかありますか』

「自動報告にありますが、正体不明の質量が空間内にあります。こちらはNBC防御を起動しました」

『了解。引き続き偵察行動を行ってください』

「了解。交信終わります」

 無線交信を終え、彼女は引き続き静かに進行する。空中に撒かれた正体不明の質量物質の濃度が高い方向を目指す。

 この物質の正体は彼女には見当はついていた。なら、これを散布するなり操る人物なりが至近にいる可能性を考えていた。


 「しかも、これ見よがしにあの光……。身を隠す気はないということか」

 

 玲が見上げる方向、オフィスビルの隙間から垣間見える黄金色の輝き。その方向の物質密度が濃いことはデータで判明している。


 なんらかの罠の可能性は高いが、逃げるだけならばおそらく大丈夫だろう。

 玲は普通の人間の数十倍の運動能力をもち、戦闘機以上の機動力がある。

 これで対応できない事態はまずない――玲も機動二課上層部もそう考えていた。 


 音もなく、しかし迅速にビルの影を伝って走る。

 角や大通りにかかればかがみこみ、うさみみヘアバンド先端の可視/赤外カメラで周囲の状況を確認する。

 敵や取り残された人らしきものがないことを確認すると素早く渡り、次の影や街角カメラの死角に潜む。

 そういう行動を繰り返して、黄金色の輝きの強い地点――第七区中央通りの起点まで到達する。

 ビルの影から、ほんの少しだけうさみみヘアバンドをのぞかせて素早く周囲を観察する。

  

「は?」

 玲は思わず間抜けな声を出していた。

 カメラの映像、中央通りの基点ロータリー。緑化された時計台の根元付近、そこに。


 荘厳な黄金色に輝く鎧姿の男が傲然と立っていた。


 金糸のような黄金色の髪に蒼いサファイヤのような瞳。

 古代彫刻のように美しく整った顔は美形だ。

 黄金色に輝く鎧を纏う姿は古代の戦士を思わせるほどに均整のとれた長身。


 その横には膝をついた同じくらい美麗な偉丈夫。

 両手を顔の前で組み合わせ、恭しく頭を垂れている童子童女。


 それは一幅の歴史絵画を思わせるような風景だった。

 ここが最先端都市の中央通りなどでなければ。


(え、なに、このヘンな人たち?)

 玲は戸惑いながらも、うさみみヘアバンドに内蔵された指向性高感度マイクを向けて、周辺の音を拾う。

 彼女の耳に会話が飛び込んでくる。 


「……におうな」

「はっ、近くに一匹おるようです」

「ふむ……」

 黄金の男が鷹揚に顎をしゃくる。

 意を受けた偉丈夫の男が、佩いていた美しい装飾の剣を鞘からゆったりと引き抜き抜いた。


 数十メートル離れたその光景をカメラ越しに見ていた玲は、ぞわりと悪寒を感じ。

 ――全力で、跳んだ。


 玲の足元のアスファルトが抉れる同時、男が剣をゆらりと一閃。

 その瞬間、大気が歪み、玲の隠れていたビル壁が爆音とともに大きく抉られ、粉々になる。

 NMクラフトまで使って全力で跳んだ玲は、強化コンクリートの破片を背に受けながら地面を這うような姿勢で両手両足をつき、NMクラフトの出力を反転する。

 小柄な身体は強大なGに耐え、地面についた細い手足でアスファルト上に抉った軌跡をつくりながら、白煙を上げて減速する。

 すべては一瞬。

 中央通りの真中、黄金の男たちの前に姿をさらしてしまう。

 

 「な、なに、いまの……」

 玲は悪寒と驚愕から、立ち直らないままつぶやく。

 行動してから、自分の軌跡と周囲状況を把握して、ありえない事象が起きていたことを理解した。

 離れた場所から剣の一振りで、強化コンクリートのビル外壁を破壊するなどといった攻撃。

 まるで魔法のような、物理的にありえない現象だ。

 

 混乱する玲とは裏腹に、戦術・分析量子コンピュータ群『SUSANOH-II』は状況を分析、推論を玲に示す。

 ナノマシンによる伝導物理破壊攻撃。それは、彼女には禁止/停止されている機能と同じ。

 すなわち、彼らは――。 


「控えよ、下賤な塵芥がごとき人の子よ!」

「ぐっ!」


《周囲に疑似重力が発生。3G前後です》

 男の声が聞こえると共に、全身が重たくなり、不意の加重に膝がよろめく。同時に戦術解析システムから報告。

 3G程度なら、彼女には大した負担ではない。すぐに身体バランスを回復した。

 立ち直った彼女を見て、男は激昂する。

「御いと高き方々を前にして、不敬であるっ! この方をどなたと心得る!」


 (いや、知りませんから。そんな悪趣味な金ぴか……)

 玲は心のうちだけでぼやきながら、身体のバランスを調整し、離脱準備を進める。


 黄金の男の傍にひざまずく童子が朗々と詠う。

「遥か古代、悠久の時を超えて続きたる、いと尊き高貴なる血の方々」


《危険度判定 1Cレベル。外燃機関NMドライブ アイドリングから出力20%へ上昇させます》

 急速離脱のためのNMクラフトの展開準備と進路を演算し始める。


 黄金の男の傍にひざまずく童女が朗々と称え詠う。

「万物の真なる主が一族にして美しき武の化身」


 偵察情報の取得は充分とはいえないが、各種観測データは取れている。

 電磁波妨害のためか、データ通信の障害がひどくてろくに送信できていないが、それも彼女がデータを持ち帰れば済むことだった。

 彼らの話を記録しながらも、離脱すべく重心を変えようとしたときに、「儀式」が終了した。


 偉丈夫たち全員が美しく唱和して、黄金の男を称える。


『聖武神皇様の御前である』






えー、なんつーかアレでひざかっくんな感じですが、コメディではなく、どシリアスです。

以後、もう嫌になるほど、どシリアスが続きます。

このあたり最初からの予定でありんす。


ちなみに今回の御一行様方、本人たちはしごく真面目です。


次回、パクス・バニー全力戦闘編です。



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