第5話「広まるということ」
最初に来たのは、隣村だった。
「リーネ村で、水が勝手に出る道具があるらしい」
そんな噂が、半日で届いた。
「……早すぎない?」
レイナは朝の作業中、思わず呟いた。
村の入り口には、見慣れない人影が増えている。
農具を抱えた者、空の桶を持った者、
そして――好奇心だけを抱えた顔。
「すみません」
若い男が、恐る恐る声をかけてきた。
「水の道具、見せてもらえませんか?」
村人が答えるより早く、レイナが前に出た。
「見せるだけなら、いいですよ」
「本当ですか!」
期待が、はっきりと顔に浮かぶ。
レイナは少し考えてから言った。
「ただし、一つ条件があります」
「条件?」
「“仕組み”を理解してください」
男は、きょとんとした顔をした。
「魔法じゃ……ないんですか?」
「魔法です」
レイナは否定しない。
「でも、“特別な力”じゃありません」
倉庫の前。
即席の見学会が始まっていた。
レイナは、いつもよりゆっくり説明する。
「ここが水を引く起点。
この線は“流れ”を作るためのものです」
「じゃあ、魔力は?」
「必要ありません」
ざわめき。
「でも、魔法陣ですよね?」
「はい。
だから、魔法使いじゃなくても扱えるんです」
隣村の男は、しばらく黙って図を見つめていた。
「……これ」
「はい?」
「俺でも、直せますか?」
レイナは、少しだけ微笑んだ。
「時間はかかりますけど」
「でも、できる?」
「はい」
その瞬間。
男の顔が、くしゃっと崩れた。
「……すげぇ」
その言葉は、やけに重かった。
その日のうちに、二つ目の改修依頼が来た。
翌日には、三つ。
三日後には、村長が頭を抱えることになる。
「レイナ……人が増えすぎじゃ」
村の外には、簡易的な露店までできていた。
「水の装置、見学可」
「修理相談、受付中」
(あ、勝手に……)
レイナは苦笑したが、止めなかった。
(止めても、無駄だ)
便利なものは、止まらない。
そして。
四日目の朝。
レイナは、一通の手紙を受け取った。
封蝋には、見覚えのある紋章。
「……王国」
静かに息を吐く。
内容は、簡潔だった。
――無許可での魔道具改変・情報流布について、
説明のため王都への出頭を求める。
期限は、七日以内。
「来たか……」
村人たちが、ざわつく。
「行っちゃだめだ!」
「捕まるかもしれん!」
レイナは、手紙を折りたたんだ。
「行きます」
即答。
「でも」
顔を上げる。
「その前に、やることがあります」
その夜。
レイナは、村の広場に紙束を積んでいた。
魔法陣の図。
簡単な手順。
失敗例と注意点。
「これ、何だ?」
「説明書です」
レイナは、はっきり言った。
「水の装置の“作り方”」
村人たちが、息を呑む。
「全部、書いたんですか?」
「はい」
「王国に怒られるぞ!」
「もう怒られてます」
だから、と続ける。
「隠す意味がありません」
一枚一枚、配っていく。
「持っていってください。
使って、直して、広めてください」
「レイナ……」
「大丈夫です」
レイナは、空を見上げた。
「知識は、止めるほど強くなります」
誰かが、ぽつりと言った。
「……王国、困るだろうな」
「はい」
レイナは、少し笑った。
「たぶん、すごく」
その頃、王都。
魔導管理局の机に、報告書が山積みになっていた。
「辺境で、同型の装置が急増しています」
「改修方法が“文書”で出回っているとのことです」
ディートリヒは、静かに目を閉じた。
(最悪の手を、選びやがった)
「……いや」
「最も、効率的な手か」
机を叩く。
「追放者一人の問題じゃない」
「これは――」
王国全体の問題だ。
旅立ちの朝。
レイナは、小さな荷物を背負っていた。
村人たちが、見送りに集まる。
「必ず、戻ってきます」
そう言って、笑う。
「帰る場所、できましたから」
馬車が動き出す。
その背中を見送りながら、
村人たちは確信していた。
この少女は――
もう、ただの追放者ではない。
魔力ゼロの少女が蒔いた“知識”は、
確実に、王国中へ根を張り始めていた。




