第21話「恐怖の名前」
異変には、名前がつき始めていた。
王都の酒場。
地方の市場。
掲示板の片隅。
「――“無音夜”だ」
誰かが、そう呼んだ。
「音が消える夜」
「理由のない沈黙」
「神の警告だ」
噂は、形を持つ。
形を持った噂は、
思想になる。
「……まずいな」
執務室で、カイが資料を放り投げた。
「見てくれ」
・無音夜は、技術への傲慢への罰
・魔法も、装置も捨てよ
・沈黙を恐れるな、従え
「誰が書いてる?」
「分からない」
「でも、増えてる」
レイナは、紙を拾い上げた。
(隠してない)
(説明もしている)
それでも。
「……“意味”を、
勝手に与えられた」
評議会。
今回は、緊張が違った。
「民衆が不安に陥っている!」
軍部の文官が言う。
「技術停止を検討すべきだ!」
「待ってください」
レイナは、すぐに口を開いた。
「それは」
「“彼らの主張を補強する”だけです」
「だが!」
「恐怖は、
止められない」
レイナは、ゆっくり言った。
「だから」
「対話します」
ざわめき。
「対話だと?」
数日後。
王都中央広場。
簡易な演壇が設けられた。
群衆。
その中心に、
白布をまとった一団が立っている。
「無音夜は、
世界の声だ!」
「沈黙に従え!」
リーダー格の男が叫ぶ。
レイナは、一人で前に出た。
護衛はいない。
「……あなたたちは」
静かな声。
「恐怖を、
理解しようとしていますか?」
男は、睨み返す。
「理解している!」
「だから、従う!」
「なぜ?」
「意味があるからだ!」
「意味が、なければ?」
一瞬、言葉が詰まる。
「分からないものは」
レイナは、群衆にも届く声で言った。
「怖いです」
「だから、人は“意味”を作ります」
「神」
「罰」
「警告」
「それ自体は、自然です」
「でも」
一歩、前に出る。
「意味を作った瞬間」
「“従わない人”が生まれます」
「排除が、始まります」
ざわめき。
「我々は、排除など――」
「すでに、始まっています」
レイナは、即座に返した。
「技術者が、脅された」
「商人が、取引を断られた」
「それは」
「恐怖ではなく」
「支配です」
沈黙。
「無音夜に、
意味はありません」
レイナは、はっきり言った。
「少なくとも、
今は分かっていません」
「だから」
「従う必要も」
「信じる必要もない」
「ただ」
「備えることは、できます」
群衆の中から、声が上がる。
「……じゃあ」
「怖いままでいろってのか?」
レイナは、うなずいた。
「はい」
「怖いままで、
考えましょう」
「誰かに、
答えを預けないで」
白布の男は、唇を噛みしめた。
(……奪われた)
(恐怖を、武器にできない)
彼は、叫ぼうとした。
だが、言葉が出なかった。
夜。
広場は、静かだった。
完全な解決ではない。
だが。
暴動も、粛清も、起きなかった。
「……危なかったな」
カイが言う。
「はい」
レイナは、深く息を吐く。
「でも」
「恐怖に、
名前をつけさせなければ」
「神には、なりません」
魔力ゼロの少女は、
恐怖と戦わなかった。
恐怖を、利用しようとする思想と戦った。
世界は、まだ不安定だ。
だが。
答えを与えられなかった人々は、
自分で考え始めている。
それこそが、
最も時間のかかる――
そして、最も強い変化だった。




