第7話「善意は、罪になる」
王都を出て二日目。
レイナは、街道脇の簡易宿で足を止めていた。
(……静かすぎる)
説明書をばらまいたあと。
管理局であれだけ揉めたあと。
何も起きない、というのは不自然だった。
「お姉さん」
背後から、幼い声。
振り返ると、十歳くらいの少女が立っていた。
手には、見覚えのある紙束。
「それ……」
「水の道具の紙でしょ?」
少女は、無邪気に笑った。
「お父さんがね、作ってくれたの。
お水、ずっと出るんだよ!」
胸が、少し温かくなる。
「よかったね」
「うん!」
少女は走り去っていった。
(……広がってる)
間違いなく。
その直後だった。
宿の扉が、乱暴に開いた。
「王国魔導管理局だ!」
鎧姿の男たちが、五人。
宿の空気が、一気に凍る。
「レイナ・アル=サンを拘束する」
「罪状は?」
宿主が恐る恐る聞く。
「無許可魔法技術の流布」
「および――」
一瞬、言葉を切る。
「王国秩序の撹乱」
(来た)
レイナは、立ち上がった。
「私です」
男たちの視線が、突き刺さる。
「抵抗は?」
「しません」
(今は、ね)
連れて行かれたのは、立派な建物ではなかった。
石造りの、薄暗い部屋。
窓は小さく、椅子が一つ。
「待て」
そう言われ、扉が閉まる。
――カチリ。
鍵の音。
(ああ……)
(これだ)
なろう的に言えば、
“理不尽イベント”だ。
しばらくして、扉が開いた。
入ってきたのは、ディートリヒだった。
「……ここまでやる必要がありましたか?」
レイナは、真っ直ぐに言った。
「必要だ」
彼は、疲れた顔をしていた。
「君のやったことは、
王国の“基盤”を揺るがしている」
「水を出しただけです」
「違う」
ディートリヒは、低く言う。
「管理されていない希望を与えた」
レイナは、目を伏せた。
「それが、そんなに悪いことですか?」
「悪い」
即答。
「人は、希望があると動く。
動けば、統制が乱れる」
(本音、出た)
レイナは、静かに息を吸った。
「……あの子も、乱れですか?」
「誰?」
「水を喜んでた女の子です」
ディートリヒは、言葉に詰まった。
「彼女の家、
許可が下りるまで何年かかります?」
沈黙。
「その間、喉が渇いても?」
「……」
「それが、王国の秩序ですか?」
ディートリヒは、目を逸らした。
「君は……」
「善意だけで、世界を回そうとするな」
レイナは、少し笑った。
「善意じゃありません」
「?」
「合理性です」
顔を上げる。
「困ってる人を助けた方が、
結果的に安定します」
「……理想論だ」
「いいえ」
レイナは、はっきり言った。
「王国が“証明してないだけ”です」
その夜。
レイナは、拘束を解かれた。
「条件付きだ」
ディートリヒは言う。
「今後、王都を離れるな」
「説明書の追加配布は禁止」
「従わなければ?」
「次は、正式な罪になる」
(……甘い)
レイナは、内心で思った。
(もう、遅い)
部屋を出るとき、振り返る。
「一つだけ、忠告しておきます」
「何だ」
「人は、便利さを知ると戻れません」
「……」
「禁止すればするほど、
地下に潜るだけです」
返事はなかった。
その頃。
王国の別の場所で。
粗末な工房に、数人の男と女が集まっていた。
机の上には、同じ図面。
「……作れた」
「うちの村でも、水が出た」
「管理局には、黙っておけ」
「当たり前だ」
誰かが、笑った。
「――先生、すげぇな」
その“先生”は、そこにはいない。
だが。
彼女の知識は、
すでに王国の手を離れていた。
魔力ゼロの少女は、
知らぬ間に“止められない存在”になりつつあった。




