第23話「救えなかった数」
犠牲は、数字で報告された。
【事故報告】
南部地方・ミルハ村
水装置の停止による夜間火災
死者:三名
負傷者:多数
原因:給水遅延
会議室に、音はなかった。
誰も、すぐに言葉を出せなかった。
「……止まったのは、なぜだ」
軍部の文官が、かすれた声で聞く。
技術官が、答える。
「第三塔と同じです」
「調整板の差し替え」
「復旧は?」
「間に合いませんでした」
沈黙。
それは、今までの“異常”とは違った。
説明できない現象でもない。
噂でもない。
思想でもない。
人為的な破壊。
そして、死。
レイナは、報告書から目を離さなかった。
(三人)
(名前がある)
(家族がいる)
今まで、最悪の事態は避けてきた。
だが、今回は違う。
「……私が行きます」
小さな声。
だが、はっきりしていた。
「現地へ」
「今は危険だ」
ディートリヒが言う。
「模倣犯が――」
「だからです」
レイナは、顔を上げた。
「“数字”のままにしたくありません」
ミルハ村。
焼けた家屋の匂いが、
まだ残っていた。
水装置は、
沈黙したまま。
「……来たのか」
村の男が、疲れた目で言った。
「責めに?」
レイナは、首を振った。
「謝りに」
深く、頭を下げる。
「守れませんでした」
村人たちは、何も言わなかった。
怒鳴る者も、泣く者もいた。
だが。
「……知ってた」
老婆が、ぽつりと言った。
「便利なものは、
危ないって」
「それでも」
「使ったのは、
私たちだ」
レイナは、装置の前に立った。
差し替えられた調整板。
第三塔と、同じ。
(対策は、出した)
(公開もした)
それでも、間に合わなかった。
(……時間)
(防げたか?)
答えは、簡単ではない。
夜。
仮設の集会所。
村人たちが、集まっていた。
「もう、使わない方がいい」
「怖すぎる」
レイナは、黙って聞いていた。
やがて、口を開く。
「やめる、という選択は」
「間違いではありません」
「使うのも」
「使わないのも」
「あなたたちが、決めていい」
ざわめき。
「ただ」
レイナは、続けた。
「一つだけ」
「今日、亡くなった方たちは」
「装置があったから、
死んだわけではありません」
「でも」
「装置があったから、
守れる未来もありました」
「……無責任だ」
誰かが言う。
「結果が、これだ」
レイナは、うなずいた。
「はい」
「だから」
「止めるなら、
一緒に止めましょう」
「使うなら、
一緒に守りましょう」
「王国だけに、
背負わせないでください」
沈黙。
長い時間。
やがて。
「……考えさせてくれ」
村の代表が言った。
「今日は、無理だ」
「分かりました」
レイナは、深く頭を下げた。
王都への帰路。
馬車の中。
レイナは、膝の上で手を握っていた。
「……初めてだな」
カイが、低く言う。
「“救えなかった”って、
はっきり言ったの」
「はい」
「怖いか?」
「……とても」
レイナは、正直に答えた。
「でも」
「この数を、
なかったことにしたら」
「全部、嘘になります」
王都。
その夜、掲示板に新しい文書が貼られた。
【報告】
技術運用下での死亡事故発生
隠蔽なし
原因・経緯・責任、すべて公開
対策:即時見直し
人々は、立ち止まった。
怒りも、悲しみも、あった。
だが。
「……隠してない」
「逃げてない」
そんな声も、確かにあった。
魔力ゼロの少女は、
初めて“数を救えなかった”。
それでも。
逃げなかった。
誤魔化さなかった。
理想が現実に傷ついたとき、
それでも立ち続けるかどうか。
物語は、その一点を越えた。
次は、世界が彼女を試す番だ。




