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超科学守護少女パクス・バニー ~神への階梯~  作者: 森河尚武
第二章 日常あるいは平穏な日々
6/10

日常あるいは平穏な日々 Cパート

――いつだって、終わってから気がついた。

 友達との何気ない会話、学校の授業、誰かと一緒に帰る通学路、誰かと一緒に食べる帰り道のおいしいもの。

 けんかをする、仲直りをする、みんなでがんばる学祭、みんなで必死になる体育祭。

 みんなとすごす日常。

ぜんぶがぜんぶ、かけがえのない日々なんだってことを。


さぁ、ここが運命の分岐点。

あなたが選ぶ、あなたが決める。それが、あなたの運命を定める。

だからよく考えて。

それが、本当にあなたのためになるのかってことを。




「髪型とか、服装ヘンじゃないかな、風香さん」

「大丈夫、ちゃんとかわいいから」

 玲はしきりに前髪やワンピースの胸元にさわりながら訊く。風香は苦笑しながらももう一度だけ目視でチェックをしてあげる。

 ちなみにこの会話、朝から5回目であるが、玲にはその自覚がない。

「はい、ちょっと回って」

 風香の言葉に玲は素直にくるりと回る。白いワンピースのスカートがふわりと舞い上がって元に戻る。

「うん、大丈夫、お約束のくるりにも問題なしね」

「? お約束のくるりってなんですか?」

「うん、かわいい子はスカートに着替えたら、くるりと回らなければいけないのよ」

「なんでですか?」

「それが"お約束"だからよ」

「……?」

 要領を得なくて小首をかしげる玲だが、風香はそれ以上答える気がないのか、化粧道具などの後片付けを始めた。

 納得は行かないけれどもそれ以上に気になることがあるので、彼女はドア脇の姿見で、全身をまた確認し始める。

 (だって、なんか気になるんだもの、こんなおしゃれしばらくしてなかったし……)

そういう言い訳をしながら。

「よし、服装もお化粧もバッチリね――といっても、お化粧はほとんどいらないわよねー、若いわ、うん。――NE・TA・MA・SHI・I……」

 風香の言葉の最後の方は小声で、玲には聞こえていない。

 やっぱりいろいろと気になるのか、そわそわしながら髪にふれたり、スカートのすそや足元をドア脇の姿見でしきりに確認している。

 (こういうところは女の子らしいんだけどね、でも女の子のような感情に無頓着なのはどうにかしたいわね)

 風香はそう思いながら、この日のために用意していた贈り物を渡す。

「はい、これ小物入れのミニバッグね。リップクリームにハンカチ、ティッシュなどをいろいろ必要そうなものを入れてあるから見ておきなさい。――あなたへのプレゼントよ」

「わぁ、ありがとうっ、風香さん! 大事にしますっ!」

 玲は本当にうれしそうにして礼をいう。

 こういうかわいらしい小物は、玲にはちょっと憧れだった。

 彼女はほとんど何も要求しない。必要なものでも支給品や代用品があればそちらですましてしまう。

 でも、無欲というわけではない。ときどきものすごく物欲しそうな顔をするときがあって、そういう時は言ってくれれば用意するのにと風香は歯がゆく思っていた。

というか部隊員ほぼ全員が思っていた。あの副長でさえも。

しかし気を回して準備しても、まず受け取らないのだ。どうも、そういうものを自分が持つのは分不相応と思っているらしい。


 よし、といって風香は玲の肩をぽんっと叩いて促す。

「じゃあ、いってらっしゃい、楽しんできなさい」

「はい、風香さん、行ってきます!」


 玲が笑顔で部屋から出て行った後。

「パクス0移動開始。状況・予定に変更なし。各班は予定通りに行動開始せよ」

 樫宮特務隊長は襟元の無線機で各班に行動開始指示を出す。


「ところで風香くん、これ、いつ外してくれるのかね?」

 風呂場からようやく這い出してきた縄でぐるぐる巻きにされているそれが、猿ぐつわをぬるっと外して声を上げた。

「え? いえ、今日一日は外す予定はありませんが」

「なんですとーっ!、妹の初デートを邪魔するのは兄の〝神から与えられた権利〟だろうっ!」

「いや、そんな権利ありませんから。というか、あんた『ここ』から出られないことよくしってるでしょうが」

 風香はこめかみを抑えながら、おもわず地でぼやく。

 今日も今日とていろいろと大変な風香姐さんである。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 中島隼は待ち合わせの駅前に15分ほどまえに着いた。

 ちなみに現地集合でいいんじゃないかと思ったのだが、風香にくぎを刺されたのだ。

いわく『道のりも二人で楽しむのがデートよ?』

 いや、だからデートじゃないから。そもそも恋人じゃないから。それっぽく見せてるだけだから。

 別に二人で出かけるだけだし――あれ、まてよ……休日に女の子と一緒に遊びに行くのって……デートになるのか?

 

「よー、中島っ! 珍しいな、こんな朝早くからどうしたん?」

「ああ、川崎か。ん、まぁちょっと人と待ち合わせだ。お前のほうは?」

「おれ、今日ゲームの発売日だから中央区の店にいくところ。なんだよ、まさか結城さんとデートか!?」

「あ~……まぁ、そんなところだ」

「な、なんだとぉおおおおおお!」

 素っ頓狂な大声を上げる彼に隼はびっくりする。

「な、なんだよ、急に」

「お、おまえ、玲ちゃんとデートだとぉっ! いつのまにそこまで進んでんだよ」

「あー、いちおう〝付き合い〟始めたんだから普通だろ?」

 どこかおかしいだろうかと内心首をひねるが、わからない。

 あの〝告白〟から一週間以上経った週末なのだから、それくらい普通だろうと考えたのだが、友人たる川崎くんの考えは違ったらしい。

「くそっ、なんだよ、おまえ、もう〝大人の階段〟のぼっちゃったのかよぉおおお、この裏切者めぇええええっ!」

「――まて、その考えはおかしい」

 意味をちょっと考えてしまったせいか、わずかに遅れてつっこむが聞いちゃいない。

「なに言ってんだよ、俺たちもう高校生だよ、それが彼女と二人きりになったらヤることなんて決まってるじゃないかあああああっ!」

「いや、だから、その考えはおかしいだろ」

「かわいい彼女が出来た男が考えることなんて、ひとつっ! 異論は認めぇええええんんんんっ!」

「ああ、もう。聞けよ、人の話……」

 一人でヒートアップする川崎に、隼はさすがに辟易し始めた。

「な、なんだよ、その余裕っ! やっぱり先に大人になりやがったからかっ! そうなのかっ! ち、ちくしょう! こ、このリア充め~~~~~~~~!!! おまえなんて、軌道上から堕ちて潰れろっ!」

 泣きながら川崎くんが走って去ってゆく。

でもしっかり電車に乗って中央区に向かうあたり、いつもどおりなのかもしれない。

(リア充と言われてもな……偽装で遊園地に付き合わされるのが充実した日なのかな?)

 隼は首をかしげる。

 契約の範囲内であるし、そもそもあの中身が残念すぎる玲である。実態を少し知っているだけに、あまり女の子と思えないのが実情だった。

ただ彼女は中身はともかく外見と行動が小動物系なせいか、わりとみなに人気があることはおぼろげながら解ってきていた。

 そんな子と二人で出かけるというのは、つまり。

「他人から見ればリア充か」

「なにがリア充なの?」

「あ、玲――」

 掛けられた声に気が付いて振り返りながら〝さん〟、と続けようとして、固まった。


 ――絵画から抜け出してきたみたいに可憐な少女がそこにいた。


「おはよう、隼くん」

「――おはよう、玲さん」

 何でもないように云ってくる玲に、隼はそう返すのがやっとだった。

 今日の結城玲は、いつもとはまったく違っていた。

 オフホワイトのサマーワンピースに薄い水色のサマーカーディガン。

 いつもつけている首元のチョーカーは、今日はうすいピンクのベルトで、飾りも繊細な模様が刻まれたおしゃれなプレートが両側にある。

 メガネも野暮ったい黒縁ではなくノンフレームの軽いもので、艶やかな黒髪はいつもの三つ編みではなく、後ろに流して腰のあたりで白いリボンでまとめていた。

 靴は黒い革靴に白い三つ折りソックスで赤いワンポイントが入っている。

 そして人形のようにきめ細やかな白い肌、でも不健康な感じはまるでしない。


 隼はしばらく口を開いたり閉じたりする。玲はちょっともじもじしながらも小首をかしげている。

「あ、ああ。うん。あー、うん……そ、の……。ふ、服、よく似合ってるよ」

 彼は意味もないうなづきを何度も繰り返して、ようやくぶっきらぼうな言葉が出た。

「あ、ありがとう……」

 玲は、はにかみながらとてもうれしそうにした。


 その笑顔におもわず「かわいい」とつぶやきそうになって、隼はなぜかとても慌てて振り払って、別のことを考える。


(――なんだ、この〝美少女〟。これが、あの残念すぎる子か!?)


 なにかに負けそうな気がして、ぐっと気合を入れる。 

「じゃ、じゃぁ、いこうか」

「うん、いこう。……あっ!」

 歩き出した途端、なにもない路上で躓きそうになる少女。

 いつもと違う恰好で雰囲気が違っても、やっぱりドジッ娘だった。



 環状線経由で新湾岸方面に15分ほど。機動二課のある港湾地区とは海を挟んで、ほぼ対面に今日の目的地はあった。

 

 新湾岸公園に併設された≪みずほランド≫は、瑞穂市近郊で最大規模を誇るテーマ・パークだ。

 公園を兼ねた広大な敷地は、市民の憩いの場にもなっている。

 ここは公園利用は無料で、アトラクションやバーベキュー場などの有料施設を利用する場合に、端末IDで確認するようになっている。

 アトラクションの数は少ないが、大がかりで内容の凝ったものが多い。


「人、多いね」

「そうかな、都心にいけばこれくらいはいつもいるよ」

「そうなんだ。ボク、あんまり都心とかいかないからよくわかんないけど」

「僕もたまに大型書店に行くくらいかな」

 数多くの家族や恋人同士がいるが、広大な敷地のせいか人であふれるというほどではない。

 混雑していた駅前ではぐれそうになったので、手をつなぎながら少年と少女は歩いていた。

 傍から見れば、初々しい高校生カップルに見えるが、隼はそういう風には思っていない。本当にはぐれそうになったから、手をつないでいる程度の認識だ。

一方の玲は、ちょっと嬉しそうにしている。


 隼の腕輪型ID端末から空中投影モニタを表示させ、二人で見ながら相談する。 

「どうしようか?」

「うーん、いろいろ乗りたいな。こういうところあんまり来ないから……」

「僕もそうなんだけどな。とりあえず、定番らしいものからいってみようか」

「そうしましょう、でも一番人気がジェットコースターって普通なのかな……」

「……さぁ?」



 アトラクションへの入場は、読取装置にID端末をかざすだけで終わる。

 あとは係員の誘導指示に従って車両に乗り込み、座席の安全バーで固定される。

 安全バーの固定を点検した係員が笑顔で云った「いってらっしゃいませ」の言葉とともにコースターが動き出す。


 少しずつ頂点へ登っていくコースターの中で、玲は安全バーを握りながらそわそわしている。

「な、なんかどきどきする……ちょっと怖いかも」

「……いや、これくらい慣れているんじゃないの?」

 つい疑問に思ってしまった隼が尋ねる。中継や報道番組ではここより高いビルの屋上から飛び降りたり、空を飛んだりしているのだ、これくらいはとつい考えてしまう。

「だ、だって、いま、すっぴんだから、〝機能〟ロックされていて使えないんだものっ!」

 玲の返答はなにかズレたものだった。

 会話をしていると、コースターがついに頂上まで到達する。あとは先に進むだけだった。

最大斜度35度、捻りこみ四回転という、かなり凶悪なコースが隼と玲を襲う。

「きゃーっ!!!」 

「――っ!」

 最初に絶叫系はやめておくべきだったと反省した二人だった。



 一気に気力を奪われた二人は、目についた『世界の猫館』に入る。猫に癒されたかったのだ。

 世界中の猫を集めて飼育しているその博物館は予約制だったが、VIPチケット向けの割り当てが残っていたため、予約なしも入れてくれた。

二人はVIPチケットの威力に感心しながら、展示場に着いた。


 学校の教室くらいの展示部屋に猫たちが数匹いる。中には遊び道具、トイレや水場などが設置されている。

 部屋の周囲は頑丈なマジックミラーで囲んであり、どこからでも中の様子を覗けるようになっている。

 案内表示によれば、それらと同じ規模の部屋がいくつかあるようだった。


 猫たちが飼育員と遊んでいる。ねこじゃらしにジャンプしたり、飼育員の背中をかけのぼったりして楽しそうに遊んでいる。

 部屋の周囲にいる人たちはそのかわいい仕草をみてほんわかしていた。 


 猫たちに極力ストレスを与えないよう、部屋は音が遮断されて、自然の太陽光が入って明るい。壁は全てマジックミラーなので、人がいる通路側は暗くしてある。

 玲は子猫飼育展示室にかぶりつくように張り付いている。

「かわいいなぁー。あ、転んだ。ああ、ころころ転がって遊んでるのかー」


 玲さんもやっぱりかわいいものが好きなんだなーとごく当たり前の感想を抱く。

「玲さん、あっちで猫に触れあえるみたいだよ」

 そういって≪ふれあい広場へ≫と表示されたプレートを指差す。

「うそっ! いく、ぜったいにいく!」

 音がしそうなくらいの速さで振り向くと、きょろきょろし始める。

 もしかしなくても猫好きなんだなーと半ば現実逃避的な思考をしながら、小走りで≪ふれあい広場≫に突撃する玲の後をついていく。


 ――そして玲は床に手をついて、絶望に打ちのめされていた。

「き、嫌わるなんて……さわりたいのに~」

 なぜか猫が近づきたがらない。近くに寄っていくと、ふーっと唸って怯えるほどだった。

「隼くん、ずるい……」

 座ってグレーの和猫の喉元を撫でている隼を恨めしそうに見ている。

「いや、そんな顔されても困るんだけど……」


 けっきょくお昼過ぎまで≪世界の猫館≫で過ごした。

 玲も最後のほうでようやく猫にふれることに成功した。

 それまで玲に怯えて近づかなかった猫たちが、急にその様子を変えて、緊張感がなくなったのだ。

 おそるおそる近づく玲から逃げない。つんと猫の頬をつつくと、ネコパンチを打ってくる。

 他の猫は彼女の背中を上っっていたり、頭の上に座ってあくびをしたりと気ままにふるまっている。

 重そうだが、彼女はとてもうれしそうだった。

  

 なにをしたのか、まるでわからなくてつい聞いてしまったが、「秘密です」と言われてしまえばそれ以上追及などできなかった。



 昼食は、近くにあったハンバーガー店に入った。

「しかし、玲さんはおいしそうによく食べるよね」

「ふぇ? だってお腹がすくじゃない」

 Lサイズのフライドポテトにたっぷりのケチャップをつけて、さくさく食べている。

「もうちょっと塩味が強いほうがいいなー」

「味付け濃いほうが好きなんだ?」

「うん、そっちのほうが食べた気がするじゃない?」

 おいしそうに食べる玲の姿は、なんかほんわかするなぁーと取り留めもなく考えながら、ハンバーガーにかぶりつく。

 温かい肉汁が口の中になだれ込み、ピクルスの酸味がすこし甘い肉汁をぴりっと引き締める。

「あ、おいしい」

「おいしいでしょ? 昔、こことは違う店に連れて行ってもらってから、このチェーン店は好きなんだー。お値段がちょっと高いけど」

 少女がはしゃぎながら教える。たしかに高校生にこの値段はかなりキツくて、おごってあげるのは無理だろう。

「よかったら、これも食べていいよ」

 そういって彼の注文したフライドオニオンを少し寄せる

「うん、ちょっともらうね。……これもちょっと甘くてちょっとしょっぱいのがいいよねー」

 彼女は本当に幸せそうに食べる。その子供のような彼女を眺めながら、彼はふと思いついた。


(ああ、そうか。年下の子どもみたいなんだ、同い年なのに。だから、つい世話を焼きたくなるのかな?)


 隼はその思いつきをあまり深く考えずに流す。別に彼女と付き合うのにそれは重要なことではないと、そう無意識に思っていたからだった。



 それからも彼と彼女はいろいろなところを見て回った。


「うふふっ、夢にまで見たきょ…にゅう……うふふ」

 胸に手をやって、どこか虚ろな顔で不気味に笑っている少女。

彼女の前の歪んだミラーが少女の体の一部をむりやり引き伸ばして写している。

 ミラーハウス迷路ではぐれて、探し回っていたら、そういう光景にぶつかり、ちょっとどうしようかと迷う。

「はっ! な、なんでもないからっ! ホ、ホントだよっ!」

 隼の姿をみつけて、玲はわたわたと慌てて取り繕うが、すでに遅し。

 しかし、なにも見なかったことにしようと隼は決めた。



「きゃーっ!」

「うぉっと」

 軽い浮遊感。バイキング船を模した船体が勢いよく落ちてそのまま天を翔けあがる。

頭上で繋がれた回転軸の頂点まで達して、いったん静止する。

 少女の長い髪が落ちてまっさかさまになる。

 そして、今度は背後に向かって落ちていく。

「きゃーっ!」

「っ!!」



「あれ、乗ろ?」

「いや、あれはちょっと……」

 少女が指差した先には、回転する木馬。いわゆるメリーゴーランドだった。

「んじゃ、わたし、乗ってくるねっ!」

 はしゃぐ少女に苦笑するしかなかった。



「あれはどうする?」

「い、いや、あれはちょっと……」

「あーうん、僕も苦手だから……」

 モンスターハウスは却下された。



「くるくる回る~♪」

「ちょ、回しすぎじゃない?」

「あははー♪」

 〝コーヒーカップ〟で、やたらに回したがる少女にさすがに辟易する少年だった。


 

「けっこういろいろあるんだねー。初めて来たから知らなかった」

「そうだね、いろいろ乗ったね。ちょっと休まない?」

 売店とベンチを見つけて、隼は提案する。


「なににする? ジュース? それともソフトクリームがいいかな?」

「うーん、ソフトクリーム食べたいな、甘いの」

「じゃ、ちょっと行ってくるよ、そこで待ってて」

「え、一緒に行くよ?」

「いいよ、いいよ、僕が買ってくるから。玲さんはそこで席をとっといて」

「え、悪いよ。一緒に行くよ」

「まー、いちおう〝彼氏〟なんだから、これくらいはおごらせてよ」

「――うん、わかった。待ってるね」

 玲は空いていたベンチに座り、小さく手を振って隼を送り出す。


 隼は売店の列に並び、メニューを探す。そこでふと目に留まった文字。

――売店の脇にあったのぼりを見て、ちょっとしたいたずらを思いついた。


 薄緑色のソフトクリームを両手に持って、玲が待っているベンチへ向かう。

 彼の向かう先から黒髪の少女が歩いてくる。

 オフホワイトのワンピースに、水色のサマーカーディガン、長い黒髪を後ろに流して、白いリボンで止めている。

 玲とよく似た格好だったが、身長が高いから間違えるはずもない。


 ――だが、その少女は、なにかが不自然だった。

 彼女の周囲にだけ人がいない。かといって人の流れを阻害しているわけではない。

 誰も彼女を視界に入れていないのに、人が自然に避けている。

 彼はその異常に気が付いていない。なぜならば彼だけは彼女を認識しているからだ。

 

 黒髪の少女はゆっくりと歩いていて、自然に彼の傍を通り過ぎようとする。

 小走りの彼が彼女の横をすれ違った瞬間、かろうじて聞こえるくらいの、小さな声。


 ここが、あなたの分岐点。

あなたの選択が、あなたと--の運命を決める。

よく考えて。

なにが、あなたにとって大事なのかということを。


「え……?」

 それはすれ違った少女から聞こえたような気がして、慌てて後ろを振り返る。

しかし、たったいま、すれ違ったはずの少女の姿はなかった。

 周りを見回してもどこにもいない。


まるで最初から居なかったかのように。


「なんだ……? 空耳?」

 独り言は、周囲の喧騒にまぎれて彼の耳にしか届かなかった。 



「はい、これ」

 そういって少女に手渡した薄い若草色のソフトクリーム。

「わぁ、ありがとう」

 これから起こるだろうリアクションに対して、さて、どうからかおうかと身構えた。


 ――それは、ほんのちょっとしたいたずら心だった。


「わ、冷た! うん、これだけ晴れてれば冷たくて甘いものはおいしいよね~♪」

「――え?」


 ありえないリアクションに、ぽかんとする。


 甘い? そんなはずはない。だって、それは――。


「どうしたの? あ、返せって言っても返さないからね、これはボクのっ!」

「ああ、いや、そんなこと言わないけど。でも、甘いの、それ?」

「うん、これってマスカット味だよね。このつぶつぶも実なのかな、シャキシャキしてて甘いよ」


 ――ちがう。それは、小さく刻んだわさびの茎だ。


 売店脇の、のぼりにあった『極!辛わさびソフトクリーム』という文字。

 朝方のどきりとした、あの光景のお返しとして、ちょっとびっくりさせてみようと思っただけだった。

 それが、どうしてこんなことになる? 

 彼女がウソをついている? いや、そんなはずはない。彼女は味を楽しんでいるとしか思えない。

 味覚異常? でも食堂のおばちゃんの料理に昼食のハンバーガーを美味しいとも云っている。

 どういうことだ?


 そして彼はその考えがなぜか閃いた。


 ――彼女は、もしかして……味覚がない、のか?


 なんで味が判る?

 ――それはいままで食べたことのあるものから類推すればよい。


 でも食べることが好きとか幸せといっていた。味覚がないのに楽しめるなんて変じゃないか?

 ――それは、彼女が知らないからだ。

 類推した味付けを味覚情報として認識してしまえば、彼女には区別がつかない。


 味覚がないとして、その理由はなんだ?

 ――それは、彼女が----ではないからだ。  


 あるひとつの仮説を彼は認識しない。

 彼女の言動、行動、公式見解といった大量の情報から得られる、それ。

 だが、それが考えてはならないことだと無意識に気が付いていたからこそ、それを思い浮かべないようにしていた。


 しかし、思考とは裏腹に、背筋に冷たいものが降りてくる。それを表情に出さないようにするので精いっぱいだ。


 ――だめだ、それについては考えるな。彼女には深入りするな。あくまでも契約の相手であって、本当の恋人じゃないんだから。


 自分の中のなにかが、そうささやく。思考を無理矢理カットする。

 だから、彼はウソをつく。


「うん、確かに甘い。僕には甘すぎたかも」

「えー、ちょうどいいくらいだと思うよ」

 カットした思考は動揺も消していくはずだった。

 しかし、自分がちゃんと隠せているのか、彼にはまったく自信がなかった。



 さらに、いくつかのアトラクションを楽しんでいると、いつしか夜になっていた。

「最後は、観覧車にしよう?」

「わかった」

 最後のアトラクションは、玲のほうから提案してきた。特に反対する理由もないので同意して乗り場に行く。


「はい、では足元に気を付けてくださいねー。20分の空中遊覧の旅をお楽しみください」

 係員がドアを閉める。


 ゆっくりと登っていくゴンドラ。二人は対面に座って無言だ。

 美しい夜景となりつつある瑞穂市。遠景には航空標識灯の点滅する軌道エレベータが天まで昇っている。


 なんとなく、この時間が長ければいいのになと二人は同じことを思っていた。

 名残惜しいのか、それとも別の理由なのか。それは彼も彼女もよくわかっていない。 


「そういえば、聞いてもいいかな?」

「なにを?」

「隼くんって、星空をよく描いているよね。なにか理由があるの?」

「そうだなー、小さいころから宇宙が好きだったというのはあるかな?」

「それで?」

「玲さんも知ってると思うけど、この眼だと宇宙ってのはすごくいろいろな色が見えるんだよ。小さいころは、他人と違う光景を見ていることが判んなくてさ、父さん母さんをよく困らせてた」

 その頃の自分を思い出して苦笑する。両親から言い含められたことを理解出来なくて、近所のお兄さんやゆーちゃんにも云っていた。

――そういえば、あの人たちは肯定してくれたな。

 ふとそんなことを思い出した。


「だから、小学生のころのの夢は、宇宙飛行士になって宇宙に行くことだったよ。――でも、それは無理だってわかったのが、十歳のときだったかなぁ?」

「それはなんで?」

「四年生のころだったか……ちょっと原因不明の熱で倒れて、病院で精密検査を受けた。その時にこの眼のことが判ってさ」

 宇宙飛行士の第一の条件は、心身ともに正常に健康であること。遺伝病患者はとうぜんダメだった。

「次の挫折が、五年前だ。あの軌道エレベータの落成式さ」

「っ!」

 少女はかすかに息をのんだ。しかし、少年は気づかない。

はるか遠くでライトアップされている軌道エレベータを遠い目で見つめる。

「落成式典はTVで見ていた。忘れもしない、12歳の時だ」

 それは有名な話だった。

 世界中の有名人や政治家などが参列し、厳戒態勢で行われたはずの式典で発生した武装集団の自爆テロ。

 『宇宙に進出することは神のご意思に叶わない』と唱えたカルト教団によるものと云われている。  

「あのときの光景をみて思ったのは、〝これで宇宙に行けなくなった、ちくしょうっ! ふざけやがって〟だったよ。――ヒドイ奴だろ?」

 たくさんの人が死んで、施設が爆発崩壊していく光景を見て、隼は非常に自分勝手なことを思っていた、そのことに気が付いて、自己嫌悪が酷かった。

 しばらくは宇宙の写真を見るのも嫌だったくらい。

 その後、軌道エレベータは商業施設ではなく、医療施設として再出発する。それは、もはや高嶺の花というだけではない。

 高額で、長期の無重力状態が必要な治療に使われる高度医療施設に成績もなにもかも平凡な彼が関われるはずもない。

 一年前の開業式典についても興味を持たなかった。いや、持とうとしなかったのだ。それは叶わない願いだから、そうするしかなかった。


「宇宙を描くのはそれ以前から好きだったけど、意味合いが変わったのはそれ以後かな? 代償行為ってやつなんだと思う」

 彼女は気まずそうに何も言わない。聞くべきではなかったと後悔すらしている。

「だから、今回の治療はすごく楽しみなのと同時にいいのかなとも考えてる。あ、玲さんやドクターには感謝しているよ、これは本当だ。ただ、僕自身がその、幸運に値するのかなと思ってるだけで――」

「――そんなこと言わないでよ」

 えっ?と驚いて少女のほうを見る。

 彼女は怖いくらいに真剣な顔。

「憧れたところに行けるんだから、喜ぶだけでいいんです。幸運だとか価値だとかそんなのは考えなくったっていいんです」

「玲さん……?」

「過去に思ってたことで現在を喜べないなんて、もったいないよ。だって過去は変えられないし、未来はどうなるかなんてわからない。だから今が一番大切。喜んで、怒って、哀しんで、楽しんで、それが出来るのは今だけなんだから」

 少女は不器用に一生懸命に、少年に思ったことを伝える。あまり口達者ではない少女には大変だったが、これは云わなくちゃいけないことだと思ったから。

「だから、つかんだ幸運を大事にしようよ。隼がずっと憧れていたところに行けるんだから、喜こぼうよ」

 そして少女は口をつぐんで、そっぽを向く。恥ずかしいのか、耳がちょっとだけ赤い。


「……ありがとう、玲」

 小さな声で云ったから、少女に聞こえたのかは彼には分らなかった。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 たんっと床を軽やかに蹴り、一足でトップスピードになった少女が武装集団に突入する。


 完全武装の3人1小隊。それが6小隊。

 猛スピードで迫るパクス・バニーに、瞬時に左右に分かれて迎撃体勢を形成。

 一斉に掃射、弾幕を形成する。

 少女はそれらを地を這うような低姿勢で避け、左方に跳躍。床に訓練弾の朱痕。

 床を滑りながら、手をついて前方に加速。後を追うように床を叩く大量の朱痕。

 常人の動体視力では追い切れない彼女を捕捉している。超一流の錬度。


 少女もまた、負けていない。苛烈な弾幕を全て躱し続ける。

 一切の無駄なく正確に、無機質に。

 揺れ動くうさみみ、跳ね回るポニーテールにさえも、かすらせすらしない。

 コンクリ床を滑りながら、地を這うように低い姿勢で縦横無尽に避ける。


 攻防は一進一退。

 銃弾を避ける代わりに近づけない少女。

 近づけさせない代わりに決定打を与えられない小隊。

 

 このまま小隊側の弾薬が尽きるのが早いか、と思われたとき。

 少女が攻勢に転じる。

床を擦るような前傾姿勢になり蹴り足だけで、瞬時に距離を詰める。

 わずか一足で前衛にまで到達した彼女は、廻し滑らせた踏み足をカウンタウェイトに、上半身を起こし、コンパクトな軌道の掌底で前衛の銃床を跳ねあげて射線を逸らす。

 そのまま踏み込んで、急所を打ち抜こうとしたところで、拳を引く。いや、身体ごと引いた。大型ナイフが唐立割りに襲ったからだ。

 その隙に前衛は身を投げ出すようにして少女の背後へと離脱する。

 彼女は追えない。左手と背後から襲いかかる二人組に対処。

 二人の装備は両手に逆手の大型ナイフ。完全に近接格闘の戦闘スタイル。

 ナイフ使いはその刃の速度を身上とする。

 最適軌道を最速で走る刃。

 計四つの刃が絶え間なく少女に襲いかかり、彼女は呼吸のタイミングすらも計れない。

 横薙ぎを頭を低くして避け、一人の刺突を手甲ではじき、避けた横薙ぎが変化してきた逆袈裟を身体ごとの回旋で避けつつ懐に飛び込み、拳を身体に当てようとする。

しかし、腕を狙ってきたもう一人の刺突であきらめて拳を引く。

 代わりに苛烈な右足の踏み込み、同時に打撃を放つ。

 だが、懐に飛び込まれた隊員は、一瞬の攻防の中で距離をとっていて、ぎりぎり回避した。


 ――彼女は戦闘が苦手である。

 圧倒的な身体スペック、半自動身体制御や最先端装備に頼り切っていて、戦闘のプロと相対すれば実際のところはかなりの確率で負けていた。

 しかし、この半年。

 国防軍を上回る戦闘集団である機動二課の訓練で、飛躍的に戦闘能力を高めていた。

 とくに戦闘感覚は、一年前のデビュー当初に比べればもはや別人だった。


 二人の息があった完璧なコンビネーションをかいくぐりつづけ、反撃の機会を伺う。

 かけ声ひとつかけずに、全く同時のタイミングでナイフ使い達が、少女の前後に跳ぶ。

 彼女の八時から三時の方向にかけて半包囲射撃列が形成されていた。前衛も後衛も統合カービン銃を構えている

狙うはただ一人。

白銀のバニーガール――彼女だ。

一斉射撃。

射線がまったく重なっていない。前衛の脇を後衛が射線を通す。練り上げられた技能と、友軍誤射などあるはずがないという強固な意志の結果だ。

 15の射線が織りなす濃密な弾幕。

白銀のバニーガールはおしりから引き抜いたバニーウィップを身体の周囲で旋回、はじいた銃弾で隣の銃弾にぶつけて軌道を変える。

弾幕連鎖反応防御。彼女の得意技だ。

 だが、それは彼らも知っている。

 これは牽制、次段は知覚外からの攻撃。すなわち認識外超精密射撃。

 ウィップの超高速螺旋回転で弾幕を防ぎきった彼女を三発の魔弾が強襲する。

しかし、全方位索敵と索敵範囲内の全ベクトル解析を行っている彼女には届か――。


 ぱんっっと朱い華が咲く。少女の額と剥き出しの左肩に。

 あれっとした顔をして少女は動きを止めた。止めてしまった。

 戦闘中、しかも高速機動戦闘中に、動きを止めてしまえば、当然――。


 ドッパパパパパパパパパパパンッ!

 全身くまなく訓練弾が命中。あたりまえだが、隊員達も急には射撃を止められない。

 遅れてアナウンス。

『パクス・バニー被弾。致命傷と判定、状況終了と判定します』


 ウサミミ少女の全身から朱い染料がぼたぼたと床におちる。

「……すごくいたいです」

 少女が一言、無表情につぶやく。


 隊員達はすぐさまDOGEZAを敢行したのだった。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



「さて、急であるが緊急幹部会議を行う。なお、この会議では一切の記録は残さないのはいつも通りだ。では樫宮くん、報告を」

 大隊長が重々しく告げて、完全防諜の会議室で始まった。

「はい、今回の演習から得られたデータですが、重大な点が一つ。――彼女が明らかに弱体化しています」

 手元の端末を操作して、メインスクリーンに演習のビデオと各種データを表示させる。演習開始から中盤を飛ばし、終盤にさしかかったところで止める。

それは、最後の超精密射撃の場面だった。

「今までの彼女ならば紙一重で避けます。またそれを見越しての射撃ラインで、本命は次撃でした」

 その射手である樫宮が解説する。

「しかし命中した。つまり君の予測とは違ったわけだ。予測が正しいと確信している理由はなんだ?」

「はい、この三発はそれぞれ行動を狭めるための射線です。例外は大跳躍での回避ですが、それは対処不可能ですので無視しました」

 手元のタブレット端末に最終局面の状態モデル3D表示させる。

 それを見て、大隊長も副長もすぐに理解した。

「紙一重で避けられる射線か。回避軌道はの選択肢はほとんどないうえに、合理的待避ラインは一つだな」

 回避予測軌道を赤いラインで表示される。少女の簡易モデル表示ではたしかに射線を紙一重で避けられた。

「しかし、実際には初弾は確かに避けていますが、二発目、三発目が直撃しています」

 実際の行動ラインが緑色で表示される。

 初弾を大きく避けた結果、二発目と三発目の射線に入っていた。

「どう考える?」

「少なくともわたしには理由が一つしか思い浮かびません」

 おそらく同じ事を思い浮かべたのだろう、副長が目線だけで先を促す。

 樫宮が解説する。

「戦闘予測システムによる回避ではなく、彼女自身による回避。すなわち〝彼女は銃弾の直撃を恐れた〟」

「ああ、私もそう考えた」

 副長も同意する。いつもの無機質でただ計算されただけの回避軌道ではないことを見て取ったのだ。

「今までには見られなかった行動パターンです。彼女は戦闘予測システムによる自動回避しか使用していません。実戦ではそもそも直撃しても気にしていません」

 彼女を通常兵器によって破壊することはほとんど出来ない。回避システムはそれを隠すための囮でさえあった。

「ふむ……凶か、吉か、判断がつかんな」

「吉ですよ、大隊長」

 それまで一言も発していなかった白衣の青年が言った。

 大隊長は視線だけで続きを促す。

「いままで玲は、銃弾の直撃なんてほとんど気にしていませんでした。そりゃそうです、あの身体を傷つけられる通常兵器なんてありませんからね」

 くすくすと笑いながら青年が続ける。心底からうれしそうに。

「だけど、玲は銃弾を避けた」

 傷つかないと判っているのに、ですよと笑う。

「つまり、銃弾に恐怖を感じたと云うことです。それは、とても人間らしい感情じゃないですかっ!」


デートシーンでした。これが二人の最後の平穏なエピソードです。


次回からデストローイ!

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