第3話「王国は、気づき始めている」
王都・王立魔法学院。
白い大理石の会議室で、三人の教官が眉を寄せていた。
「……おかしい」
そう口火を切ったのは、初老の魔法理論教師だった。
「辺境のリーネ村から上がってきた報告だ。
“魔力を使わない水供給装置が稼働している”とある」
「冗談でしょう」
若い教官が鼻で笑う。
「魔力なしで魔道具が動くなど、理論上ありえません」
「だが、報告は三件。しかも別々の経路からだ」
部屋の空気が、わずかに張りつめた。
「……その村に送った追放者が一人いたはずだ」
沈黙。
全員が同じ名前を思い出していた。
「レイナ・アル=サン。魔力測定、ゼロ」
「まさか――」
「“まさか”だ」
老教師は、机の上の書類を指で叩いた。
「魔力がない者が、魔法を否定するような成果を出している。
もし事実なら――」
その先は、誰も口にしなかった。
王国の魔法体系そのものが、揺らぐ。
同じ頃。
リーネ村では、ちょっとした騒ぎになっていた。
「レイナちゃん! あの道具、もう一つ作れないか!?」
「畑の方にも水が欲しくてな!」
レイナは、両手を振っていた。
「ま、待ってください! 一度に全部は無理です!」
倉庫の前には、村人たちが集まっている。
昨日まで“魔法も使えない厄介者”を見る目だったのが、
今日は完全に違っていた。
期待。
信頼。
そして、遠慮のない要求。
(……これはこれで大変だな)
レイナは苦笑しつつ、頭を切り替える。
「順番にやりましょう。
まずは“壊れにくくする”ところからです」
「おお! さすがだ!」
何が“さすが”なのか、誰も分かっていない。
でも、それでいい。
レイナは道具を手に取りながら考えていた。
(私がやってることは、別に特別じゃない)
(仕組みを見て、無駄を省いて、再現できる形にするだけ)
前世では、それを“改善”と呼んでいた。
「……あ」
ふと、嫌な予感がよぎる。
(これ、広まるの早すぎない?)
便利なものは、必ず拡散する。
そして、必ず誰かの利権に触れる。
その日の夕方。
村長が、珍しく硬い顔でレイナを呼んだ。
「王都から、視察官が来るそうじゃ」
「……え?」
「名目は“辺境支援”だがのう……」
村長は言葉を濁した。
「お前さんの噂が、届いたんじゃろ」
レイナは、静かに息を吐いた。
(やっぱり)
(来るよね。そりゃ)
逃げることもできる。
村人に黙って、別の土地へ行くことも。
でも。
レイナは、村の外に広がる畑を見た。
昨日よりも、少しだけ青々としている。
「……逃げません」
「レイナ?」
「説明すればいいだけです」
にこり、と微笑む。
「私、悪いことは何もしてないので」
その夜。
レイナは机に向かい、紙に図を書いていた。
魔法陣。
構造。
誰が見ても分かるように。
(もし取り上げられるなら)
(せめて、“誰でも再現できる形”で残す)
独占されるくらいなら、
最初から“共有”する。
それが、一番効率がいい。
――そして数日後。
王都から来た視察官の馬車が、
リーネ村の門をくぐった。
その馬車には、王国の紋章。
レイナは、それを見つめながら小さく呟く。
「……さて」
「次は、“説明フェーズ”か」
魔力ゼロの少女は、
ついに“王国そのもの”と向き合うことになる。
それが、
取り返しのつかない分岐点だとも知らずに。




