第30話(最終話) 「魔力ゼロの証明」
それから、五年が経った。
王都は、以前より静かだった。
発展していないわけではない。
豊かでもある。
だが、どこか慎重だ。
急がない。
煽られない。
決めつけない。
それが、この国の癖になっていた。
王立記録館。
若い書記官が、古い資料を整理している。
「……この人、変わってますね」
同僚に、紙を見せる。
記録番号:A-17
技術評議会初代調整官
魔力値:ゼロ
「ゼロ?」
「うん」
「なのに、中心にいたらしい」
同僚は、肩をすくめる。
「時代が、変だったんだろ」
別のページ。
・事故を隠さなかった
・責任を分散した
・選択を強制しなかった
・武力を用いなかった
「……何をした人なんだ?」
若い書記官は、首を傾げる。
「何も、してないみたい」
王都中央広場。
いまも、掲示板はある。
数字が並ぶ。
導入地域。
停止地域。
事故報告。
改善案。
誰も、騒がない。
それが、普通だから。
南部の村。
水装置は、いまだ覆いをかけられている。
だが、子どもたちは笑っている。
「これ、使わないの?」
旅人が尋ねる。
村の老人が、答える。
「必要になったら、使うさ」
「自分たちで決める」
それが、誇らしげだった。
東部の工業都市。
改良型装置が、静かに稼働している。
設計図は、公開されている。
「特許は?」
若い技師が尋ねる。
上司が笑う。
「守りたいなら、
隠すな」
それが、この国の常識だった。
王都の外れ。
小さな家。
庭に、古い水装置が置いてある。
もう、使われていない。
「……まだ置いてるんですね」
カイが、言う。
少し白髪が混じっている。
レイナは、微笑んだ。
「記念です」
「何の?」
「間違えた証拠です」
「後悔してるか?」
カイが、ふと聞く。
レイナは、空を見上げた。
「……しますよ」
正直に言う。
「救えなかった数もあります」
「敵も、作りました」
「完璧じゃなかった」
少し、間を置く。
「でも」
静かな声。
「誰か一人が、
正しいふりをする世界より」
「ずっと、ましです」
遠くで、鐘が鳴る。
子どもたちが走る。
誰も、彼女を英雄とは呼ばない。
誰も、悪者とも呼ばない。
ただ。
「ああ、あの人か」
そう思い出されるだけだ。
魔力ゼロの少女は、
奇跡を起こさなかった。
世界を救いもしなかった。
ただ。
説明し続けた。
選ばせ続けた。
隠さなかった。
それだけで、
世界は少し、壊れにくくなった。
記録館。
若い書記官が、最後の一文を書く。
彼女の功績は、革命ではない。
社会を、壊れにくくしたことである。
「地味だな」
同僚が笑う。
「うん」
書記官は、頷く。
「でも、いいと思う」
夕暮れ。
レイナは、静かに目を閉じる。
魔力は、最後までゼロだった。
だが。
ゼロだからこそ、
奪えなかったものがある。
それは――
選ぶ力。
私の物語は、ここで終わりだ。
だが。
問いは、これからも続くのだと私は思った。




