第9話「見せしめ」
それは、朝だった。
王都の鐘が、いつもより重く鳴った。
「……来たな」
地下工房で、カイが呟く。
外が、やけに騒がしい。
人の声。
鎧の擦れる音。
(早すぎる)
レイナは、嫌な予感を噛みしめた。
「場所は?」
「南門近く。露店通りだ」
露店通り――
人が集まる場所。
つまり。
「……公開、だ」
王都南門。
即席の台が組まれ、
その前に人垣ができていた。
「お集まりいただき感謝する!」
管理局の役人が、声を張り上げる。
「本日、王国法に違反した者を処罰する!」
縛られていたのは、三人。
その中に――
見覚えのある顔があった。
「……あの人」
レイナの喉が、きゅっと締まる。
数日前、
水の装置を喜んで見ていた鍛冶師。
「罪状!」
役人が紙を読み上げる。
「無許可魔道具の制作!」
「違法技術の模倣!」
「王国秩序の撹乱!」
群衆が、ざわつく。
「え……あれだけで?」
「水、作っただけだろ……」
役人は、聞こえないふりをした。
「よって!」
声を強める。
「財産没収!
今後一切の職人活動を禁止!」
――活動禁止。
職人にとって、
それは“生きるな”と同じ意味だった。
「やめろ……!」
誰かが叫ぶ。
「水が出るだけだろ!」
だが、兵が前に出る。
「下がれ!」
鍛冶師は、震えながら前を見ていた。
その視線が――
人混みの中のレイナと、合う。
一瞬。
彼は、かすかに笑った。
(……ごめん)
そう、言った気がした。
その瞬間。
何かが、切れた。
(……ああ)
(これ、完全にアウトだ)
レイナは、ゆっくりと前に出た。
「――待ってください」
その声は、
不思議なほど、よく通った。
ざわめきが、止まる。
「何者だ!」
役人が叫ぶ。
レイナは、フードを外した。
「……あ」
「魔力ゼロの――」
人々が、ざわつく。
役人の顔色が変わった。
「貴様!
拘束命令が出ているはずだ!」
「知ってます」
レイナは、静かに言った。
「でも」
指を一本、立てる。
「その人たち、
“私の図面”を使っただけです」
「だから何だ!」
「責任は、私にあります」
一瞬、沈黙。
「……聞いたか?」
役人が、嗤った。
「自分から罪を被るとは、殊勝だな!」
「だったら――」
レイナは、はっきり言った。
「彼らを解放してください」
「代わりに?」
「私を、どうぞ」
群衆が、息を呑む。
カイが、人混みの後ろで歯を食いしばった。
(……バカ!)
役人は、しばらく考える素振りを見せた。
そして。
「――却下だ」
「な……」
「見せしめが、必要なのだ」
冷たく、言い放つ。
「“中心人物”がいると認めれば、
模倣者が増える」
「だから」
「模倣者を潰す」
レイナは、初めて顔を歪めた。
「……最低ですね」
役人は、聞き流す。
「刑を執行しろ」
兵が、鍛冶師たちを引き立てる。
その瞬間。
「やめろォッ!!」
怒号が、上がった。
「ふざけるな!」
「何が秩序だ!」
一人、また一人。
声が、増えていく。
役人が、青ざめる。
「静まれ!
逆らえば同罪だ!」
だが。
もう、遅かった。
その夜。
地下工房は、重苦しい空気に包まれていた。
「……捕まった三人は、解放されない」
カイが、低く言う。
「職人資格は剥奪。
工房も、没収」
誰も、言葉を発せなかった。
レイナは、拳を握りしめていた。
(私のせいだ)
(私が、止まらなかったから)
「……違う」
カイが、ぽつりと言う。
「俺たちは、選んだ」
顔を上げる。
「便利な方を。
正しい方を」
「それを、奪ったのは王国だ」
レイナは、目を閉じた。
そして、開く。
「……もう、段階を上げます」
静かな声。
だが、迷いはなかった。
「“広める”だけじゃ、足りない」
皆が、息を呑む。
「次は」
「証明します」
「王国が間違っているって」
カイが、ゆっくりと頷いた。
「どうやって?」
レイナは、机の上の図面を広げる。
それは――
水でも、農具でもない。
「……これって」
誰かが、呟いた。
「通信……?」
レイナは、淡く笑った。
「はい」
「止められないなら、
最初から“止まらない形”にする」
地下で、火が灯った。
魔力ゼロの少女は、
ついに“王国の統制”そのものへ手を伸ばした。
それはもう、反抗ではない。
革命の準備だった。




