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社会ちゃんと一緒に寝た後は

作者: りつりん
掲載日:2026/05/16

 私もまさかこんなことになるなんて思ってもいなかったのだ。

 本当に、本当に気軽な気持ち、というか気軽さすらわからないほどの感覚で、「え? じゃあ一緒に休もうよ」的なことを言ってしまったのだ。

 結果、『社会』が私の布団の中にいる。

 どういうこっちゃね。

 とりま、ここまでを整理しよう。

 やべ、心の声だと元ギャル感出ちゃう。



 その日も朝起きたくなかった。

 社会人三年目の私はどうしても布団から出たくなかった。

 外は寒いし、会社の人間関係地味にしんどいし、通勤電車はぱっつんぱっつんだしで、布団から出る要素、出る可能性を孕む要素ゼロだったのだ。

 それでも、社会という存在が私を寝かせてくれない。

 今時の人間は、しっかり社会の中で生きていかないとお金をもらえない。

 お金をもらえないと何も買えない。

 食べていけない。

 推しにお布施できない。

 つまりは死。

 お金は死。

 違うか。

 そんな冷徹さギラギラやばたにえんなお金なんていうシステムを中心に回る世の中。

 私はその一つの歯車として動き続け、お金をチャリンチャリン、時々ペイペイと稼いでいくしかない。

 ちくしょう。

 でも、わかってる。

 この社会に、私は守られているのだ。

 冷静に考えてみなくても、こんな色白痩身激萌えキュートな私が野良で生きているわけなんてない。

 ほんと、キュートすぎて、最近親友から「え? 何人か〇した? 昨日?」って言われちゃうほど、目つきがやさぐれてきているぴえん。

 ふと、デスクに置いた写真を見る。 

 つい数年前までは、大学生で、そこでちょっとした(?)ギャルをやって、講義のない日は好きな時間に起きて、なんなら講義がある日も好きな時間に起きていた。

 それでも、なんだかんだ要領良しな私は四年で卒業し、社会へと大きな一歩を踏み出したのだ。

 でも、社会では要領よく生きてなんていけなかった。

 無理。

 もっとみんなゆるふわ激モテカーブな髪型みたいにふわっと生きていこうよ。

 そう叫びたい毎日。

「こんなことならもっと未社会人楽しんどくべきだったー」

 ころんと寝返りを打つ。

 時刻は既に六時。

 そろそろ起きて支度を始めないと、いよいよ本格的に間に合わない。

 でも、朝からうじうじととぐろを巻いてしまった思考は、私の体を蝕み、なかなか布団から出てくれない。

 困ったさん。

 ちゃんをつける年齢じゃないよね。

 つけたいけど。

「はあ。社会なんて大っ嫌い」

「ごめんね」

「うえい!?」

 ぽそりと落とした言葉になぜか言葉が返ってきた。

 私しかいないはずなのに。 

 私は飛び起きて部屋を見渡す。

「ふふふふふふふ、不審者? 不審者様ですか?」

 変に敬語になる私。

 しかし、そんな私の焦りと恐怖を無視するかのように、部屋の中には誰一人として存在を感じない。

 存在感あるとしたら、アイドルユニット・タングステン❤ミルククレープの中の最推しである強情ヶ浜ミルルルルルのビッグアクスタ(95㎝)。

 今日もかわゆ。

 まあ、それはそれとして、改めて、ゆっくりと部屋を見回した。

 怖い。

 けど、やるしかない。

 偉い。

 危機管理のプロ。

「ん?」

 すると、部屋の隅の方になんかこう、モヤモヤとした霧っぽいようなそうでないような、そんな感じのものが浮いていた。

「見つかっちゃったね」

 モヤモヤから発せられた声。

 それは先ほどのごめんと同じ声だった。

 そのモヤモヤはすすすすすすすっとこちらに近づき、そして、一礼。

 いや、モヤモヤが一礼って意味わかんないけど、そんな雰囲気を感じた私。

「初めまして。ううん、初めましてというのは違うかもしれません。ずっとあなたの傍にいました『社会』です」

「へい?」

 シャカイ?

 どういうこと?

「ふふ、今、あなたが嫌いと言っていた社会、ですよ」

「おほっ。イミフ」

 とうとう社会に疲れて、社会が目の前に現れてしまった。

 せめて、推しの姿してくれていたらまだよかったのかもしれない。

 けれど、なんかよくわからんモヤモヤが社会だという。

 辛み。

「ただでさえ社会で生きていくのしんどいのに、社会が目の前に中途半端に具現化して現れるなんてなんて地獄? 無理。ムリゲーム of the year」

 こんな時、帰国子女でよかったなって思う。

 発音良き。

 そして、そんな帰国子女属性への感謝を胸に抱きながら、私は白目を剝きそうになる。

「うっ……。ふぐ……。ぐううううううううううう……」

 しかし、私の白目を阻止したいのか知らんけど、社会は喉の奥から出るような感じの唸り声を上げ始める。

「え、ちょ、どしたん? なに? 怖い」

「じゅ、じゅみばぜん。なんかいろいろ辛くなって涙が……」

 どうやら、社会は泣き出してしまったみたい。

 社会、泣けるん?

 知らん過ぎて、知らんけどすらいえない。

 怖っ。

 そして、そのまま数十分、社会は泣き続けた。

「落ち着いた?」

 気が付けば、社会はベッドの縁に座り、私はその隣に腰掛け、優しく社会の背中を撫でていた。

 見た目のモヤモヤ感からは想像できないほど、人間っぽい背中の感触と温かさがあった。

「うぐっ……。はい……ありがとうございます」

「それでどしたんよ?」

 私は先を促す。

「私、社会として多くの人間の皆さんと共に歩んできたんですけど、最近、皆さんから溢れる社会への憎悪と言っても差し支えない感情を常にお持ちで……。ずっと感じては来たんです。社会と言う私への憎悪は。でも、つい数百年前はどちらかと言えば、自然的なモノに対する畏怖とかそう言う感じも強くあったので、私だけが非難されることはなかったんです。でも、人間の皆さんが近代化への道を爆走される中で徐々に人間社会が成熟してきて、それゆえに私の存在も大きく複雑化していったんです。ううう、あの頃に戻りたい。自然ちゃんと「どっちが人間困らせてるのか勝負ね」とか冗談言い合ってた頃に戻りたい……」 

 なんか途中から難しくなってきてよくわからんかったけど、とにかく、会社に行きたくない私と同じってことか。 

 現状への不満、という意味では同じだ。

 そう思うと、なんだか急に親近感湧いてきた。

「うーん、なら休んじゃう? 社会ってことを?」

「え?」

「いや、私もちょうど会社休みたいって思ってたし、それなら仲間いた方が心強いじゃん?」

 大学生の時にまたにあった「今日、講義休んじゃおっか?」的な友人とのノリを思い出した私。

 社会だって嫌だって言ってるんだし、極小歯車である私が休んでも問題ないっしょ。

 そんなノリも、たまにいいと思った。

 思えた。

「で、でも……」

「いいじゃんいいじゃん。今日は私も社会もお休み!」

「は、はい!」

 社会、ちゃんはキラキラとした雰囲気を放つ。

「じゃ、二度目タイーム! おやすみー」

「はい! おやすみです」

 そう言って私たちは同じ布団で眠りについた。

 社会って思ったよりも温かいなって感じながら、私は眠りの底へと落ちて行った。



 数時間後。

「いや、何やってるん? 私」

 目を覚ました私を襲うのはエターナル後悔。

 スマホを見ると、上司からの鬼着信があった。

 うぎゅい(意味のない擬音)

 でも、そんな私の後悔とは対照的に、スヤスヤと心地よさそうに眠る社会ちゃん。

「どうすっかねえ」

 社会ちゃんが寝ていても、社会人な脳の私はぼんやりとこの先を思案する。

 ここは無難に、熱でぶっ倒れてました、とか言うのがいいだろうか。

 ただ、今の会社に勤めて四年。

 無遅刻無欠席健康超人的な私が熱なんて誰が信じてくれようか。

 健康が憎いなんて初めて。

「いや、でも、そんな私だからこそ、逆に信憑性があるのでは?」

 これまでの印象を逆手に、なんて悪知恵が働き始めたところで、外から変な声が聞こえた。

 なんかこう、獣のような人のような、そんな声が。

「う、うーん?」

 その声に反応して社会ちゃんも目を覚ます。

「あ、おはようございます」

「おはよ」

「なんだか、寝たら少しスッキリしました。ありがとうございます」

「ううん。それはいいんだけど、外の様子なんか変じゃない?」

「……たしかに」

 私たちは布団を出て、外に確認することにした。



「おっほ。やっば」

 私はマンションの外、目の前に広がる光景を見て絶句した。

 道路にはなぜかこれでもかとほふく前進をする人が溢れ。

 コンビニの中には、あの狭い陳列棚の隙間でブレイクダンスする人が散見され。

 マンションのエントランスでモルックやってる集団もいた。

 もしかしてこれって……。

「社会ちゃんが休んだから?」

「えっと、たぶんそうですね」

 社会ちゃんは自身の行いによる結果を見て、震えていた。

 いや、責任は私にもあるから抱え込む必要はないけれど、それにしても……。

「社会失ったにしても、自由過ぎじゃね?」

 私は疑問符を頭上に飛ばす。

 いくら社会が休んでいたとしても、人間にはこれまでの社会の中の経験や知識があり、そこから培われた倫理観や正義感があるはず。

 なのに、目の前の人々はまるで、それら全てを失ったかのような行動をとっていた。

 自我つよつよ過ぎる。

 私だって、社会ちゃんが休んだ世界にいるのだから、同じようなことになるはずなのに、私は全く持って目の前のようなことをする気が起きない。

 ほんのり、私の心の中のリトル私が「なんかやっちゃう? 今から会社に行って、セクハラ上司にフルスイングビンタとか? 上司にセクハラされたことないけど」なんて、囁いているくらいだ。

 つまりは、人それぞれ、なのかもしれない。

「私という存在による抑圧が強すぎたのかもしれません……」

 隣の社会ちゃんはしょんぼりな雰囲気を醸す。

「やっぱり、このままいなくなった方がいいんですかね? そしたら、きっと皆さんストレスを抱えずに生きていけると思いますし」

「そんなことは……」

 言って、私は言葉を止める。

 実際、どうなんだろ。

 社会で生きていくのは辛いし、きついし、でも、かと言って、なくなったことによる倫理観の崩壊もちょっとまずい気がする。

 野生では生きてくの無理ぃ。

 どっちもしんどいな、しんどそうだなぁ、というのが私の結論。

「どちらにせよ、このままじゃマズい気が……」

 今のところ、非社会的な行為はなんとも言えないレベルのものだけど、もしこれがエスカレートすれば、それこそより非社会的・非人道的な行いを多くの人がやってしまうかもしれない。

 そうなってしまえば、きっと今の姿には戻れない。

 それは嫌だ。

 失って初めて、お金を稼いで強情ヶ原ちゃんに貢ぐことが幸せ過ぎたことに気づく。

 ううん、わかってはいたけど、見失っていた。

「しゃ、社会ちゃん。一旦、社会として機能してくんないかな?」

 一度、社会ちゃんには機能を回復してもろて、その後、いろいろ考えよう。

 そう思った。

 ごめんね、社会ちゃん。

 私、割と社会ちゃんのこと好きだったみたい。

「……」

 しかし、社会ちゃんはこちらを見てくれない。

 目がどこについてるかはわかんないけど、多分見てない。

 少し逡巡したのち、私はハッとする。


―――皆さんから溢れる社会への憎悪と言っても差し支えない感情を常にお持ちで……


 社会ちゃんはそう言っていた。

 ここ数百年、人間から良い感情を向けられていないと。

「そっか。そうだよね……」

 私が伝えないといけないのは、社会ちゃんに社会として機能してほしい、なんていう表面的な言葉じゃ駄目だよね。

 そんなの、社会ちゃん、嬉しくないよね。

 きちんと、今心に湧いた感情を伝えるべきなんだ。

 私は一度、唇をきゅっと噛みしめてから口を開いた。

「社会ちゃん、私、あなたのこと、好きだった。ううん。好きだって気づいたの。さっきは嫌だって言ったけど、でも、失ってみた初めて気づいた。社会ちゃんが私にとって大切な存在なんだって!」

 私は精一杯の想いを込めて社会ちゃんに心を伝える。

 すると、社会ちゃんはたぶん嬉しそうな目をして、こちらを向いた。

「社会ちゃ……」

「決めました! 私、政治家になります!」

「ん?」

 突然のイミフ返しに私はフリーズする。

 聞いてなかった?

 私の告白に近いあれ、聞いてなかった系?

「私、ずっと考えてたんです。なんで、存在するだけで嫌われないといけないんだろうって。私を作ったのは人間の皆さんなのに、勝手に嫌わないでほしいって。でも、政治家ならそうじゃないですよね! しっかりと酸いも甘いも、正義も悪も飲み込んで活動して、その上で憎まれる。自身の結果として、評価がある。それなら、私としても本望です!」

 輝いてるぅ。

 なんか、自己解決されててしゅごいぃ。

 うびゃあ。

「でも、参政権だっけ? 被選挙権だっけ? それ、人間じゃないと得られないんじゃ?」

「大丈夫です! 私、社会なんで!」

 と、そこはさすが社会ちゃん。

 彼女はあっという間に人間のシステムを変え、人間じゃなくても立候補できるようにしたのだ。

 そして、初当選から十年後。

 とうとう彼女は総理大臣へと相成った。

 もちろん、議員活動の傍ら、社会としてもきちんと機能していた。

 すごい二足の草鞋だなって素直に思った。

 そして、彼女は総理大臣になると、徐々に自身の社会としての機能を弱め、その代わりに国策によって、社会という曖昧な雰囲気や存在に変わるルールや規範、規則を作り上げたのだ。

「ふふ、素敵な世界になりましたね」

 首相官邸から世界を見る彼女。

 そこには、一緒の布団で寝たあの社会ちゃんはいなかった。

 ちなみに、私はなんやかやあって、社会ちゃんの秘書となった。

 なので、聞いてみた。

「いや、政治家ならなくても、日本の選挙制度を改変できるくらいの力を素で持ってたんだし、社会ちゃんは社会ちゃんのまま、人間が社会ちゃんをを憎まない方向に自然と持っていくこともできたんじゃ?」

 当たり前の疑問。 

 社会ちゃん、確実にそれできたよね。

 まあ、私は密リレーションシップな社会ちゃんの秘書になれて、働くこと嬉し楽しエボリューションだからいいけど。

 すると社会ちゃん。

「え? それは違いません? 私、催眠系の同人誌とか好きじゃないんですよ。シンプルに、嫌われてるやつに人格残したまま凌辱される系の方が好きです」

 と、すっごい嬉しそうに答えてくれたのでした。

 結果、性癖だったかぁ。

 そんなことを想った官邸での昼下がりでした。

 空の青さ、エモ。

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