第8話「あなたのやり方を、知っている」
王都の朝は、騒がしい。
露店の呼び声。
馬車の音。
人の流れ。
――けれど、どこか息苦しい。
(この街、やっぱり好きになれないな)
レイナは、指定された宿の二階で窓を閉めた。
管理局の「外出制限」は形だけだが、
見張りがついているのは分かっている。
(直接配れないなら……)
(直接じゃない方法、だ)
そのとき。
――コン、コン。
小さなノック。
レイナは、すぐには動かなかった。
(三回。間隔、一定)
(管理局の人じゃない)
「……どちらさまですか?」
扉越しに聞くと、少し低めの声が返ってきた。
「水の図面の件で」
一瞬、心臓が跳ねる。
「“先生”に会いたくて来ました」
――その呼び方。
レイナは、ゆっくりと扉を開けた。
そこに立っていたのは、
革の作業着を着た青年だった。
年は二十代前半。
手は、明らかに“作る人”のそれ。
「……間違ってます」
レイナは言った。
「私は先生じゃありません」
青年は、少し困ったように笑った。
「分かってます」
「でも」
一歩、頭を下げる。
「俺たちは、あなたから学びました」
部屋に入ると、青年は鞄から紙束を出した。
「これ、見てください」
そこにあったのは――
レイナが書いた説明書を元に、
改良された図面だった。
「……これ」
レイナは、思わず前のめりになる。
「誰が?」
「仲間です」
青年は言う。
「王都の職人、元魔法研究員、
それと――学院を追い出された人間もいます」
(追い出された……)
胸が、ちくりと痛む。
「王国のやり方に、納得してない連中です」
青年は、真剣な目で言った。
「あなたの理屈は、正しい」
「だから――」
「一人でやらせるのは、もったいない」
レイナは、しばらく黙っていた。
(来たな)
(仲間イベント)
でも。
「……危険ですよ」
レイナは、正直に言った。
「関わったら、捕まるかもしれません」
青年は、肩をすくめた。
「もう半分、捕まってます」
「?」
「許可制の魔法しか使えない世界で、
“考えて作る”時点でアウトです」
その言葉に、レイナは笑ってしまった。
「名前、聞いてもいいですか?」
「カイです」
「私は――」
「レイナ。知ってます」
即答。
「王都じゃ、もう有名ですよ」
(悪い意味で)
その日の午後。
レイナは、初めて“地下工房”に案内された。
表向きは廃倉庫。
中に入ると、工具と魔道具がぎっしり。
「……すご」
思わず、声が漏れる。
「王国式より、ずっと合理的だ」
「でしょう?」
カイが、少し誇らしげに言う。
「あなたの図面を見て、
“無駄を削る”考え方を覚えました」
「ここ、流れが詰まる」
レイナが指摘すると、
周囲の数人が一斉にメモを取る。
(あ)
(この感じ……)
前世の研究室を、思い出す。
誰かが気づき、
誰かが直し、
全体が良くなる。
「……楽しいですね」
レイナが言うと、
皆が一瞬驚いた顔をして、笑った。
「ですよね」
夜。
工房の片隅で、カイが真顔になった。
「管理局は、
次は“見せしめ”をやります」
「分かってます」
レイナは、うなずく。
「たぶん、誰かを捕まえる」
「……俺たちか、別の村か」
「はい」
一瞬、沈黙。
「それでも、続けますか?」
カイが聞く。
レイナは、迷わなかった。
「続けます」
理由は、単純だった。
「もう、私一人の話じゃないから」
顔を上げる。
「それに」
少し、悪い笑顔。
「人数が増えた方が、
効率いいですし」
工房に、笑いが起きた。
その瞬間。
レイナは確信していた。
――流れは、止まらない。
魔力ゼロの少女は、
ついに“仲間”を得た。
それは、
王国にとって最悪の展開だった。




