エンディング&プロローグ ~そうして少年と少女は出会った
――これは“呪い”だ。
彼は、そう思った。
彼女が向けてくるのは少し困ったような、笑顔。
心配をかけまいと、大丈夫なんだってごまかそうと必死に笑顔の"演技"をしている。
でも、ぜんぜんごまかせていない。
ふれれば折れてしまいそうなくらい小さな身体も胸元で組んだ手も小さくふるえていて。
今にも消えてしまいそうなほど、はかなくて。
どうしてだ。
どうして、ただの女の子にこんな重荷が。
いったい彼女がなにをしたっていうんだよっ!
こんな、こんなヒトじゃなくなるようなことを、彼女がしたって云うのかよっ!?
みろよ、あのふるえを。あんなに小さな身体にこの世界全てを背負って。
おかしいだろ、彼女は、ただの、ふつうの女の子だ。何かの運命をもっていたりする子じゃないっ!
放課後に友達とおしゃべりしたり、アイスを食べたりするのが似合う、ただの高校生じゃないか。
それなのにどうして、こんなことになっているんだよっ!
なにが、〝星の神〟だっ!
こんなの、ただの呪いじゃないかっ!
遥か昔にここより去った何者かを盛大に呪う。
でも、それ以上に彼女を守れなかった自分を呪う。
大切な人ひとり守れなかった自分を。約束を守ることすら出来なかった自分を。
もうオレがキミに、して上げられることは、たったひとつしかない。
彼は彼女に約束をする。それは、何をもってしてでも果たされるべき約束。
「約束だ、玲。かならず、かならずだ。何をしてでも何年かかってでも必ずキミを――」
ころす、と。
ああ、と吐息を漏らして少女は笑顔になった。
「うん、待ってる。ボク、ずっと待ってる」
少女は、約束にして呪いの言葉を紡ぐ。
最高の笑顔にひとすじの涙を流して。
それは彼女にとって最後の希望、必ず果たされる約束。
この世界で、たった一人。大切な人が果たすと約束してくれた。それだけで、ボクは待っていられる――。
彼女は待っていると決めた。大切な彼が、自分のために来てくれることを。
彼は彼女を救うと決めた。大切な彼女が望んだ、人として生きてもらうために。
この二人が結ばれることなんてない。でも、一生に足る恋をした。
あとは、ただ大切な人のためにできることを。
これは運命なんてものじゃない。彼が望んで、決めたこと。
だから彼は、最後まで躊躇することはないだろう。何をしてでも彼は彼女の望みを叶える。
たった二人による、カミ殺しの物語が開幕する。
――このおとぎばなしの終わりは定まっている。
皆が互いの幸せを願って選んでいったみちゆき。
これは愛と勇気と希望でつむがれる絶望の果てにある、たったひとつの小さな救い。
これは、そんなおとぎばなし。
~プロローグ~
「ぐっ!」
ブロック塀にがつんと押しつけられて、メガネがアスファルトに落ちた。
「ちょーっと、お兄さんたちにそのポケットの中のモノを貸してくれないかな、無期限でさ」
シャツをつかんで塀に押しつけた金髪ピアスの男は、にやにやしながら僕に言った。他の二人もおなじように、にやにやしながら、彼を上から覗き込む。
いまどき珍しいくらいの典型的素行不良ファッションのグループ三人に彼はカツアゲされようとしていた。
(まいったなぁ……ちょっと遅くに本屋に行こうとしただけで絡まれるなんてついてない)
時刻は午後八時を少し過ぎたところだった。
いつも買っているマンガ雑誌を買いに出ただけなのだが、どういうわけか絶滅寸前の素行不良グループに目をつけられて路地裏に連れ込まれた。
なんてマンガ展開……こんなのにまきこまれるなんて交通事故より確率が低いことだろう。
「へへ、ちょーっとお兄さんたちにお金がないのよ。ジュースも買えないくらい金欠なんだネー」
「だから、「ボク」のポケットの中にある財布をちょこっと貸してくれればお兄さんたちハッピー!」
「「ボク」も痛くなくてハッピー! みんなはっぴーなんだぜ?」
げらげら笑いながら楽しそうに脅してくる三人組。
(痛いのはいやだし、財布の中にも、たいした金額入ってないし)
彼はあきらめて、今月の残り少ない小遣いが入った財布を取り出そうとしたところで――
「みなさん、なにしているんですか?」
女の子の声が頭の上から聞こえた。
「えっ!」
彼が見上げると『紅髪の天使』がいた。
ブロック塀の上にちょこんとしゃがみ込んで、小首をかしげて彼らを見ている。
頭の上にはゆらゆらと『うさみみ』が揺れている。
「げっ、『バニー』! なんでこんなところにっ!?」
「いや、なんでもないですよっ! ぼくたち、ちょっと彼とお話ししていただけで!」
「もう終わりましたから、退散しますよ、はははっはは」
不良三人組が慌てて逃げだそうとしている。
「そうですか? 先ほどからあんまりよくない内容が記録されているんですけど」
そういって女の子はうさみみの先端を指さす。
青ざめる三人組。そこで集音された記録は裁判にも使用されるということで有名である。
「んー、彼にきちんと謝罪したら、もしかしたらID一時保留で済むかもしれませんよ?」
にこにこしながら少女は提案する。青少年に犯歴をつけることがお仕事じゃないのでとぼそりとつけたしながら。
「っ、すみません。ちょっとちょーしこきました。ごめんなさい」
「もうしませんから許してください」
「ごめんなさい」
即座に謝り始める不良三人組。あまりの素早い身替わりに、逆に彼は戸惑う。
「許さないんですか?」と少女が戸惑っている彼に云う。
「ああ、えーとわかりました。謝罪を受け入れます」
「「「ありがとうございますっ!」」」
まったく同じタイミングで感謝する三人。
(なんかこの人たち、意外と悪ぶっているだけなのかもしれないな……)
「もし次があったりしたら社会奉仕ですからね。他の方に迷惑をかけちゃだめですよー」
「「「失礼しましたー!」」」
三人が声をそろえて、もう音がしそうなくらいの勢いで逃げていく。
そのあまりの素早さにあぜんとしていると、彼女がブロック塀の上からぴょんっと飛び降りて、道路から何かを拾いあげた。
ちょっと見回した後に、それを差し出してきた。彼の落としたメガネだった
「大きな損傷はないですね。これが壊れていたら、さすがに書類送検しなければならなかったかもです。示談という手もありますが……」
たぶん彼女は彼らに犯罪歴をつけたくなかったのだろう。未遂ではあったし、そもそも子供の喧嘩ぐらいに警察は関与しない。
「ありがとうございます」
感謝の言葉をのべながらメガネを受け取って顔にかける。改めて彼女を見る。
身長は僕と同じかちょっと低いくらいだから、たぶん160cmはない。
体は白銀に輝くレオタードのような服、肩は剥き出しで首元には巨大なリングが取り付けられ、ちょっと首輪のようだった。
腕と足はやはり黒いラインの入った白銀のカバーに完全に覆われているが、肩とハイレグ部分は肌が露出している。ブーツはふとももまで覆う一体構造になっているが、足元だけ黒のローヒールの形状をしている。
大きなうさみみを模したヘアバンドをつけた銀髪は長いポニーテールにしていた。
そう、本当に、TVで見るようにバニーガールそのものといってもいい格好で、その顔は
「結城さん……?」
彼は思わずつぶやいていた。
(まえから似ているとは思っていたけれど、本当によく似てる……)
少女の変化は本当に微妙だった。わずかに血流が乱れて顔色が悪いことがメガネの隙間から見えた。
「あら、それは彼女さんの名前ですか?」
にこにこしながら彼女が問い返す。
「ああ、いえ……クラスメイトなんですけど、似ているなぁと」
「へぇ、それは光栄ですね。女子高生と見間違えられるなんて」
「え、っとそれは、雰囲気とかは全く違うんですけど」
彼はしどろもどろになりながらなぜか弁明する。にこにこ笑っていた聞いていた彼女だが、区切りのよいところで云った。
「そろそろ巡回パトロールに戻りますね。気をつけて、お家に帰ってくださいね」
いつもそばにいるわけではないんですよーと お茶目に笑って見せながら上目遣いに見上げてくる。
かわいい女の子にこんなに近づかれたことがないので、ちょっと赤面する。
赤面するボクを見て彼女はにんまりとすると、じゃあねと手を振って、とんっと軽い音をたてて跳ぶ。
一跳びで電柱の頂上に、それから再び大跳躍。すぐに見えなくなってしまう。
「あ、ほんとうにおしりにしっぽがあるんだ」
まぬけな感想をつぶやいた。
それが彼と『パクス・バニー』との初めての出会いだった。
8/4 ちょっとだけ文章修正と追加。
12/26 ごく一部の文章を修正