第4話「魔法は、誰のものですか?」
王国の紋章を掲げた馬車は、村の中央で止まった。
土埃の中から降りてきたのは、
黒い外套をまとった一人の男だった。
「王国魔導管理局・第三課、視察官のディートリヒだ」
硬い声。
年の頃は三十代半ば。無駄のない立ち振る舞い。
村人たちは一斉に頭を下げた。
「――で」
ディートリヒの視線が、まっすぐレイナに向く。
「君が、噂の“魔力ゼロ”か」
「はい。レイナ・アル=サンです」
名乗ると、彼は一瞬だけ眉を動かした。
「思ったより、普通だな」
(失礼だな)
レイナは内心で思ったが、口には出さない。
「報告によれば、君は魔力を使わずに魔道具を改修し、
村の水供給を安定させたそうだ」
「はい」
「どうやった?」
レイナは一拍置いた。
「構造を見直しただけです」
「……それを、素人にも分かる言葉で」
ディートリヒの目が、試すように細くなる。
レイナは、地面に木の棒で円を描いた。
「これは水を引く魔法陣です。
王国式は、“魔力を流し続ける”前提で作られてます」
村人たちが頷く。
「でも、水を引くなら、
必要なのは“きっかけ”と“流れ”だけです」
線を一本、消す。
「ここが無駄でした」
沈黙。
風が吹き、外套が揺れた。
「……つまり」
ディートリヒが口を開く。
「魔力を使わなくても、
魔法は成立する、と?」
「はい」
即答。
その瞬間、空気が変わった。
「それは――」
ディートリヒの声が低くなる。
「王国の魔法理論を否定する発言だ」
村人たちが息を呑む。
レイナは、少しだけ首を傾げた。
「否定してません」
「?」
「“前提”が違うだけです」
レイナは、まっすぐ彼を見た。
「魔法は、才能ある人だけのものじゃない。
仕組みを理解すれば、誰でも使える技術です」
「……誰でも?」
「はい」
ディートリヒの口元が、わずかに歪んだ。
「それは、危険だな」
「どうしてですか?」
「制御できない力が、無秩序に広まる」
レイナは、一瞬考えた。
「それ、今も同じじゃないですか?」
「……何?」
「魔法は才能次第。
才能がある人が、好きに使ってます」
一歩、前に出る。
「違いは一つだけ」
「“使える人”が増えるか、どうかです」
静まり返る村。
ディートリヒは、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと言う。
「君のやり方は、管理できない」
「でも」
レイナは、はっきり言った。
「便利です」
「……」
「村は助かりました。
井戸まで何往復もしてた人が、畑に時間を使えるようになった」
振り返る。
村人たちが、力強く頷いた。
「それでも、止めますか?」
ディートリヒは、初めて言葉に詰まった。
理屈では、危険。
現実では、成功。
「……今日は、強制措置は取らない」
そう言って、踵を返す。
「だが覚えておけ」
振り向きざまに、告げた。
「王国は、君を“放置”しない」
馬車が去り、砂埃が落ち着く。
しばらくして、村人の一人が声を上げた。
「……追い出されなかった、よな?」
「はい」
レイナは、小さく笑った。
(第一ラウンドは、引き分け)
でも、分かっている。
これは始まりだ。
その夜。
レイナは、紙を束ねていた。
魔法陣の図。
手順。
注意点。
「……隠すの、やめよう」
独占される前に。
禁止される前に。
「だったら、先に広める」
それが、一番合理的だ。
窓の外、遠くで雷が鳴った。
王国全体を揺らす嵐の、前触れのように。
魔力ゼロの少女は、
ついに“敵対する覚悟”を決めるのだった。




