依存
依存
他によりかかって存在することの意。
独立
他の助けを借りないで、一人だけで立っていること。
他の束縛や支配を受けないこと。
依存症
精神に作用する化学物質の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う特定の行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める抑えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行為が優位となり、その刺激がないと不快な精神的・身体的症状を生じる精神的・身体的・行動的状態のことである。
今日も寒い。それはそれは、厚着をしているのにとにかく寒い。風邪でも引いたのだろうか。黒のコートの足元から、冷たい風が吹き抜けていくようで、どちらかというと心も寒い。胸にぽっかり穴が開いたと、寂しいときなどによく使うが、寂しくないのに穴が開いていて寒い。
『こんな日は、コーヒーにかぎるな。』
今日の仕事が終わり、会社から出てきたところを冷たいビル風に震えていた佐藤宏一は、そうつぶやいていつもの道を歩き始める。
大学をなんなく卒業し、それなりの会社に勤め始め、佐藤も6年が経つ。東京で生まれ、東京で育ち、東京で今現在も暮らしている彼にとっては、仕事帰りに行きつけのカフェでくつろぐのが習慣になっている。
会社から歩いて10分ほどの、ここ最近急激に増えたカフェに入る。
佐藤にとって、店に入る瞬間のコーヒーの香りと店の暖かい空気が心地良い。ふわっと、つつみこまれるような気がする。といっても、つつみこまれる暖かさなどここ最近実際には感じていないし、そういう感情を思い出すこともなくなった。
セルフサービスのため、いつものようにレジに向かい注文
する。
『こんばんわ。今日もいつものドリンクでいいですか?』
『あぁ。お願いします。』
毎日来ているので、顔見知りの店員だが佐藤は無愛想に応える。恥ずかしいとか、そういうわけではないが自分は店員にどうみられているのか、何年通っていても気になるのだ。店員と目を合わせることができない。店員もいつものことなので佐藤のドリンクを何も言わずに用意する。
いつものようにドリンクを受け取り、いつものように席に着く。この時間この店は、駅から少し離れているということもあり、半分くらいが客で埋まっている。静かなわけではない、他人とお互いに干渉しなくて良い喧噪が広がっている時間。佐藤は、いつもの店の奥にある、この店でただ一つのソファ席に座った。
その瞬間、佐藤はいつもの心地よさに酔いしれる。
この店でただ一つの、この特等席をいつものように牛耳ることができる自分。安心感とはまた違う、優越感が広がっていく。毎日の仕事の疲れも、これから先どうなるかわからない将来への不安も、ここに座った瞬間に忘れることができるのだ。
コーヒーを一口飲み、目を閉じてため息を吐く。
今日も無事に、一日が終わる。
仕事も何事もなく今日の分は仕上げてきたし、明日も何をやらねばならないかわかっている。
今から家に帰っても、着替えてビールを飲みながら軽く夕飯を食べて、お風呂に入って寝る。ただそれだけだ。
今日も無事に、いつもと同じ一日が終わる。
佐藤はこの瞬間まで、そう思っていた。
『さとうさんですよね。いつも、ここに座っている。』
ふいに、後ろから声をかけられる。
つい考えごとをしていたため、自分の名前を呼ばれたとは佐藤はすぐに気づくことができなかった。
振り向くと、そこには先ほどレジでドリンクを頼んだ店員が少し赤い顔で立っていた。
『佐藤さん、今お時間大丈夫ですか?』
『あぁ。なにか?』
佐藤は話しかけられたことに、未だ釈然としないまま店員を見上げて応えた。
『今日、佐藤さんのお誕生日ですよね?』
『えぇっ?!そうでしたか??』
『ちょうど半年前くらいに、レジでそうおっしゃってたので、お店のみんなでお祝いしたいねって話していました。ですので、もしご迷惑じゃなければこれ、召し上がってください!!』
といって差し出されたのは、レアチーズケーキだった。
お皿に、チョコレートソースで器用にもHAPPY BIRTHDAYと描いてあり、ホイップクリームでデコレーションされている。
佐藤は、何も応えることができずにケーキを凝視したまま固まってしまった。そんな佐藤をみて、店員がうろたえる。
『さとうさん、すみません!!ご迷惑だったら謝ります!!でも、ほんとに毎日来てくださってて、最近は特にすこしお疲れのご様子だったので、私たちでも何か元気になってもらえることないかなって考えて。。。』
ようやく、息ができるようになった佐藤はあわてて店員に、
『いや、こちらこそこんなことをしていただいて、なんとお礼を言ったらいいのか。。。いつも無愛想で特に話したこともなかったでしょうに。』
『そんな、無愛想なんて思ったことないですよ!毎日こうして、お店に通ってくださって、もっとゆっくりされたいだろうにお店が混んできたらさりげなく席を譲ってくださることとか、帰り際にごちそうさまでしたと一言必ず言ってくださることが、私たちにも励みになってたんですよ。』
『そんな大したことではないので。。。』
『いえいえ!いつもわたしたちは、さとうさんのお気遣いに感謝してたんです。今日は、さとうさんにとっていつもとは違う、特別な日にできればと思いました。』
『おかげさまで、とても良い誕生日になりました。私自身も、誕生日だということをすっかり忘れておりました。ありがとうございます。』
こうして、佐藤は店員からケーキを受け取り、ゆっくりと味わって食べた。コーヒーも、いつもよりも何倍も美味しく感じる。
なんだか今日は、とても満ち足りた気分になった。
明日から、いつもとは違う、いつもより人に優しくなれそうな自分に気づく。
これからの人生、何が変わるわけでもないが、明日は店員に目を合わせて挨拶をすることにしよう。
『ごちそうさまでした。』
そういって、佐藤はいつものように家路についた。