第29話「それでも、残る問い」
奪う者はいなくなった。
恐怖を煽る者も、
差を売る者も、
武力で縛ろうとする者も。
少なくとも、
表舞台からは消えた。
世界は、
静かだった。
「……平和だな」
カイが、窓の外を見て言う。
「はい」
レイナは、書類から顔を上げる。
「少なくとも、
表面上は」
一年。
選択制導入から、ちょうど一年が経った。
最終報告が、まとめられている。
【年次報告】
技術継続地域:事故ゼロ
部分導入地域:軽微な障害二件
停止地域:大規模災害なし
死亡事故:ゼロ
数字は、穏やかだった。
「……乗り越えた、のか?」
カイが、ぽつりと言う。
レイナは、すぐには答えなかった。
その夜。
王都中央広場。
一年の報告会。
群衆は、以前より落ち着いている。
怒号も、熱狂もない。
「……では」
レイナは、壇上に立つ。
「一年の結果を、報告します」
数字を、淡々と読み上げる。
成果も。
失敗も。
隠さない。
「そして」
レイナは、言葉を区切った。
「ここで、問います」
「続けますか?」
ざわめき。
「技術を」
「選択制を」
「このやり方を」
「完璧ではありません」
「安全でもありません」
「でも」
「やめることも、できます」
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて。
前列にいた老人が、立ち上がった。
「……わしは」
声は、震えている。
「止めた村の者だ」
「不便だが」
「自分で決めた」
「それは」
少し、間を置く。
「悪くなかった」
別の声。
「うちは、続ける」
「怖いけど」
「守れるものもある」
声が、重なる。
大きくはない。
だが。
確実に。
レイナは、目を閉じた。
(決まった)
誰かの命令ではない。
誰かの理屈でもない。
それぞれの言葉で。
報告会が終わった後。
カイが、隣に立つ。
「……終わったな」
「いいえ」
レイナは、微笑んだ。
「始まったんです」
「何が?」
「“普通”が」
「まだ、怖くないか?」
カイの問い。
レイナは、少し考えた。
「怖いです」
正直に答える。
「また、事故が起きるかもしれない」
「間違えるかもしれない」
「でも」
夜空を見上げる。
「間違えたら」
「また、選び直せます」
魔力ゼロの少女は、
奇跡を起こさなかった。
世界を救いもしなかった。
ただ。
問い続ける仕組みを、残した。
完璧ではない社会。
分かれた未来。
消えない不安。
それでも。
選ぶことを、やめない。
それが、この世界の答えだった。




