表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

世界を滅ぼす禁書に転生してしまった

作者: momotarou
掲載日:2026/06/03

私は、本になっていた。


最初にそう気づいた時、意味が分からなかった。


目を開けようとしても、まぶたがない。手を動かそうとしても、手がない。足もない。呼吸もしていない。なのに、意識だけははっきりしていて、自分がここにいることだけは分かる。


何これ。


死んだの?


それとも、夢?


そう思った瞬間、頭の中に低い声が響いた。


我は『終焉しゅうえんの禁書』。


この本を最後まで読んだ者には、無限の力と憎悪がもたらされる。


そして、世界を滅ぼす者となる。


……はい?


終焉の禁書?


世界を滅ぼす者?


いきなり物騒な自己紹介をしないでほしい。


私は混乱したまま、自分の状況を理解しようとした。


どうやら私は、本になっている。


しかも、ただの本ではない。


読まれると世界が滅ぶ本。


世界を滅亡させるために作られた禁書。


最悪だった。


人間から本に転生しただけでも十分おかしいのに、よりによって世界滅亡装置みたいなものになってしまった。


けれど、そこで私は少しだけ希望を持った。


禁書。


そう、禁書だ。


世界を滅ぼすほど危険な本なら、きっと厳重に保管されているに違いない。


分厚い石の扉。


何重にも張られた結界。


床に刻まれた魔法陣。


選ばれし者しか入れない地下深くの禁書庫。


きっと、そういう場所にあるはずだ。


だとしたら、少なくとも誰かに読まれて世界が滅ぶ危険は少ない。


私は少しだけ安心しかけた。


けれど、その安心はすぐに別の恐怖に変わった。


もし本当にそんな場所に封印されていたら、私はどうなるのだろう。


誰にも見つからない。


誰にも読まれない。


世界は滅びない。


それは良い。


でも、私は?


このまま永遠に本のまま?


暗い部屋の奥で、動けず、眠れず、誰にも触れられず、ただ意識だけを持ったまま存在し続けるの?


一生どころではない。


本に寿命があるのかさえ分からない。


もしかしたら、百年も、千年も、もっと長く、私は本としてそこにあり続けるのかもしれない。


読まれたら世界が滅ぶ。


読まれなければ、私は永遠に本。


どちらにしても地獄だった。


私は本なのに、泣きそうになった。


いや、本なので涙は出ない。


それがまた嫌だった。


泣くことさえできない。


だが、嘆いていても仕方がない。


この手の転生には、必ず能力がある。


人間ではなく本に転生したのなら、本なりの便利能力があるはずだ。


そう思って、私は頭の中の声に問いかけた。


私には何ができるの?


返ってきたのは、同じ声だった。


我は『終焉の禁書』。


この本を最後まで読んだ者には、無限の力と憎悪がもたらされる。


そして、世界を滅ぼす者となる。


違う。


それは聞いた。


私が聞きたいのは、そういう恐ろしい宣伝文句ではない。


もう一度、問いかける。


私の能力は?


我は『終焉の禁書』。


この本を最後まで読んだ者には、無限の力と憎悪がもたらされる。


そして、世界を滅ぼす者となる。


また同じだった。


壊れた再生機か。


世界を滅ぼす禁書のくせに、説明が不親切すぎる。


せめて取扱説明書くらいつけてほしい。


腹は立ったが、声に頼っても無駄らしい。


なら、自分で探すしかない。


私は必死に念じた。


周りが見たい。


目がほしい。


視界。


見る力。


周囲確認。


索敵。


透視。


監視。


とにかく、今の自分がどこにあるのか知りたい。


考えつく限りの言葉を、何度も何度も念じる。


すると、突然、白くぼやけた光が意識の中に差し込んできた。


最初は何も分からなかった。


けれど、少しずつ光と影が形を持ちはじめる。


高い天井。


木の梁。


斜めに差し込む日の光。


かすかな風の音。


遠くで紙をめくる音。


人の声。


私は、周囲が見えているのだと気づいた。


やった。


できた。


初めて見つけた能力に、私は本気で喜びかけた。


だが、見えた光景は、私の予想とまったく違っていた。


そこは、暗い禁書庫ではなかった。


石の扉もない。


魔法陣もない。


厳重な封印もない。


私がいたのは、明るい図書館だった。


しかも、私は本棚の中にきちんと収められているわけでもなかった。


図書館の本が並べられている戸棚の上。


その上に、横向きでぽんと置かれていた。


見えるのは天井。


つまり、私は本棚の上に寝かされている。


雑。


扱いが雑。


世界を滅ぼす禁書なのに、保管場所が雑すぎる。


誰だ。


誰がこんな危険物を本棚の上に置いた。


せめて鍵のかかる箱に入れて。


いや、箱でも不安だ。


地下に封印して。


できれば二度と誰にも見つからないようにして。


私は本棚の上から、図書館の中を見下ろすこともできず、ただ天井だけを見ながら絶望した。


すぐには見つからないかもしれない。


本棚の上だし、横向きだし、埃も積もっている。


けれど、いつかは絶対に見つかる。


掃除の人が来るかもしれない。


背の高い人が気づくかもしれない。


脚立を使うかもしれない。


そして、私を手に取る。


ページを開く。


最後まで読めば、世界が滅ぶ。


私は叫びたかった。


ここに危険物があります。


今すぐ封印してください。


できれば誰にも触らせないでください。


でも、私の声は誰にも届かなかった。


聞こえるのは、あの呪いのような自己紹介だけ。


私自身の声は、外には出ないらしい。


では、逃げるしかない。


私はまた念じた。


足。


足がほしい。


ページで歩け。


表紙で跳ねろ。


浮け。


飛べ。


誰にも見つからない場所へ移動しろ。


必死だった。


だが、何も起きない。


何度念じても、私は動けなかった。


見える。


聞こえる。


それだけ。


逃げることも、隠れることも、ページを閉じることも、自分ではできない。


ただ、誰かに見つかる日を待つしかない。


それから、どれくらい時間が過ぎたのか分からない。


図書館には毎日、人が来た。


本を借りる学生。


難しそうな顔をした学者。


眠そうな司書。


はたきを持った掃除係。


誰も私に気づかない。


そのうち私は、ひとつのルールを理解した。


誰かがこの本を見つけ、ページを開いた時。


しばらくすると、私は元の世界へ戻れる。


言葉で説明されたわけではない。


けれど、なぜか分かった。


この本を開かれれば、私は帰れる。


助かる。


本ではなく、人間に戻れる。


一瞬、胸が震えるほど嬉しかった。


帰れる。


あの部屋に。


自分の体に。


手も足もある、当たり前の生活に。


けれど、その喜びはすぐに凍りついた。


私が帰るということは、誰かが私を開くということ。


そして、その人が最後まで読んでしまえば、この世界は滅ぶ。


私だけが助かる。


この世界を犠牲にして。


そんなの、嫌だ。


私は自分の部屋に戻りたい。


人間に戻りたい。


でも、そのためにこの世界が滅びるのは嫌だった。


ここにいる人たちは、私のことなど知らない。


私も、彼らの名前を知らない。


けれど、本を借りに来る学生も、居眠りをする司書も、掃除をする人も、難しい本を抱えて歩く学者も、確かに生きている。


その人たちの世界が、私が帰るために滅ぶ。


そう考えた瞬間、私は初めて、本当に怖くなった。


読まれたくない。


でも、帰りたい。


帰りたい。


でも、読まれたくない。


その苦しみの中で、ただ時間だけが過ぎていった。


そして、その時はあまりにもあっけなく来た。


ある日、誰かが本棚にもたれかかった。


ただ、それだけだった。


本棚が、ぐらりと揺れた。


え。


ちょっと待って。


この本棚、そんなに簡単に揺れるの?


次の瞬間、本棚が大きく傾いた。


周囲から悲鳴が上がる。


本が雪崩のように落ちる音がした。


私も棚の上から滑った。


天井が回る。


窓が回る。


人の顔が見える。


床が近づく。


嘘でしょ。


世界を滅ぼす禁書が、本棚の耐久性で発見されるの?


雑。


この世界、危機管理が雑すぎる。


そう思った直後、私は床に落ちた。


痛みはない。


でも、終わったと思った。


周囲に人が集まってくる。


「今、上から本が落ちてきたぞ」


「こんなところに置いてあったのか?」


「ずいぶん古い本だな」


やめて。


見ないで。


触らないで。


お願いだから、拾わないで。


私は必死に叫んだ。


だめ。


私を持たないで。


世界が滅びるの。


開いたらだめ。


読んだらだめ。


けれど、誰もこちらを見て驚かない。


誰も私の声に反応しない。


私の声は、やはり届いていない。


一人の学者らしき男が、私を見下ろした。


白い髭。


丸い眼鏡。


好奇心に満ちた目。


私はその目を見た瞬間、絶望した。


それは、絶対に開く人の目だった。


「これは……興味深いな」


興味深くない。


危険です。


本当に危険です。


好奇心で触っていいものではありません。


学者は私を手に取った。


表紙を撫でる。


背表紙を見る。


重さを確かめる。


私は息ができないほど緊張した。


いや、そもそも息はしていない。


でも、息が止まるような恐怖だった。


「見たことのない装丁だ」


見たことがなくていい。


そのまま置いて。


できれば封印して。


いや、今すぐ遠くへ投げ捨てて。


でも、それで誰かが拾ったら困る。


どうすればいいのか、自分でも分からない。


学者の指が、表紙の端にかかった。


私は叫んだ。


開かないで。


お願い。


開かないで。


私は帰りたい。


帰りたいけど、この世界を滅ぼしたくない。


私のせいで誰かが憎悪に飲まれて、無限の力で世界を壊すなんて嫌だ。


お願い。


誰か止めて。


けれど、誰も止めなかった。


学者は、ページを開いた。


その瞬間、私の中で何かがほどけた。


帰れる。


分かった。


私は元の世界に戻れる。


本ではなくなる。


人間に戻れる。


助かる。


助かってしまう。


その喜びより先に、底のない絶望が落ちてきた。


この世界は終わる。


私が帰る代わりに、この世界は破滅する。


私は何もできなかった。


叫んでも届かなかった。


動けなかった。


閉じられなかった。


守れなかった。


学者は、開いたページをじっと見つめていた。


私はもう、ただ祈ることしかできなかった。


読まないで。


お願い。


読まないで。


学者の眉間に皺が寄る。


長い沈黙。


それから、彼は難しそうな顔で言った。


「……こんな文字は見たことがないな」


え。


私は固まった。


隣にいた若い学員らしき人が、のぞき込む。


「先生。それは、失われた古代の文字です」


「読めるのか?」


「いえ。誰も読むことができません」


誰も。


読むことが。


できない。


私はその言葉を、何度も心の中で繰り返した。


読めない。


誰も読めない。


最後まで読めない。


世界は滅びない。


学者はさらに何枚かページをめくった。


「全て同じ文字か」


「おそらく。現代では解読不能です」


解読不能。


その言葉が、こんなにも美しく聞こえる日が来るとは思わなかった。


助かった。


この世界は助かった。


私は帰れる。


でも、誰も滅びない。


誰も憎悪に飲まれない。


誰も世界を壊さない。


私は、本当に初めて泣きそうになった。


涙は出ない。


けれど、もし人間の体だったなら、その場で泣き崩れていたと思う。


よかった。


本当に、よかった。


その安堵と同時に、意識が遠のいていった。


図書館の天井が白くにじむ。


学者たちの声が遠くなる。


ページをめくる音が、どこか遠い波の音のように聞こえる。


私は帰るのだ。


元の世界へ。


何も壊さずに。


誰も犠牲にせずに。


そう思った瞬間、私は目を覚ました。


見慣れた天井があった。


見慣れたカーテン。


ベッド。


スマホ。


自分の部屋。


私は人間の体に戻っていた。


手がある。


足がある。


息ができる。


まばたきもできる。


私は跳ね起きて、自分の手を見た。


指が動く。


腕が上がる。


布団を握れる。


それだけのことが、信じられないくらい嬉しかった。


全身に脂汗をかいていた。


心臓が痛いほど鳴っている。


スマホを確認する。


次の日の朝になっていた。


夢だ。


そう思った。


なんだ、悪夢か。


そして、ほっとしたら、あくびがでた。


その時、頭の中に、何度も聞かされた壊れた録音機の声が聞こえた。


我は『終焉の禁書』。


この本を最後まで読んだ者には、無限の力と憎悪がもたらされる。


「……」

しばらく、短編を毎日11:50分に更新予定です。

お昼休みにでもお読み頂ければ嬉しいです。

できるだけ斬新なアイデアをひねり出して書いています。

評価を入れていただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ